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2019年09月30日

取材篇−ブリガンディ1

 我らの素性をお話するのでしたね。ワタシは気前がよいので、なんでも話してあげましょう。これはワタシが適任だと思いますよ。数多くの魔障を見てきた饒舌な者といえばまずこのワタシでしょうから。
 ですがワタシの話ひとつを真実だと思ってはいけません。ワタシが見聞きしたものはワタシが見聞きしたいと思ったものばかりです。ワタシが知り得ないことはありますし、ワタシの主観でとらえている物事もあります。より信頼性の高い話を聞きたいのであれば他の連中にも同じことを聞いたほうがよいでしょうね。なにせワタシはいささか年少な世代です。最長老はほかにいますから、そちらのお話が正確な場合もあります。そのことに注意して、傾聴してください。

──はい、よろしくおねがいします。

 それで、はじめは……ブリガンディのことを紹介したいですねえ。さきの戦で突然あらわれた大物の魔人、という印象が、人にも神族にもあるでしょう。くわしいことを知りたいと思う者は多いはずです。
 ですが、いきなり彼の紹介をするには不都合があります。彼はあまりにも、ほかの魔人と縁深い。まずはその魔人のことを説明しましょう。その魔人とは彼の父であるテニエスです。
 テニエスというのは魔人の中でも、もっとも手勢を多くもつ竜使いでした。最初は兵を保有する気などなかったそうですけど、いつの間にやら増えていました。その手勢も戦の影響で数が減りましたが……テニエスの死後、その軍勢を受け継いだ者が、ブリガンディです。
 この親子の容姿はよく似ています。体が大きく、髪は金色で、瞳が赤い。あと眉尻が長いです。眉はどんなふうかと言葉で表現すると……たとえば老人の眉毛が長くなることがあるでしょう? ああいう眉毛と似ていますね。でも彼らは生まれつき長いようですよ。あんまり特徴的なので、ワタシの娘がちいさいころ、その眉によくさわって遊んでいましたっけね。ええと、これはいま関係ない話題ですね。娘の話はまたの機会にとっておきましょう。

──はい、では魔人の親子の話へもどってください。

 この親子と似ている者がほかにもいましてね。それが神族の王です。体格と髪の色、そして顔立ちが似ているともっぱらの評判です。さすがに眉毛はもっと普通な形でしたけどね。瞳の色は……はてどうだったか。赤色ではなかったように思います。あいにくワタシとは身分がちがいすぎて、なかなか顔をじっくり見れる間柄ではないのですよ。
 それにしても不思議ですよね。まったく生まれも育ちも異なる者同士が似るんですから。この件は神族連中も不審がっているそうです。中には「テニエスたちは人々にみずからを王と騙り、その蛮行によって王の名声を落とそうとしている」などと疑うやつもいるんだとか。この場で言っておきますが、そんなことはありえません。テニエスもブリガンディも他者をおとしめるはかりごとにはうとい魔人です。そのような卑劣な真似をよしとする性分ではないのです。
 ではどうして彼らの人形態が神の王と酷似するのか。これは偶然ではありません。もとは魔獣であったテニエスが、意図的に自身の姿を王の姿に似せて化けたのです。彼にはそうする理由がありました。その理由を教えるには、すこし昔話をせねばなりません。
 テニエスがまだ獣の姿で活動していたころ、旅の最中の王とその仲間たちと出会いました。このときのテニエスは魔獣ですし、おまけに体が巨大で魔力が高い個体ですから、王たちは危険な敵だと見做したそうです。あわや退治される、となったときに、王が攻撃を中止させました。王は魔獣に敵意がないのを感じとったのだそうです。そのおかげで見逃してもらえました。テニエスは命からがら退散──せずに、物陰に身をひそめて、王の一行をじっと観察したそうです。どういうわけだか、王のことが「気になった」らしいですよ。テニエス本人は簡潔にそう言っていました。でも本当にそれだけでしょうか。ワタシはもうすこし強い感情があったと思いますよ。言うなれば……ひと目ぼれってやつかもしれませんね。相手はのちに、自身の魅力と力量を活かして神族の長となる逸材です。その力に魅入ったのでしょうかね。
 魔人が神族を気に入るなんて変だと思いますか? たしかに相反する存在を嫌う個体はいます。その感覚は神族も同じようです。けれど、テニエスはちがいました。きっと彼の感性が中立的だったのだとワタシは思います。もとは人界で生まれたと自覚する魔獣ですし、その性質は魔に染まっていなかったのでしょう。あとは王がこの魔獣を連れていく気持ちさえあれば、テニエスは神族の仲間入りを果たしたやもしれません。そうなったら今頃は聖獣とかなんとかよばれたと思いますよ。ワタシの親がそうですし。

──親御さんは聖獣なんですか?

 え、ワタシの親のことが気になります? いやー、あまり話したくないですね。理由は単純です。好きじゃないので。そもそも、肉親が敵味方に分かれているのですよ。この状況から大体のことはわかるでしょう? だから深入りしないでください。ワタシの身の上を話すときに多少触れますから、それで我慢なさい。

──はい、そうします。

 昔話を再開しますよ。王の一行は魔獣を放置したのちに、野営しました。テニエスも付近で一晩寝ました。するとテニエスが起きたときにはもう王たちがいません。彼らは出立したあとでした。このとき、王は落し物をしていったそうです。それは王の魔力がこもった宝石でした。いまの価値観で言えばものすごいお宝ですよ。人界だと国宝になるくらいのものです。けれど当時のテニエスにはそんな価値なんてわかりません。彼はただ純粋に、この宝石を落とし主に返してあげようと思いました。
 王の行方を追うには、王と似たような姿の生き物──つまりは人のいる場所へ向かうといい、とテニエスは直感しました。ところが、獣の姿のままだとうまくいきません。道行く人に接近すると、人は獣を恐れて逃げるか、武器をふるって退治しようとしてきます。当たり前ですね、見慣れない魔獣が近づいてくるんですから。脆弱な人がこわがるに決まっています。そういった人間の心理を、テニエスはよくわかっていませんでした。彼は魔獣が人を襲うこともある生き物だとは露にも思っていなかったのです。彼自身がもともと、雪山でのんきに暮らしていた獣でしたから。無害な性格のおかげで、地元の人々にも受け入れられていたようですよ。ただその対応はその地域限定のものです。王と出会った場所は最初の住処からだいぶ離れた土地だったそうで、そんな寛容な人には会えなかったわけです。
 人からの拒絶を繰り返していくうちに、彼はひらめいたそうです。「人に化ければいい」と。さいわい、彼には変化をするだけの魔力がありました。……いえ、彼だけの力で成せてはいない可能性もありますね。彼が持っていた王の落し物は最高級の術具です。術具にこもった力が、はからずも彼の変化を成功させる補助になったのかもしれません。
 これを期に、テニエスは王の姿を真似た人型に変じるようになります。彼はそれまでにも人という生き物を何人か見てきましたが、記憶にのこる人型というと、神の王以外にいなかったそうです。よほど印象的な存在だったのでしょうね。そうでもなければ、どこに行ったか知れない者に落し物を届けよう、なんて途方もないことを実行しなかったのかもしれません。
 そんな事情があって、テニエスは神の王そっくりな男性に変身しました。王に会おうとする意思が、そうさせたのです。その一途な思いもむなしく、彼らは会わずじまいでしたが。
 これでテニエスたちの人形態が共通する理由は伝わりましたね。原型は王にあり、その模倣をテニエスがしました。テニエスの子はその経緯を知るまえから、父親そっくりの男子に化けています。子のほうは王への情などまったくないでしょう。ブリガンディは父への思慕ゆえに、父の模倣をしていると思います。ブリガンディにとっては父こそが自身の原型なのです。
 この親子はかなり共通した特徴をもちますが、一点だけ、確実に異なる出自があります。正直、どうしてここまで似たのか謎です。次はその話をしましょう。
タグ:取材
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posted by 三利実巳 at 01:10 | Comment(0) | 短編連作 
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