2019年05月17日
クロア篇-終章◇
工房の町は狂乱に陥っていた。施療院の不審火から始まり、文化会館で小規模な爆破が起きた。その対応に官吏が手間取る隙に乗じ、暴徒が略奪行為を働く。あまりに短時間に多発したことから計画的な犯行だと推測できた。これらの対処には通例、領主たるクノードが指揮を執る。だが現在は不在。そのためカスバンが代行を務め、鎮圧の手配をした。屋敷の警備は残しつつ、動かせる武官はすべて町中へ派遣する。暴徒を逃がさぬよう外門は封鎖し、出兵した者たちがもどってきた時のみ開門するよう命じた。主立った将兵が町にいない今、動員できる手勢は脆弱。それゆえカスバンはできうる命令を出し切ったのち、主力部隊に帰還の指示を官吏に伝える。
「ボーゼン将軍に賊の襲撃を連絡せよ! 救援に来ていただく!」
「クノード様にはご報告しないのですか」
「心配せずとも伯には将軍から連絡がいくだろう。あとは賊の拠点に駐屯するユネス隊にも知らせよ!」
領主代行役の前に年若い武官が現れる。彼は武僧兵の身なりをしていた。打撃用の杖を手にした状態で一礼する。
「小官も暴徒の捕縛をしてまいります。カスバン殿にこの屋敷の守備をお任せします」
「オゼ殿、飛馬を使われよ。姉君にもそのように申し付けました」
「承知しました。ただちに向かいます!」
ボーゼンの息子が厩舎へ走った。そこには武装したエメリが飛馬の支度をしていた。彼女が手綱を引く飛馬は二体。片方にはすでに人が乗っている。矢筒を背負ったティオだ。彼は武官に就任して以来、基礎訓練を受けている。一人前にはまだなっていない。実戦には関われない立場だが、本人の強い希望によって戦闘に加わることになった。ただし本物の矢は使えない。町中での戦闘では武官は矢じりの尖らない金属製の矢を使用する。この矢は通常の矢尻より殺傷力を低くしてあるため、領民への誤射のおそれがある状況にはうってつけの武器だ。
「ティオはあまり飛馬に慣れていないの。私と相乗りしてもらうわ」
「わかった、早く行こう!」
平時は禁止される飛獣の飛行を惜しげなく活用し、三人は空へ上がった。町には煙がもくもくと立つ場所がある。その周辺には官吏がいるはずなので、この異変を無視した。町を見下ろし、近辺にいる不審者を捜す。大通りには町を巡回する公共馬車が依然として活動中だ。騒ぎを知らぬわけではないだろうに、職務を遵守しているらしい。
「あの馬車、あのまんまで大丈夫かな?」
ティオが率直に言う。質問は指揮権のあるオゼに向けられている。
「住民の避難を手伝っているのかもしれない。ほうっておこう」
「んじゃ、悪いやつらをとっちめるか」
怪しい人影はすぐに見つかった。大きな袋を肩に担いだ者が二人、小道を走る。オゼはその二人組を調べることにした。飛馬を走らせ、不審者の前へすいっと立ちはだかる。
「そんな大荷物を持って、どこへ行くんです?」
紳士的な問いには問答無用の二本の剣が返ってきた。オゼは杖で攻撃を払う。飛馬を後退しながら防御に徹した。不意に、悪漢の一人が前のめりに倒れる。賊は仲間の異変に戸惑う。その虚を好機と見たオゼは打撃を食らわした。腹部に打突を受けた賊は後方へ倒れる。エメリの飛馬が着陸し、ティオが誇らしげに「ちゃんと当たっただろー?」と聞いてきた。彼の撃った矢が賊の片割れを倒したのだ。その矢は地面に転がっている。尖っていない金属の矢であったので、人体に刺さらなかった。
射手はみずから矢を回収した。それが終わると賊を縛り上げる。オゼは捕縛作業をティオらに任せ、官吏用の羽のない伝虫に語りかけた。
『こちらオゼ。賊を二名捕縛した。みなの首尾はどうだろうか?』
返答はない。町中では相互に通話ができる伝虫を特定の官吏に持たせている。その仕組み上、町の外を遠く離れないかぎり持ち主に音声が届くはずなのだが。
少し間を置いて、たどたどしい声で『逃がしました』との報告が入る。同様のセリフが続いた。数百人の武官が総出しても、捕縛成功例がたったひとつ。それも官吏ではない一般人が倒したのを、捕まえたという。
『その一般人は何人倒したんだ?』
『二人です。その後、ほかの賊をさがしに行ってしまいました』
『賊をさがしに? それはどんな人たちだ』
『二人組の男女の剣士です』
混乱の鎮圧に協力的な戦士がいる。それが頼もしくもあり、不気味でもあった。
「男女の剣士ぃ? おいおい、それってクロアさまが会ってた魔人なんじゃねえの?」
賊の拘束を完了したティオが言う。エメリも同調する。
「お嬢さまが屋敷に連れてきた魔人の仲間、かもね。討伐には同行しなかった、剣仙とその飛竜なんだとか……」
「魔人のほうが役立つとは……くやしいが、甘んじて厚意を受けておこう」
オゼは戦力にならない官吏を呼び寄せ、賊と盗品の一時収容を任せた。到着を待たないうちから次なる捕縛対象を捜しにいく。空中から探索すると戦闘中らしき集団を発見した。そこにはオゼと同じアンペレの兵の姿が数人あり、そうでない者が三人いる。オゼは兵の救援目的で現地へ急降下した。
近づいてみると、兵は三人の賊と戦う最中ではないとわかった。兵士ではない一般の戦士が二人の賊を相手にしており、肝心のアンペレ兵は戦いを見守っている図式だ。なんとも情けない光景だが、観戦せざるえない理由はあった。賊を相手にする戦士の動きが素早く、下手に加勢すれば逆に妨害をしてしまう。その速さは刃物の光が残像として目に焼き尽くほどだった。戦士は賊を翻弄し、蹴りでひとりずつ地に沈めた。そうして賊をすべて倒すと息をついた。うごきを止めることでようやく戦士の姿を視認できた。その姿は銀の長髪の女性だった。
「……あとはご勝手に」
彼女は抜身の剣を鞘にもどすと、そうつぶやいて走り去った。オゼは惚けていた兵たちに賊の連行とその報告を頼む。エメリが弟に「これで六人捕まえたのね」と現状確認する。
「先日捕まった賊は十人。ダムトの目撃報告は全部で十六人。一応は賊をすべて捕まえたという計算ができるけれど──」
「この騒ぎがたった六人の仕業なんだろうか? ほかに加担者がいるんじゃないか」
オゼは次なる捕獲をしに飛翔した。高度を上げる途中、新たな情報が入る。
『西の空に飛行物が接近中! 救援でしょうか』
外壁を守る哨兵からの報告だ。オゼたちが高く上昇してみるとなんらかの群れを発見する。続報によるとそれは二十騎ほどの飛兵だという。飛兵集団を追い抜かした飛竜と虎のような飛獣も現れたといい、伝虫から歓喜の声が多数あがった。虎に似た飛獣を繰る招術士は、官吏のよく知る人物だからだ。
「クロア様が帰ってこられたか。いるかわからない賊の掃討はあの方たちにお任せして、こちらは療術士として負傷者の治療にあたろうか?」
オゼは姉に意見を求めた。エメリはほほえむ。
「そうね。獲物がひとりもいないんじゃ、お嬢さまは不満かもしれないもの」
姉弟は二手に分かれ、被害に遭った住民の救助を優先した。
「ボーゼン将軍に賊の襲撃を連絡せよ! 救援に来ていただく!」
「クノード様にはご報告しないのですか」
「心配せずとも伯には将軍から連絡がいくだろう。あとは賊の拠点に駐屯するユネス隊にも知らせよ!」
領主代行役の前に年若い武官が現れる。彼は武僧兵の身なりをしていた。打撃用の杖を手にした状態で一礼する。
「小官も暴徒の捕縛をしてまいります。カスバン殿にこの屋敷の守備をお任せします」
「オゼ殿、飛馬を使われよ。姉君にもそのように申し付けました」
「承知しました。ただちに向かいます!」
ボーゼンの息子が厩舎へ走った。そこには武装したエメリが飛馬の支度をしていた。彼女が手綱を引く飛馬は二体。片方にはすでに人が乗っている。矢筒を背負ったティオだ。彼は武官に就任して以来、基礎訓練を受けている。一人前にはまだなっていない。実戦には関われない立場だが、本人の強い希望によって戦闘に加わることになった。ただし本物の矢は使えない。町中での戦闘では武官は矢じりの尖らない金属製の矢を使用する。この矢は通常の矢尻より殺傷力を低くしてあるため、領民への誤射のおそれがある状況にはうってつけの武器だ。
「ティオはあまり飛馬に慣れていないの。私と相乗りしてもらうわ」
「わかった、早く行こう!」
平時は禁止される飛獣の飛行を惜しげなく活用し、三人は空へ上がった。町には煙がもくもくと立つ場所がある。その周辺には官吏がいるはずなので、この異変を無視した。町を見下ろし、近辺にいる不審者を捜す。大通りには町を巡回する公共馬車が依然として活動中だ。騒ぎを知らぬわけではないだろうに、職務を遵守しているらしい。
「あの馬車、あのまんまで大丈夫かな?」
ティオが率直に言う。質問は指揮権のあるオゼに向けられている。
「住民の避難を手伝っているのかもしれない。ほうっておこう」
「んじゃ、悪いやつらをとっちめるか」
怪しい人影はすぐに見つかった。大きな袋を肩に担いだ者が二人、小道を走る。オゼはその二人組を調べることにした。飛馬を走らせ、不審者の前へすいっと立ちはだかる。
「そんな大荷物を持って、どこへ行くんです?」
紳士的な問いには問答無用の二本の剣が返ってきた。オゼは杖で攻撃を払う。飛馬を後退しながら防御に徹した。不意に、悪漢の一人が前のめりに倒れる。賊は仲間の異変に戸惑う。その虚を好機と見たオゼは打撃を食らわした。腹部に打突を受けた賊は後方へ倒れる。エメリの飛馬が着陸し、ティオが誇らしげに「ちゃんと当たっただろー?」と聞いてきた。彼の撃った矢が賊の片割れを倒したのだ。その矢は地面に転がっている。尖っていない金属の矢であったので、人体に刺さらなかった。
射手はみずから矢を回収した。それが終わると賊を縛り上げる。オゼは捕縛作業をティオらに任せ、官吏用の羽のない伝虫に語りかけた。
『こちらオゼ。賊を二名捕縛した。みなの首尾はどうだろうか?』
返答はない。町中では相互に通話ができる伝虫を特定の官吏に持たせている。その仕組み上、町の外を遠く離れないかぎり持ち主に音声が届くはずなのだが。
少し間を置いて、たどたどしい声で『逃がしました』との報告が入る。同様のセリフが続いた。数百人の武官が総出しても、捕縛成功例がたったひとつ。それも官吏ではない一般人が倒したのを、捕まえたという。
『その一般人は何人倒したんだ?』
『二人です。その後、ほかの賊をさがしに行ってしまいました』
『賊をさがしに? それはどんな人たちだ』
『二人組の男女の剣士です』
混乱の鎮圧に協力的な戦士がいる。それが頼もしくもあり、不気味でもあった。
「男女の剣士ぃ? おいおい、それってクロアさまが会ってた魔人なんじゃねえの?」
賊の拘束を完了したティオが言う。エメリも同調する。
「お嬢さまが屋敷に連れてきた魔人の仲間、かもね。討伐には同行しなかった、剣仙とその飛竜なんだとか……」
「魔人のほうが役立つとは……くやしいが、甘んじて厚意を受けておこう」
オゼは戦力にならない官吏を呼び寄せ、賊と盗品の一時収容を任せた。到着を待たないうちから次なる捕縛対象を捜しにいく。空中から探索すると戦闘中らしき集団を発見した。そこにはオゼと同じアンペレの兵の姿が数人あり、そうでない者が三人いる。オゼは兵の救援目的で現地へ急降下した。
近づいてみると、兵は三人の賊と戦う最中ではないとわかった。兵士ではない一般の戦士が二人の賊を相手にしており、肝心のアンペレ兵は戦いを見守っている図式だ。なんとも情けない光景だが、観戦せざるえない理由はあった。賊を相手にする戦士の動きが素早く、下手に加勢すれば逆に妨害をしてしまう。その速さは刃物の光が残像として目に焼き尽くほどだった。戦士は賊を翻弄し、蹴りでひとりずつ地に沈めた。そうして賊をすべて倒すと息をついた。うごきを止めることでようやく戦士の姿を視認できた。その姿は銀の長髪の女性だった。
「……あとはご勝手に」
彼女は抜身の剣を鞘にもどすと、そうつぶやいて走り去った。オゼは惚けていた兵たちに賊の連行とその報告を頼む。エメリが弟に「これで六人捕まえたのね」と現状確認する。
「先日捕まった賊は十人。ダムトの目撃報告は全部で十六人。一応は賊をすべて捕まえたという計算ができるけれど──」
「この騒ぎがたった六人の仕業なんだろうか? ほかに加担者がいるんじゃないか」
オゼは次なる捕獲をしに飛翔した。高度を上げる途中、新たな情報が入る。
『西の空に飛行物が接近中! 救援でしょうか』
外壁を守る哨兵からの報告だ。オゼたちが高く上昇してみるとなんらかの群れを発見する。続報によるとそれは二十騎ほどの飛兵だという。飛兵集団を追い抜かした飛竜と虎のような飛獣も現れたといい、伝虫から歓喜の声が多数あがった。虎に似た飛獣を繰る招術士は、官吏のよく知る人物だからだ。
「クロア様が帰ってこられたか。いるかわからない賊の掃討はあの方たちにお任せして、こちらは療術士として負傷者の治療にあたろうか?」
オゼは姉に意見を求めた。エメリはほほえむ。
「そうね。獲物がひとりもいないんじゃ、お嬢さまは不満かもしれないもの」
姉弟は二手に分かれ、被害に遭った住民の救助を優先した。
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