2021年08月28日

学校現場はブラックか

時々、SNSで教員とおぼしき人が、学校現場の苦しさを呟く。

このところの二学期開始についても、「オンラインなのか対面なのか、も分からない。そのうえ検査もやるという。感染者が出たら、学校の責任。まさにブラック」、のような投稿があった。

私は「ブラック」という言葉はあまり好きではない。
要は、「大変な職場なのだ」ということを主張したいのだろうが、大変なのは何の仕事でも、どこの仕事でも同じだ。

もちろん、労働条件的に、法的にも違反し、いわゆるブラックとして、従業員を苦しめてている組織もあるだろう。

だが、学校現場をブラックとして定義してしまうと、日本中がブラックになってしまう。

そもそも、教員を志望してこの職に就いているはずだ。
思っていたのとは違う、という思いもあるだろう。
ことのほか自由時間がなく、憎体的にも精神的的にも、もう限界、と思うこともあるだろう。

かつては教師は聖職者とされた。
私は今でも、そうあるべきだとは思っているが、多くの教員は、聖職者であるという意識も自覚も、思いもないだろう。

単に労働者としての位置づけならば、学校という現場、教師という仕事は、面倒なことが多く、苦しくつらい仕事になるのだろう。そういう意味では、ブラックになる。

だが、聖職者としての意識があれば、話は別だ。
「この子らのために…。」
という意識が強ければ、教員としての仕事はやっていける。

一方で、「こんな仕事、こんな給料じゃ、やってられない。心身ともにもう限界だ」と思えば、続けることは困難であろう。

私は、「教員をやめる」、という選択肢以外に、「しばらく休む」、という方法もあるのではないか、と思う。

「休職」、とまでは大げに差ならなくても、数週間もしくは、何ヶ月か、お休みして、リフレッシュできるシステムがあったらいいな、と思う。

充電しながら、自らを振り返り、それでもなお、「続けられない」と思うならば、この職を去ることも仕方ないだろう。

だが、本来「子どもが好き」でなった職業。

「休む」ことも、次なるクリエイティブな仕事のためにも、必要不可欠であろうと思うのだが…。





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