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2019年10月30日
取材篇−ブリガンディ2
ブリガンディがテニエスの子、だと紹介しましたね。次は彼の出生について話しましょう。
この親子はよく似ている、とワタシが何回か言っています。それは人に化けた姿のみを指していません。獣の姿もです。
──それがどんな姿なのか、説明してもらえますか。
獣形態の形状……たしかにワタシはなにも言っていませんでしたね。せっかくですし絵を載せてはどうです。ワタシに絵が得意な知り合いはいますから、そちらに依頼しておきましょうか。
──絵もお願いしたいですが、一応は記述しておきたいので。
それでも解説がいりますか……どうにも表現がむずかしいです。飛竜や普通の四足の獣だったら簡単なんですけどねえ。彼はそういう種類じゃないのですよ。
……人のように二足で歩き、その口元にはくちばしがあって、手に爪はなく、足はトカゲのごときかぎ爪があります。足と口以外は毛で覆われていて、総合すると鳥みたいな見た目です。ただし飛べません。
鳥なのに飛べないのは変でしょう? だから鳥みたい、と評するのはワタシにも抵抗があるのです。
よその世界からきた人に言わせると『ペンギン』という生き物に似ているらしいです。そちらでは小型のペンギンはたくさんいるそうですが、ブリガンディほど大きい種は現存しないのだとか。現在はいない、はつまり、過去にはいた、ということです。そのことは化石調査の結果で判明したのだそうですよ。
ああ、またすこし主題と逸れましたかね。どうせ又聞きの情報ですし、このことを深掘りしたければ異人にたずねたらよろしい。リュウだかシズカだか、そういった名前の異人が付き合ってくれると思いますよ
──わかりました。ではブリガンディさんの出生についてお話を。
やっと、こたびの本題に入れますね。ええ、ブリガンディはいまでこそテニエスの後継者の立ち位置におさまっていますが、彼が誕生する以前はべつの役目を期待されていました。
──どんな役目ですか。
空を飛べる魔獣として生まれ、その飛行能力を活かすことが求められていました。さきほど言ったとおりブリガンディは飛べません。ありていに表現すると彼は「期待外れ」だったわけです。だれもが、あそこまで母方に似ないとは思わなかったのですよ。
──母親はどういう魔獣ですか。
れっきとした飛竜です。そちらの特性が子に現れる可能性に賭けていました。そのお相手はもちろん、テニエスです。親子がこれほど似ていたら、片親はテニエス以外に考えられませんよね。
どうしたわけか、子には父方の特徴ばかりが継承されました。不思議ですよねえ。よほどテニエスの遺伝が優位だったのでしょうかね。ワタシは学者じゃないので立派な考察はできませんけど、これが魔獣と飛竜が交雑した実例、とだけ言えます。
──どうしてテニエスさんは飛竜を増やそうと思ったのですか。
飛竜を増やすきっかけはテニエスの友がつくりました。チュールという魔人が飛竜をほしがったのです。と、いってもチュールに飛竜への強いこだわりがあったようには思えません。たぶん彼は飛べる魔獣ならなんでもよかったのです。たまたまテニエスが飛竜をしたがえていたのを見て、それをうらやみ、飛竜がいいと思ったのでしょう。
飛竜にかぎらず、飛獣は各地へ移動するのに便利な生き物です。川や山などの障害を物ともしません。また、馬などとくらべて寿命も耐久力もずば抜けています。おまけに魔力が高い個体ならエサの用意もいらない。この大地が放つ精気を吸収すれば生きていけますからね。所有者からすると、管理の面でも大いに楽ができます。いいことずくめですね。ただし、そういった飛竜はなかなか得難い。野生の飛竜からそう何体も捕まえられるものではありません。
さいわいテニエスは優秀な雌竜を早期に得ていました。それゆえ彼女の子をもうけようとしたのです。その子はきっと、彼女同様のすぐれた飛竜になると考えたためです。
──それで、みずから交配を?
そうですね。なにせテニエスは雄竜を保有していませんでした。その状況でとれる手段が、みずからが雄竜の代わりを務めることだったのです。雌竜側はテニエスを慕っていましたから、すんなり承諾したようですよ。
そうして生まれたのがテニエスと同じ、飛べない魔獣でした。卵から生まれた生き物が飛竜でなくて、テニエスはがっかりしたそうです。ただ、意図せずに生まれてきた生き物とはいえ、テニエスの意思によって誕生させた存在にはちがいありません。テニエスはその赤子を自分の子として育てていきました。
あとになって考えてみると、これでよかったのかもしれません。もし目論見通りに飛竜が生まれていたら、彼は自分の後継者を生み育てようとは考えなかったと思います。そして彼の手勢も、量産されるきっかけを失くしていました。きっと勢力分布の観点ではかなりの痛手になっていましたよ。
──手勢を量産?
いかに兵士をまかなかったのか、その話を展開するにはべつの説明をはさまねばなりません。さきにブリガンディが生まれたあとの話を続けましょう。
当然、ブリガンディでは他者を乗せる飛獣にはなりえません。そこで、テニエスは飛竜の増やし方を変えました。交配相手に雄竜をまねくのです。それも力のある飛竜を。彼にはそういった雄竜をしたがえる知り合いがいました。それがシーバです。彼は物心ついたときから雄の飛竜とともに生きています。
──その雄竜はあなたですよね?
ええ、シーバの飛竜とはワタシのことですよ。ワタシがテニエスの飛竜と一時的につがいになりました。両親ともに純血の飛竜だったおかげで、子は無事に竜として孵りました。
このときに生まれた子は二体いましてね。雄と雌が一体ずついました。この子たちがある程度大きくなったとき、雌のほうがチュールにもらわれました。すでにアナタも聞き及んでいるでしょうが、チュールは女好きなやつです。飛竜の性別も女のほうがよいだろう、という判断がなされ、ごく自然と雌がチュールにあてがわれました。けれど、ほかにも決め手はありましたよ。雌のほうは手先が器用で、人に変化するのも苦労なくできた子です。チュールの武芸を教えるのにちょうどいいとテニエスは考えました。
チュールは案外、武芸の指導をたのしんでいるようです。たしか人界の著名な武人にも弟子がいたはずです。名は、ウルミラと言いましたか。この人も女性ですね。ああ、でも勘違いしないであげてください。チュールは女しか弟子をとらない、というわけではないようですよ。異人の男相手にイチから剣を教えていたこともありましたし。
──その魔人の話は次の機会にあらためて聞かせてもらえますか。
チュールは別個に紹介しますか。たしかに、そうするに足る魔人です。では仔竜の話にもどりますよ。
雌はチュールにもらわれていき、残った雄のほうはべつの魔人が預かりました。この魔人のことはふれないでおきましょう。また話が脱線しますから。
これで増えた飛竜は二体とも、主人を見つけました。このときはこれが最善の割り振りだと、みなが思いました。しかし、また飛竜が不足します。ブリガンディが騎乗する竜がいないのです。なぜそのことにだれも気付かなかったかというと、仔竜がテニエスのもとにいるうちは、ブリガンディが外界に興味をもたなかったからです。仔竜たちは彼のよき遊び相手になっていました。それが二体とも離れてしまうと、ブリガンディは外へ興味が向いたのです。
はじめのうちはテニエスの飛竜に父と同乗すれば事足りました。しかしブリガンディもいずれ自立する日がきます。その日のために、ふたたび飛竜を育てていくことになりました。この際にまたワタシが呼びだされて、またまた雄と雌の一体ずつ、子どもが生まれます。この雌のほうが、ブリガンディとは縁深い飛竜になりました。この話は次の機会にしましょう。
タグ:取材
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2019年09月30日
取材篇−ブリガンディ1
我らの素性をお話するのでしたね。ワタシは気前がよいので、なんでも話してあげましょう。これはワタシが適任だと思いますよ。数多くの魔障を見てきた饒舌な者といえばまずこのワタシでしょうから。
ですがワタシの話ひとつを真実だと思ってはいけません。ワタシが見聞きしたものはワタシが見聞きしたいと思ったものばかりです。ワタシが知り得ないことはありますし、ワタシの主観でとらえている物事もあります。より信頼性の高い話を聞きたいのであれば他の連中にも同じことを聞いたほうがよいでしょうね。なにせワタシはいささか年少な世代です。最長老はほかにいますから、そちらのお話が正確な場合もあります。そのことに注意して、傾聴してください。
──はい、よろしくおねがいします。
それで、はじめは……ブリガンディのことを紹介したいですねえ。さきの戦で突然あらわれた大物の魔人、という印象が、人にも神族にもあるでしょう。くわしいことを知りたいと思う者は多いはずです。
ですが、いきなり彼の紹介をするには不都合があります。彼はあまりにも、ほかの魔人と縁深い。まずはその魔人のことを説明しましょう。その魔人とは彼の父であるテニエスです。
テニエスというのは魔人の中でも、もっとも手勢を多くもつ竜使いでした。最初は兵を保有する気などなかったそうですけど、いつの間にやら増えていました。その手勢も戦の影響で数が減りましたが……テニエスの死後、その軍勢を受け継いだ者が、ブリガンディです。
この親子の容姿はよく似ています。体が大きく、髪は金色で、瞳が赤い。あと眉尻が長いです。眉はどんなふうかと言葉で表現すると……たとえば老人の眉毛が長くなることがあるでしょう? ああいう眉毛と似ていますね。でも彼らは生まれつき長いようですよ。あんまり特徴的なので、ワタシの娘がちいさいころ、その眉によくさわって遊んでいましたっけね。ええと、これはいま関係ない話題ですね。娘の話はまたの機会にとっておきましょう。
──はい、では魔人の親子の話へもどってください。
この親子と似ている者がほかにもいましてね。それが神族の王です。体格と髪の色、そして顔立ちが似ているともっぱらの評判です。さすがに眉毛はもっと普通な形でしたけどね。瞳の色は……はてどうだったか。赤色ではなかったように思います。あいにくワタシとは身分がちがいすぎて、なかなか顔をじっくり見れる間柄ではないのですよ。
それにしても不思議ですよね。まったく生まれも育ちも異なる者同士が似るんですから。この件は神族連中も不審がっているそうです。中には「テニエスたちは人々にみずからを王と騙り、その蛮行によって王の名声を落とそうとしている」などと疑うやつもいるんだとか。この場で言っておきますが、そんなことはありえません。テニエスもブリガンディも他者をおとしめるはかりごとにはうとい魔人です。そのような卑劣な真似をよしとする性分ではないのです。
ではどうして彼らの人形態が神の王と酷似するのか。これは偶然ではありません。もとは魔獣であったテニエスが、意図的に自身の姿を王の姿に似せて化けたのです。彼にはそうする理由がありました。その理由を教えるには、すこし昔話をせねばなりません。
テニエスがまだ獣の姿で活動していたころ、旅の最中の王とその仲間たちと出会いました。このときのテニエスは魔獣ですし、おまけに体が巨大で魔力が高い個体ですから、王たちは危険な敵だと見做したそうです。あわや退治される、となったときに、王が攻撃を中止させました。王は魔獣に敵意がないのを感じとったのだそうです。そのおかげで見逃してもらえました。テニエスは命からがら退散──せずに、物陰に身をひそめて、王の一行をじっと観察したそうです。どういうわけだか、王のことが「気になった」らしいですよ。テニエス本人は簡潔にそう言っていました。でも本当にそれだけでしょうか。ワタシはもうすこし強い感情があったと思いますよ。言うなれば……ひと目ぼれってやつかもしれませんね。相手はのちに、自身の魅力と力量を活かして神族の長となる逸材です。その力に魅入ったのでしょうかね。
魔人が神族を気に入るなんて変だと思いますか? たしかに相反する存在を嫌う個体はいます。その感覚は神族も同じようです。けれど、テニエスはちがいました。きっと彼の感性が中立的だったのだとワタシは思います。もとは人界で生まれたと自覚する魔獣ですし、その性質は魔に染まっていなかったのでしょう。あとは王がこの魔獣を連れていく気持ちさえあれば、テニエスは神族の仲間入りを果たしたやもしれません。そうなったら今頃は聖獣とかなんとかよばれたと思いますよ。ワタシの親がそうですし。
──親御さんは聖獣なんですか?
え、ワタシの親のことが気になります? いやー、あまり話したくないですね。理由は単純です。好きじゃないので。そもそも、肉親が敵味方に分かれているのですよ。この状況から大体のことはわかるでしょう? だから深入りしないでください。ワタシの身の上を話すときに多少触れますから、それで我慢なさい。
──はい、そうします。
昔話を再開しますよ。王の一行は魔獣を放置したのちに、野営しました。テニエスも付近で一晩寝ました。するとテニエスが起きたときにはもう王たちがいません。彼らは出立したあとでした。このとき、王は落し物をしていったそうです。それは王の魔力がこもった宝石でした。いまの価値観で言えばものすごいお宝ですよ。人界だと国宝になるくらいのものです。けれど当時のテニエスにはそんな価値なんてわかりません。彼はただ純粋に、この宝石を落とし主に返してあげようと思いました。
王の行方を追うには、王と似たような姿の生き物──つまりは人のいる場所へ向かうといい、とテニエスは直感しました。ところが、獣の姿のままだとうまくいきません。道行く人に接近すると、人は獣を恐れて逃げるか、武器をふるって退治しようとしてきます。当たり前ですね、見慣れない魔獣が近づいてくるんですから。脆弱な人がこわがるに決まっています。そういった人間の心理を、テニエスはよくわかっていませんでした。彼は魔獣が人を襲うこともある生き物だとは露にも思っていなかったのです。彼自身がもともと、雪山でのんきに暮らしていた獣でしたから。無害な性格のおかげで、地元の人々にも受け入れられていたようですよ。ただその対応はその地域限定のものです。王と出会った場所は最初の住処からだいぶ離れた土地だったそうで、そんな寛容な人には会えなかったわけです。
人からの拒絶を繰り返していくうちに、彼はひらめいたそうです。「人に化ければいい」と。さいわい、彼には変化をするだけの魔力がありました。……いえ、彼だけの力で成せてはいない可能性もありますね。彼が持っていた王の落し物は最高級の術具です。術具にこもった力が、はからずも彼の変化を成功させる補助になったのかもしれません。
これを期に、テニエスは王の姿を真似た人型に変じるようになります。彼はそれまでにも人という生き物を何人か見てきましたが、記憶にのこる人型というと、神の王以外にいなかったそうです。よほど印象的な存在だったのでしょうね。そうでもなければ、どこに行ったか知れない者に落し物を届けよう、なんて途方もないことを実行しなかったのかもしれません。
そんな事情があって、テニエスは神の王そっくりな男性に変身しました。王に会おうとする意思が、そうさせたのです。その一途な思いもむなしく、彼らは会わずじまいでしたが。
これでテニエスたちの人形態が共通する理由は伝わりましたね。原型は王にあり、その模倣をテニエスがしました。テニエスの子はその経緯を知るまえから、父親そっくりの男子に化けています。子のほうは王への情などまったくないでしょう。ブリガンディは父への思慕ゆえに、父の模倣をしていると思います。ブリガンディにとっては父こそが自身の原型なのです。
この親子はかなり共通した特徴をもちますが、一点だけ、確実に異なる出自があります。正直、どうしてここまで似たのか謎です。次はその話をしましょう。
ですがワタシの話ひとつを真実だと思ってはいけません。ワタシが見聞きしたものはワタシが見聞きしたいと思ったものばかりです。ワタシが知り得ないことはありますし、ワタシの主観でとらえている物事もあります。より信頼性の高い話を聞きたいのであれば他の連中にも同じことを聞いたほうがよいでしょうね。なにせワタシはいささか年少な世代です。最長老はほかにいますから、そちらのお話が正確な場合もあります。そのことに注意して、傾聴してください。
──はい、よろしくおねがいします。
それで、はじめは……ブリガンディのことを紹介したいですねえ。さきの戦で突然あらわれた大物の魔人、という印象が、人にも神族にもあるでしょう。くわしいことを知りたいと思う者は多いはずです。
ですが、いきなり彼の紹介をするには不都合があります。彼はあまりにも、ほかの魔人と縁深い。まずはその魔人のことを説明しましょう。その魔人とは彼の父であるテニエスです。
テニエスというのは魔人の中でも、もっとも手勢を多くもつ竜使いでした。最初は兵を保有する気などなかったそうですけど、いつの間にやら増えていました。その手勢も戦の影響で数が減りましたが……テニエスの死後、その軍勢を受け継いだ者が、ブリガンディです。
この親子の容姿はよく似ています。体が大きく、髪は金色で、瞳が赤い。あと眉尻が長いです。眉はどんなふうかと言葉で表現すると……たとえば老人の眉毛が長くなることがあるでしょう? ああいう眉毛と似ていますね。でも彼らは生まれつき長いようですよ。あんまり特徴的なので、ワタシの娘がちいさいころ、その眉によくさわって遊んでいましたっけね。ええと、これはいま関係ない話題ですね。娘の話はまたの機会にとっておきましょう。
──はい、では魔人の親子の話へもどってください。
この親子と似ている者がほかにもいましてね。それが神族の王です。体格と髪の色、そして顔立ちが似ているともっぱらの評判です。さすがに眉毛はもっと普通な形でしたけどね。瞳の色は……はてどうだったか。赤色ではなかったように思います。あいにくワタシとは身分がちがいすぎて、なかなか顔をじっくり見れる間柄ではないのですよ。
それにしても不思議ですよね。まったく生まれも育ちも異なる者同士が似るんですから。この件は神族連中も不審がっているそうです。中には「テニエスたちは人々にみずからを王と騙り、その蛮行によって王の名声を落とそうとしている」などと疑うやつもいるんだとか。この場で言っておきますが、そんなことはありえません。テニエスもブリガンディも他者をおとしめるはかりごとにはうとい魔人です。そのような卑劣な真似をよしとする性分ではないのです。
ではどうして彼らの人形態が神の王と酷似するのか。これは偶然ではありません。もとは魔獣であったテニエスが、意図的に自身の姿を王の姿に似せて化けたのです。彼にはそうする理由がありました。その理由を教えるには、すこし昔話をせねばなりません。
テニエスがまだ獣の姿で活動していたころ、旅の最中の王とその仲間たちと出会いました。このときのテニエスは魔獣ですし、おまけに体が巨大で魔力が高い個体ですから、王たちは危険な敵だと見做したそうです。あわや退治される、となったときに、王が攻撃を中止させました。王は魔獣に敵意がないのを感じとったのだそうです。そのおかげで見逃してもらえました。テニエスは命からがら退散──せずに、物陰に身をひそめて、王の一行をじっと観察したそうです。どういうわけだか、王のことが「気になった」らしいですよ。テニエス本人は簡潔にそう言っていました。でも本当にそれだけでしょうか。ワタシはもうすこし強い感情があったと思いますよ。言うなれば……ひと目ぼれってやつかもしれませんね。相手はのちに、自身の魅力と力量を活かして神族の長となる逸材です。その力に魅入ったのでしょうかね。
魔人が神族を気に入るなんて変だと思いますか? たしかに相反する存在を嫌う個体はいます。その感覚は神族も同じようです。けれど、テニエスはちがいました。きっと彼の感性が中立的だったのだとワタシは思います。もとは人界で生まれたと自覚する魔獣ですし、その性質は魔に染まっていなかったのでしょう。あとは王がこの魔獣を連れていく気持ちさえあれば、テニエスは神族の仲間入りを果たしたやもしれません。そうなったら今頃は聖獣とかなんとかよばれたと思いますよ。ワタシの親がそうですし。
──親御さんは聖獣なんですか?
え、ワタシの親のことが気になります? いやー、あまり話したくないですね。理由は単純です。好きじゃないので。そもそも、肉親が敵味方に分かれているのですよ。この状況から大体のことはわかるでしょう? だから深入りしないでください。ワタシの身の上を話すときに多少触れますから、それで我慢なさい。
──はい、そうします。
昔話を再開しますよ。王の一行は魔獣を放置したのちに、野営しました。テニエスも付近で一晩寝ました。するとテニエスが起きたときにはもう王たちがいません。彼らは出立したあとでした。このとき、王は落し物をしていったそうです。それは王の魔力がこもった宝石でした。いまの価値観で言えばものすごいお宝ですよ。人界だと国宝になるくらいのものです。けれど当時のテニエスにはそんな価値なんてわかりません。彼はただ純粋に、この宝石を落とし主に返してあげようと思いました。
王の行方を追うには、王と似たような姿の生き物──つまりは人のいる場所へ向かうといい、とテニエスは直感しました。ところが、獣の姿のままだとうまくいきません。道行く人に接近すると、人は獣を恐れて逃げるか、武器をふるって退治しようとしてきます。当たり前ですね、見慣れない魔獣が近づいてくるんですから。脆弱な人がこわがるに決まっています。そういった人間の心理を、テニエスはよくわかっていませんでした。彼は魔獣が人を襲うこともある生き物だとは露にも思っていなかったのです。彼自身がもともと、雪山でのんきに暮らしていた獣でしたから。無害な性格のおかげで、地元の人々にも受け入れられていたようですよ。ただその対応はその地域限定のものです。王と出会った場所は最初の住処からだいぶ離れた土地だったそうで、そんな寛容な人には会えなかったわけです。
人からの拒絶を繰り返していくうちに、彼はひらめいたそうです。「人に化ければいい」と。さいわい、彼には変化をするだけの魔力がありました。……いえ、彼だけの力で成せてはいない可能性もありますね。彼が持っていた王の落し物は最高級の術具です。術具にこもった力が、はからずも彼の変化を成功させる補助になったのかもしれません。
これを期に、テニエスは王の姿を真似た人型に変じるようになります。彼はそれまでにも人という生き物を何人か見てきましたが、記憶にのこる人型というと、神の王以外にいなかったそうです。よほど印象的な存在だったのでしょうね。そうでもなければ、どこに行ったか知れない者に落し物を届けよう、なんて途方もないことを実行しなかったのかもしれません。
そんな事情があって、テニエスは神の王そっくりな男性に変身しました。王に会おうとする意思が、そうさせたのです。その一途な思いもむなしく、彼らは会わずじまいでしたが。
これでテニエスたちの人形態が共通する理由は伝わりましたね。原型は王にあり、その模倣をテニエスがしました。テニエスの子はその経緯を知るまえから、父親そっくりの男子に化けています。子のほうは王への情などまったくないでしょう。ブリガンディは父への思慕ゆえに、父の模倣をしていると思います。ブリガンディにとっては父こそが自身の原型なのです。
この親子はかなり共通した特徴をもちますが、一点だけ、確実に異なる出自があります。正直、どうしてここまで似たのか謎です。次はその話をしましょう。
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