2019年05月18日
クロア篇−終章3
クロアはタオの飛竜と並行して空を駆けた。クロアとダムトが騎乗するベニトラは自身の前方に風よけの障壁を張り、高速移動に際する騎乗者の負荷を減らした。それは飛竜も同様だ。飛竜は以前、姿を隠す効果もあった風よけの膜を張っていたが、いまは姿がはっきりと見える。その背にはタオとレジィとマキシを乗せている。マキシは事情を伝える目的で、上空にいたタオと合流したあと、そのまま飛竜に同乗した。
二体の飛獣の後方に一騎の飛兵が追随していた。クノードの飛馬は全力飛行の継続に耐えられず、疲弊の色が見えた。それでも先駆けてアンペレへ向かった飛兵隊には追い付けており、そのまま隊と共に町へ行くようだった。
クロアは外壁の哨舎に寄る。中に人はいないが、付近にいる弓を携えた哨兵が出迎えた。
「わたしが先に着きましたが、伯もじきに到着します。みなにそう伝えてください」
哨兵はすでに救援の到来が知れ渡っていることを述べ、自身の伝虫をクロアに貸した。予備のものが哨舎にあるから、と言って。
「賊は現在六人捕えたそうです。残る賊の処理はクロア様にお任せしたいとのことです」
「そのつもりですわ!」
クロアが町の上空を飛びはじめた。焦げくさい臭いが鼻をつく。色のうすい煙がたちのぼるあたりへ行ってみた。そこは施療院。周囲には住民と官吏がごった返している。怪我人が押し寄せているが、処置に対応できる人数を超えてしまったらしい。医官や、住民を保護する武官はせわしなく働いている。
「ダムト、タオさんに施療院で治療を行なってもらうよう頼んでちょうだい」
「レジィにもその指示を出しますか?」
「ええ、そうして。それを伝えたあとは、あなたの自己判断でうごいて!」
ダムトが巨大な羽虫の飛獣に乗り、空へ上がった。クロアは足下の住民の視線がベニトラに集まるのを気にして、あてもなく移動した。まもなく伝虫より通話が聞こえる。
『捕まえた賊六名が逃げました! 逃走をたすけた仲間がいます!』
振り出しにもどった。クロアは見張り役の力不足に憤りを感じたが、叱責をこらえる。
『賊は町のどこにいたの?』
『中央広場です。四方に散りました』
クロアはひとまず町の中央へ行くことにした。移動しながらも不審人物がいないか捜した。突然、伝虫からではない音声が聞こえる。
『クロちゃん、飛獣がたくさんいるところに行って!』
幼い夢魔の声だ。ナーマの気配は町中にある。
『盗人は飛獣をうばって逃げる気だってさ!』
『飛獣のいるところ……?』
厩舎のある場所だ。宿屋、同業組合、招獣専門店。そして我が家。候補がいくつか上がった。その中でもっとも飛獣のいる確率が高く、無防備な場所は。
『招獣の店がいちばん狙いやすいわ。わたしは専門店に行きます!』
クロアは最近知った店へ急行しようとした。だが場所を忘れた。ベニトラにたずねる。
「ねえ、招獣のお店はどこだったかしら?」
「魔獣の気配が濃いところへ行けばよいか」
「そうね。おねがい」
ベニトラの案内にたより、クロアは眼下の警戒を続ける。進行方向に飛びたつ飛獣が見えた。二騎、三騎とあがるそれは種類がそれぞれ異なる。正規兵が有する飛馬ではない。
「あれが賊ね! 空中戦の準備はいい?」
「待て。べつの……魔人があちらにいる。攻撃にまきこまれるやもしれん」
統一性のない飛獣の乗り手が次々に落ちた。ベニトラの警告通り、何者かが仕掛けたのだ。騎手のいない飛獣たちが上空をうろつく。
「飛獣たちが逃げたら店の人が困るわね。連れていきましょう」
賊の捕縛は彼らを撃ち落とした者に託し、クロアが旋回する飛獣に接近する。だが飛獣はクロアとベニトラをおそれて逃げてしまう。
「もう! とって食おうとしてるわけじゃないのよ」
飛獣が一体、ふっと消えた。クロアがおどろいて左右をきょろきょろすると「こっちです」と声があがる。地上に招獣の店の者がいた。ベニトラの首輪をすすめた店員だ。その隣りには消えたはずの飛獣と、長身の男がいる。クロアは高度を下げて店員に話しかける。
「しばらくぶりですわね。お店は無事ですの?」
「すこし壊れた箇所もありますが、こいつらが無事ならなんともありません」
店員は飛獣の手綱をひっぱってみせた。その指に指輪がある。招獣と指輪。この二点でクロアは思いあたる事象があった。
「その指輪が……招術の代わりになるんだったかしら」
「そうです。これを使って、逃げる飛獣を呼びもどしたんです。そこらに転がってる賊から回収すれば、上にいる連中も帰ってきますよ」
地べたには倒れた男たちがいる。みなが落下時の負傷のためか、うめき声を出していた。そばには頭に長い布を巻いた剣士がいる。クロアの見覚えがある、色魔の魔人だ。彼は手中にあった石をその場に捨てた。投石によって賊を撃ち落としたらしい。
「あなた、リックさんと一緒にいた──」
「俺が働いた謝礼はあとでもらうぞ」
「公序良俗に反さない希望でしたらお応えますわ」
「ふむ、手厳しいな」
「当然の条件ですわよ」
チュールがくつくつと笑う。クロアは彼を無視して、伝虫に話しかける。
『招獣専門店に賊たちがいます。店の飛獣をうばって逃走をはかりましたが、もう戦闘不能になっています。近くにいる者が連行してくださいな』
応答があり、クロアは再び空へあがろうとした。だが魔人が引き留める。
「まだ賊がいるのか?」
「ええ。せっかく六人捕まえたのに逃がしてしまったのです」
「ここには六人いるが」
「その六人を逃がす手伝いをした者がいるのですわ」
「そうか。では官吏が到着したら俺も捜してやる」
クロアは彼の申し出を受け入れ、上空へあがる。空にはクノードたちが率いる飛兵が散開し、巨大な飛竜も二体いた。白の竜と、青紫の竜。白はリックの飛竜だが、青紫は──
「ヴラドが、来ているの?」
アンペレには縁のない魔人だ。その目的を知るため、クロアは飛竜に近付いた。
二体の飛獣の後方に一騎の飛兵が追随していた。クノードの飛馬は全力飛行の継続に耐えられず、疲弊の色が見えた。それでも先駆けてアンペレへ向かった飛兵隊には追い付けており、そのまま隊と共に町へ行くようだった。
クロアは外壁の哨舎に寄る。中に人はいないが、付近にいる弓を携えた哨兵が出迎えた。
「わたしが先に着きましたが、伯もじきに到着します。みなにそう伝えてください」
哨兵はすでに救援の到来が知れ渡っていることを述べ、自身の伝虫をクロアに貸した。予備のものが哨舎にあるから、と言って。
「賊は現在六人捕えたそうです。残る賊の処理はクロア様にお任せしたいとのことです」
「そのつもりですわ!」
クロアが町の上空を飛びはじめた。焦げくさい臭いが鼻をつく。色のうすい煙がたちのぼるあたりへ行ってみた。そこは施療院。周囲には住民と官吏がごった返している。怪我人が押し寄せているが、処置に対応できる人数を超えてしまったらしい。医官や、住民を保護する武官はせわしなく働いている。
「ダムト、タオさんに施療院で治療を行なってもらうよう頼んでちょうだい」
「レジィにもその指示を出しますか?」
「ええ、そうして。それを伝えたあとは、あなたの自己判断でうごいて!」
ダムトが巨大な羽虫の飛獣に乗り、空へ上がった。クロアは足下の住民の視線がベニトラに集まるのを気にして、あてもなく移動した。まもなく伝虫より通話が聞こえる。
『捕まえた賊六名が逃げました! 逃走をたすけた仲間がいます!』
振り出しにもどった。クロアは見張り役の力不足に憤りを感じたが、叱責をこらえる。
『賊は町のどこにいたの?』
『中央広場です。四方に散りました』
クロアはひとまず町の中央へ行くことにした。移動しながらも不審人物がいないか捜した。突然、伝虫からではない音声が聞こえる。
『クロちゃん、飛獣がたくさんいるところに行って!』
幼い夢魔の声だ。ナーマの気配は町中にある。
『盗人は飛獣をうばって逃げる気だってさ!』
『飛獣のいるところ……?』
厩舎のある場所だ。宿屋、同業組合、招獣専門店。そして我が家。候補がいくつか上がった。その中でもっとも飛獣のいる確率が高く、無防備な場所は。
『招獣の店がいちばん狙いやすいわ。わたしは専門店に行きます!』
クロアは最近知った店へ急行しようとした。だが場所を忘れた。ベニトラにたずねる。
「ねえ、招獣のお店はどこだったかしら?」
「魔獣の気配が濃いところへ行けばよいか」
「そうね。おねがい」
ベニトラの案内にたより、クロアは眼下の警戒を続ける。進行方向に飛びたつ飛獣が見えた。二騎、三騎とあがるそれは種類がそれぞれ異なる。正規兵が有する飛馬ではない。
「あれが賊ね! 空中戦の準備はいい?」
「待て。べつの……魔人があちらにいる。攻撃にまきこまれるやもしれん」
統一性のない飛獣の乗り手が次々に落ちた。ベニトラの警告通り、何者かが仕掛けたのだ。騎手のいない飛獣たちが上空をうろつく。
「飛獣たちが逃げたら店の人が困るわね。連れていきましょう」
賊の捕縛は彼らを撃ち落とした者に託し、クロアが旋回する飛獣に接近する。だが飛獣はクロアとベニトラをおそれて逃げてしまう。
「もう! とって食おうとしてるわけじゃないのよ」
飛獣が一体、ふっと消えた。クロアがおどろいて左右をきょろきょろすると「こっちです」と声があがる。地上に招獣の店の者がいた。ベニトラの首輪をすすめた店員だ。その隣りには消えたはずの飛獣と、長身の男がいる。クロアは高度を下げて店員に話しかける。
「しばらくぶりですわね。お店は無事ですの?」
「すこし壊れた箇所もありますが、こいつらが無事ならなんともありません」
店員は飛獣の手綱をひっぱってみせた。その指に指輪がある。招獣と指輪。この二点でクロアは思いあたる事象があった。
「その指輪が……招術の代わりになるんだったかしら」
「そうです。これを使って、逃げる飛獣を呼びもどしたんです。そこらに転がってる賊から回収すれば、上にいる連中も帰ってきますよ」
地べたには倒れた男たちがいる。みなが落下時の負傷のためか、うめき声を出していた。そばには頭に長い布を巻いた剣士がいる。クロアの見覚えがある、色魔の魔人だ。彼は手中にあった石をその場に捨てた。投石によって賊を撃ち落としたらしい。
「あなた、リックさんと一緒にいた──」
「俺が働いた謝礼はあとでもらうぞ」
「公序良俗に反さない希望でしたらお応えますわ」
「ふむ、手厳しいな」
「当然の条件ですわよ」
チュールがくつくつと笑う。クロアは彼を無視して、伝虫に話しかける。
『招獣専門店に賊たちがいます。店の飛獣をうばって逃走をはかりましたが、もう戦闘不能になっています。近くにいる者が連行してくださいな』
応答があり、クロアは再び空へあがろうとした。だが魔人が引き留める。
「まだ賊がいるのか?」
「ええ。せっかく六人捕まえたのに逃がしてしまったのです」
「ここには六人いるが」
「その六人を逃がす手伝いをした者がいるのですわ」
「そうか。では官吏が到着したら俺も捜してやる」
クロアは彼の申し出を受け入れ、上空へあがる。空にはクノードたちが率いる飛兵が散開し、巨大な飛竜も二体いた。白の竜と、青紫の竜。白はリックの飛竜だが、青紫は──
「ヴラドが、来ているの?」
アンペレには縁のない魔人だ。その目的を知るため、クロアは飛竜に近付いた。
タグ:クロア
この記事へのコメント
コメントを書く