2019年05月15日
クロア篇−終章1
隣国の領主はクロアたちの出兵を許可してくれた。許可ついでに援軍を出そうか、との提案もしたそうだが、事が事だけに第三者の介入は不適切だとクノードは判断し、遠慮した。
翌日、クロアたちは再び武官をともなって出立した。今回の出征は国境を越える。移動距離が長くなるため、指揮官は自分の騎馬あるいは飛獣を用い、また指揮官以外の歩兵は騎兵及び飛兵に相乗りして行軍する。相乗りする者の中に、戦闘員ではない女性がいた。フュリヤだ。彼女は飛馬を操るクノードのうしろに座っていた。その服装はおよそ領主夫人とは思えぬ粗末な衣類。その服はアンペレへ訪れたときに着ていたものだそうだ。胸のあたりが窮屈そうにぴっちりしている。それは生地がちぢんだのではなく、フュリヤがアンペレに住む間に体型が変わったのだという。フュリヤはヴラドとの出会いを境にして夢魔らしい色香に目覚めた、と自己分析しており、その見解は的確らしかった。
クロアは自分の飛獣を使わずにいた。ベニトラは隊を離れて先行するダムトに預けてある。代わりにタオの飛竜に同乗した。タオの仲間である男女はおらず、彼らはユネスの隊に同行したという。万一、封鎖した賊の拠点にヴラドが出現すれば、ユネスの隊は全滅必至、という観点で、そちらへ加勢することとなった。
タオの飛竜にはレジィとマキシも乗っている。レジィは竜の飛行を怖がり、クロアの腰に抱きついてくる。その一方で、魔獣に興味津々なマキシは飛竜の騎乗体験にいたく感激する。この飛竜にクロアたちが乗ることになったのも、ほとんどマキシの希望によるところが大きい。
「クラメンスの飛竜に乗れるとは、夢にも思わなかった!」
赤い鱗をなでさすりながら言う。マキシは先頭に乗るタオに声をかける。
「この飛竜はダフユスという名前で合っているかな?」
「そのとおり。こいつも有名なんだな」
「ミアキスと同時に生まれた、双生の竜なんだろう?」
「ああ、ミアキスと兄妹ではあるが、あまり似ていない。こいつは人形態を嫌う」
ミアキスの名前にはクロアの聞き覚えがあった。「ミアキスって」と口走るとマキシが嬉々として解説する。
「リックと初めて会った時の酒場にいただろ? あの寡黙な女剣士のことさ」
「あー、女たらしと一緒にいた女性ね」
タオが振り返る。なぜか不機嫌な顔をしていた。
「チュールに会ったのか」
「お会いしましたわ。それがどうかなさいまして?」
「やつは貴女に失礼なことをしでかさなかったか?」
「そういえば……妙な脅しをしてきたり、レジィにちょっかい出したりしましたわね」
クロアの腰につかまるレジィがきゅっと力を込めた。魔人に口説かれたことを恥ずかしがっているらしい。
「不快な思いをさせて申し訳ない。やつに注意はしているが、一向におさまらないんだ」
「あなたが謝らなくてよろしいですわ。それにわたし、過ぎたことは気にしませんの」
「そうか……貴女は心が広いな」
タオはそれ以上話さなかった。タオがなにを思って、剣仙と呼ばれる男の行ないに気を張らせているのかクロアにはわからない。マキシにたずねても、彼はタオとチュールの関係を知らないという。
「ただ、チュールがクラメンスの腕を斬り落とした張本人だとは聞くな」
「え……仲がおわるいの?」
タオがクロアの仮説を否定し、説明を加える。
「やつと父は、むかしから親しい。やつが腕を斬ったのも、父が頼んでしたことだ。そのとき父は解呪できない猛毒の呪印を受け、死をのがれるために、やむなくそうしたらしい」
「『らしい』?」
「私が生まれるまえの出来事だ。正確なことは知らない」
「じゃあ……タオさんのお父上が隻腕になったあとで、タオさんのお母上と結ばれた、ということ?」
「そうみたいだな……」
タオはあまり確信をもっていないかのような答え方をした。そのときクロアは自分が無神経な問いをしたのではないか、と思い返す。
「あ……もしかして、あなたのお母さまは、もう……?」
タオは半魔だという。彼の父が生粋の魔人なので、母は人間ということになる。タオはすでに数百年も生きているため、母親の寿命はとっくのむかしに尽きてしまっているはずだ。
「いや、母は生きている。人間ではあったが、いまは魔人にちかい存在になった」
「人間が、魔人に……?」
「貴女の母方の祖母は人間だが、実年齢より二十歳ほど若く見えるな。どうしてだと思う?」
「えっと……そういう体質?」
「魔人に深く関わった影響だと思われる。そういった現象を私の両親は意図的に行なった、と考えてくれればいい」
「そ、そうなんですの……」
クロアの祖母はすこしずつ加齢している。タオとその母のように数百年と生き永らえる様子はないが、卑近な例として挙げられたようだ。おそらく厳密な話をするとクロアの頭では処しきれないとタオが思ったのだろう。
国境の関所を飛び越えたころ、クノードのもとに小さな物体が飛来した。楕円の石に透明な羽の生えている。それは通信用の術具であり、専用の石に音声を吹き込み、連絡をとりたい人物へ届くよう念じて飛ばす。その飛ぶ様子が羽虫のようだと言われ、伝え虫という名が付いた。伝え虫が放たれた方向は進行先、剣王国からだ。クノードが録音された声に耳を傾けた。すると全隊停止の号令が出る。
「賊の住処に賊がいなくなっているそうだ。いるのは魔人だけだという。皆はここで一時待機してくれ!」
クノードは赤い飛竜に接近する。
「タオ殿、一緒に現地へ行ってもらっていいかな?」
「わかった」
伝え虫に発信元への案内をさせ、クロアたちは後を追いかけた。
翌日、クロアたちは再び武官をともなって出立した。今回の出征は国境を越える。移動距離が長くなるため、指揮官は自分の騎馬あるいは飛獣を用い、また指揮官以外の歩兵は騎兵及び飛兵に相乗りして行軍する。相乗りする者の中に、戦闘員ではない女性がいた。フュリヤだ。彼女は飛馬を操るクノードのうしろに座っていた。その服装はおよそ領主夫人とは思えぬ粗末な衣類。その服はアンペレへ訪れたときに着ていたものだそうだ。胸のあたりが窮屈そうにぴっちりしている。それは生地がちぢんだのではなく、フュリヤがアンペレに住む間に体型が変わったのだという。フュリヤはヴラドとの出会いを境にして夢魔らしい色香に目覚めた、と自己分析しており、その見解は的確らしかった。
クロアは自分の飛獣を使わずにいた。ベニトラは隊を離れて先行するダムトに預けてある。代わりにタオの飛竜に同乗した。タオの仲間である男女はおらず、彼らはユネスの隊に同行したという。万一、封鎖した賊の拠点にヴラドが出現すれば、ユネスの隊は全滅必至、という観点で、そちらへ加勢することとなった。
タオの飛竜にはレジィとマキシも乗っている。レジィは竜の飛行を怖がり、クロアの腰に抱きついてくる。その一方で、魔獣に興味津々なマキシは飛竜の騎乗体験にいたく感激する。この飛竜にクロアたちが乗ることになったのも、ほとんどマキシの希望によるところが大きい。
「クラメンスの飛竜に乗れるとは、夢にも思わなかった!」
赤い鱗をなでさすりながら言う。マキシは先頭に乗るタオに声をかける。
「この飛竜はダフユスという名前で合っているかな?」
「そのとおり。こいつも有名なんだな」
「ミアキスと同時に生まれた、双生の竜なんだろう?」
「ああ、ミアキスと兄妹ではあるが、あまり似ていない。こいつは人形態を嫌う」
ミアキスの名前にはクロアの聞き覚えがあった。「ミアキスって」と口走るとマキシが嬉々として解説する。
「リックと初めて会った時の酒場にいただろ? あの寡黙な女剣士のことさ」
「あー、女たらしと一緒にいた女性ね」
タオが振り返る。なぜか不機嫌な顔をしていた。
「チュールに会ったのか」
「お会いしましたわ。それがどうかなさいまして?」
「やつは貴女に失礼なことをしでかさなかったか?」
「そういえば……妙な脅しをしてきたり、レジィにちょっかい出したりしましたわね」
クロアの腰につかまるレジィがきゅっと力を込めた。魔人に口説かれたことを恥ずかしがっているらしい。
「不快な思いをさせて申し訳ない。やつに注意はしているが、一向におさまらないんだ」
「あなたが謝らなくてよろしいですわ。それにわたし、過ぎたことは気にしませんの」
「そうか……貴女は心が広いな」
タオはそれ以上話さなかった。タオがなにを思って、剣仙と呼ばれる男の行ないに気を張らせているのかクロアにはわからない。マキシにたずねても、彼はタオとチュールの関係を知らないという。
「ただ、チュールがクラメンスの腕を斬り落とした張本人だとは聞くな」
「え……仲がおわるいの?」
タオがクロアの仮説を否定し、説明を加える。
「やつと父は、むかしから親しい。やつが腕を斬ったのも、父が頼んでしたことだ。そのとき父は解呪できない猛毒の呪印を受け、死をのがれるために、やむなくそうしたらしい」
「『らしい』?」
「私が生まれるまえの出来事だ。正確なことは知らない」
「じゃあ……タオさんのお父上が隻腕になったあとで、タオさんのお母上と結ばれた、ということ?」
「そうみたいだな……」
タオはあまり確信をもっていないかのような答え方をした。そのときクロアは自分が無神経な問いをしたのではないか、と思い返す。
「あ……もしかして、あなたのお母さまは、もう……?」
タオは半魔だという。彼の父が生粋の魔人なので、母は人間ということになる。タオはすでに数百年も生きているため、母親の寿命はとっくのむかしに尽きてしまっているはずだ。
「いや、母は生きている。人間ではあったが、いまは魔人にちかい存在になった」
「人間が、魔人に……?」
「貴女の母方の祖母は人間だが、実年齢より二十歳ほど若く見えるな。どうしてだと思う?」
「えっと……そういう体質?」
「魔人に深く関わった影響だと思われる。そういった現象を私の両親は意図的に行なった、と考えてくれればいい」
「そ、そうなんですの……」
クロアの祖母はすこしずつ加齢している。タオとその母のように数百年と生き永らえる様子はないが、卑近な例として挙げられたようだ。おそらく厳密な話をするとクロアの頭では処しきれないとタオが思ったのだろう。
国境の関所を飛び越えたころ、クノードのもとに小さな物体が飛来した。楕円の石に透明な羽の生えている。それは通信用の術具であり、専用の石に音声を吹き込み、連絡をとりたい人物へ届くよう念じて飛ばす。その飛ぶ様子が羽虫のようだと言われ、伝え虫という名が付いた。伝え虫が放たれた方向は進行先、剣王国からだ。クノードが録音された声に耳を傾けた。すると全隊停止の号令が出る。
「賊の住処に賊がいなくなっているそうだ。いるのは魔人だけだという。皆はここで一時待機してくれ!」
クノードは赤い飛竜に接近する。
「タオ殿、一緒に現地へ行ってもらっていいかな?」
「わかった」
伝え虫に発信元への案内をさせ、クロアたちは後を追いかけた。
タグ:クロア
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