2018年09月12日
拓馬篇−終章6 ★
話がまとまってきた。拓馬はほかに聞くことが思いつかなくなり、隣りの女子に会話の主導権を視線でゆずる。ヤマダは彼女に見えないはずの猫に視線をやっている。
「あとは……美弥ちゃんのことだね」
「須坂のこと? 先生が尾行してた理由は聞いたろ」
「わたしたちは納得したけど、美弥ちゃんはそうじゃないでしょ?」
ヤマダ拓馬と目線を合わせる。
「自分を守ってた人が先生だと知らないままじゃ、モヤモヤがのこると思う」
言われればそうだと拓馬は共感する。須坂は大男の素性を知りたがっていたのに、わからずじまいでいる。知れるものなら知っておきたいと、本人は思うはずだ。ただし、ありのままに話しても理解されない。
「でも、あいつに変身や化け物のことを話しても……」
「信じないだろうね、きっと」
せっかく拓馬たちとの信頼をきずきつつある女子に、非現実的な真実を教えても彼女の混乱を招いてしまう──そのような考えから拓馬はヤマダに賛同できないでいた。
「だったら全部がぜんぶ、ホントのことを言わなくてもいいと思う」
「どういうウソをまぜるんだ?」
「先生と大男は別人ってことにする」
拓馬はさっきまでヤマダが見ていた窓辺を見る。ゆったりくつろぐ白黒の猫。これが彼女の発案に関係する存在だと察する。
「先生以外の変身できるやつが、大男に変装する?」
「うん、シズカさんの友だちに変身の得意な子がいるって、言ってたよね」
「ああ、いまここに猫がいる。そいつに化けてもらうか」
「それができるか、聞いてもらえる?」
ヤマダは拓馬とシドの顔色をうかがった。彼女は精神体の猫とは意志疎通がとれない。ヤマダの声は猫にとどくだろうが、猫の声は彼女に聞こえないのだ。
シドが「そのまえに決めたいことがあります」とさえぎる。
「いつ、スザカさんと会合するか、です」
「いま化け猫がいるんだ、ここですませたほうがいい」
「スザカさんにも都合があります。それに、我々の話し合いはいかがします?」
「俺はもうじゅうぶん聞けたと思うけど……お前は?」
ヤマダはメモ用紙をたたんで「今日はいいかな」と答える。
「いま必要なことはわかったから、ほかは時間があるときに聞く」
「あとは、だれがどう須坂にこの話を持ちかけるかだが……」
拓馬はヤマダの顔を見た。彼女なら須坂の連絡先を知っているかもしれないという期待がもてる。しかしヤマダははにかんで「いますぐはムリ」と言う。
「電話番号を教えてもらってないんだ」
「そうか……じゃ、だれかが直接言いに行くしかないか」
「わたしが行ってこようか? 美弥ちゃんの部屋は先生が知ってる──」
ヤマダが須坂の居室をたずねようとした。シドは「私が行きます」と提案する。
「私ならすぐに訪問できます。結果はエリーを介して貴女たちに伝えましょう」
「先生は足速いもんね。わかった、猫ちゃんの了解をとれたら、そうしよう」
拓馬は窓辺の猫を見た。老猫のまるい目が開く。
『シズカの同意は得た。わしがひと肌ぬごう』
老猫はすでにシズカに報告した。どういう方法で意志疎通をとったのか拓馬は知らないが、そこは無用な追究なので、話題にしない。
「急なこと言ってわるいな。だけどぶっつけ本番で大男に化けられるのか?」
『ちょいと見本を見せてもらいたい』
白黒の猫が言うとシドは「私の部屋ですこし練習しましょう」と返答し、席を立つ。彼が店を出ると猫は窓をすり抜けて、どこかへ消えた。猫が不在では拓馬らの会話は他者に聞かれてしまうおそれがある。拓馬は人に聞かれてもごまかしが利く会話を心がけようと思った。
テーブルには三人の少年少女がのこる。ヤマダはカップの茶を飲み干し、飲料をとりに行った。拓馬も冷茶を飲むが、替えを入れるほどの空きができなかったので座ったままでいる。会話にほとんど参加しなかった銀髪の少女を見てみると、彼女はにんじんジュースらしき橙色の飲料をストローでちびちび飲んでいた。人間には健康によい飲みものの一種だが、彼女らではその感覚が通用しない。
(飲み食いじゃ元気が出ないんだっけか)
その説明は彼女たちとは異なるタイプの異形が言っていた。存在の保持に用の為さないものをなぜ飲んでいるのか。疑問を感じた拓馬は単純な質問から攻める。
「なぁ、それって飲んでてうまいか?」
「たぶん、うまい。おみずでもいいけど」
「飲みものでも元気を補給できるのか?」
「ものによる。あわがでるもの、おもったよりよくなかった」
この店にある、泡が出る飲料──それは子どもに人気な炭酸飲料だと拓馬は思いつく。
「炭酸ジュースか……俺らが飲むと甘くてうまいんだけどな」
「ミカク、なんとなくわかる。でもゲンキがでるもののほうが、うまくかんじる」
「どういうものが先生たちの栄養になるんだろうな……」
「シズカ、そういうものつくってる」
エリーが指示語で述べているものは黒い丸薬だ。実際に服薬するのを拓馬はまぢかで見ている。
「あ、そういやシズカさんが先生とたたかうまえに薬のんでたっけ……あれでいいのか」
「うん。でも、いきものからホキュウするのがラク」
「逐一ねむらされるんじゃ、ちょっとしんどいんだけど……」
口下手な少女と話すうちにヤマダがもどってくる。彼女は温かい飲みもの用の陶器と冷たい飲みもの用のコップの二つを卓上に置いた。両方とも飲料が入っている。
「エリーとなに話してたの?」
「飲みものを飲んでも元気がでるのか聞いてた」
「先生が言うには、気休めくらいの効果だってさ。あんまりあてにできないみたい」
ヤマダの知識量が拓馬にまさっている。シドが人外であることは同時に知ったはずなのに、どのタイミングで聞きだしたのか。
「いつ聞いたんだ?」
「わたしたちがはやく店にきてたでしょ。そのとき」
「俺がくるまえ、か」
「ドリンクの注文をしたついでに、気になってたことを聞いたの。先生はよく学校でコーヒー飲んでるから」
シドは食事をしないが、コーヒーだけは飲む。普通のコーヒーが彼の活動源になるとは思えないのだが。
「コーヒーも気休めか?」
「うん、あとは人らしく見せる偽装もかねてるって」
「そういうもんか……やっぱお前がちょくちょく睡眠過多になるっきゃないか」
「そこんとこはまかせて。先生とエリーを餓死させないようにかんばる」
健康体なヤマダの睡眠時間を増やしても、彼女にはなんのメリットもない。そのことを拓馬は気兼ねする。
「どうせなら不眠症な人にやってくれりゃ、いいことだらけなんだが」
「ねむれてない人をみきわめるの、むずかしそうだね」
拓馬とヤマダが話しだすとやはり銀髪の少女はだまった。こちらから話題をふらぬかぎり、傍聴に徹するつもりらしい。その双眸は緑であったはずだが、片方が青に変色している。
「スザカがこっちにくるんだって」
聞き役にまわっていた少女が告げた。拓馬たちに伝えるよう、シドに指示されたとおぼしい。
「え……先生がそう言ってる?」
「うん」
両者は通信機器なく連絡をとれている。おそらく老猫がシズカと即時通話していたのと同じような手段だ。拓馬は周囲の注目がないことを確認したのち、その特殊能力について話す。
「便利な力だな。だれとでもできるのか?」
「なかま、みんなとだいたいできる」
「目の色が変わるのは、先生と話すのと関係ある?」
「これ、シドとれんらくすると、そうなる」
話者の片割れの姿に変化があるのなら、その片割れもまた同じ変化が起きるのでは──その可能性はひとつの謎を解決できる。
「先生も、そんな体質か?」
「そう」
「だからサングラスをかけるのか?」
「それもある」
エリーの片目が緑にもどる。これが電話でいう受話器を置いた状態だろう。彼らの特性を知ったヤマダが「なるほど」と得心する。
「『青い目はめずらしがられるから』って理由だけじゃないと思ってたよ。黄色いサングラスのほうがよっぽど目立つもん」
「だいたい、人目につくのがイヤなら髪を無難な色に変えるだろうしな……」
「なんで銀髪のままでいたの?」
拓馬と気持ちを同じくしたヤマダがエリーにたずねた。銀髪の少女は拓馬たちが取り沙汰しなかった褐色の手の甲を見る。
「みため、あんまりかえたくなかった」
「あるじさんが想像した姿を、大切にしてるの?」
「うん、でもそのままだとこわがられるから、もっとセンセイらしいかっこうにした」
「その参考元って、もしかしてうちの高校の教師?」
ヤマダは唐突な推測を打ち出した。拓馬は彼女の予想に該当する人物がまったく思い出せない。だがエリーは「よくしってるね」と肯定する。
「たまたま、おなじ学校のひとだったんだって」
「へー、そうなの」
女子二人は共通の人物を想定しているが、拓馬はさっぱりわからない。
「だれのこと言ってんだ?」
「あ、タッちゃんは知らない? 去年の一学期は学校にいた人なんだけど」
「本当に先生みたいな外見の人、いたか?」
「体格と顔は似てるよ。八巻(やまき)っていうんだけどね」
「ぜんぜんおぼえてないな……」
「上級生の授業を担当してたから、一年生だと会う機会があまりなかったね。そのうち学校にもどってくるらしいよ。そのときに教える」
「そもそもなんで学校を休んでるんだ?」
「大ケガしちゃって、休職したんだって。その人がぬけた穴をヤス先生が埋めてる……てのもちょっとちがうか。休んでる教師の代わりをほかの先生がやるから、その先生がやってたことをヤス先生にまかせてある」
去年の二学期から拓馬たちの社会科の担当が変更されていた。もともとの担当は以後上級生の授業を受け持つようになり、不在となった下級生向けに新人の教師が就任した。
「じゃ、社会科の先生か。一年ちかくも休むって、どれだけヒドいケガしたんだ?」
「それが今年、病院でまた大ケガしちゃったせいで治療が長引いたんだって。ツイてないよね」
「病院で、どうケガするんだ……?」
「なんか院内の古い銅像がたおれて、その下敷きになって、足を骨折したとか」
「そら不運だな……」
その経緯をヤマダがなぜ知ったのか気になるところだが、拓馬の疑問は直後にかき消された。三人がいる卓上に、大きな手がどんと乗る。だれがきたのかと見上げてみると、闇夜で出会った男に似た人物がいた。
つばの広い帽子を被った男が拓馬たちを見下ろした。かつて目元を隠していたサングラスはなく、顔がよく見える。それは拓馬が老猫の見せた幻影で登場した、無名の男にとても似ている。
「あんた、あの猫の……」
「ちゃんと化けておろう?」
声自体は老猫のものだ。二十歳程度の若い顔つきには似合わぬ口調でいる。その落差がはげしいようでいて、肩にかかる銀色の長髪とは無性に合う雰囲気もあった。
「あとは……美弥ちゃんのことだね」
「須坂のこと? 先生が尾行してた理由は聞いたろ」
「わたしたちは納得したけど、美弥ちゃんはそうじゃないでしょ?」
ヤマダ拓馬と目線を合わせる。
「自分を守ってた人が先生だと知らないままじゃ、モヤモヤがのこると思う」
言われればそうだと拓馬は共感する。須坂は大男の素性を知りたがっていたのに、わからずじまいでいる。知れるものなら知っておきたいと、本人は思うはずだ。ただし、ありのままに話しても理解されない。
「でも、あいつに変身や化け物のことを話しても……」
「信じないだろうね、きっと」
せっかく拓馬たちとの信頼をきずきつつある女子に、非現実的な真実を教えても彼女の混乱を招いてしまう──そのような考えから拓馬はヤマダに賛同できないでいた。
「だったら全部がぜんぶ、ホントのことを言わなくてもいいと思う」
「どういうウソをまぜるんだ?」
「先生と大男は別人ってことにする」
拓馬はさっきまでヤマダが見ていた窓辺を見る。ゆったりくつろぐ白黒の猫。これが彼女の発案に関係する存在だと察する。
「先生以外の変身できるやつが、大男に変装する?」
「うん、シズカさんの友だちに変身の得意な子がいるって、言ってたよね」
「ああ、いまここに猫がいる。そいつに化けてもらうか」
「それができるか、聞いてもらえる?」
ヤマダは拓馬とシドの顔色をうかがった。彼女は精神体の猫とは意志疎通がとれない。ヤマダの声は猫にとどくだろうが、猫の声は彼女に聞こえないのだ。
シドが「そのまえに決めたいことがあります」とさえぎる。
「いつ、スザカさんと会合するか、です」
「いま化け猫がいるんだ、ここですませたほうがいい」
「スザカさんにも都合があります。それに、我々の話し合いはいかがします?」
「俺はもうじゅうぶん聞けたと思うけど……お前は?」
ヤマダはメモ用紙をたたんで「今日はいいかな」と答える。
「いま必要なことはわかったから、ほかは時間があるときに聞く」
「あとは、だれがどう須坂にこの話を持ちかけるかだが……」
拓馬はヤマダの顔を見た。彼女なら須坂の連絡先を知っているかもしれないという期待がもてる。しかしヤマダははにかんで「いますぐはムリ」と言う。
「電話番号を教えてもらってないんだ」
「そうか……じゃ、だれかが直接言いに行くしかないか」
「わたしが行ってこようか? 美弥ちゃんの部屋は先生が知ってる──」
ヤマダが須坂の居室をたずねようとした。シドは「私が行きます」と提案する。
「私ならすぐに訪問できます。結果はエリーを介して貴女たちに伝えましょう」
「先生は足速いもんね。わかった、猫ちゃんの了解をとれたら、そうしよう」
拓馬は窓辺の猫を見た。老猫のまるい目が開く。
『シズカの同意は得た。わしがひと肌ぬごう』
老猫はすでにシズカに報告した。どういう方法で意志疎通をとったのか拓馬は知らないが、そこは無用な追究なので、話題にしない。
「急なこと言ってわるいな。だけどぶっつけ本番で大男に化けられるのか?」
『ちょいと見本を見せてもらいたい』
白黒の猫が言うとシドは「私の部屋ですこし練習しましょう」と返答し、席を立つ。彼が店を出ると猫は窓をすり抜けて、どこかへ消えた。猫が不在では拓馬らの会話は他者に聞かれてしまうおそれがある。拓馬は人に聞かれてもごまかしが利く会話を心がけようと思った。
テーブルには三人の少年少女がのこる。ヤマダはカップの茶を飲み干し、飲料をとりに行った。拓馬も冷茶を飲むが、替えを入れるほどの空きができなかったので座ったままでいる。会話にほとんど参加しなかった銀髪の少女を見てみると、彼女はにんじんジュースらしき橙色の飲料をストローでちびちび飲んでいた。人間には健康によい飲みものの一種だが、彼女らではその感覚が通用しない。
(飲み食いじゃ元気が出ないんだっけか)
その説明は彼女たちとは異なるタイプの異形が言っていた。存在の保持に用の為さないものをなぜ飲んでいるのか。疑問を感じた拓馬は単純な質問から攻める。
「なぁ、それって飲んでてうまいか?」
「たぶん、うまい。おみずでもいいけど」
「飲みものでも元気を補給できるのか?」
「ものによる。あわがでるもの、おもったよりよくなかった」
この店にある、泡が出る飲料──それは子どもに人気な炭酸飲料だと拓馬は思いつく。
「炭酸ジュースか……俺らが飲むと甘くてうまいんだけどな」
「ミカク、なんとなくわかる。でもゲンキがでるもののほうが、うまくかんじる」
「どういうものが先生たちの栄養になるんだろうな……」
「シズカ、そういうものつくってる」
エリーが指示語で述べているものは黒い丸薬だ。実際に服薬するのを拓馬はまぢかで見ている。
「あ、そういやシズカさんが先生とたたかうまえに薬のんでたっけ……あれでいいのか」
「うん。でも、いきものからホキュウするのがラク」
「逐一ねむらされるんじゃ、ちょっとしんどいんだけど……」
口下手な少女と話すうちにヤマダがもどってくる。彼女は温かい飲みもの用の陶器と冷たい飲みもの用のコップの二つを卓上に置いた。両方とも飲料が入っている。
「エリーとなに話してたの?」
「飲みものを飲んでも元気がでるのか聞いてた」
「先生が言うには、気休めくらいの効果だってさ。あんまりあてにできないみたい」
ヤマダの知識量が拓馬にまさっている。シドが人外であることは同時に知ったはずなのに、どのタイミングで聞きだしたのか。
「いつ聞いたんだ?」
「わたしたちがはやく店にきてたでしょ。そのとき」
「俺がくるまえ、か」
「ドリンクの注文をしたついでに、気になってたことを聞いたの。先生はよく学校でコーヒー飲んでるから」
シドは食事をしないが、コーヒーだけは飲む。普通のコーヒーが彼の活動源になるとは思えないのだが。
「コーヒーも気休めか?」
「うん、あとは人らしく見せる偽装もかねてるって」
「そういうもんか……やっぱお前がちょくちょく睡眠過多になるっきゃないか」
「そこんとこはまかせて。先生とエリーを餓死させないようにかんばる」
健康体なヤマダの睡眠時間を増やしても、彼女にはなんのメリットもない。そのことを拓馬は気兼ねする。
「どうせなら不眠症な人にやってくれりゃ、いいことだらけなんだが」
「ねむれてない人をみきわめるの、むずかしそうだね」
拓馬とヤマダが話しだすとやはり銀髪の少女はだまった。こちらから話題をふらぬかぎり、傍聴に徹するつもりらしい。その双眸は緑であったはずだが、片方が青に変色している。
「スザカがこっちにくるんだって」
聞き役にまわっていた少女が告げた。拓馬たちに伝えるよう、シドに指示されたとおぼしい。
「え……先生がそう言ってる?」
「うん」
両者は通信機器なく連絡をとれている。おそらく老猫がシズカと即時通話していたのと同じような手段だ。拓馬は周囲の注目がないことを確認したのち、その特殊能力について話す。
「便利な力だな。だれとでもできるのか?」
「なかま、みんなとだいたいできる」
「目の色が変わるのは、先生と話すのと関係ある?」
「これ、シドとれんらくすると、そうなる」
話者の片割れの姿に変化があるのなら、その片割れもまた同じ変化が起きるのでは──その可能性はひとつの謎を解決できる。
「先生も、そんな体質か?」
「そう」
「だからサングラスをかけるのか?」
「それもある」
エリーの片目が緑にもどる。これが電話でいう受話器を置いた状態だろう。彼らの特性を知ったヤマダが「なるほど」と得心する。
「『青い目はめずらしがられるから』って理由だけじゃないと思ってたよ。黄色いサングラスのほうがよっぽど目立つもん」
「だいたい、人目につくのがイヤなら髪を無難な色に変えるだろうしな……」
「なんで銀髪のままでいたの?」
拓馬と気持ちを同じくしたヤマダがエリーにたずねた。銀髪の少女は拓馬たちが取り沙汰しなかった褐色の手の甲を見る。
「みため、あんまりかえたくなかった」
「あるじさんが想像した姿を、大切にしてるの?」
「うん、でもそのままだとこわがられるから、もっとセンセイらしいかっこうにした」
「その参考元って、もしかしてうちの高校の教師?」
ヤマダは唐突な推測を打ち出した。拓馬は彼女の予想に該当する人物がまったく思い出せない。だがエリーは「よくしってるね」と肯定する。
「たまたま、おなじ学校のひとだったんだって」
「へー、そうなの」
女子二人は共通の人物を想定しているが、拓馬はさっぱりわからない。
「だれのこと言ってんだ?」
「あ、タッちゃんは知らない? 去年の一学期は学校にいた人なんだけど」
「本当に先生みたいな外見の人、いたか?」
「体格と顔は似てるよ。八巻(やまき)っていうんだけどね」
「ぜんぜんおぼえてないな……」
「上級生の授業を担当してたから、一年生だと会う機会があまりなかったね。そのうち学校にもどってくるらしいよ。そのときに教える」
「そもそもなんで学校を休んでるんだ?」
「大ケガしちゃって、休職したんだって。その人がぬけた穴をヤス先生が埋めてる……てのもちょっとちがうか。休んでる教師の代わりをほかの先生がやるから、その先生がやってたことをヤス先生にまかせてある」
去年の二学期から拓馬たちの社会科の担当が変更されていた。もともとの担当は以後上級生の授業を受け持つようになり、不在となった下級生向けに新人の教師が就任した。
「じゃ、社会科の先生か。一年ちかくも休むって、どれだけヒドいケガしたんだ?」
「それが今年、病院でまた大ケガしちゃったせいで治療が長引いたんだって。ツイてないよね」
「病院で、どうケガするんだ……?」
「なんか院内の古い銅像がたおれて、その下敷きになって、足を骨折したとか」
「そら不運だな……」
その経緯をヤマダがなぜ知ったのか気になるところだが、拓馬の疑問は直後にかき消された。三人がいる卓上に、大きな手がどんと乗る。だれがきたのかと見上げてみると、闇夜で出会った男に似た人物がいた。
つばの広い帽子を被った男が拓馬たちを見下ろした。かつて目元を隠していたサングラスはなく、顔がよく見える。それは拓馬が老猫の見せた幻影で登場した、無名の男にとても似ている。
「あんた、あの猫の……」
「ちゃんと化けておろう?」
声自体は老猫のものだ。二十歳程度の若い顔つきには似合わぬ口調でいる。その落差がはげしいようでいて、肩にかかる銀色の長髪とは無性に合う雰囲気もあった。
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