2019年05月19日
クロア篇−終章4
青紫色の飛竜はなにをするでもなく、どの飛獣よりも高い位置にいた。クロアはその騎乗者が二人いるのを認める。大男の魔人とその妻である。二人はクロアにとって、実の両親だ。
「高みの見物をしにきたの? それとも──」
クロアはヴラドにきつく詰め寄る。
「お母さまを見せびらかすの? アンペレ公の妻ではないと民衆にわからせるために!」
クロアは敵意をむき出しにした。フュリヤの「やめて」という制止がかかる。
「ヴラドは意地悪をしにきたんじゃないの。わかってちょうだい」
「なら、どうして?」
「わたくしを返しにきたの」
クロアは息をのんだ。ヴラドの顔を見遣ると、彼は無言でうなずいた。
「わたくしは母の身が心配だったの。そうヴラドに言ったら、アンペレにもどるようすすめてくれたわ」
「ほんとうに、魔人がそんなことを……?」
クロアは実母の言葉であっても半信半疑にならざるをえなかった。クロアが伝聞で知ったヴラドとは、自分の所有物への執着心が強く、所有物を取りもどすためなら破壊活動もいとわない、乱暴な魔人なのだから。
「わたくしの母はそう何十年と生きられるわけじゃない。クノードも同じよ。それぐらい、待てると……ヴラドは言ってくれたの」
このうえなくクロアたちに好都合な譲歩具合だ。その条件であればクロアも申し分ない。しかし、魔人の気持ちはそれでおさまるのかとクロアは不安に思う。
「ヴラドはそれでいいの? あなただって『こうしたい』という気持ちはあるでしょう」
クロアの質問に魔人は答えない。クロアは彼の煮え切らない態度にやきもきする。
「あなたはお母さまと一緒にいたいのでしょ? だからずっとさがしていたんでしょう」
「……そうだ」
「お母さまもあなたといたいと思っているはず。だから、時期を決めてお母さまをこちらに帰らせてくれればよいのです。たとえば妹たちの帰省の時期に──」
「何年に一度だ?」
「え? 一年に何度か……」
「そんな細切れの契約はめんどうだ。年単位で言え」
「めんどうですって? あなたは棺桶で寝ていればいいだけではないの」
「フュリヤには飛獣がいない。送り迎えが必要だ」
「そのぐらい、わたしどもがやります」
「その都度、寝所に人が押しよせては困る。安心して眠っていられない」
ヴラドは安眠妨害をうったえている。クロアは瑣末な懸念に対して怒りを吐露する。
「なによ、みんなが納得できるやり方を考えているのに!」
クロアの歩み寄りを親切とは思わない男に、クロアは心を乱される。
「そんなに寝ていたいなら、うちの屋敷で置物みたいに寝っ転がっていればいいんだわ!」
クロアが深い考えなしに適当なことをさけんだ。それを「いいのか?」とヴラドが真正直に聞いた。クロアはあまりに素直な反応をされて、困惑する。
「え……ま、まあ……あなたの寝室ぐらいは用意できますわ」
「そうか。なら、それでいい」
「あの、その場合、ずっとあなたの館を空けたままになるのですけど、よろしいの?」
「つねに留守番がいる。問題ない」
「あ……あと、棺桶は用意できるかわかりませんわ。あなたは規格外の体格ですもの」
「ほこりよけの対策ができていればいい」
意外にも前向きな答えが続々と返ってくる。クロアはそれらの計画が自分ひとりで決められることではないと思い、「お母さまはどう思います?」とフュリヤにも打診した。母はもじもじする。
「クノードがいいと言ってくれるなら……ヴラドの身支度をととのえる時間もほしいし」
ヴラドが「この格好は嫌か」と眉を下げて聞く。フュリヤは笑って首を横にふる。
「いいえ、好きよ。だけどほつれたところは直しておきたいの。ほうっておいたら、そのうちほつれがひどくなって……裸でいなくちゃいけなくなるかもしれない」
「ハダカは……みっともないな」
「そうでしょう。だからいまのうちに、丈夫で長持ちする服をこしらえましょう」
二人の間では当面のアンペレ滞在が決定事項となった。それが実現するかは領主の判断次第。クロアはこの提案を上申するため、騒動の鎮圧に奔走するクノードをさがしにいった。
「高みの見物をしにきたの? それとも──」
クロアはヴラドにきつく詰め寄る。
「お母さまを見せびらかすの? アンペレ公の妻ではないと民衆にわからせるために!」
クロアは敵意をむき出しにした。フュリヤの「やめて」という制止がかかる。
「ヴラドは意地悪をしにきたんじゃないの。わかってちょうだい」
「なら、どうして?」
「わたくしを返しにきたの」
クロアは息をのんだ。ヴラドの顔を見遣ると、彼は無言でうなずいた。
「わたくしは母の身が心配だったの。そうヴラドに言ったら、アンペレにもどるようすすめてくれたわ」
「ほんとうに、魔人がそんなことを……?」
クロアは実母の言葉であっても半信半疑にならざるをえなかった。クロアが伝聞で知ったヴラドとは、自分の所有物への執着心が強く、所有物を取りもどすためなら破壊活動もいとわない、乱暴な魔人なのだから。
「わたくしの母はそう何十年と生きられるわけじゃない。クノードも同じよ。それぐらい、待てると……ヴラドは言ってくれたの」
このうえなくクロアたちに好都合な譲歩具合だ。その条件であればクロアも申し分ない。しかし、魔人の気持ちはそれでおさまるのかとクロアは不安に思う。
「ヴラドはそれでいいの? あなただって『こうしたい』という気持ちはあるでしょう」
クロアの質問に魔人は答えない。クロアは彼の煮え切らない態度にやきもきする。
「あなたはお母さまと一緒にいたいのでしょ? だからずっとさがしていたんでしょう」
「……そうだ」
「お母さまもあなたといたいと思っているはず。だから、時期を決めてお母さまをこちらに帰らせてくれればよいのです。たとえば妹たちの帰省の時期に──」
「何年に一度だ?」
「え? 一年に何度か……」
「そんな細切れの契約はめんどうだ。年単位で言え」
「めんどうですって? あなたは棺桶で寝ていればいいだけではないの」
「フュリヤには飛獣がいない。送り迎えが必要だ」
「そのぐらい、わたしどもがやります」
「その都度、寝所に人が押しよせては困る。安心して眠っていられない」
ヴラドは安眠妨害をうったえている。クロアは瑣末な懸念に対して怒りを吐露する。
「なによ、みんなが納得できるやり方を考えているのに!」
クロアの歩み寄りを親切とは思わない男に、クロアは心を乱される。
「そんなに寝ていたいなら、うちの屋敷で置物みたいに寝っ転がっていればいいんだわ!」
クロアが深い考えなしに適当なことをさけんだ。それを「いいのか?」とヴラドが真正直に聞いた。クロアはあまりに素直な反応をされて、困惑する。
「え……ま、まあ……あなたの寝室ぐらいは用意できますわ」
「そうか。なら、それでいい」
「あの、その場合、ずっとあなたの館を空けたままになるのですけど、よろしいの?」
「つねに留守番がいる。問題ない」
「あ……あと、棺桶は用意できるかわかりませんわ。あなたは規格外の体格ですもの」
「ほこりよけの対策ができていればいい」
意外にも前向きな答えが続々と返ってくる。クロアはそれらの計画が自分ひとりで決められることではないと思い、「お母さまはどう思います?」とフュリヤにも打診した。母はもじもじする。
「クノードがいいと言ってくれるなら……ヴラドの身支度をととのえる時間もほしいし」
ヴラドが「この格好は嫌か」と眉を下げて聞く。フュリヤは笑って首を横にふる。
「いいえ、好きよ。だけどほつれたところは直しておきたいの。ほうっておいたら、そのうちほつれがひどくなって……裸でいなくちゃいけなくなるかもしれない」
「ハダカは……みっともないな」
「そうでしょう。だからいまのうちに、丈夫で長持ちする服をこしらえましょう」
二人の間では当面のアンペレ滞在が決定事項となった。それが実現するかは領主の判断次第。クロアはこの提案を上申するため、騒動の鎮圧に奔走するクノードをさがしにいった。
タグ:クロア
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