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2019年04月10日
クロア篇−7章2
クロアは茶杯を空けた。従者はすぐに片付けに取りかかる。その作業をクロアが見守っていく中、ひとつの疑問が湧く。
「そうそう、あなたが連れてくる方は何人ぐらいいるの? あと三人はほしいのだけど」
「三人……集まるかもしれません。ただ確約はしかねます」
「わかったわ。それじゃ、こっちでも強い人をさがしておくわね」
目下の活動計画が決まった。下男役に従事する従者は廊下へ出る。クロアはなにもない円卓を見て、以前はそこにあったカゴを連想する。
(やっぱり無いほうがラクね……)
カゴを得た当初はこの円卓に置いていた。それでは円卓の利用がしにくくなるので、現在は背の低い棚の天板にカゴを移動した。カゴを寝所とする猫はその変更を受け入れ、いまなおカゴの中で休んでいる。猫が上から被るために用意した毛布は敷物と化していた。この獣が毛布を被るのはレジィがそばにいたときだけ。その被毛の保温機能が優秀であるがゆえに、毛布のあたたかさは必要でないようだ。
ベニトラはクロアに背中を向けた状態でねており、クロアと従者の会話を聞いていたかはわからない。クロアはダメ元でおおざっぱな質問をしかける。
「ねえ、ダムトの言ってたこと……あなたにはわかる?」
クロアの胸中にある言葉は「すべてを失う」という一文。取り返しのつかない事態を示唆する言葉だ。その重みゆえに、かるがるしく口にできなかった。
ベニトラは長い尾を上げた。天井を向く尾を左右にゆらす。
「知らん」
そっけなく言うと縞柄の尻尾をカゴの外へ垂らした。われ関せず、の態度だとクロアは感じる。
「そうよね、あいつと付き合いの浅いあなたじゃ……わからなくて当然」
あてが外れたクロアは気持ちを切り替え、部屋を出た。目的は就寝前の入浴だ。しかし浴室へ向かう足取りはおそい。
(うーん、やっぱり気になる)
納得の落としどころがほしかった。それがダムトの真意をつかめていなくてもいい。なんらかの仮説がなくては、このざわついた気持ちはしずまらないと考えた。
(だれかに聞いてみる?)
ダムトの性情を知る人物で、なおかつ公女が危機に直面するかもしれぬことを告げてよい者。
(お父さまかしら?)
ダムトを見い出した者は父だ。そして、他人である官吏には不穏な情報を洩らせない。この二点をかんがみ、父にたずねるのが適切だと判断した。
クロアは父の寝室へおもむいた。父の部屋は母の寝室と隣り合っており、どちらか一方の部屋に両親がいるときもあるのだが、今日は父ひとりが長椅子に座っていた。
父は来訪した娘を歓迎し、自身のとなりへ座るようすすめた。クロアは素直に応じた。その際、父のひざにある写真帳に関心がいく。
「あら、写真を見ていらしたの」
「ああ、すこし……昔がなつかしくなってね」
クノードは厚紙に貼った写真を見せた。写っているのは身長が低いころのクロアだ。ソルフに抱きあげられ、彼の毛むくじゃらな腕の中でねむる場面だった。
「わたし……?」
「こうしてときどき見ているよ。おかしなことじゃないだろう? 私はクロアの父親なんだから……」
そう言って笑う父を見て、クロアはうしろめたいものを感じた。これから問おうとしたことをそのまま言えば、きっと父は暗い気持ちになる。そんな不快な感情をいだかせたまま就寝させてしまうのは気が引けた。
「それで、クロアはなにをしにここへ?」
「えっと……お父さまの顔を見たかったのです。これで失礼いたしますわ」
「そんなはずないだろう。この部屋にきたときのクロアは辛気くさい顔をしていたぞ」
「え、そうでした?」
クロアは自身の頬を手でなでた。平常心をこころがけて入室したつもりだったのだが。
「なに、なんとなくそう思ったんだ」
「あてずっぽうでしたの?」
「そんなところだね。けれど私に相談することがあるなら、言ってみなさい」
クロアは父の厚意に応えられるよう、明かしやすいほうの事実を話す。
「ダムトが……先日の偵察の結果をすこし教えてくれました」
「ほう、どうだった?」
「賊の戦力には、いまのわたしたちでは勝てないなにかがあるそうです。その対策のため、ダムトは強力な戦士をさがしに、ひとりで出かけました。ですからわたしの護衛がしばらく欠けた状態になります」
「ふむ、ダムトの外出を報告したかったのか」
「はい、お父さまにご一報入れたく……ですが支障はないと思います。日中の外出にはレジィとエメリが同行しますし、夜は移動方法を変えればソルフと一緒に出かけられます」
クロアの夜の外出時、本来は町で禁止する飛獣の飛行を行なっている。領主の許可は下りたので違法ではないが、おおっぴらにベニトラの姿を人々に見せるわけにはいかない。それゆえ、術で姿を消すのを前提に行動してきた。ダムト不在となると姿を消すすべがなくなる。その代替案として、今度は昼間と同じように馬車に乗るか、あるいは普通の馬に乗るかして町中を回ることになる。
クノードは「そのとおりだ」と同意を示した。これで父との会話を穏便に乗り切れた、とクロアは安堵するが、そうすんなりといかなかった。
「でもクロアが言いたいことはそれだけじゃなさそうだね?」
父は痛いところを突いてきた。しかしそう受け取られるのも不思議ではないとクロアは自省する。まことにこの程度の状況報告をしにきたのなら、とっととそう言えばよい。「父の顔を見にきた」などと言葉をにごす意味がないのだ。
「言ってごらん。私のなやみごとが増えそうだとか、余計なことは心配しなくていい」
父の包容力にほだされ、クロアは本心を明かすことにした。視線を過去の自分に落とす。
「ダムトが……奇妙な忠告をしてきました。このまま賊の討伐に行くと、わたしはすべてを失うことになる、と……」
クロアは聞き手の反応をたしかめずに、次なる伝聞を告げる。
「わたしの家族や生活が変わってしまうかもしれない、と言ったのです。これは、どういう意味なのか……あいつは答えてくれませんでした」
クロアがおそるおそる父の横顔を見てみると、案じたとおり、父は怪訝な表情を浮かべている。
「それはきっと……敵が強すぎると言いたいんだろう」
「敵の強さ、ですか」
「ああ。たかが賊だと油断してかかると、大事な仲間を死なせてしまう……そんな危険をクロアの身に染みるように、彼が言いかえたんじゃないかな」
父の見解はいたく腑に落ちた。そこからさらに一歩ふみこんだ説を、クロアが思いつく。
「それか、わたしが戦って死ぬのを……まわりくどく言ったのかも」
ダムトにクロアに対して不遜な口を利くとはいえ、忠誠心はある男だ。主人の悲惨な未来を率直に表現することに、はばかりを感じた──そうとらえると辻褄が合う。
「敵は、わたしたちの手におえない相手なのでしょうか」
「あきらめるかい?」
「いいえ、やります。ですが勝てないと思ったら逃げます」
「堂々と言うね」
「なにも一回の討伐で、完璧に勝つ必要はないでしょう?」
「たしかに……皆の生存が最優先だ。撤退しても、相手がいかほどの強さを秘めるのかさぐれれば今後の方策に役立つ」
「はい、決行のときは撤退をすばやくできるようにそなえましょう」
クロアは自分の置かれた状況と対策が見えてくると、徐々に心が晴れてきた。父と話し合ったおかげで得体の知れない恐怖がうすれたのだ。
「お父さまと話せて、よかったです」
クロアは笑顔で退室することができた。しかしクロアの去り際に見た父の顔はあかるくなく、不安げに写真帳をながめているようだった。
(いくら逃げればいいといっても、戦死の危険が高い討伐をやるんじゃね……)
今後の展開を楽観視できない事態には変わりない。クロアは父の心労を軽減できるよう、明日からはとくに強い勇士を見つけようと考えた。
「そうそう、あなたが連れてくる方は何人ぐらいいるの? あと三人はほしいのだけど」
「三人……集まるかもしれません。ただ確約はしかねます」
「わかったわ。それじゃ、こっちでも強い人をさがしておくわね」
目下の活動計画が決まった。下男役に従事する従者は廊下へ出る。クロアはなにもない円卓を見て、以前はそこにあったカゴを連想する。
(やっぱり無いほうがラクね……)
カゴを得た当初はこの円卓に置いていた。それでは円卓の利用がしにくくなるので、現在は背の低い棚の天板にカゴを移動した。カゴを寝所とする猫はその変更を受け入れ、いまなおカゴの中で休んでいる。猫が上から被るために用意した毛布は敷物と化していた。この獣が毛布を被るのはレジィがそばにいたときだけ。その被毛の保温機能が優秀であるがゆえに、毛布のあたたかさは必要でないようだ。
ベニトラはクロアに背中を向けた状態でねており、クロアと従者の会話を聞いていたかはわからない。クロアはダメ元でおおざっぱな質問をしかける。
「ねえ、ダムトの言ってたこと……あなたにはわかる?」
クロアの胸中にある言葉は「すべてを失う」という一文。取り返しのつかない事態を示唆する言葉だ。その重みゆえに、かるがるしく口にできなかった。
ベニトラは長い尾を上げた。天井を向く尾を左右にゆらす。
「知らん」
そっけなく言うと縞柄の尻尾をカゴの外へ垂らした。われ関せず、の態度だとクロアは感じる。
「そうよね、あいつと付き合いの浅いあなたじゃ……わからなくて当然」
あてが外れたクロアは気持ちを切り替え、部屋を出た。目的は就寝前の入浴だ。しかし浴室へ向かう足取りはおそい。
(うーん、やっぱり気になる)
納得の落としどころがほしかった。それがダムトの真意をつかめていなくてもいい。なんらかの仮説がなくては、このざわついた気持ちはしずまらないと考えた。
(だれかに聞いてみる?)
ダムトの性情を知る人物で、なおかつ公女が危機に直面するかもしれぬことを告げてよい者。
(お父さまかしら?)
ダムトを見い出した者は父だ。そして、他人である官吏には不穏な情報を洩らせない。この二点をかんがみ、父にたずねるのが適切だと判断した。
クロアは父の寝室へおもむいた。父の部屋は母の寝室と隣り合っており、どちらか一方の部屋に両親がいるときもあるのだが、今日は父ひとりが長椅子に座っていた。
父は来訪した娘を歓迎し、自身のとなりへ座るようすすめた。クロアは素直に応じた。その際、父のひざにある写真帳に関心がいく。
「あら、写真を見ていらしたの」
「ああ、すこし……昔がなつかしくなってね」
クノードは厚紙に貼った写真を見せた。写っているのは身長が低いころのクロアだ。ソルフに抱きあげられ、彼の毛むくじゃらな腕の中でねむる場面だった。
「わたし……?」
「こうしてときどき見ているよ。おかしなことじゃないだろう? 私はクロアの父親なんだから……」
そう言って笑う父を見て、クロアはうしろめたいものを感じた。これから問おうとしたことをそのまま言えば、きっと父は暗い気持ちになる。そんな不快な感情をいだかせたまま就寝させてしまうのは気が引けた。
「それで、クロアはなにをしにここへ?」
「えっと……お父さまの顔を見たかったのです。これで失礼いたしますわ」
「そんなはずないだろう。この部屋にきたときのクロアは辛気くさい顔をしていたぞ」
「え、そうでした?」
クロアは自身の頬を手でなでた。平常心をこころがけて入室したつもりだったのだが。
「なに、なんとなくそう思ったんだ」
「あてずっぽうでしたの?」
「そんなところだね。けれど私に相談することがあるなら、言ってみなさい」
クロアは父の厚意に応えられるよう、明かしやすいほうの事実を話す。
「ダムトが……先日の偵察の結果をすこし教えてくれました」
「ほう、どうだった?」
「賊の戦力には、いまのわたしたちでは勝てないなにかがあるそうです。その対策のため、ダムトは強力な戦士をさがしに、ひとりで出かけました。ですからわたしの護衛がしばらく欠けた状態になります」
「ふむ、ダムトの外出を報告したかったのか」
「はい、お父さまにご一報入れたく……ですが支障はないと思います。日中の外出にはレジィとエメリが同行しますし、夜は移動方法を変えればソルフと一緒に出かけられます」
クロアの夜の外出時、本来は町で禁止する飛獣の飛行を行なっている。領主の許可は下りたので違法ではないが、おおっぴらにベニトラの姿を人々に見せるわけにはいかない。それゆえ、術で姿を消すのを前提に行動してきた。ダムト不在となると姿を消すすべがなくなる。その代替案として、今度は昼間と同じように馬車に乗るか、あるいは普通の馬に乗るかして町中を回ることになる。
クノードは「そのとおりだ」と同意を示した。これで父との会話を穏便に乗り切れた、とクロアは安堵するが、そうすんなりといかなかった。
「でもクロアが言いたいことはそれだけじゃなさそうだね?」
父は痛いところを突いてきた。しかしそう受け取られるのも不思議ではないとクロアは自省する。まことにこの程度の状況報告をしにきたのなら、とっととそう言えばよい。「父の顔を見にきた」などと言葉をにごす意味がないのだ。
「言ってごらん。私のなやみごとが増えそうだとか、余計なことは心配しなくていい」
父の包容力にほだされ、クロアは本心を明かすことにした。視線を過去の自分に落とす。
「ダムトが……奇妙な忠告をしてきました。このまま賊の討伐に行くと、わたしはすべてを失うことになる、と……」
クロアは聞き手の反応をたしかめずに、次なる伝聞を告げる。
「わたしの家族や生活が変わってしまうかもしれない、と言ったのです。これは、どういう意味なのか……あいつは答えてくれませんでした」
クロアがおそるおそる父の横顔を見てみると、案じたとおり、父は怪訝な表情を浮かべている。
「それはきっと……敵が強すぎると言いたいんだろう」
「敵の強さ、ですか」
「ああ。たかが賊だと油断してかかると、大事な仲間を死なせてしまう……そんな危険をクロアの身に染みるように、彼が言いかえたんじゃないかな」
父の見解はいたく腑に落ちた。そこからさらに一歩ふみこんだ説を、クロアが思いつく。
「それか、わたしが戦って死ぬのを……まわりくどく言ったのかも」
ダムトにクロアに対して不遜な口を利くとはいえ、忠誠心はある男だ。主人の悲惨な未来を率直に表現することに、はばかりを感じた──そうとらえると辻褄が合う。
「敵は、わたしたちの手におえない相手なのでしょうか」
「あきらめるかい?」
「いいえ、やります。ですが勝てないと思ったら逃げます」
「堂々と言うね」
「なにも一回の討伐で、完璧に勝つ必要はないでしょう?」
「たしかに……皆の生存が最優先だ。撤退しても、相手がいかほどの強さを秘めるのかさぐれれば今後の方策に役立つ」
「はい、決行のときは撤退をすばやくできるようにそなえましょう」
クロアは自分の置かれた状況と対策が見えてくると、徐々に心が晴れてきた。父と話し合ったおかげで得体の知れない恐怖がうすれたのだ。
「お父さまと話せて、よかったです」
クロアは笑顔で退室することができた。しかしクロアの去り際に見た父の顔はあかるくなく、不安げに写真帳をながめているようだった。
(いくら逃げればいいといっても、戦死の危険が高い討伐をやるんじゃね……)
今後の展開を楽観視できない事態には変わりない。クロアは父の心労を軽減できるよう、明日からはとくに強い勇士を見つけようと考えた。
タグ:クロア
2019年04月08日
クロア篇−7章1
クロアは四日目の戦士探しを終え、夜の外出からもどってきた。初日以来、ルッツのような戦士を発見できない日々が続く。初日に人材を次々と得られたのは運がよかった。その運はそう続くものではないのだと、クロアは一日を経るごとに感じてくる。
「この町じゃもう、いい戦士は見つからないのかしら」
クロアは自室の円卓でそうぼやいた。同じ席にダムトがおり、彼は茶をクロアに出しながら「そうかもしれません」と同調する。
「もとよりこの町は出稼ぎする戦士の中継地点です。長期の滞在をする人はあまりいませんし──」
「一晩だけ宿泊してる戦士を見つけることにちょっとムリがありそうね」
「このままでは時間が経つばかりになりそうです」
「そうなるとうちで使える費用がどんどん減ってくわけね……」
客分二人の滞在費はクロアの年間活動費から差っ引かれる。そうそう費用が底を尽くことはないが、むざむざ浪費していくのも心苦しい。
「町の外でもいいから、わたしたちを手伝ってくれる人がいれば……」
クロアがかるい気持ちで発した言葉に、ダムトが反応する。
「俺のツテでよければ、人手は集まります」
「ふーん、魔人の友だち?」
クロアは率直に思ったことをたずねた。この従者は十数年も屋敷勤めしている。彼が外部との交友関係が育める時期とは、彼が屋敷にやってくるまえ。魔族寄りな人間だという彼なら魔人の知り合いが多そうだと考えた。
ダムトは「まあそうです」と簡単に認める。
「確実に受けてくれるとは約束しかねますが、事情を話せばわかってくれると思います」
「あなたが言っている方はどういう魔人なの?」
「交渉がうまくいったときにお話しします」
「もったいぶるのねえ、なんでそう自分に関係することを話したがらないの?」
「隠す利点が多いのです」
その利点についてダムトは説明せず、人集めの話題を続行する。
「協力者探しのために、また俺が単独行動してもよろしいですか」
「? 『また』って……」
同じ行為を繰り返す、という言い方にクロアは違和感をおぼえた。しかしその言葉の背景を考えてみると、彼がほんの数日前に遠出していたことを思い出す。
「あ、そうよね、偵察に出かけてたのよね」
「もうおわすれになっていましたか」
ダムトがかるくなじってきた。いつものことなのだが、クロアには反論の余地がある。
「あなただってわたしへの報告をしわすれてるじゃないの。偵察の結果はまだ聞いてないのよ」
「賊が何人いた、などと申し上げても貴女は討伐日までおぼえていられないでしょう。どうせ決行前の会議の場で発表しますから、それまでお待ちください」
「二度手間は御免というわけね」
「おっしゃるとおりです」
従者は主人への報告回数をも最適化しようとしている。クロアは腹立たしくなったが、実際敵の人数を知れても自分がその情報を保持することはむずかしい。そのうえ対策を講じることもダムト任せな面があるので、彼の判断を容認せざるをえない。
「それはそれでいいわ。じゃああなたが見てきた感じ、傭兵が何人いたら勝てそうな連中なの?」
クロアは助っ人集めに有益な質問を投げた。そもそもクロアたちが目指す五人の傭兵の確保には、その人数を充分とする根拠がない。厭戦的な高官が適当に提示しただけの数字だ。正直なところクロアは五人もいらないと思っており、敵方の勢力が弱小だという証拠をつかめれば頭数をそろえる必要はないと考えた。
ダムトは無表情だった顔をややしかめる。
「数は問題ではありません」
「どういう意味? 五人あつめたってムダなの?」
「はい。いまの戦力では勝てない要素がありました」
「つよーい兵器でもあったの?」
「そのようなものです」
敵勢を唯一知るダムトがあやふやな返答をした。そこを伏せられては協議しようがない。クロアは従者が主人の意見を聞く価値がないと判断したのだと思い、キツめに対案を聞く。
「あなたはその対策をどう取るつもり?」
「それが俺のツテです。彼がいれば最悪の事態はまぬがれる……ですが、クロアさまにとってはどうか……」
クロアは思わせぶりな言葉の真意を聞こうとしたが、話者の顔を見ると声がつまった。あの憎まれ口をよく叩く従者が、クロアを憐憫と慈愛がまざる視線をそそいだためだ。
「貴女は……すべてを失う覚悟がありますか?」
「すべてって……なにを?」
「貴女の地位も、家族も、生活も……それらが一変してしまっても、後悔しませんか?」
賊を倒すくらいでなにを大げさな、とクロアは笑い飛ばしたかった。だが彼の真剣なまなざしをまえにすると、ふざけた返答はできなかった。
「悔いるとお思いになる場合……賊の討伐はあきらめたほうがよいでしょう」
「ダメよ、そんなの」
クロアは初志貫徹の意志をまげない。これはクロア個人の問題ではないのだ。
「たしか、石付きの魔獣が賊の手元にいるんでしょ?」
ダムトと話すうちに、自身が賊の対処に躍起になる要因を思い出せていた。いまなお苦しむ魔獣を救うための討伐である、と。
「魔獣を助けなきゃ……その子は、どんな様子だったの?」
「石付きの状態のまま、服従用の術具を装着させられ、賊に従属していたようです」
「二重でひどい目に遭わされてるのね。なおさらほっとけないわ」
そう言って、クロアははたとひらめく。
「あ、もしかしてその魔獣がめちゃくちゃ強いの?」
クロアたちでは賊に勝てない戦力──それが魔獣だと考えると、クロアはいたく腑に落ちた。しかしダムトはどこか抗議的な目をしている。
「……いまはそういうことにしておきますか」
「なによ、ちがうんだったら本当のことを言いなさい」
「いずれおわかりになります。俺とのおしゃべりはこれでおしまいにしましょう。まずはそのお茶を飲みほしてください」
言って従者は彼の分の茶を飲んだ。クロアは茶杯に手をかけるが、指示を素直に聞く気になれない。
「ゆっくり飲ませてくれないの?」
「はい。はやく茶器を片付けたいのです。クロア様がおひとりで片付けられる、というのならかまいませんが」
「なにをいそいでるの」
「今宵のうちに出立します。順調にいけば明日中に戦士を連れてきますが、そううまくいかないと思います。帰還には数日かかるものだとお考えになってください」
なにはともあれ人手をあつめるのがさきなのだ。彼が真相を話さない理由も、いまは時間を惜しんでいるからだとクロアは思い、これ以上の詮索をやめにしておいた。
「この町じゃもう、いい戦士は見つからないのかしら」
クロアは自室の円卓でそうぼやいた。同じ席にダムトがおり、彼は茶をクロアに出しながら「そうかもしれません」と同調する。
「もとよりこの町は出稼ぎする戦士の中継地点です。長期の滞在をする人はあまりいませんし──」
「一晩だけ宿泊してる戦士を見つけることにちょっとムリがありそうね」
「このままでは時間が経つばかりになりそうです」
「そうなるとうちで使える費用がどんどん減ってくわけね……」
客分二人の滞在費はクロアの年間活動費から差っ引かれる。そうそう費用が底を尽くことはないが、むざむざ浪費していくのも心苦しい。
「町の外でもいいから、わたしたちを手伝ってくれる人がいれば……」
クロアがかるい気持ちで発した言葉に、ダムトが反応する。
「俺のツテでよければ、人手は集まります」
「ふーん、魔人の友だち?」
クロアは率直に思ったことをたずねた。この従者は十数年も屋敷勤めしている。彼が外部との交友関係が育める時期とは、彼が屋敷にやってくるまえ。魔族寄りな人間だという彼なら魔人の知り合いが多そうだと考えた。
ダムトは「まあそうです」と簡単に認める。
「確実に受けてくれるとは約束しかねますが、事情を話せばわかってくれると思います」
「あなたが言っている方はどういう魔人なの?」
「交渉がうまくいったときにお話しします」
「もったいぶるのねえ、なんでそう自分に関係することを話したがらないの?」
「隠す利点が多いのです」
その利点についてダムトは説明せず、人集めの話題を続行する。
「協力者探しのために、また俺が単独行動してもよろしいですか」
「? 『また』って……」
同じ行為を繰り返す、という言い方にクロアは違和感をおぼえた。しかしその言葉の背景を考えてみると、彼がほんの数日前に遠出していたことを思い出す。
「あ、そうよね、偵察に出かけてたのよね」
「もうおわすれになっていましたか」
ダムトがかるくなじってきた。いつものことなのだが、クロアには反論の余地がある。
「あなただってわたしへの報告をしわすれてるじゃないの。偵察の結果はまだ聞いてないのよ」
「賊が何人いた、などと申し上げても貴女は討伐日までおぼえていられないでしょう。どうせ決行前の会議の場で発表しますから、それまでお待ちください」
「二度手間は御免というわけね」
「おっしゃるとおりです」
従者は主人への報告回数をも最適化しようとしている。クロアは腹立たしくなったが、実際敵の人数を知れても自分がその情報を保持することはむずかしい。そのうえ対策を講じることもダムト任せな面があるので、彼の判断を容認せざるをえない。
「それはそれでいいわ。じゃああなたが見てきた感じ、傭兵が何人いたら勝てそうな連中なの?」
クロアは助っ人集めに有益な質問を投げた。そもそもクロアたちが目指す五人の傭兵の確保には、その人数を充分とする根拠がない。厭戦的な高官が適当に提示しただけの数字だ。正直なところクロアは五人もいらないと思っており、敵方の勢力が弱小だという証拠をつかめれば頭数をそろえる必要はないと考えた。
ダムトは無表情だった顔をややしかめる。
「数は問題ではありません」
「どういう意味? 五人あつめたってムダなの?」
「はい。いまの戦力では勝てない要素がありました」
「つよーい兵器でもあったの?」
「そのようなものです」
敵勢を唯一知るダムトがあやふやな返答をした。そこを伏せられては協議しようがない。クロアは従者が主人の意見を聞く価値がないと判断したのだと思い、キツめに対案を聞く。
「あなたはその対策をどう取るつもり?」
「それが俺のツテです。彼がいれば最悪の事態はまぬがれる……ですが、クロアさまにとってはどうか……」
クロアは思わせぶりな言葉の真意を聞こうとしたが、話者の顔を見ると声がつまった。あの憎まれ口をよく叩く従者が、クロアを憐憫と慈愛がまざる視線をそそいだためだ。
「貴女は……すべてを失う覚悟がありますか?」
「すべてって……なにを?」
「貴女の地位も、家族も、生活も……それらが一変してしまっても、後悔しませんか?」
賊を倒すくらいでなにを大げさな、とクロアは笑い飛ばしたかった。だが彼の真剣なまなざしをまえにすると、ふざけた返答はできなかった。
「悔いるとお思いになる場合……賊の討伐はあきらめたほうがよいでしょう」
「ダメよ、そんなの」
クロアは初志貫徹の意志をまげない。これはクロア個人の問題ではないのだ。
「たしか、石付きの魔獣が賊の手元にいるんでしょ?」
ダムトと話すうちに、自身が賊の対処に躍起になる要因を思い出せていた。いまなお苦しむ魔獣を救うための討伐である、と。
「魔獣を助けなきゃ……その子は、どんな様子だったの?」
「石付きの状態のまま、服従用の術具を装着させられ、賊に従属していたようです」
「二重でひどい目に遭わされてるのね。なおさらほっとけないわ」
そう言って、クロアははたとひらめく。
「あ、もしかしてその魔獣がめちゃくちゃ強いの?」
クロアたちでは賊に勝てない戦力──それが魔獣だと考えると、クロアはいたく腑に落ちた。しかしダムトはどこか抗議的な目をしている。
「……いまはそういうことにしておきますか」
「なによ、ちがうんだったら本当のことを言いなさい」
「いずれおわかりになります。俺とのおしゃべりはこれでおしまいにしましょう。まずはそのお茶を飲みほしてください」
言って従者は彼の分の茶を飲んだ。クロアは茶杯に手をかけるが、指示を素直に聞く気になれない。
「ゆっくり飲ませてくれないの?」
「はい。はやく茶器を片付けたいのです。クロア様がおひとりで片付けられる、というのならかまいませんが」
「なにをいそいでるの」
「今宵のうちに出立します。順調にいけば明日中に戦士を連れてきますが、そううまくいかないと思います。帰還には数日かかるものだとお考えになってください」
なにはともあれ人手をあつめるのがさきなのだ。彼が真相を話さない理由も、いまは時間を惜しんでいるからだとクロアは思い、これ以上の詮索をやめにしておいた。
タグ:クロア