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2021年09月25日

無意識の意識

何ごとにも長けてくると、無意識のうちにできるようになる。

例えば、野球のピッチング。
初めて教えてもらうときは、意識をしなくてはいけないことが、山ほどあるが、できるようになれば、最初に意識していたことは、無意識のうちにでき、別の部分に意識をはらうことができるようになる。
逆にその境地にまで達しないと、実際ピッチャーを務めることなどできないだろう。

教師が教室で授業をするときも同じだ。

新人の先生が授業をする際、意識してなさねばならないポイントは数多い。
多くは、教科内容を教えることばかりに集中して、生徒との関係を築けないが、その部分こそ、意識して、授業しなくてはならないのだ。

私の学校では、若手の先生には何度も公開は授業を行ってもらう。

ベテランの先生がその授業を見て、いろいろとダメ出しをするのである。
それを「愛のメッセージ」と呼んでいる。

私立学校なので、他校への異動もないので、できるだけ早く授業の上手な一人前の先生になって欲しいという、学校のとしての切実な願いと施策なのだ。

授業の上手なベテランの先生の多い学校では、新人教員は、生徒にも鍛えられる。
一部の進学校のように、「分からない授業」に対しては容赦なく攻撃を加える生徒はいないが、生徒達は、授業が上手でないことは、感じ、授業評価の際には、きちんとその成績をつける。

その評価は管理職以外に公開されることはないが、彼等のコメントを見れば、その評価も自ずと分かるものだ。

授業の一時間を任され、その責任を負う教員の責任は重い。
「教えること」だけが仕事なのではなく、そこには教師としての全人格で当たらなければ、一年間を通して生徒たちの信頼を得ることもできないし、学力を向上させるというミッションを果たすこともできない。

授業開始時に、生徒の前に立てば、見えてくるものがあるのだ

それは無意識のうちに感じる、その日のクラスの雰囲気、波動である。

無意識に感じる領域が増えれば、意識する視野が増える。
その意識をもが無意識の領域に達すれば、さらに広い視点で見ることができる。

達人、ベテランはそうやって作られていく。

そうした彼等も、はじめは新人。

無意識になるべく意識してこそ、その息に達する道を歩むことができるのだろう…。
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