2019年04月08日
クロア篇−7章1
クロアは四日目の戦士探しを終え、夜の外出からもどってきた。初日以来、ルッツのような戦士を発見できない日々が続く。初日に人材を次々と得られたのは運がよかった。その運はそう続くものではないのだと、クロアは一日を経るごとに感じてくる。
「この町じゃもう、いい戦士は見つからないのかしら」
クロアは自室の円卓でそうぼやいた。同じ席にダムトがおり、彼は茶をクロアに出しながら「そうかもしれません」と同調する。
「もとよりこの町は出稼ぎする戦士の中継地点です。長期の滞在をする人はあまりいませんし──」
「一晩だけ宿泊してる戦士を見つけることにちょっとムリがありそうね」
「このままでは時間が経つばかりになりそうです」
「そうなるとうちで使える費用がどんどん減ってくわけね……」
客分二人の滞在費はクロアの年間活動費から差っ引かれる。そうそう費用が底を尽くことはないが、むざむざ浪費していくのも心苦しい。
「町の外でもいいから、わたしたちを手伝ってくれる人がいれば……」
クロアがかるい気持ちで発した言葉に、ダムトが反応する。
「俺のツテでよければ、人手は集まります」
「ふーん、魔人の友だち?」
クロアは率直に思ったことをたずねた。この従者は十数年も屋敷勤めしている。彼が外部との交友関係が育める時期とは、彼が屋敷にやってくるまえ。魔族寄りな人間だという彼なら魔人の知り合いが多そうだと考えた。
ダムトは「まあそうです」と簡単に認める。
「確実に受けてくれるとは約束しかねますが、事情を話せばわかってくれると思います」
「あなたが言っている方はどういう魔人なの?」
「交渉がうまくいったときにお話しします」
「もったいぶるのねえ、なんでそう自分に関係することを話したがらないの?」
「隠す利点が多いのです」
その利点についてダムトは説明せず、人集めの話題を続行する。
「協力者探しのために、また俺が単独行動してもよろしいですか」
「? 『また』って……」
同じ行為を繰り返す、という言い方にクロアは違和感をおぼえた。しかしその言葉の背景を考えてみると、彼がほんの数日前に遠出していたことを思い出す。
「あ、そうよね、偵察に出かけてたのよね」
「もうおわすれになっていましたか」
ダムトがかるくなじってきた。いつものことなのだが、クロアには反論の余地がある。
「あなただってわたしへの報告をしわすれてるじゃないの。偵察の結果はまだ聞いてないのよ」
「賊が何人いた、などと申し上げても貴女は討伐日までおぼえていられないでしょう。どうせ決行前の会議の場で発表しますから、それまでお待ちください」
「二度手間は御免というわけね」
「おっしゃるとおりです」
従者は主人への報告回数をも最適化しようとしている。クロアは腹立たしくなったが、実際敵の人数を知れても自分がその情報を保持することはむずかしい。そのうえ対策を講じることもダムト任せな面があるので、彼の判断を容認せざるをえない。
「それはそれでいいわ。じゃああなたが見てきた感じ、傭兵が何人いたら勝てそうな連中なの?」
クロアは助っ人集めに有益な質問を投げた。そもそもクロアたちが目指す五人の傭兵の確保には、その人数を充分とする根拠がない。厭戦的な高官が適当に提示しただけの数字だ。正直なところクロアは五人もいらないと思っており、敵方の勢力が弱小だという証拠をつかめれば頭数をそろえる必要はないと考えた。
ダムトは無表情だった顔をややしかめる。
「数は問題ではありません」
「どういう意味? 五人あつめたってムダなの?」
「はい。いまの戦力では勝てない要素がありました」
「つよーい兵器でもあったの?」
「そのようなものです」
敵勢を唯一知るダムトがあやふやな返答をした。そこを伏せられては協議しようがない。クロアは従者が主人の意見を聞く価値がないと判断したのだと思い、キツめに対案を聞く。
「あなたはその対策をどう取るつもり?」
「それが俺のツテです。彼がいれば最悪の事態はまぬがれる……ですが、クロアさまにとってはどうか……」
クロアは思わせぶりな言葉の真意を聞こうとしたが、話者の顔を見ると声がつまった。あの憎まれ口をよく叩く従者が、クロアを憐憫と慈愛がまざる視線をそそいだためだ。
「貴女は……すべてを失う覚悟がありますか?」
「すべてって……なにを?」
「貴女の地位も、家族も、生活も……それらが一変してしまっても、後悔しませんか?」
賊を倒すくらいでなにを大げさな、とクロアは笑い飛ばしたかった。だが彼の真剣なまなざしをまえにすると、ふざけた返答はできなかった。
「悔いるとお思いになる場合……賊の討伐はあきらめたほうがよいでしょう」
「ダメよ、そんなの」
クロアは初志貫徹の意志をまげない。これはクロア個人の問題ではないのだ。
「たしか、石付きの魔獣が賊の手元にいるんでしょ?」
ダムトと話すうちに、自身が賊の対処に躍起になる要因を思い出せていた。いまなお苦しむ魔獣を救うための討伐である、と。
「魔獣を助けなきゃ……その子は、どんな様子だったの?」
「石付きの状態のまま、服従用の術具を装着させられ、賊に従属していたようです」
「二重でひどい目に遭わされてるのね。なおさらほっとけないわ」
そう言って、クロアははたとひらめく。
「あ、もしかしてその魔獣がめちゃくちゃ強いの?」
クロアたちでは賊に勝てない戦力──それが魔獣だと考えると、クロアはいたく腑に落ちた。しかしダムトはどこか抗議的な目をしている。
「……いまはそういうことにしておきますか」
「なによ、ちがうんだったら本当のことを言いなさい」
「いずれおわかりになります。俺とのおしゃべりはこれでおしまいにしましょう。まずはそのお茶を飲みほしてください」
言って従者は彼の分の茶を飲んだ。クロアは茶杯に手をかけるが、指示を素直に聞く気になれない。
「ゆっくり飲ませてくれないの?」
「はい。はやく茶器を片付けたいのです。クロア様がおひとりで片付けられる、というのならかまいませんが」
「なにをいそいでるの」
「今宵のうちに出立します。順調にいけば明日中に戦士を連れてきますが、そううまくいかないと思います。帰還には数日かかるものだとお考えになってください」
なにはともあれ人手をあつめるのがさきなのだ。彼が真相を話さない理由も、いまは時間を惜しんでいるからだとクロアは思い、これ以上の詮索をやめにしておいた。
「この町じゃもう、いい戦士は見つからないのかしら」
クロアは自室の円卓でそうぼやいた。同じ席にダムトがおり、彼は茶をクロアに出しながら「そうかもしれません」と同調する。
「もとよりこの町は出稼ぎする戦士の中継地点です。長期の滞在をする人はあまりいませんし──」
「一晩だけ宿泊してる戦士を見つけることにちょっとムリがありそうね」
「このままでは時間が経つばかりになりそうです」
「そうなるとうちで使える費用がどんどん減ってくわけね……」
客分二人の滞在費はクロアの年間活動費から差っ引かれる。そうそう費用が底を尽くことはないが、むざむざ浪費していくのも心苦しい。
「町の外でもいいから、わたしたちを手伝ってくれる人がいれば……」
クロアがかるい気持ちで発した言葉に、ダムトが反応する。
「俺のツテでよければ、人手は集まります」
「ふーん、魔人の友だち?」
クロアは率直に思ったことをたずねた。この従者は十数年も屋敷勤めしている。彼が外部との交友関係が育める時期とは、彼が屋敷にやってくるまえ。魔族寄りな人間だという彼なら魔人の知り合いが多そうだと考えた。
ダムトは「まあそうです」と簡単に認める。
「確実に受けてくれるとは約束しかねますが、事情を話せばわかってくれると思います」
「あなたが言っている方はどういう魔人なの?」
「交渉がうまくいったときにお話しします」
「もったいぶるのねえ、なんでそう自分に関係することを話したがらないの?」
「隠す利点が多いのです」
その利点についてダムトは説明せず、人集めの話題を続行する。
「協力者探しのために、また俺が単独行動してもよろしいですか」
「? 『また』って……」
同じ行為を繰り返す、という言い方にクロアは違和感をおぼえた。しかしその言葉の背景を考えてみると、彼がほんの数日前に遠出していたことを思い出す。
「あ、そうよね、偵察に出かけてたのよね」
「もうおわすれになっていましたか」
ダムトがかるくなじってきた。いつものことなのだが、クロアには反論の余地がある。
「あなただってわたしへの報告をしわすれてるじゃないの。偵察の結果はまだ聞いてないのよ」
「賊が何人いた、などと申し上げても貴女は討伐日までおぼえていられないでしょう。どうせ決行前の会議の場で発表しますから、それまでお待ちください」
「二度手間は御免というわけね」
「おっしゃるとおりです」
従者は主人への報告回数をも最適化しようとしている。クロアは腹立たしくなったが、実際敵の人数を知れても自分がその情報を保持することはむずかしい。そのうえ対策を講じることもダムト任せな面があるので、彼の判断を容認せざるをえない。
「それはそれでいいわ。じゃああなたが見てきた感じ、傭兵が何人いたら勝てそうな連中なの?」
クロアは助っ人集めに有益な質問を投げた。そもそもクロアたちが目指す五人の傭兵の確保には、その人数を充分とする根拠がない。厭戦的な高官が適当に提示しただけの数字だ。正直なところクロアは五人もいらないと思っており、敵方の勢力が弱小だという証拠をつかめれば頭数をそろえる必要はないと考えた。
ダムトは無表情だった顔をややしかめる。
「数は問題ではありません」
「どういう意味? 五人あつめたってムダなの?」
「はい。いまの戦力では勝てない要素がありました」
「つよーい兵器でもあったの?」
「そのようなものです」
敵勢を唯一知るダムトがあやふやな返答をした。そこを伏せられては協議しようがない。クロアは従者が主人の意見を聞く価値がないと判断したのだと思い、キツめに対案を聞く。
「あなたはその対策をどう取るつもり?」
「それが俺のツテです。彼がいれば最悪の事態はまぬがれる……ですが、クロアさまにとってはどうか……」
クロアは思わせぶりな言葉の真意を聞こうとしたが、話者の顔を見ると声がつまった。あの憎まれ口をよく叩く従者が、クロアを憐憫と慈愛がまざる視線をそそいだためだ。
「貴女は……すべてを失う覚悟がありますか?」
「すべてって……なにを?」
「貴女の地位も、家族も、生活も……それらが一変してしまっても、後悔しませんか?」
賊を倒すくらいでなにを大げさな、とクロアは笑い飛ばしたかった。だが彼の真剣なまなざしをまえにすると、ふざけた返答はできなかった。
「悔いるとお思いになる場合……賊の討伐はあきらめたほうがよいでしょう」
「ダメよ、そんなの」
クロアは初志貫徹の意志をまげない。これはクロア個人の問題ではないのだ。
「たしか、石付きの魔獣が賊の手元にいるんでしょ?」
ダムトと話すうちに、自身が賊の対処に躍起になる要因を思い出せていた。いまなお苦しむ魔獣を救うための討伐である、と。
「魔獣を助けなきゃ……その子は、どんな様子だったの?」
「石付きの状態のまま、服従用の術具を装着させられ、賊に従属していたようです」
「二重でひどい目に遭わされてるのね。なおさらほっとけないわ」
そう言って、クロアははたとひらめく。
「あ、もしかしてその魔獣がめちゃくちゃ強いの?」
クロアたちでは賊に勝てない戦力──それが魔獣だと考えると、クロアはいたく腑に落ちた。しかしダムトはどこか抗議的な目をしている。
「……いまはそういうことにしておきますか」
「なによ、ちがうんだったら本当のことを言いなさい」
「いずれおわかりになります。俺とのおしゃべりはこれでおしまいにしましょう。まずはそのお茶を飲みほしてください」
言って従者は彼の分の茶を飲んだ。クロアは茶杯に手をかけるが、指示を素直に聞く気になれない。
「ゆっくり飲ませてくれないの?」
「はい。はやく茶器を片付けたいのです。クロア様がおひとりで片付けられる、というのならかまいませんが」
「なにをいそいでるの」
「今宵のうちに出立します。順調にいけば明日中に戦士を連れてきますが、そううまくいかないと思います。帰還には数日かかるものだとお考えになってください」
なにはともあれ人手をあつめるのがさきなのだ。彼が真相を話さない理由も、いまは時間を惜しんでいるからだとクロアは思い、これ以上の詮索をやめにしておいた。
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