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2018年09月17日
久しぶりのロゼフナル(九月十四日)
夜、テレビで何を放送しているか確認がてらチャンネルをあちこち変えていたら、チェコテレビのスポーツで「ドフラーノ・プルス」をやっていた。「ドフラーノ」は毎週日曜日の夜に放送されている、週末に行なわれた一部リーグの試合のハイライトと選手や監督たちのインタビューにスタジオの解説者のコメントを組み合わせた番組でかなり昔から放送され続けている。代表の試合があって一部の試合がないときは、代表の試合を材料にして放送していたかもしれない。最近は、チェコテレビが一部の一次放映権を失ったせいか、二部の試合も一つ二つ紹介するようになっている。
それに対して、「ドフラーノ・プルス」のほうは、毎週放送される点では変わらないけど、ただの「ドフラーノ」よりも深く現在の状況を分析する番組で、試合のハイライトはなく、その週にテーマとして取り上げられるチームや「事件」の関係者のインタビューが中心となり、スタジオの解説者も一人は元サッカー選手でもう一人は雑誌や新聞などのサッカー担当記者ということが多い。監督などの関係者は、プラハのスタジオに呼ばれることもあるが、地方の人だと地方のスタジオから出演することになる。
今回の「ドフラーノ・プルス」は、チェコリーグではなく、監督解任が決まったチェコ代表を巡るもので、特に監督のヤロリームがどこで失敗したのかがテーマになっていた。スタジオの解説者はルデク・ゼレンカとどこかの雑誌の記者。そして地方のスタジオからの映像を見ると、後にスバティー・コペチェクが見えるからオロモウツからの出演であるのは確実だったのだが、誰だろうと思っていたらダビット・ロゼフナルだった。いやあ、懐かしい。
この人、ウィキペディアレベルの情報だとシュテルンベルクの出身ということになっているが、生まれたのはシュテルンベルクでも育ったのはオロモウツの南の郊外にある小さな村コジュシャニで今でも家族はそこに住んでいるはずである。本人もベルギーのチームとの契約を解除してチェコに戻ってきたというから、コジュシャニに住んでいるかもしれない。オロモウツのスタジオから出演するぐらいだし。昔のブリュックネル時代のチェコ代表の試合では、必ずと言っていいほどチェコの国旗に「Kožušany」と書かれたものが観客席に見られたものだが、これはロゼフナルの応援団だったのである。
ロゼフナルもチェコに戻ってくるならシグマ・オロモウツに戻ってくれればよかったんだけど、本人に謝絶されたらしい。プロとして一部リーグに出場するという意味での選手としてはすでに引退しているのかもしれない。知性派でならした選手だから今後は指導者の道を進んで、将来は代表の監督になるようなとこまで来てくれないかなあ。ある意味、ブリュックネルの申し子のような選手だから、師匠譲りの戦術に強い監督になれるんじゃないだろうか。
オロモウツを出た後は、ベルギーのブリュージュで主力として活躍してチャンピオンズリーグにも出ていた。グループステージを勝ち抜けることはなかったと思うけど。この移籍はブリュックネルに率いられたU21代表でヨーロッパ選手権で優勝したときの活躍が認められてのものだったようだ。その後、フランスのパリ・サンジェルマン、イングランドのニュー・カッスル、イタリアのラツィオ、ドイツのハンブルグを経て、フランスのリールがリーグ優勝したときの中心選手の一人になっていたんじゃなかったか。
パリでは、主力として出場していたけれども、守備的な中盤の選手として使われることが多く、代表での役割と異なるのを嫌って移籍することにしたと、どこかのインタビューで語っていたのを覚えている。インタビューなどで感じられたのは、自分の能力や役割をちゃんと理解した上でプレーすることのできる頭のいい選手だということで、当時のチェコ代表は感覚でプレーする天才肌の選手が多かったから、理知的なロゼフナルはちょっと異彩を放っていた。選手生活の傍らで大学の学位もとったんじゃなかったかな。少なくとも勉強しているという記事は読んだ。
そんなロゼフナルがゲストとして呼ばれていたのは、かつてのチェコが強かった頃の代表選手の目から今の代表がどう見えるかというのがテーマの一つになっていたからだろう。解説者のゼレンカは代表経験はそれほどないはずだし、今の代表の最大の問題はディフェンスが全く機能していないことだし。それにロゼフナルが代表の主力として定着していく過程というのは、若手選手を代表の主力に育て上げていく際のお手本と言ってもいいような見事なものだったし、ヤロリーム代表のやり方と比較すると問題点も明白になりそうである。
長くなったので一旦ここで切る。
2019年9月16日23時55分。