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2019年06月01日
クロア篇−終章*
ダムトは町中の掲示板が見える場所で張りこんでいた。はじめは掲示板のまえ通りがかった数人が、掲示物をちらりと見た。なんでもないお知らせの紙や広告がそこにある、とばかり思っていた人々が、次第に色めき立つ。彼らは知人にも異様なお触れ書きの存在を伝えたようで、そのうちに掲示板のまえは何十人もの人だかりができた。彼らは領主からの通達に注目している。ダムトは聴力を高める術を用いて、お触れ書きを読んだ人々の会話を聞く。
「公女さまが、伯の子じゃないなんて……」
「クロア様、これからどうなるんだ」
「『真実を知った領民の総意にもとづき、公女クロアの処遇を決める』ってさ」
「総意ったって……」
「公女のままじゃいかんのか?」
「そうよ、クロアさまは町を守ってくださるもの」
「公女がいなかったら赤い魔獣を止められなかったんだ」
「でも領主の後継者になるのは……」
「クロア様のきょうだいが跡目を継げばいいだろう」
「クロアさまにはいてもらわなきゃ──」
彼らはクロアが公女で居続けることには賛同している。その理由が町の防衛力の維持にあるところが、なんとも打算的だ。
(当然といえば当然か)
ダムトは人々が似たような反応を繰り返すのを見て、張り込みをやめた。クロアが公女の身分を剥奪されることはないと確信を持ったからだ。
(人間も、強者になびく)
クロアの強さをこのむ人々に、ダムトは共感する。彼もまた強者に惹かれ、その生き方を強者とともにあるようのぞんだ一員だ。クロアに仕えるようになった理由も、彼女の秘めた魔人の力に興味を惹きつけられたためだ。
(そこはどんな生き物も一緒か)
ダムトは主人として戴く者の待つ屋敷へもどる。今後、屋敷にはあらたに魔人が同居すると決まった。ところどころ間が抜けている女主人に加えて、同じようなボケっぷりの魔人の世話をすることは、これまで以上に苦労を味あわせられるものになるだろう。だがそれはダムトにとって苦痛ではない。むしろ、よろこびだ。クロアに仕えるきっかけの大元である魔人に、側仕えできるのだから。それは思ってもみない幸運だといえた。もとよりダムトはその魔人にあこがれていて、彼の世話を焼こうとした時期もあった。だが長い眠りにつく彼のそばに居続けることに飽きてしまい、彼の館を離れたのだった。
(これからはもっと、退屈しないな)
ダムトは自然と口角が上がった。普段はめったに笑わぬ彼だが、この時はまことに愉快な気分でいた。クロアたちには見せられぬ表情だと自覚しており、屋敷内に到着すると、いつもの冷ややかな顔つきにもどした。
「公女さまが、伯の子じゃないなんて……」
「クロア様、これからどうなるんだ」
「『真実を知った領民の総意にもとづき、公女クロアの処遇を決める』ってさ」
「総意ったって……」
「公女のままじゃいかんのか?」
「そうよ、クロアさまは町を守ってくださるもの」
「公女がいなかったら赤い魔獣を止められなかったんだ」
「でも領主の後継者になるのは……」
「クロア様のきょうだいが跡目を継げばいいだろう」
「クロアさまにはいてもらわなきゃ──」
彼らはクロアが公女で居続けることには賛同している。その理由が町の防衛力の維持にあるところが、なんとも打算的だ。
(当然といえば当然か)
ダムトは人々が似たような反応を繰り返すのを見て、張り込みをやめた。クロアが公女の身分を剥奪されることはないと確信を持ったからだ。
(人間も、強者になびく)
クロアの強さをこのむ人々に、ダムトは共感する。彼もまた強者に惹かれ、その生き方を強者とともにあるようのぞんだ一員だ。クロアに仕えるようになった理由も、彼女の秘めた魔人の力に興味を惹きつけられたためだ。
(そこはどんな生き物も一緒か)
ダムトは主人として戴く者の待つ屋敷へもどる。今後、屋敷にはあらたに魔人が同居すると決まった。ところどころ間が抜けている女主人に加えて、同じようなボケっぷりの魔人の世話をすることは、これまで以上に苦労を味あわせられるものになるだろう。だがそれはダムトにとって苦痛ではない。むしろ、よろこびだ。クロアに仕えるきっかけの大元である魔人に、側仕えできるのだから。それは思ってもみない幸運だといえた。もとよりダムトはその魔人にあこがれていて、彼の世話を焼こうとした時期もあった。だが長い眠りにつく彼のそばに居続けることに飽きてしまい、彼の館を離れたのだった。
(これからはもっと、退屈しないな)
ダムトは自然と口角が上がった。普段はめったに笑わぬ彼だが、この時はまことに愉快な気分でいた。クロアたちには見せられぬ表情だと自覚しており、屋敷内に到着すると、いつもの冷ややかな顔つきにもどした。
タグ:クロア
2019年05月21日
クロア篇−終章6
賊の襲撃があった翌日、賊の捕縛に功労のあった者をいたわる祝勝会が開かれた。大飯食らいのリックを考慮し、大量の食事が用意される。またしても料理人たちは過重労働に悲鳴をあげたそうだが、これが最後だと思うと料理の品質に手抜きはなかった。
この一件に多大に貢献したチュールとミアキスも宴会に参加した。女剣士は物静かに果物をつまんでおり、その横でマキシがしきりに取材する。女剣士は魔獣学者をうっとうしそうに見るが、拒絶はしなかった。
男剣士は左右にレジィとエメリをはべらせ、女好きぶりを見せつけた。クロアが事前に「スケベなことをしたら殴り倒す」と脅しをかけておいたので、淫猥な行動は起きずにすんでいる。
そのほか、騎兵の指揮にあたったルッツがボーゼンによる武官への勧誘を受けていたり、幼馴染だというティオとオゼが楽しげに話していたりと、一帯は宴らしくにぎわった。その中でクロアはタオと話していた。彼は今回の騒動の最中、怪我人の治療に大いに活躍したという。その功績にクロアが礼を述べ、報酬について問う。
「希望の褒美はありますの? そういえば、わたしをどこかに連れて行く、という話も」
「それはもう果たした。ヴラドの館のことだったんだ」
「え? じゃあ……お出かけは無し?」
「そうなるな」
クロアはせっかくの外出の機会がなくなってしまったことを残念がる。
「んー、ほかにどこかいいところがありませんの?」
「私と同行することで行ける場所、といえば魔界だろうが……行きたいか?」
「なかなか興味深いですわね」
噂によれば魔界とは危険の多い場所だという。クロア単独で行くのは無謀だが、土地勘のある者の案内があればきっと大事には至らない。そう考えると、よい機会だとクロアは思う。
「町のごたごたが落ち着いたら、連れていってくれます?」
「わかった、しばらくここに滞在しよう」
「あなたでしたらきっと、みなが放っておきませんわ」
「それはかまわないが、さきにヴラドの寝床を用意しなくては」
「ヴラドの寝床?」
魔人の居候には適当な空き部屋を提供する、とだけクロアは想定していた。どうもそれでは不十分らしい。
「普通の寝台ではダメだ。ほこり除けがいる」
「よそのお宅でも、ヴラドはほこりを被るくらい寝続けるというの?」
「実際にどう活動するかは知らない。だが、ほこり除けがあればやつは気に入る」
「ではそういったものをさがしてみます。その助言、ありがたく参考にしますわ」
クロアの感謝の言葉を、なぜかタオは気難しい顔で受け取った。クロアは不思議がって「どうかなさいまして?」と聞く。
「わたくし、変なことを言ったかしら」
「いや……貴女はお人好しだな、と思って」
「そうかしら。だって、わたくしがヴラドをここに住まわせると言い出したのですのよ」
「そこが意外だった。ヴラドはひとりで館にもどると言ったんだろう? それを断ってまで面倒事をしょいこむところが、お人好しだ」
「だって、お母さまはヴラドのことがお好きなんですもの。これでお母さまがヴラドをきらっておいでだったら、こんなことしてませんわ。そのときはどんな手を使ってでも、わたくしがヴラドを追い返してやります」
「それも極端な話だな……」
タオの表情に笑みがこぼれた。クロアも多少過激な発言をした自覚はあったので、この発言は冗談だとばかりに笑んだ。
談笑するクロアにダムトが近寄ってきた。彼は当初、宴会に不参加だった。
「報告します。これ以上の町中の賊の足取りはつかめず、捕まえた八名で全員だと結論が出ました」
「そう、お疲れさま。これで今日の仕事はおわったわね。あなたも宴会に加わりなさい」
ダムトはクロアの隣りの席に座る。彼は飲食物に手を付けず、周囲の者を観察した。
「ところで、アンペレ公の実子ではないという公表をする、というのは本気か?」
タオが質問してきた。クロアは「宴会が終わったらやりますわ」と答えた。
「みなが気分をよくしたところに、冷や水をかけるわけか」
「いいじゃありませんの。いつまでも祭り気分でいてはいけませんし」
「よくもそんな理屈がこねれるな」
タオの意見にダムトも同調する。
「だまっておけば丸くおさまるでしょうに」
「わたしがスッキリできないんだもの。そんな気持ちで何十年とこの町にいたくないわ」
「まったく、難儀な人ですね」
「そんなの、わかりきったことでしょ。それを知っててなんでわたしに仕え続けるの?」
「あなたのようなハチャメチャな人が領主になる可能性があると思うと、この土地の行く末が不安でたまらなかったものですから」
従者の毒舌は快調だ。クロアは彼の毒を無視して、起こりうる未来を問う。
「領主になれないかもしれないわ。もしわたしが平民になったら、あなたはどうする?」
「従者を辞めて、各地を放浪しますかね。一人旅はつまらないので、退屈しない方と同行します」
「たとえばわたしはどう?」
「そうですね……貴女で手を打ってさしあげてもよろしいですよ」
クロアは「まあ、えらそうに」と笑顔で反抗した。ダムトの言葉は不遜であっても情が感じられる。彼もまた、クロアの身分がどうあろうと友でいてくれる存在だとわかる。
(これだけの友人がいたら……わたし、公女でなくなってもさびしくないわ)
クロアはこの場にいる獣の友を、目のとどく範囲でさがした。猫型の友は壁側に設置した椅子の上で、のびのびと寝ている。いつもと変わらぬ、すこやかな寝姿だ。そののんびりとした光景を見ると、胸がじんわりとあたたかくなった。
この一件に多大に貢献したチュールとミアキスも宴会に参加した。女剣士は物静かに果物をつまんでおり、その横でマキシがしきりに取材する。女剣士は魔獣学者をうっとうしそうに見るが、拒絶はしなかった。
男剣士は左右にレジィとエメリをはべらせ、女好きぶりを見せつけた。クロアが事前に「スケベなことをしたら殴り倒す」と脅しをかけておいたので、淫猥な行動は起きずにすんでいる。
そのほか、騎兵の指揮にあたったルッツがボーゼンによる武官への勧誘を受けていたり、幼馴染だというティオとオゼが楽しげに話していたりと、一帯は宴らしくにぎわった。その中でクロアはタオと話していた。彼は今回の騒動の最中、怪我人の治療に大いに活躍したという。その功績にクロアが礼を述べ、報酬について問う。
「希望の褒美はありますの? そういえば、わたしをどこかに連れて行く、という話も」
「それはもう果たした。ヴラドの館のことだったんだ」
「え? じゃあ……お出かけは無し?」
「そうなるな」
クロアはせっかくの外出の機会がなくなってしまったことを残念がる。
「んー、ほかにどこかいいところがありませんの?」
「私と同行することで行ける場所、といえば魔界だろうが……行きたいか?」
「なかなか興味深いですわね」
噂によれば魔界とは危険の多い場所だという。クロア単独で行くのは無謀だが、土地勘のある者の案内があればきっと大事には至らない。そう考えると、よい機会だとクロアは思う。
「町のごたごたが落ち着いたら、連れていってくれます?」
「わかった、しばらくここに滞在しよう」
「あなたでしたらきっと、みなが放っておきませんわ」
「それはかまわないが、さきにヴラドの寝床を用意しなくては」
「ヴラドの寝床?」
魔人の居候には適当な空き部屋を提供する、とだけクロアは想定していた。どうもそれでは不十分らしい。
「普通の寝台ではダメだ。ほこり除けがいる」
「よそのお宅でも、ヴラドはほこりを被るくらい寝続けるというの?」
「実際にどう活動するかは知らない。だが、ほこり除けがあればやつは気に入る」
「ではそういったものをさがしてみます。その助言、ありがたく参考にしますわ」
クロアの感謝の言葉を、なぜかタオは気難しい顔で受け取った。クロアは不思議がって「どうかなさいまして?」と聞く。
「わたくし、変なことを言ったかしら」
「いや……貴女はお人好しだな、と思って」
「そうかしら。だって、わたくしがヴラドをここに住まわせると言い出したのですのよ」
「そこが意外だった。ヴラドはひとりで館にもどると言ったんだろう? それを断ってまで面倒事をしょいこむところが、お人好しだ」
「だって、お母さまはヴラドのことがお好きなんですもの。これでお母さまがヴラドをきらっておいでだったら、こんなことしてませんわ。そのときはどんな手を使ってでも、わたくしがヴラドを追い返してやります」
「それも極端な話だな……」
タオの表情に笑みがこぼれた。クロアも多少過激な発言をした自覚はあったので、この発言は冗談だとばかりに笑んだ。
談笑するクロアにダムトが近寄ってきた。彼は当初、宴会に不参加だった。
「報告します。これ以上の町中の賊の足取りはつかめず、捕まえた八名で全員だと結論が出ました」
「そう、お疲れさま。これで今日の仕事はおわったわね。あなたも宴会に加わりなさい」
ダムトはクロアの隣りの席に座る。彼は飲食物に手を付けず、周囲の者を観察した。
「ところで、アンペレ公の実子ではないという公表をする、というのは本気か?」
タオが質問してきた。クロアは「宴会が終わったらやりますわ」と答えた。
「みなが気分をよくしたところに、冷や水をかけるわけか」
「いいじゃありませんの。いつまでも祭り気分でいてはいけませんし」
「よくもそんな理屈がこねれるな」
タオの意見にダムトも同調する。
「だまっておけば丸くおさまるでしょうに」
「わたしがスッキリできないんだもの。そんな気持ちで何十年とこの町にいたくないわ」
「まったく、難儀な人ですね」
「そんなの、わかりきったことでしょ。それを知っててなんでわたしに仕え続けるの?」
「あなたのようなハチャメチャな人が領主になる可能性があると思うと、この土地の行く末が不安でたまらなかったものですから」
従者の毒舌は快調だ。クロアは彼の毒を無視して、起こりうる未来を問う。
「領主になれないかもしれないわ。もしわたしが平民になったら、あなたはどうする?」
「従者を辞めて、各地を放浪しますかね。一人旅はつまらないので、退屈しない方と同行します」
「たとえばわたしはどう?」
「そうですね……貴女で手を打ってさしあげてもよろしいですよ」
クロアは「まあ、えらそうに」と笑顔で反抗した。ダムトの言葉は不遜であっても情が感じられる。彼もまた、クロアの身分がどうあろうと友でいてくれる存在だとわかる。
(これだけの友人がいたら……わたし、公女でなくなってもさびしくないわ)
クロアはこの場にいる獣の友を、目のとどく範囲でさがした。猫型の友は壁側に設置した椅子の上で、のびのびと寝ている。いつもと変わらぬ、すこやかな寝姿だ。そののんびりとした光景を見ると、胸がじんわりとあたたかくなった。
タグ:クロア