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2019年05月20日
クロア篇−終章5
賊の掃討があらかた片付き、町の上空をただよう飛兵の動きは緩慢になった。征伐から帰還した騎兵も町中の巡回にあたる。そのおかげか、飛獣で逃走をはかった賊六名のほか、町中で二人の賊の捕縛に成功する。それは兵士らの成果である。おかげで町の武官の面目は立った。
クロアはさらに伝え虫から入ってくる情報を聞く。クノードは屋敷に帰還した、とわかった。おそらく、領主は屋敷にいたほうが官吏への指示を的確に出せるのだ。父に会うため、クロアも帰宅を果たした。
屋敷内は多少の慌ただしさが残っていた。クロアは適当に官吏をつかまえて領主の居場所をたずね、クノードのもとへ向かう。彼は町中の情報を管理する稗官の仕事部屋にいた。伝え虫の連絡を受け取る稗官が在席し、そのとなりに武装したクノードがいる。クロアの入室に気付いたクノードが「無事でよかった」と娘の安息をねぎらう。
「クロアは飛竜のそばにいたそうだが、なにを話していたんだい?」
「ヴラドと……お母さまの身柄について話しあっていました」
クノードが表情がくもる。
「それで、どうなった?」
「ヴラドはお母さまを返す、と言っています。でも、わたしはそれでよいとは思えません」
「なぜ、そんなことを言うんだ? フュリヤがもどるならそれでいいじゃないか」
クロアは母の本心を明かそうか伏せるか、まよった。しかし言うと決める。
「お母さまはヴラドを……慕っておいでです」
クノードと稗官が硬直する。知ってはならぬことを聞いたがゆえだ。クロアは続ける。
「二人を引き離すのは、よくないと思うのです。けれど、わたしだってお母さまとずっと会えなくなるのは嫌です。ですから、ヴラドを屋敷に招こうと考えております」
「……魔人はどう言っている?」
「承諾しています。お母さまも、お父さまが了承なさればそうしたいとおっしゃいました」
屋敷の当主は考え伏せった。彼の判断ひとつで今後の動向が変わる。そんな決定はこれまでに幾度となくこなしていたはずだが、クノードは沈思黙考した。
「……お父さまはヴラドがそばにいては、お嫌?」
「良い気分はしないだろうな。強大な魔人だ、いつ人間に危害を加えるとも──」
「わたしはあの男の娘ですのよ」
クノードが言葉に詰まった。稗官に重大な情報を聞かせてしまったことにおどろいている。
「場所を考えなさい」
「実の父親のことを隠し通すつもりなんて、わたしにはありません。ヴラドが魔人だから危険だというなら、わたしも同じくらい、危険な存在だと思います」
「そんなことは──」
「ないと言えます? お父さまもご覧になったでしょう。ヴラドは……わたしと似ています。この瞳も、怪力も……わすれっぽいところも、バカ正直な性格も!」
クロアは上空でのヴラドの会話を思い出しながら言う。
「ヴラドはお母さまのことを思って、ここへ返そうとしているのです。あの魔人にはなんの得にもならないことなのに……他人を気遣える者が、無意味に人間を傷つけるとは考えられませんわ」
「そう、かもしれないが……」
「お父さまはヴラドのなにが気にいらないの?」
「みなにどう説明する? ありのままを公表するには人聞きが悪いだろう。フュリヤの護衛とでも言うべきか……」
「もう、隠すのはやめましょう」
クノードがまたも驚愕する。クロアは父と視線をそらしながら話す。
「わたしは他人をだますことが好きじゃありません」
「だが本当のことを言っては……」
クロアは第一公女である正当性を喪失する。言われずともクロアは承知の上だ。
「わたしに公女や次期領主の資格がないと官吏や民衆が考えたなら、それでよろしいじゃありませんの。真実を告げないまま、公女だ領主だと慕われるより、よほどましだと思います」
クロアはそっと顔を父に向けた。すると父は悲しそうにうつむいている。
「私は……クロアにはこの町にいてほしいと思っている。クロアの強さと、民衆を想う気持ちは、このアンペレに必要なものだ」
「みなもそう思うのなら、真実を知っても……いままでどおりでいてくれますわ」
クロアはぎこちなく笑った。クノードも口元に笑みがもれる。
「そう、だな……私はあまりにも他人を信じきれないでいたようだ」
なにかが吹っ切れたように、クノードは退室した。
クロアはさらに伝え虫から入ってくる情報を聞く。クノードは屋敷に帰還した、とわかった。おそらく、領主は屋敷にいたほうが官吏への指示を的確に出せるのだ。父に会うため、クロアも帰宅を果たした。
屋敷内は多少の慌ただしさが残っていた。クロアは適当に官吏をつかまえて領主の居場所をたずね、クノードのもとへ向かう。彼は町中の情報を管理する稗官の仕事部屋にいた。伝え虫の連絡を受け取る稗官が在席し、そのとなりに武装したクノードがいる。クロアの入室に気付いたクノードが「無事でよかった」と娘の安息をねぎらう。
「クロアは飛竜のそばにいたそうだが、なにを話していたんだい?」
「ヴラドと……お母さまの身柄について話しあっていました」
クノードが表情がくもる。
「それで、どうなった?」
「ヴラドはお母さまを返す、と言っています。でも、わたしはそれでよいとは思えません」
「なぜ、そんなことを言うんだ? フュリヤがもどるならそれでいいじゃないか」
クロアは母の本心を明かそうか伏せるか、まよった。しかし言うと決める。
「お母さまはヴラドを……慕っておいでです」
クノードと稗官が硬直する。知ってはならぬことを聞いたがゆえだ。クロアは続ける。
「二人を引き離すのは、よくないと思うのです。けれど、わたしだってお母さまとずっと会えなくなるのは嫌です。ですから、ヴラドを屋敷に招こうと考えております」
「……魔人はどう言っている?」
「承諾しています。お母さまも、お父さまが了承なさればそうしたいとおっしゃいました」
屋敷の当主は考え伏せった。彼の判断ひとつで今後の動向が変わる。そんな決定はこれまでに幾度となくこなしていたはずだが、クノードは沈思黙考した。
「……お父さまはヴラドがそばにいては、お嫌?」
「良い気分はしないだろうな。強大な魔人だ、いつ人間に危害を加えるとも──」
「わたしはあの男の娘ですのよ」
クノードが言葉に詰まった。稗官に重大な情報を聞かせてしまったことにおどろいている。
「場所を考えなさい」
「実の父親のことを隠し通すつもりなんて、わたしにはありません。ヴラドが魔人だから危険だというなら、わたしも同じくらい、危険な存在だと思います」
「そんなことは──」
「ないと言えます? お父さまもご覧になったでしょう。ヴラドは……わたしと似ています。この瞳も、怪力も……わすれっぽいところも、バカ正直な性格も!」
クロアは上空でのヴラドの会話を思い出しながら言う。
「ヴラドはお母さまのことを思って、ここへ返そうとしているのです。あの魔人にはなんの得にもならないことなのに……他人を気遣える者が、無意味に人間を傷つけるとは考えられませんわ」
「そう、かもしれないが……」
「お父さまはヴラドのなにが気にいらないの?」
「みなにどう説明する? ありのままを公表するには人聞きが悪いだろう。フュリヤの護衛とでも言うべきか……」
「もう、隠すのはやめましょう」
クノードがまたも驚愕する。クロアは父と視線をそらしながら話す。
「わたしは他人をだますことが好きじゃありません」
「だが本当のことを言っては……」
クロアは第一公女である正当性を喪失する。言われずともクロアは承知の上だ。
「わたしに公女や次期領主の資格がないと官吏や民衆が考えたなら、それでよろしいじゃありませんの。真実を告げないまま、公女だ領主だと慕われるより、よほどましだと思います」
クロアはそっと顔を父に向けた。すると父は悲しそうにうつむいている。
「私は……クロアにはこの町にいてほしいと思っている。クロアの強さと、民衆を想う気持ちは、このアンペレに必要なものだ」
「みなもそう思うのなら、真実を知っても……いままでどおりでいてくれますわ」
クロアはぎこちなく笑った。クノードも口元に笑みがもれる。
「そう、だな……私はあまりにも他人を信じきれないでいたようだ」
なにかが吹っ切れたように、クノードは退室した。
タグ:クロア
2019年05月19日
クロア篇−終章4
青紫色の飛竜はなにをするでもなく、どの飛獣よりも高い位置にいた。クロアはその騎乗者が二人いるのを認める。大男の魔人とその妻である。二人はクロアにとって、実の両親だ。
「高みの見物をしにきたの? それとも──」
クロアはヴラドにきつく詰め寄る。
「お母さまを見せびらかすの? アンペレ公の妻ではないと民衆にわからせるために!」
クロアは敵意をむき出しにした。フュリヤの「やめて」という制止がかかる。
「ヴラドは意地悪をしにきたんじゃないの。わかってちょうだい」
「なら、どうして?」
「わたくしを返しにきたの」
クロアは息をのんだ。ヴラドの顔を見遣ると、彼は無言でうなずいた。
「わたくしは母の身が心配だったの。そうヴラドに言ったら、アンペレにもどるようすすめてくれたわ」
「ほんとうに、魔人がそんなことを……?」
クロアは実母の言葉であっても半信半疑にならざるをえなかった。クロアが伝聞で知ったヴラドとは、自分の所有物への執着心が強く、所有物を取りもどすためなら破壊活動もいとわない、乱暴な魔人なのだから。
「わたくしの母はそう何十年と生きられるわけじゃない。クノードも同じよ。それぐらい、待てると……ヴラドは言ってくれたの」
このうえなくクロアたちに好都合な譲歩具合だ。その条件であればクロアも申し分ない。しかし、魔人の気持ちはそれでおさまるのかとクロアは不安に思う。
「ヴラドはそれでいいの? あなただって『こうしたい』という気持ちはあるでしょう」
クロアの質問に魔人は答えない。クロアは彼の煮え切らない態度にやきもきする。
「あなたはお母さまと一緒にいたいのでしょ? だからずっとさがしていたんでしょう」
「……そうだ」
「お母さまもあなたといたいと思っているはず。だから、時期を決めてお母さまをこちらに帰らせてくれればよいのです。たとえば妹たちの帰省の時期に──」
「何年に一度だ?」
「え? 一年に何度か……」
「そんな細切れの契約はめんどうだ。年単位で言え」
「めんどうですって? あなたは棺桶で寝ていればいいだけではないの」
「フュリヤには飛獣がいない。送り迎えが必要だ」
「そのぐらい、わたしどもがやります」
「その都度、寝所に人が押しよせては困る。安心して眠っていられない」
ヴラドは安眠妨害をうったえている。クロアは瑣末な懸念に対して怒りを吐露する。
「なによ、みんなが納得できるやり方を考えているのに!」
クロアの歩み寄りを親切とは思わない男に、クロアは心を乱される。
「そんなに寝ていたいなら、うちの屋敷で置物みたいに寝っ転がっていればいいんだわ!」
クロアが深い考えなしに適当なことをさけんだ。それを「いいのか?」とヴラドが真正直に聞いた。クロアはあまりに素直な反応をされて、困惑する。
「え……ま、まあ……あなたの寝室ぐらいは用意できますわ」
「そうか。なら、それでいい」
「あの、その場合、ずっとあなたの館を空けたままになるのですけど、よろしいの?」
「つねに留守番がいる。問題ない」
「あ……あと、棺桶は用意できるかわかりませんわ。あなたは規格外の体格ですもの」
「ほこりよけの対策ができていればいい」
意外にも前向きな答えが続々と返ってくる。クロアはそれらの計画が自分ひとりで決められることではないと思い、「お母さまはどう思います?」とフュリヤにも打診した。母はもじもじする。
「クノードがいいと言ってくれるなら……ヴラドの身支度をととのえる時間もほしいし」
ヴラドが「この格好は嫌か」と眉を下げて聞く。フュリヤは笑って首を横にふる。
「いいえ、好きよ。だけどほつれたところは直しておきたいの。ほうっておいたら、そのうちほつれがひどくなって……裸でいなくちゃいけなくなるかもしれない」
「ハダカは……みっともないな」
「そうでしょう。だからいまのうちに、丈夫で長持ちする服をこしらえましょう」
二人の間では当面のアンペレ滞在が決定事項となった。それが実現するかは領主の判断次第。クロアはこの提案を上申するため、騒動の鎮圧に奔走するクノードをさがしにいった。
「高みの見物をしにきたの? それとも──」
クロアはヴラドにきつく詰め寄る。
「お母さまを見せびらかすの? アンペレ公の妻ではないと民衆にわからせるために!」
クロアは敵意をむき出しにした。フュリヤの「やめて」という制止がかかる。
「ヴラドは意地悪をしにきたんじゃないの。わかってちょうだい」
「なら、どうして?」
「わたくしを返しにきたの」
クロアは息をのんだ。ヴラドの顔を見遣ると、彼は無言でうなずいた。
「わたくしは母の身が心配だったの。そうヴラドに言ったら、アンペレにもどるようすすめてくれたわ」
「ほんとうに、魔人がそんなことを……?」
クロアは実母の言葉であっても半信半疑にならざるをえなかった。クロアが伝聞で知ったヴラドとは、自分の所有物への執着心が強く、所有物を取りもどすためなら破壊活動もいとわない、乱暴な魔人なのだから。
「わたくしの母はそう何十年と生きられるわけじゃない。クノードも同じよ。それぐらい、待てると……ヴラドは言ってくれたの」
このうえなくクロアたちに好都合な譲歩具合だ。その条件であればクロアも申し分ない。しかし、魔人の気持ちはそれでおさまるのかとクロアは不安に思う。
「ヴラドはそれでいいの? あなただって『こうしたい』という気持ちはあるでしょう」
クロアの質問に魔人は答えない。クロアは彼の煮え切らない態度にやきもきする。
「あなたはお母さまと一緒にいたいのでしょ? だからずっとさがしていたんでしょう」
「……そうだ」
「お母さまもあなたといたいと思っているはず。だから、時期を決めてお母さまをこちらに帰らせてくれればよいのです。たとえば妹たちの帰省の時期に──」
「何年に一度だ?」
「え? 一年に何度か……」
「そんな細切れの契約はめんどうだ。年単位で言え」
「めんどうですって? あなたは棺桶で寝ていればいいだけではないの」
「フュリヤには飛獣がいない。送り迎えが必要だ」
「そのぐらい、わたしどもがやります」
「その都度、寝所に人が押しよせては困る。安心して眠っていられない」
ヴラドは安眠妨害をうったえている。クロアは瑣末な懸念に対して怒りを吐露する。
「なによ、みんなが納得できるやり方を考えているのに!」
クロアの歩み寄りを親切とは思わない男に、クロアは心を乱される。
「そんなに寝ていたいなら、うちの屋敷で置物みたいに寝っ転がっていればいいんだわ!」
クロアが深い考えなしに適当なことをさけんだ。それを「いいのか?」とヴラドが真正直に聞いた。クロアはあまりに素直な反応をされて、困惑する。
「え……ま、まあ……あなたの寝室ぐらいは用意できますわ」
「そうか。なら、それでいい」
「あの、その場合、ずっとあなたの館を空けたままになるのですけど、よろしいの?」
「つねに留守番がいる。問題ない」
「あ……あと、棺桶は用意できるかわかりませんわ。あなたは規格外の体格ですもの」
「ほこりよけの対策ができていればいい」
意外にも前向きな答えが続々と返ってくる。クロアはそれらの計画が自分ひとりで決められることではないと思い、「お母さまはどう思います?」とフュリヤにも打診した。母はもじもじする。
「クノードがいいと言ってくれるなら……ヴラドの身支度をととのえる時間もほしいし」
ヴラドが「この格好は嫌か」と眉を下げて聞く。フュリヤは笑って首を横にふる。
「いいえ、好きよ。だけどほつれたところは直しておきたいの。ほうっておいたら、そのうちほつれがひどくなって……裸でいなくちゃいけなくなるかもしれない」
「ハダカは……みっともないな」
「そうでしょう。だからいまのうちに、丈夫で長持ちする服をこしらえましょう」
二人の間では当面のアンペレ滞在が決定事項となった。それが実現するかは領主の判断次第。クロアはこの提案を上申するため、騒動の鎮圧に奔走するクノードをさがしにいった。
タグ:クロア