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2019年05月18日
クロア篇−終章3
クロアはタオの飛竜と並行して空を駆けた。クロアとダムトが騎乗するベニトラは自身の前方に風よけの障壁を張り、高速移動に際する騎乗者の負荷を減らした。それは飛竜も同様だ。飛竜は以前、姿を隠す効果もあった風よけの膜を張っていたが、いまは姿がはっきりと見える。その背にはタオとレジィとマキシを乗せている。マキシは事情を伝える目的で、上空にいたタオと合流したあと、そのまま飛竜に同乗した。
二体の飛獣の後方に一騎の飛兵が追随していた。クノードの飛馬は全力飛行の継続に耐えられず、疲弊の色が見えた。それでも先駆けてアンペレへ向かった飛兵隊には追い付けており、そのまま隊と共に町へ行くようだった。
クロアは外壁の哨舎に寄る。中に人はいないが、付近にいる弓を携えた哨兵が出迎えた。
「わたしが先に着きましたが、伯もじきに到着します。みなにそう伝えてください」
哨兵はすでに救援の到来が知れ渡っていることを述べ、自身の伝虫をクロアに貸した。予備のものが哨舎にあるから、と言って。
「賊は現在六人捕えたそうです。残る賊の処理はクロア様にお任せしたいとのことです」
「そのつもりですわ!」
クロアが町の上空を飛びはじめた。焦げくさい臭いが鼻をつく。色のうすい煙がたちのぼるあたりへ行ってみた。そこは施療院。周囲には住民と官吏がごった返している。怪我人が押し寄せているが、処置に対応できる人数を超えてしまったらしい。医官や、住民を保護する武官はせわしなく働いている。
「ダムト、タオさんに施療院で治療を行なってもらうよう頼んでちょうだい」
「レジィにもその指示を出しますか?」
「ええ、そうして。それを伝えたあとは、あなたの自己判断でうごいて!」
ダムトが巨大な羽虫の飛獣に乗り、空へ上がった。クロアは足下の住民の視線がベニトラに集まるのを気にして、あてもなく移動した。まもなく伝虫より通話が聞こえる。
『捕まえた賊六名が逃げました! 逃走をたすけた仲間がいます!』
振り出しにもどった。クロアは見張り役の力不足に憤りを感じたが、叱責をこらえる。
『賊は町のどこにいたの?』
『中央広場です。四方に散りました』
クロアはひとまず町の中央へ行くことにした。移動しながらも不審人物がいないか捜した。突然、伝虫からではない音声が聞こえる。
『クロちゃん、飛獣がたくさんいるところに行って!』
幼い夢魔の声だ。ナーマの気配は町中にある。
『盗人は飛獣をうばって逃げる気だってさ!』
『飛獣のいるところ……?』
厩舎のある場所だ。宿屋、同業組合、招獣専門店。そして我が家。候補がいくつか上がった。その中でもっとも飛獣のいる確率が高く、無防備な場所は。
『招獣の店がいちばん狙いやすいわ。わたしは専門店に行きます!』
クロアは最近知った店へ急行しようとした。だが場所を忘れた。ベニトラにたずねる。
「ねえ、招獣のお店はどこだったかしら?」
「魔獣の気配が濃いところへ行けばよいか」
「そうね。おねがい」
ベニトラの案内にたより、クロアは眼下の警戒を続ける。進行方向に飛びたつ飛獣が見えた。二騎、三騎とあがるそれは種類がそれぞれ異なる。正規兵が有する飛馬ではない。
「あれが賊ね! 空中戦の準備はいい?」
「待て。べつの……魔人があちらにいる。攻撃にまきこまれるやもしれん」
統一性のない飛獣の乗り手が次々に落ちた。ベニトラの警告通り、何者かが仕掛けたのだ。騎手のいない飛獣たちが上空をうろつく。
「飛獣たちが逃げたら店の人が困るわね。連れていきましょう」
賊の捕縛は彼らを撃ち落とした者に託し、クロアが旋回する飛獣に接近する。だが飛獣はクロアとベニトラをおそれて逃げてしまう。
「もう! とって食おうとしてるわけじゃないのよ」
飛獣が一体、ふっと消えた。クロアがおどろいて左右をきょろきょろすると「こっちです」と声があがる。地上に招獣の店の者がいた。ベニトラの首輪をすすめた店員だ。その隣りには消えたはずの飛獣と、長身の男がいる。クロアは高度を下げて店員に話しかける。
「しばらくぶりですわね。お店は無事ですの?」
「すこし壊れた箇所もありますが、こいつらが無事ならなんともありません」
店員は飛獣の手綱をひっぱってみせた。その指に指輪がある。招獣と指輪。この二点でクロアは思いあたる事象があった。
「その指輪が……招術の代わりになるんだったかしら」
「そうです。これを使って、逃げる飛獣を呼びもどしたんです。そこらに転がってる賊から回収すれば、上にいる連中も帰ってきますよ」
地べたには倒れた男たちがいる。みなが落下時の負傷のためか、うめき声を出していた。そばには頭に長い布を巻いた剣士がいる。クロアの見覚えがある、色魔の魔人だ。彼は手中にあった石をその場に捨てた。投石によって賊を撃ち落としたらしい。
「あなた、リックさんと一緒にいた──」
「俺が働いた謝礼はあとでもらうぞ」
「公序良俗に反さない希望でしたらお応えますわ」
「ふむ、手厳しいな」
「当然の条件ですわよ」
チュールがくつくつと笑う。クロアは彼を無視して、伝虫に話しかける。
『招獣専門店に賊たちがいます。店の飛獣をうばって逃走をはかりましたが、もう戦闘不能になっています。近くにいる者が連行してくださいな』
応答があり、クロアは再び空へあがろうとした。だが魔人が引き留める。
「まだ賊がいるのか?」
「ええ。せっかく六人捕まえたのに逃がしてしまったのです」
「ここには六人いるが」
「その六人を逃がす手伝いをした者がいるのですわ」
「そうか。では官吏が到着したら俺も捜してやる」
クロアは彼の申し出を受け入れ、上空へあがる。空にはクノードたちが率いる飛兵が散開し、巨大な飛竜も二体いた。白の竜と、青紫の竜。白はリックの飛竜だが、青紫は──
「ヴラドが、来ているの?」
アンペレには縁のない魔人だ。その目的を知るため、クロアは飛竜に近付いた。
二体の飛獣の後方に一騎の飛兵が追随していた。クノードの飛馬は全力飛行の継続に耐えられず、疲弊の色が見えた。それでも先駆けてアンペレへ向かった飛兵隊には追い付けており、そのまま隊と共に町へ行くようだった。
クロアは外壁の哨舎に寄る。中に人はいないが、付近にいる弓を携えた哨兵が出迎えた。
「わたしが先に着きましたが、伯もじきに到着します。みなにそう伝えてください」
哨兵はすでに救援の到来が知れ渡っていることを述べ、自身の伝虫をクロアに貸した。予備のものが哨舎にあるから、と言って。
「賊は現在六人捕えたそうです。残る賊の処理はクロア様にお任せしたいとのことです」
「そのつもりですわ!」
クロアが町の上空を飛びはじめた。焦げくさい臭いが鼻をつく。色のうすい煙がたちのぼるあたりへ行ってみた。そこは施療院。周囲には住民と官吏がごった返している。怪我人が押し寄せているが、処置に対応できる人数を超えてしまったらしい。医官や、住民を保護する武官はせわしなく働いている。
「ダムト、タオさんに施療院で治療を行なってもらうよう頼んでちょうだい」
「レジィにもその指示を出しますか?」
「ええ、そうして。それを伝えたあとは、あなたの自己判断でうごいて!」
ダムトが巨大な羽虫の飛獣に乗り、空へ上がった。クロアは足下の住民の視線がベニトラに集まるのを気にして、あてもなく移動した。まもなく伝虫より通話が聞こえる。
『捕まえた賊六名が逃げました! 逃走をたすけた仲間がいます!』
振り出しにもどった。クロアは見張り役の力不足に憤りを感じたが、叱責をこらえる。
『賊は町のどこにいたの?』
『中央広場です。四方に散りました』
クロアはひとまず町の中央へ行くことにした。移動しながらも不審人物がいないか捜した。突然、伝虫からではない音声が聞こえる。
『クロちゃん、飛獣がたくさんいるところに行って!』
幼い夢魔の声だ。ナーマの気配は町中にある。
『盗人は飛獣をうばって逃げる気だってさ!』
『飛獣のいるところ……?』
厩舎のある場所だ。宿屋、同業組合、招獣専門店。そして我が家。候補がいくつか上がった。その中でもっとも飛獣のいる確率が高く、無防備な場所は。
『招獣の店がいちばん狙いやすいわ。わたしは専門店に行きます!』
クロアは最近知った店へ急行しようとした。だが場所を忘れた。ベニトラにたずねる。
「ねえ、招獣のお店はどこだったかしら?」
「魔獣の気配が濃いところへ行けばよいか」
「そうね。おねがい」
ベニトラの案内にたより、クロアは眼下の警戒を続ける。進行方向に飛びたつ飛獣が見えた。二騎、三騎とあがるそれは種類がそれぞれ異なる。正規兵が有する飛馬ではない。
「あれが賊ね! 空中戦の準備はいい?」
「待て。べつの……魔人があちらにいる。攻撃にまきこまれるやもしれん」
統一性のない飛獣の乗り手が次々に落ちた。ベニトラの警告通り、何者かが仕掛けたのだ。騎手のいない飛獣たちが上空をうろつく。
「飛獣たちが逃げたら店の人が困るわね。連れていきましょう」
賊の捕縛は彼らを撃ち落とした者に託し、クロアが旋回する飛獣に接近する。だが飛獣はクロアとベニトラをおそれて逃げてしまう。
「もう! とって食おうとしてるわけじゃないのよ」
飛獣が一体、ふっと消えた。クロアがおどろいて左右をきょろきょろすると「こっちです」と声があがる。地上に招獣の店の者がいた。ベニトラの首輪をすすめた店員だ。その隣りには消えたはずの飛獣と、長身の男がいる。クロアは高度を下げて店員に話しかける。
「しばらくぶりですわね。お店は無事ですの?」
「すこし壊れた箇所もありますが、こいつらが無事ならなんともありません」
店員は飛獣の手綱をひっぱってみせた。その指に指輪がある。招獣と指輪。この二点でクロアは思いあたる事象があった。
「その指輪が……招術の代わりになるんだったかしら」
「そうです。これを使って、逃げる飛獣を呼びもどしたんです。そこらに転がってる賊から回収すれば、上にいる連中も帰ってきますよ」
地べたには倒れた男たちがいる。みなが落下時の負傷のためか、うめき声を出していた。そばには頭に長い布を巻いた剣士がいる。クロアの見覚えがある、色魔の魔人だ。彼は手中にあった石をその場に捨てた。投石によって賊を撃ち落としたらしい。
「あなた、リックさんと一緒にいた──」
「俺が働いた謝礼はあとでもらうぞ」
「公序良俗に反さない希望でしたらお応えますわ」
「ふむ、手厳しいな」
「当然の条件ですわよ」
チュールがくつくつと笑う。クロアは彼を無視して、伝虫に話しかける。
『招獣専門店に賊たちがいます。店の飛獣をうばって逃走をはかりましたが、もう戦闘不能になっています。近くにいる者が連行してくださいな』
応答があり、クロアは再び空へあがろうとした。だが魔人が引き留める。
「まだ賊がいるのか?」
「ええ。せっかく六人捕まえたのに逃がしてしまったのです」
「ここには六人いるが」
「その六人を逃がす手伝いをした者がいるのですわ」
「そうか。では官吏が到着したら俺も捜してやる」
クロアは彼の申し出を受け入れ、上空へあがる。空にはクノードたちが率いる飛兵が散開し、巨大な飛竜も二体いた。白の竜と、青紫の竜。白はリックの飛竜だが、青紫は──
「ヴラドが、来ているの?」
アンペレには縁のない魔人だ。その目的を知るため、クロアは飛竜に近付いた。
タグ:クロア
2019年05月17日
クロア篇−終章◇
工房の町は狂乱に陥っていた。施療院の不審火から始まり、文化会館で小規模な爆破が起きた。その対応に官吏が手間取る隙に乗じ、暴徒が略奪行為を働く。あまりに短時間に多発したことから計画的な犯行だと推測できた。これらの対処には通例、領主たるクノードが指揮を執る。だが現在は不在。そのためカスバンが代行を務め、鎮圧の手配をした。屋敷の警備は残しつつ、動かせる武官はすべて町中へ派遣する。暴徒を逃がさぬよう外門は封鎖し、出兵した者たちがもどってきた時のみ開門するよう命じた。主立った将兵が町にいない今、動員できる手勢は脆弱。それゆえカスバンはできうる命令を出し切ったのち、主力部隊に帰還の指示を官吏に伝える。
「ボーゼン将軍に賊の襲撃を連絡せよ! 救援に来ていただく!」
「クノード様にはご報告しないのですか」
「心配せずとも伯には将軍から連絡がいくだろう。あとは賊の拠点に駐屯するユネス隊にも知らせよ!」
領主代行役の前に年若い武官が現れる。彼は武僧兵の身なりをしていた。打撃用の杖を手にした状態で一礼する。
「小官も暴徒の捕縛をしてまいります。カスバン殿にこの屋敷の守備をお任せします」
「オゼ殿、飛馬を使われよ。姉君にもそのように申し付けました」
「承知しました。ただちに向かいます!」
ボーゼンの息子が厩舎へ走った。そこには武装したエメリが飛馬の支度をしていた。彼女が手綱を引く飛馬は二体。片方にはすでに人が乗っている。矢筒を背負ったティオだ。彼は武官に就任して以来、基礎訓練を受けている。一人前にはまだなっていない。実戦には関われない立場だが、本人の強い希望によって戦闘に加わることになった。ただし本物の矢は使えない。町中での戦闘では武官は矢じりの尖らない金属製の矢を使用する。この矢は通常の矢尻より殺傷力を低くしてあるため、領民への誤射のおそれがある状況にはうってつけの武器だ。
「ティオはあまり飛馬に慣れていないの。私と相乗りしてもらうわ」
「わかった、早く行こう!」
平時は禁止される飛獣の飛行を惜しげなく活用し、三人は空へ上がった。町には煙がもくもくと立つ場所がある。その周辺には官吏がいるはずなので、この異変を無視した。町を見下ろし、近辺にいる不審者を捜す。大通りには町を巡回する公共馬車が依然として活動中だ。騒ぎを知らぬわけではないだろうに、職務を遵守しているらしい。
「あの馬車、あのまんまで大丈夫かな?」
ティオが率直に言う。質問は指揮権のあるオゼに向けられている。
「住民の避難を手伝っているのかもしれない。ほうっておこう」
「んじゃ、悪いやつらをとっちめるか」
怪しい人影はすぐに見つかった。大きな袋を肩に担いだ者が二人、小道を走る。オゼはその二人組を調べることにした。飛馬を走らせ、不審者の前へすいっと立ちはだかる。
「そんな大荷物を持って、どこへ行くんです?」
紳士的な問いには問答無用の二本の剣が返ってきた。オゼは杖で攻撃を払う。飛馬を後退しながら防御に徹した。不意に、悪漢の一人が前のめりに倒れる。賊は仲間の異変に戸惑う。その虚を好機と見たオゼは打撃を食らわした。腹部に打突を受けた賊は後方へ倒れる。エメリの飛馬が着陸し、ティオが誇らしげに「ちゃんと当たっただろー?」と聞いてきた。彼の撃った矢が賊の片割れを倒したのだ。その矢は地面に転がっている。尖っていない金属の矢であったので、人体に刺さらなかった。
射手はみずから矢を回収した。それが終わると賊を縛り上げる。オゼは捕縛作業をティオらに任せ、官吏用の羽のない伝虫に語りかけた。
『こちらオゼ。賊を二名捕縛した。みなの首尾はどうだろうか?』
返答はない。町中では相互に通話ができる伝虫を特定の官吏に持たせている。その仕組み上、町の外を遠く離れないかぎり持ち主に音声が届くはずなのだが。
少し間を置いて、たどたどしい声で『逃がしました』との報告が入る。同様のセリフが続いた。数百人の武官が総出しても、捕縛成功例がたったひとつ。それも官吏ではない一般人が倒したのを、捕まえたという。
『その一般人は何人倒したんだ?』
『二人です。その後、ほかの賊をさがしに行ってしまいました』
『賊をさがしに? それはどんな人たちだ』
『二人組の男女の剣士です』
混乱の鎮圧に協力的な戦士がいる。それが頼もしくもあり、不気味でもあった。
「男女の剣士ぃ? おいおい、それってクロアさまが会ってた魔人なんじゃねえの?」
賊の拘束を完了したティオが言う。エメリも同調する。
「お嬢さまが屋敷に連れてきた魔人の仲間、かもね。討伐には同行しなかった、剣仙とその飛竜なんだとか……」
「魔人のほうが役立つとは……くやしいが、甘んじて厚意を受けておこう」
オゼは戦力にならない官吏を呼び寄せ、賊と盗品の一時収容を任せた。到着を待たないうちから次なる捕縛対象を捜しにいく。空中から探索すると戦闘中らしき集団を発見した。そこにはオゼと同じアンペレの兵の姿が数人あり、そうでない者が三人いる。オゼは兵の救援目的で現地へ急降下した。
近づいてみると、兵は三人の賊と戦う最中ではないとわかった。兵士ではない一般の戦士が二人の賊を相手にしており、肝心のアンペレ兵は戦いを見守っている図式だ。なんとも情けない光景だが、観戦せざるえない理由はあった。賊を相手にする戦士の動きが素早く、下手に加勢すれば逆に妨害をしてしまう。その速さは刃物の光が残像として目に焼き尽くほどだった。戦士は賊を翻弄し、蹴りでひとりずつ地に沈めた。そうして賊をすべて倒すと息をついた。うごきを止めることでようやく戦士の姿を視認できた。その姿は銀の長髪の女性だった。
「……あとはご勝手に」
彼女は抜身の剣を鞘にもどすと、そうつぶやいて走り去った。オゼは惚けていた兵たちに賊の連行とその報告を頼む。エメリが弟に「これで六人捕まえたのね」と現状確認する。
「先日捕まった賊は十人。ダムトの目撃報告は全部で十六人。一応は賊をすべて捕まえたという計算ができるけれど──」
「この騒ぎがたった六人の仕業なんだろうか? ほかに加担者がいるんじゃないか」
オゼは次なる捕獲をしに飛翔した。高度を上げる途中、新たな情報が入る。
『西の空に飛行物が接近中! 救援でしょうか』
外壁を守る哨兵からの報告だ。オゼたちが高く上昇してみるとなんらかの群れを発見する。続報によるとそれは二十騎ほどの飛兵だという。飛兵集団を追い抜かした飛竜と虎のような飛獣も現れたといい、伝虫から歓喜の声が多数あがった。虎に似た飛獣を繰る招術士は、官吏のよく知る人物だからだ。
「クロア様が帰ってこられたか。いるかわからない賊の掃討はあの方たちにお任せして、こちらは療術士として負傷者の治療にあたろうか?」
オゼは姉に意見を求めた。エメリはほほえむ。
「そうね。獲物がひとりもいないんじゃ、お嬢さまは不満かもしれないもの」
姉弟は二手に分かれ、被害に遭った住民の救助を優先した。
「ボーゼン将軍に賊の襲撃を連絡せよ! 救援に来ていただく!」
「クノード様にはご報告しないのですか」
「心配せずとも伯には将軍から連絡がいくだろう。あとは賊の拠点に駐屯するユネス隊にも知らせよ!」
領主代行役の前に年若い武官が現れる。彼は武僧兵の身なりをしていた。打撃用の杖を手にした状態で一礼する。
「小官も暴徒の捕縛をしてまいります。カスバン殿にこの屋敷の守備をお任せします」
「オゼ殿、飛馬を使われよ。姉君にもそのように申し付けました」
「承知しました。ただちに向かいます!」
ボーゼンの息子が厩舎へ走った。そこには武装したエメリが飛馬の支度をしていた。彼女が手綱を引く飛馬は二体。片方にはすでに人が乗っている。矢筒を背負ったティオだ。彼は武官に就任して以来、基礎訓練を受けている。一人前にはまだなっていない。実戦には関われない立場だが、本人の強い希望によって戦闘に加わることになった。ただし本物の矢は使えない。町中での戦闘では武官は矢じりの尖らない金属製の矢を使用する。この矢は通常の矢尻より殺傷力を低くしてあるため、領民への誤射のおそれがある状況にはうってつけの武器だ。
「ティオはあまり飛馬に慣れていないの。私と相乗りしてもらうわ」
「わかった、早く行こう!」
平時は禁止される飛獣の飛行を惜しげなく活用し、三人は空へ上がった。町には煙がもくもくと立つ場所がある。その周辺には官吏がいるはずなので、この異変を無視した。町を見下ろし、近辺にいる不審者を捜す。大通りには町を巡回する公共馬車が依然として活動中だ。騒ぎを知らぬわけではないだろうに、職務を遵守しているらしい。
「あの馬車、あのまんまで大丈夫かな?」
ティオが率直に言う。質問は指揮権のあるオゼに向けられている。
「住民の避難を手伝っているのかもしれない。ほうっておこう」
「んじゃ、悪いやつらをとっちめるか」
怪しい人影はすぐに見つかった。大きな袋を肩に担いだ者が二人、小道を走る。オゼはその二人組を調べることにした。飛馬を走らせ、不審者の前へすいっと立ちはだかる。
「そんな大荷物を持って、どこへ行くんです?」
紳士的な問いには問答無用の二本の剣が返ってきた。オゼは杖で攻撃を払う。飛馬を後退しながら防御に徹した。不意に、悪漢の一人が前のめりに倒れる。賊は仲間の異変に戸惑う。その虚を好機と見たオゼは打撃を食らわした。腹部に打突を受けた賊は後方へ倒れる。エメリの飛馬が着陸し、ティオが誇らしげに「ちゃんと当たっただろー?」と聞いてきた。彼の撃った矢が賊の片割れを倒したのだ。その矢は地面に転がっている。尖っていない金属の矢であったので、人体に刺さらなかった。
射手はみずから矢を回収した。それが終わると賊を縛り上げる。オゼは捕縛作業をティオらに任せ、官吏用の羽のない伝虫に語りかけた。
『こちらオゼ。賊を二名捕縛した。みなの首尾はどうだろうか?』
返答はない。町中では相互に通話ができる伝虫を特定の官吏に持たせている。その仕組み上、町の外を遠く離れないかぎり持ち主に音声が届くはずなのだが。
少し間を置いて、たどたどしい声で『逃がしました』との報告が入る。同様のセリフが続いた。数百人の武官が総出しても、捕縛成功例がたったひとつ。それも官吏ではない一般人が倒したのを、捕まえたという。
『その一般人は何人倒したんだ?』
『二人です。その後、ほかの賊をさがしに行ってしまいました』
『賊をさがしに? それはどんな人たちだ』
『二人組の男女の剣士です』
混乱の鎮圧に協力的な戦士がいる。それが頼もしくもあり、不気味でもあった。
「男女の剣士ぃ? おいおい、それってクロアさまが会ってた魔人なんじゃねえの?」
賊の拘束を完了したティオが言う。エメリも同調する。
「お嬢さまが屋敷に連れてきた魔人の仲間、かもね。討伐には同行しなかった、剣仙とその飛竜なんだとか……」
「魔人のほうが役立つとは……くやしいが、甘んじて厚意を受けておこう」
オゼは戦力にならない官吏を呼び寄せ、賊と盗品の一時収容を任せた。到着を待たないうちから次なる捕縛対象を捜しにいく。空中から探索すると戦闘中らしき集団を発見した。そこにはオゼと同じアンペレの兵の姿が数人あり、そうでない者が三人いる。オゼは兵の救援目的で現地へ急降下した。
近づいてみると、兵は三人の賊と戦う最中ではないとわかった。兵士ではない一般の戦士が二人の賊を相手にしており、肝心のアンペレ兵は戦いを見守っている図式だ。なんとも情けない光景だが、観戦せざるえない理由はあった。賊を相手にする戦士の動きが素早く、下手に加勢すれば逆に妨害をしてしまう。その速さは刃物の光が残像として目に焼き尽くほどだった。戦士は賊を翻弄し、蹴りでひとりずつ地に沈めた。そうして賊をすべて倒すと息をついた。うごきを止めることでようやく戦士の姿を視認できた。その姿は銀の長髪の女性だった。
「……あとはご勝手に」
彼女は抜身の剣を鞘にもどすと、そうつぶやいて走り去った。オゼは惚けていた兵たちに賊の連行とその報告を頼む。エメリが弟に「これで六人捕まえたのね」と現状確認する。
「先日捕まった賊は十人。ダムトの目撃報告は全部で十六人。一応は賊をすべて捕まえたという計算ができるけれど──」
「この騒ぎがたった六人の仕業なんだろうか? ほかに加担者がいるんじゃないか」
オゼは次なる捕獲をしに飛翔した。高度を上げる途中、新たな情報が入る。
『西の空に飛行物が接近中! 救援でしょうか』
外壁を守る哨兵からの報告だ。オゼたちが高く上昇してみるとなんらかの群れを発見する。続報によるとそれは二十騎ほどの飛兵だという。飛兵集団を追い抜かした飛竜と虎のような飛獣も現れたといい、伝虫から歓喜の声が多数あがった。虎に似た飛獣を繰る招術士は、官吏のよく知る人物だからだ。
「クロア様が帰ってこられたか。いるかわからない賊の掃討はあの方たちにお任せして、こちらは療術士として負傷者の治療にあたろうか?」
オゼは姉に意見を求めた。エメリはほほえむ。
「そうね。獲物がひとりもいないんじゃ、お嬢さまは不満かもしれないもの」
姉弟は二手に分かれ、被害に遭った住民の救助を優先した。
タグ:クロア