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2019年07月05日
短縮拓馬篇−6章6 ★
休み明けの放課後、拓馬は数人のクラスメイトとともに空き教室へ移動した。集合目的はヤマダによる大男捕獲作戦の聴講。同席者にはヤマダが協力を打診した須坂もいる。彼女はとくにゴネることなく、あっさり承諾したという。須坂は須坂で、大男が自分を守る理由を気にしていたので、その思いをヤマダが汲みとれたようだ。
拓馬と須坂以外の聴講者は二人。こういった計画には確実に関わる三郎と、その日は参加できるか未確定なジモンも面白がってついてきた。性格的に参加しそうだった千智は今回欠席する。彼女は親に夜の外出を禁止されているという。そのせいで計画に加われないそうだ。
拓馬たちは無人の教室に入る。めいめいに席につき、ヤマダひとりは教卓の上に作戦資料の入った紙袋を置いた。袋から大きい紙を出し、広げる。その紙は片面に絵や文字が印刷される。裏地の白いカレンダーのようだ。
ヤマダは資料を黒板に当てた。紙の四隅を磁石で留める。紙には簡略化された地図が描かれている。地図上の四角い図形の中には、駅と公園とアパートの文字が書かれてあった。
「金曜日の夜に、大男さんを捕まえる計画を発表します。順番に説明するねー」
参謀が紙の上に磁石を追加していく。増えた磁石には、字を書いた紙が貼ってあった。ヤマダは「父」と書いた磁石をつまむ。
「この日はうちのオヤジが駅前の飲み屋で酒を飲みます。いっしょに飲む人は昔の仕事仲間のジュンさんです。ジュンさんにお願いして、オヤジは酔っぱらった状態にさせます。そして公園のトイレ近くのベンチにオヤジを放置してもらう予定です」
父磁石が駅から公園へ移動する。次にアパートの上にある「美」と書かれた磁石が公園にうごく。
「美弥ちゃんはお姉さんを迎えにいくふりをしつつ、公園のトイレにむかってもらいます。このときに着けてほしいのがこのバンダナ」
ヤマダはたたんだ水色の布を美弥に手渡す。美弥は両手で布をためつすがめつ眺める。
「これを、どうするの?」
「頭巾にするよ、こうやって」
ヤマダは美弥に渡したものと同じ布を出す。布を大きく三角に折り、頭に覆う。布の端をうなじのあたりでむすぶと、頭巾になった。
「オヤジにはまえもって『わたしが水色のバンダナを被っていく』と教えておきます。美弥ちゃんがこのバンダナを着けたら、オヤジは美弥ちゃんをわたしだと勘違いします」
「ノブさんが須坂に絡んできたら、大男が助けにくるっていう寸法か?」
ヤマダは拓馬の予想にうなずく。
「それが一番いい『甲』の作戦ね」
次に武田信玄の絵が印刷された磁石が紙上にあらわれた。その絵のセンスが謎だ。
「わたしたちは公園で待機してて、大男さんが現れたらファイト!」
「信玄の磁石はどういう意味だ?」
「大男さんのぶんの磁石です。絵柄はわたしの趣味!」
「わかった、スルーする。んで『一番いい作戦』ってことは、ほかにも案があるのか?」
ヤマダは頭巾をぬぎながら「案ってほどでもないんだけど」と答える。
「予定通りにうごいてくれないのがうちのオヤジの困ったところでね。作戦実行中に、オヤジは公園で寝るかもしれない」
ノブが美弥と接触してこなければ計画は成り立たない。イレギュラーが発生した場合の対処法を、ヤマダが説明していく。
「そのときは美弥ちゃんが酔っぱらいを心配する通行人になりきって、オヤジを叩き起こしてください。起きたら美弥ちゃんをわたしだと勘違いするから。これが『乙』の作戦」
この対処にも穴がある。それを拓馬は指摘する。
「ノブさんが起きなかったり、公園で待っていなかったりしたらどーするんだよ?」
「そしたら美弥ちゃんはいっぺん駅にむかいます。その途中でわたしが美弥ちゃんに電話をかけます。会話内容は、お姉さんの都合が悪くなって今日は来れない、という感じです。適当にしゃべったら、アパートに帰りましょう。これが『丙』の作戦」
「作戦というか、失敗したときの後始末だな」
「そうだね。ほかの失敗原因は……オヤジ以外の人が美弥ちゃんに絡むこと」
その事態がもっとも危険だ。ノブが須坂を自分の娘と見誤ったとしても、彼は家族に危害をくわえはしない。だが計画にくみしない他人ではどうか。
「厄介なのは、美弥ちゃんが公園に向かう道中か、『丙』作戦実行中。このときに大男が出ても出なくても、美弥ちゃんはわたしに連絡してください。知らせがきたらみんなで助けに行くので、それまで耐えてください」
「私にどう耐えろと言うの?」
「基本的に公園にむかうように逃げてね。だれかひとりは公園にいるようにするから」
ヤマダは教卓の上に数枚置いてあるメモの中から一枚を取る
「美弥ちゃんの任務をまとめておいたよ」
須坂はそのメモを受け取り、じっくり見た。ヤマダの講釈は続く。
「順調にオヤジが美弥ちゃんに絡んでも、大男さんが現れない可能性もある。これも作戦失敗。そのときは解散です。説明は以上!」
ヤマダが話し終えた。口をつぐんでいた三郎が挙手する。
「その計画において、お前の父君が例の男に倒される危険があるわけだが──」
三郎が懸念することは人として正しい。ヤマダはみずから父を犠牲にしようとしているのだから。
「それでもいいのか?」
ヤマダは片手をぷらぷらふって「へーきへーき」と安請け合いする。
「うちのオヤジは殺したって死なないよ」
「あの男は他人を傷つける意思がないようだから、各自の負傷は心配していない。オレが言いたいのは、気絶した父君がちゃんと帰宅できるかどうかだ」
その憂慮は作戦の成否に関わらず、つきまとってくる事柄だ。ノブが大男に襲われなかったとしても、彼は外で熟睡するおそれがある。酒が入った状態では朝まで野宿もありうる。
「お前の父はジモンと体つきが似ているそうじゃないか。意識のない大柄な男性を運ぶとなると、オレと拓馬の手に余りそうだ」
ジモンが「ノブさんはわしより重いかもなあ」と補足した。ヤマダはひらひら手をふる。
「いーのいーの。最悪、オヤジを野宿させていいんです。そのうち目がさめたら帰るよ」
ヤマダは身内をぞんざいに扱う前提でいる。三郎はヤマダの揺るがない不孝心を知り、あきらめたようにうなずく。
「お前がいいと言うのなら、オレから言うことはない。……その作戦に乗ろう!」
質問をおえた三郎がジモンに顔を向ける。
「して、ジモンは当日、家の手伝いがあるんじゃないのか?」
「店にノブさんがおらんし、わしは出れんかもな」
「となると、オレと拓馬の二人で捕縛を試みるのか」
ヤマダが「いや四人だよ」と異をはさんだ。三郎は首をかしげる。
「四人? ひとりはお前だとして……ほかはだれだ?」
この疑問には拓馬が補足する。
「もうひとり協力してくれる人がいるんだ。ノブさんの友だちで、ジュンさんっていう」
「いましがた説明に出た、父の友人か?」
「ああ、その人だ。ジュンさんはかなり強いぞ。拳法とか暗器の使い手で──」
三郎の目が光る。
「なに? そんな知人がいたのか」
「あ、あぁ……いつも仕事で会えないんだけど、ときたまヤマダんちに遊びにくるんだ」
「ほう! 機会があれば手合せ願いたいな」
「この件が片付いたらな。それで、ジュンさんはどううごく予定なんだ?」
拓馬は省略された解説をヤマダに問う。ヤマダがメモを片手に「うーんとね」と言う。
「ジュンさんがオヤジを公園においてったあと、しばらく駅のほうに行くふりをして、その道中で待機。大男さんが出たらわたしがジュンさんに連絡して、公園にきてもらう」
「ジュンさんは公園にいない予定なんだな」
「うん。そのほうが大男さんの裏を突けるかなーと思って」
まるで公園で張り込む人員が、大男に筒抜けであるかのような口ぶりだった。
「それは、やつに俺らのうごきがモロバレしてる前提なのか?」
「うん……どこからどう監視してるのか、わかんないからね」
心もとない発言だ。事実、大男の能力は未知数。当然の警戒ではある。
「オヤジが役に立たなかったときは、ジュンさんが美弥ちゃんに絡む役をする、とも考えたんだけど、しょっぱなジュンさんが大男さんにノックアウトされたら、きびしいかな」
ヤマダは作戦に協力する大人の戦力を第一に考えているらしい。拓馬もジュンがこの中でもっとも頼りになる人だと思う。だが──
「こう言いたかないが、ジュンさんがいても勝てる確証はないぞ」
「たしかに……出たとこ勝負だね」
気弱な拓馬とヤマダは逆に、ジモンが妙案を得たかのように膝に手を打つ。
「そんなに強いならシド先生を呼ばんとな」
皆が呆気にとられる。言われてみると、身近なところに強者はいた。だが安易にその人物を頼るわけにはいかない。
「先生に言ったら計画がパーになるだろ?」
拓馬がそうさとすとジモンは「そういうもんかの」と納得しかねた。拓馬はなるべく平易に説明する。
「先生は俺らにこんな危険なまねをしてほしくないんだ。それは、わかるか?」
「そこんとこはわかる。シド先生はわしらのお守り役なんじゃろ?」
「そうだ。だからこんな計画を立ててるとバレたら、止めにかかるだろ」
「手伝ってもらえんのか?」
「きっとな。それが先生ってもんだ」
「犯人をとっつかまえりゃ、わしらがムチャをしなくなるとは思われんのか」
その見方は建設的だ。このまま大男を野放しにしておくよりも、生徒の奇行に加担したほうが事態は収束にむかいやすくなる。だがシドは一度校長の叱責を受けている。ふたたび咎を食らっても平気でいられるだろうか。校長の顔を立てねばならぬ身分の彼に、そんな反骨精神は強要できない。
「そう思ったとしても、先生はやれないんだよ。立場ってもんがある」
「立場……?」
「そう。生徒がバカやれても、先生はできない。校長とか保護者とかの目があるからな。そのへんの大人たちから文句言われちゃ、先生だって学校にきづらいだろ?」
「ようわかった。話をこじらせてしもうて、すまん」
ジモンの疑問が解消された。作戦会議は終了──するまえに、須坂が「ねえ」とヤマダに話しかける。
「昨日あなたから聞いた話だと、もうひとり協力してくれる大人がいるんでしょ。警察官だっていう人。その人はなにをするの?」
「えっと、その人は現場にこないんだけど、仲間を送ってくれることになってる」
「仲間? どんな?」
「たぶん、犬とか……」
須坂は眉をひそめて「なんのために?」とたずねた。ヤマダがあたふたする。
「ちょっと、説明しにくいんだけど……わたしたちに危険がないように、守ってくれる」
ヤマダはあえて本旨と外れる理由をのべた。シズカの仲間のことを正直に言っても理解してもらえないからだ。大男の本性についても同様だ。それゆえ、まだ話の通じやすい副効果を挙げた。それでも現実離れした理由にはちがいなく、須坂の追究はやまない。
「警察犬が警察官ぬきで、人を守れるの?」
須坂は現実的な解釈をしてくれた。事実とは異なるが、その解釈にヤマダが乗っかる。
「うん、わたしもまえに守ってもらったことあるし……ねえ?」
ヤマダは拓馬に同意を求めた。シズカの友が拓馬たちを守ったことは多々あるため、拓馬は首を縦にふる。
「そのへんは安心していい。でもその警察犬……シズカさんの仲間は、大男を倒すことには手を出さないらしい」
「中途半端な協力の仕方ね……」
「これでも譲歩してくれたほうなんだ。シズカさんは、俺らにはおとなしくしてほしかったみたいだし……」
拓馬たちが我を通した成果なのだと知ると、須坂は「そっちも複雑なのね」と同情めいた笑みを見せた。
ヤマダは「決行時刻は当日に知らせるね」と言い、片付けをはじめる。これで会議は完了したと拓馬は察し、空き教室をはなれた。
拓馬と須坂以外の聴講者は二人。こういった計画には確実に関わる三郎と、その日は参加できるか未確定なジモンも面白がってついてきた。性格的に参加しそうだった千智は今回欠席する。彼女は親に夜の外出を禁止されているという。そのせいで計画に加われないそうだ。
拓馬たちは無人の教室に入る。めいめいに席につき、ヤマダひとりは教卓の上に作戦資料の入った紙袋を置いた。袋から大きい紙を出し、広げる。その紙は片面に絵や文字が印刷される。裏地の白いカレンダーのようだ。
ヤマダは資料を黒板に当てた。紙の四隅を磁石で留める。紙には簡略化された地図が描かれている。地図上の四角い図形の中には、駅と公園とアパートの文字が書かれてあった。
「金曜日の夜に、大男さんを捕まえる計画を発表します。順番に説明するねー」
参謀が紙の上に磁石を追加していく。増えた磁石には、字を書いた紙が貼ってあった。ヤマダは「父」と書いた磁石をつまむ。
「この日はうちのオヤジが駅前の飲み屋で酒を飲みます。いっしょに飲む人は昔の仕事仲間のジュンさんです。ジュンさんにお願いして、オヤジは酔っぱらった状態にさせます。そして公園のトイレ近くのベンチにオヤジを放置してもらう予定です」
父磁石が駅から公園へ移動する。次にアパートの上にある「美」と書かれた磁石が公園にうごく。
「美弥ちゃんはお姉さんを迎えにいくふりをしつつ、公園のトイレにむかってもらいます。このときに着けてほしいのがこのバンダナ」
ヤマダはたたんだ水色の布を美弥に手渡す。美弥は両手で布をためつすがめつ眺める。
「これを、どうするの?」
「頭巾にするよ、こうやって」
ヤマダは美弥に渡したものと同じ布を出す。布を大きく三角に折り、頭に覆う。布の端をうなじのあたりでむすぶと、頭巾になった。
「オヤジにはまえもって『わたしが水色のバンダナを被っていく』と教えておきます。美弥ちゃんがこのバンダナを着けたら、オヤジは美弥ちゃんをわたしだと勘違いします」
「ノブさんが須坂に絡んできたら、大男が助けにくるっていう寸法か?」
ヤマダは拓馬の予想にうなずく。
「それが一番いい『甲』の作戦ね」
次に武田信玄の絵が印刷された磁石が紙上にあらわれた。その絵のセンスが謎だ。
「わたしたちは公園で待機してて、大男さんが現れたらファイト!」
「信玄の磁石はどういう意味だ?」
「大男さんのぶんの磁石です。絵柄はわたしの趣味!」
「わかった、スルーする。んで『一番いい作戦』ってことは、ほかにも案があるのか?」
ヤマダは頭巾をぬぎながら「案ってほどでもないんだけど」と答える。
「予定通りにうごいてくれないのがうちのオヤジの困ったところでね。作戦実行中に、オヤジは公園で寝るかもしれない」
ノブが美弥と接触してこなければ計画は成り立たない。イレギュラーが発生した場合の対処法を、ヤマダが説明していく。
「そのときは美弥ちゃんが酔っぱらいを心配する通行人になりきって、オヤジを叩き起こしてください。起きたら美弥ちゃんをわたしだと勘違いするから。これが『乙』の作戦」
この対処にも穴がある。それを拓馬は指摘する。
「ノブさんが起きなかったり、公園で待っていなかったりしたらどーするんだよ?」
「そしたら美弥ちゃんはいっぺん駅にむかいます。その途中でわたしが美弥ちゃんに電話をかけます。会話内容は、お姉さんの都合が悪くなって今日は来れない、という感じです。適当にしゃべったら、アパートに帰りましょう。これが『丙』の作戦」
「作戦というか、失敗したときの後始末だな」
「そうだね。ほかの失敗原因は……オヤジ以外の人が美弥ちゃんに絡むこと」
その事態がもっとも危険だ。ノブが須坂を自分の娘と見誤ったとしても、彼は家族に危害をくわえはしない。だが計画にくみしない他人ではどうか。
「厄介なのは、美弥ちゃんが公園に向かう道中か、『丙』作戦実行中。このときに大男が出ても出なくても、美弥ちゃんはわたしに連絡してください。知らせがきたらみんなで助けに行くので、それまで耐えてください」
「私にどう耐えろと言うの?」
「基本的に公園にむかうように逃げてね。だれかひとりは公園にいるようにするから」
ヤマダは教卓の上に数枚置いてあるメモの中から一枚を取る
「美弥ちゃんの任務をまとめておいたよ」
須坂はそのメモを受け取り、じっくり見た。ヤマダの講釈は続く。
「順調にオヤジが美弥ちゃんに絡んでも、大男さんが現れない可能性もある。これも作戦失敗。そのときは解散です。説明は以上!」
ヤマダが話し終えた。口をつぐんでいた三郎が挙手する。
「その計画において、お前の父君が例の男に倒される危険があるわけだが──」
三郎が懸念することは人として正しい。ヤマダはみずから父を犠牲にしようとしているのだから。
「それでもいいのか?」
ヤマダは片手をぷらぷらふって「へーきへーき」と安請け合いする。
「うちのオヤジは殺したって死なないよ」
「あの男は他人を傷つける意思がないようだから、各自の負傷は心配していない。オレが言いたいのは、気絶した父君がちゃんと帰宅できるかどうかだ」
その憂慮は作戦の成否に関わらず、つきまとってくる事柄だ。ノブが大男に襲われなかったとしても、彼は外で熟睡するおそれがある。酒が入った状態では朝まで野宿もありうる。
「お前の父はジモンと体つきが似ているそうじゃないか。意識のない大柄な男性を運ぶとなると、オレと拓馬の手に余りそうだ」
ジモンが「ノブさんはわしより重いかもなあ」と補足した。ヤマダはひらひら手をふる。
「いーのいーの。最悪、オヤジを野宿させていいんです。そのうち目がさめたら帰るよ」
ヤマダは身内をぞんざいに扱う前提でいる。三郎はヤマダの揺るがない不孝心を知り、あきらめたようにうなずく。
「お前がいいと言うのなら、オレから言うことはない。……その作戦に乗ろう!」
質問をおえた三郎がジモンに顔を向ける。
「して、ジモンは当日、家の手伝いがあるんじゃないのか?」
「店にノブさんがおらんし、わしは出れんかもな」
「となると、オレと拓馬の二人で捕縛を試みるのか」
ヤマダが「いや四人だよ」と異をはさんだ。三郎は首をかしげる。
「四人? ひとりはお前だとして……ほかはだれだ?」
この疑問には拓馬が補足する。
「もうひとり協力してくれる人がいるんだ。ノブさんの友だちで、ジュンさんっていう」
「いましがた説明に出た、父の友人か?」
「ああ、その人だ。ジュンさんはかなり強いぞ。拳法とか暗器の使い手で──」
三郎の目が光る。
「なに? そんな知人がいたのか」
「あ、あぁ……いつも仕事で会えないんだけど、ときたまヤマダんちに遊びにくるんだ」
「ほう! 機会があれば手合せ願いたいな」
「この件が片付いたらな。それで、ジュンさんはどううごく予定なんだ?」
拓馬は省略された解説をヤマダに問う。ヤマダがメモを片手に「うーんとね」と言う。
「ジュンさんがオヤジを公園においてったあと、しばらく駅のほうに行くふりをして、その道中で待機。大男さんが出たらわたしがジュンさんに連絡して、公園にきてもらう」
「ジュンさんは公園にいない予定なんだな」
「うん。そのほうが大男さんの裏を突けるかなーと思って」
まるで公園で張り込む人員が、大男に筒抜けであるかのような口ぶりだった。
「それは、やつに俺らのうごきがモロバレしてる前提なのか?」
「うん……どこからどう監視してるのか、わかんないからね」
心もとない発言だ。事実、大男の能力は未知数。当然の警戒ではある。
「オヤジが役に立たなかったときは、ジュンさんが美弥ちゃんに絡む役をする、とも考えたんだけど、しょっぱなジュンさんが大男さんにノックアウトされたら、きびしいかな」
ヤマダは作戦に協力する大人の戦力を第一に考えているらしい。拓馬もジュンがこの中でもっとも頼りになる人だと思う。だが──
「こう言いたかないが、ジュンさんがいても勝てる確証はないぞ」
「たしかに……出たとこ勝負だね」
気弱な拓馬とヤマダは逆に、ジモンが妙案を得たかのように膝に手を打つ。
「そんなに強いならシド先生を呼ばんとな」
皆が呆気にとられる。言われてみると、身近なところに強者はいた。だが安易にその人物を頼るわけにはいかない。
「先生に言ったら計画がパーになるだろ?」
拓馬がそうさとすとジモンは「そういうもんかの」と納得しかねた。拓馬はなるべく平易に説明する。
「先生は俺らにこんな危険なまねをしてほしくないんだ。それは、わかるか?」
「そこんとこはわかる。シド先生はわしらのお守り役なんじゃろ?」
「そうだ。だからこんな計画を立ててるとバレたら、止めにかかるだろ」
「手伝ってもらえんのか?」
「きっとな。それが先生ってもんだ」
「犯人をとっつかまえりゃ、わしらがムチャをしなくなるとは思われんのか」
その見方は建設的だ。このまま大男を野放しにしておくよりも、生徒の奇行に加担したほうが事態は収束にむかいやすくなる。だがシドは一度校長の叱責を受けている。ふたたび咎を食らっても平気でいられるだろうか。校長の顔を立てねばならぬ身分の彼に、そんな反骨精神は強要できない。
「そう思ったとしても、先生はやれないんだよ。立場ってもんがある」
「立場……?」
「そう。生徒がバカやれても、先生はできない。校長とか保護者とかの目があるからな。そのへんの大人たちから文句言われちゃ、先生だって学校にきづらいだろ?」
「ようわかった。話をこじらせてしもうて、すまん」
ジモンの疑問が解消された。作戦会議は終了──するまえに、須坂が「ねえ」とヤマダに話しかける。
「昨日あなたから聞いた話だと、もうひとり協力してくれる大人がいるんでしょ。警察官だっていう人。その人はなにをするの?」
「えっと、その人は現場にこないんだけど、仲間を送ってくれることになってる」
「仲間? どんな?」
「たぶん、犬とか……」
須坂は眉をひそめて「なんのために?」とたずねた。ヤマダがあたふたする。
「ちょっと、説明しにくいんだけど……わたしたちに危険がないように、守ってくれる」
ヤマダはあえて本旨と外れる理由をのべた。シズカの仲間のことを正直に言っても理解してもらえないからだ。大男の本性についても同様だ。それゆえ、まだ話の通じやすい副効果を挙げた。それでも現実離れした理由にはちがいなく、須坂の追究はやまない。
「警察犬が警察官ぬきで、人を守れるの?」
須坂は現実的な解釈をしてくれた。事実とは異なるが、その解釈にヤマダが乗っかる。
「うん、わたしもまえに守ってもらったことあるし……ねえ?」
ヤマダは拓馬に同意を求めた。シズカの友が拓馬たちを守ったことは多々あるため、拓馬は首を縦にふる。
「そのへんは安心していい。でもその警察犬……シズカさんの仲間は、大男を倒すことには手を出さないらしい」
「中途半端な協力の仕方ね……」
「これでも譲歩してくれたほうなんだ。シズカさんは、俺らにはおとなしくしてほしかったみたいだし……」
拓馬たちが我を通した成果なのだと知ると、須坂は「そっちも複雑なのね」と同情めいた笑みを見せた。
ヤマダは「決行時刻は当日に知らせるね」と言い、片付けをはじめる。これで会議は完了したと拓馬は察し、空き教室をはなれた。
タグ:短縮版拓馬
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2019年07月04日
短縮拓馬篇−6章1 ★
須坂が拓馬たちに友好的に接してくれた日の放課後、拓馬はヤマダとともに帰宅した。校門を出てまもなく、例の金髪とその手下の刈り上げの少年と出くわしたが、大した騒動にはならなかった。彼らは偵察にきただけで、事を起こす気はなかった。なにより、彼らはヤマダのスカート姿におどろいた。彼らが見たヤマダは私服のズボン姿であり、それゆえ彼女を女子だと認識しなかったようだ。そのあたりの会話を聞くに、金髪は女子には手を出さない性分だと知れて、友人女子への被害は出なさそうだと拓馬は安心した。また、今回は反対にヤマダが金髪に危害をくわえた。金髪に対し、ヤマダは変人をよそおい、その奇行ぶりに金髪はドン引きしていた。関わっても疲れるだけの相手、との偽装は効果があったようで、金髪たちは思いのほか無抵抗で逃走していった。
拓馬は自宅付近でヤマダと別れた。玄関へすすむとそこに猫が座っている。猫は全体の毛皮は白いが顔のまん中や耳先、足先が黒い。シャム猫のような柄だ。
拓馬はいつもの調子で玄関に近づく。普通の猫は見知らぬ人がくると即逃げ出すものだが、この猫は座位の姿勢を変えない。
(人に馴れてる? それか──)
拓馬は今朝、自分がシズカと連絡をとったことを思い出した。この珍客が普通の猫ではないと仮定し、白黒模様の獣のそばでしゃがむ。
「どうした、俺に用か?」
猫はちいさな頭を縦にうごかした。その仕草は偶然か、と拓馬が半信半疑になったところ、猫は玄関の戸に頭をつっこんだ。猫の耳や鼻はするっと戸をすり抜け、またたく間に胴体が見えなくなった。
(シズカさんとこの、化け猫か……)
おもに二匹の猫がシズカの指示のもと、諜報活動を行なうという。拓馬はこの猫たちに何度か会ったようなのだが、彼らはその都度体毛の模様と色を変えてくるので、どの猫がだれかという区別はついていない。
(なにかを伝えにきたのかな)
拓馬は玄関の鍵を開けた。猫のあとを追おう──と思いきや、猫は玄関内でまた座っていた。勝手に家屋へ侵入するのを遠慮しているのだろうか。鍵のかかった玄関を通過した時点で、不法侵入相当だと拓馬は思うのだが。
「あがっていいよ」
『ではお言葉に甘える』
猫は中高年らしき男性の声で答えた。想像以上に高齢な性格の化け猫のようだ。
(化け物なら長生きしてるだろうし……)
と、愛らしい見た目と声にギャップがあることを自分なりに納得した。猫が音もなく廊下にあがる。彼らはもとより実体のない身。通路などあってないようなものだが、そのあたりは人間の常識に合わせてくれた。
拓馬は玄関の鍵をかけた。現在は拓馬以外の人間の家族は不在。すこし仮眠するつもりだったので、防犯用に用心しておいた。拓馬が猫にひとこと「すこしまっててくれ」とたのんだ。自室へいき、制服をぬぐ。よごれてもよい私服に着替えた。その格好で、居間の檻で留守番をした飼い犬を放す。トーマは拓馬の帰宅を全身でよろこんだ。拓馬の手や顔をなめたり、自身の体を拓馬にこすりつけたりする。ひとしきり犬の歓待を受けおえて、拓馬はソファに移動した。シズカの使いもソファのへりに乗る。位置的に猫は拓馬のななめ後ろにいる。視線を合わせるため、拓馬はソファに片足をのせ、体の向きを変えた。床につけた足にはトーマのあたたかい体が触れていた。
「それで……なんの用事で、きたんだ?」
『今朝がたの連絡を受けての返事、と思ってもらいたい』
「シズカさんが忙しくて、あんたがその代わりに話をしにきたと?」
『その認識で大差ない。ゆうても、あやつは今晩におぬしと話すつもりでいる』
夜まで待てない理由があるのか──と拓馬は不安がる。
「夜に話してちゃ、手遅れになる?」
『火急の用ではない。わしが遣わされたのは、言葉では教えきれぬことを見せるため』
「『見せる』?」
『事実を語るためにまぼろしを映し出す。わしの得意分野じゃて』
ほかにもできる者はいるがの、と老猫は自虐めいて言う。
『いままでわしが知り得たことを、おぬしに見せてしんぜよう』
「ドキュメンタリー映画みたいなものか?」
『そうじゃ。抵抗はないか?』
「ん? なんで?」
『幻術なんぞ体験したことはなかろうに、不気味ではないのか?』
現状、拓馬はしゃべる猫と接している。この状況を受け入れる自分が、いまさら故意の幻覚を見せられて、取り乱すだろうか。
(不気味なものは、見るときは見るしなぁ)
幼少時のトラウマがかすかによみがえった。悪意をもった霊が拓馬を自宅まで追ってきたことがあるのだ。その原因は、拓馬がうっかり霊に注目したせいだと記憶している。それにくらべて、見る者をどうこうする気のない幻影はおそれるに足らないように感じた。ただし、苦手な映像自体はある。
「まあ、グロテスクなもんはイヤだけど」
『安心せい。しょっきんぐ映像は出てこぬ』
「ならいいや」
『かるいのう』
老猫は拓馬の感性が常人離れしていると言いたげだ。拓馬は自分が非日常的な能力をおそれぬ理由を、もっともらしく言ってみる。
「シズカさんがいいと思ってやることなら……平気だと思う」
『そうか。信頼しておるのだな』
老猫はしっぽをうねらせて『映画といえばの』となにか思いつく。
『なれーしょんの種類は変更可能じゃぞ。若いおなごの声にしようか?』
「あんたがラクな方法でいいよ」
『そうか、ではこのままでやるぞ』
「どうやって見るんだ? スクリーンがぽんっと空中に出るのか?」
『それはめんどくさいんじゃ』
老猫は技術的に不可能ではないと示唆する。その言い方がなんだか人間くさくて、拓馬は老猫に親しみをおぼえた。
『夢を見るのと同じ要領で、映像を流すぞ』
老猫は拓馬に、横になって目をつむるよう指示した。老猫もへりのうえで腹這いになる。
『りら〜っくすじゃ』
拓馬は言われるままにソファに寝転がり、目をとじた。今朝は早起きしたせいか、なんだか寝てしまいそうになる。
「これ、ねたらダメだよな?」
『大丈夫じゃ。そうなれば夢見のほうをチョチョイといじるまで』
寝落ちしても問題はないと知り、拓馬はだいぶ気楽になった。
『これからある男のいめーじを伝えるぞ。おぬしの近辺に出没しておる男と、同一だと思われるやからじゃ』
暗い視界が徐々に明るんでいく。目を閉じても見える光景は、色のない世界だった。
拓馬は自宅付近でヤマダと別れた。玄関へすすむとそこに猫が座っている。猫は全体の毛皮は白いが顔のまん中や耳先、足先が黒い。シャム猫のような柄だ。
拓馬はいつもの調子で玄関に近づく。普通の猫は見知らぬ人がくると即逃げ出すものだが、この猫は座位の姿勢を変えない。
(人に馴れてる? それか──)
拓馬は今朝、自分がシズカと連絡をとったことを思い出した。この珍客が普通の猫ではないと仮定し、白黒模様の獣のそばでしゃがむ。
「どうした、俺に用か?」
猫はちいさな頭を縦にうごかした。その仕草は偶然か、と拓馬が半信半疑になったところ、猫は玄関の戸に頭をつっこんだ。猫の耳や鼻はするっと戸をすり抜け、またたく間に胴体が見えなくなった。
(シズカさんとこの、化け猫か……)
おもに二匹の猫がシズカの指示のもと、諜報活動を行なうという。拓馬はこの猫たちに何度か会ったようなのだが、彼らはその都度体毛の模様と色を変えてくるので、どの猫がだれかという区別はついていない。
(なにかを伝えにきたのかな)
拓馬は玄関の鍵を開けた。猫のあとを追おう──と思いきや、猫は玄関内でまた座っていた。勝手に家屋へ侵入するのを遠慮しているのだろうか。鍵のかかった玄関を通過した時点で、不法侵入相当だと拓馬は思うのだが。
「あがっていいよ」
『ではお言葉に甘える』
猫は中高年らしき男性の声で答えた。想像以上に高齢な性格の化け猫のようだ。
(化け物なら長生きしてるだろうし……)
と、愛らしい見た目と声にギャップがあることを自分なりに納得した。猫が音もなく廊下にあがる。彼らはもとより実体のない身。通路などあってないようなものだが、そのあたりは人間の常識に合わせてくれた。
拓馬は玄関の鍵をかけた。現在は拓馬以外の人間の家族は不在。すこし仮眠するつもりだったので、防犯用に用心しておいた。拓馬が猫にひとこと「すこしまっててくれ」とたのんだ。自室へいき、制服をぬぐ。よごれてもよい私服に着替えた。その格好で、居間の檻で留守番をした飼い犬を放す。トーマは拓馬の帰宅を全身でよろこんだ。拓馬の手や顔をなめたり、自身の体を拓馬にこすりつけたりする。ひとしきり犬の歓待を受けおえて、拓馬はソファに移動した。シズカの使いもソファのへりに乗る。位置的に猫は拓馬のななめ後ろにいる。視線を合わせるため、拓馬はソファに片足をのせ、体の向きを変えた。床につけた足にはトーマのあたたかい体が触れていた。
「それで……なんの用事で、きたんだ?」
『今朝がたの連絡を受けての返事、と思ってもらいたい』
「シズカさんが忙しくて、あんたがその代わりに話をしにきたと?」
『その認識で大差ない。ゆうても、あやつは今晩におぬしと話すつもりでいる』
夜まで待てない理由があるのか──と拓馬は不安がる。
「夜に話してちゃ、手遅れになる?」
『火急の用ではない。わしが遣わされたのは、言葉では教えきれぬことを見せるため』
「『見せる』?」
『事実を語るためにまぼろしを映し出す。わしの得意分野じゃて』
ほかにもできる者はいるがの、と老猫は自虐めいて言う。
『いままでわしが知り得たことを、おぬしに見せてしんぜよう』
「ドキュメンタリー映画みたいなものか?」
『そうじゃ。抵抗はないか?』
「ん? なんで?」
『幻術なんぞ体験したことはなかろうに、不気味ではないのか?』
現状、拓馬はしゃべる猫と接している。この状況を受け入れる自分が、いまさら故意の幻覚を見せられて、取り乱すだろうか。
(不気味なものは、見るときは見るしなぁ)
幼少時のトラウマがかすかによみがえった。悪意をもった霊が拓馬を自宅まで追ってきたことがあるのだ。その原因は、拓馬がうっかり霊に注目したせいだと記憶している。それにくらべて、見る者をどうこうする気のない幻影はおそれるに足らないように感じた。ただし、苦手な映像自体はある。
「まあ、グロテスクなもんはイヤだけど」
『安心せい。しょっきんぐ映像は出てこぬ』
「ならいいや」
『かるいのう』
老猫は拓馬の感性が常人離れしていると言いたげだ。拓馬は自分が非日常的な能力をおそれぬ理由を、もっともらしく言ってみる。
「シズカさんがいいと思ってやることなら……平気だと思う」
『そうか。信頼しておるのだな』
老猫はしっぽをうねらせて『映画といえばの』となにか思いつく。
『なれーしょんの種類は変更可能じゃぞ。若いおなごの声にしようか?』
「あんたがラクな方法でいいよ」
『そうか、ではこのままでやるぞ』
「どうやって見るんだ? スクリーンがぽんっと空中に出るのか?」
『それはめんどくさいんじゃ』
老猫は技術的に不可能ではないと示唆する。その言い方がなんだか人間くさくて、拓馬は老猫に親しみをおぼえた。
『夢を見るのと同じ要領で、映像を流すぞ』
老猫は拓馬に、横になって目をつむるよう指示した。老猫もへりのうえで腹這いになる。
『りら〜っくすじゃ』
拓馬は言われるままにソファに寝転がり、目をとじた。今朝は早起きしたせいか、なんだか寝てしまいそうになる。
「これ、ねたらダメだよな?」
『大丈夫じゃ。そうなれば夢見のほうをチョチョイといじるまで』
寝落ちしても問題はないと知り、拓馬はだいぶ気楽になった。
『これからある男のいめーじを伝えるぞ。おぬしの近辺に出没しておる男と、同一だと思われるやからじゃ』
暗い視界が徐々に明るんでいく。目を閉じても見える光景は、色のない世界だった。
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