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2022年03月31日

18歳成年の春

2月末の雪かきで痛めた腰痛の治療に通っているうちに、気がつけば雪も消え、桜の便りが聞こえるようになり、明日からは4月である。
新年度のはじまりであり、進学や就職など新しい門出の季節でもある。

220331成年年齢引き下げ総務省.jpg

そんな春に、今年は、18歳からの成人ということもスタートとなる。
以前も投稿したが、これは、かなり色んな課題を含む大きなテーマであったにもかかわらず、いつの間にか、法改正が国会を通過していた。本当は、もっと野党も騒いで、慎重に議論を深める必要があったのではないか、と個人的にはずっと思っていた。

例えば、18歳の高校生と、20歳の大学生の間にそんなに大きな違いがあるのか?という意見もあるだろう。しかし、日本の教育システムの中では、高校教育は、大学受験をクリアするための学びの場という側面が強く、大学は、より幅広く自らの未来を切り開くための自由度の高い時間となり、学校生活以外でも多くの社会性を学ぶ機会も拡大する。(まあ、自由さがいいかどうかは、また別の議論が必要だが)やはり、2年分の違いはそれなりにあると思う。

ここ数日のニュースでも報道されている通り、何よりも心配なのは、高校生などが、様々な契約などのリスクに、さらされるという点である。今までは、父母の承諾なしに締結された契約は、問題があれば無効にすることもできるようになっていて、18歳の未成年はある程度守られていた。しかし、そのガードが外れる。最近の世の中には、巧みな仕組みでお金を稼ごうとする悪徳企業や悪い奴が横行している。おそらく新たな手口で未成年を食い物にするような契約トラブルが増加するのではないかと心配している。

たまたまハフポストの記事を読んでいたら、こんな一節があり、なるほど、と思った。以下は、ハフポストからの引用である。
「成人年齢を20歳から18歳に引き下げる理由は、次の2つです。 18歳や19歳の若者の自己決定権を尊重し、積極的な社会参加を促すため 世界的にみても18歳を成人とするのが主流であるため。きっかけは、2007年に成立した憲法改正の手続きを定める国民投票法の議論にさかのぼります。
国民投票の対象年齢を何歳からにするか議論になった時、できるだけ多くの国民が参加すべきだといった理由から、投票権者を18歳以上としました。
その後、18年に成人年齢を20歳から18歳に引き下げる改正民法が成立し、22年4月から施行されることが決まりました。・・・」

あくまで、個人的な見解だが、憲法改正の手続きを定める国民投票法もからんでいたという点に、安倍政権時代にこの法改正が進んだことが、ややうさん臭い印象を感じてしまう。浮動票になりやすい18歳の投票権が、もしかすると憲法改正をうまく動かすためのはずみになるという思惑もあったのではないか?とつい深読みしてしまった。

まあ、これはあくまでも年金ジジイの勝手な思いだが、いずれにしても明日からは、新成人の法制度がスタートするわけである。不幸な契約トラブルが始まった年にならない事を祈りたい。
#18歳成人 #成人年齢引き下げ

2022年03月29日

大豆ミートの時代

この投稿の写真を見れば、きっと多くの人が、肉料理だと思われるだろう。
しかし、実は、大豆ミートの焼肉風レトルト食品である。
220329大豆ミートDSC_0002.JPG

夕方スーパーに出かけたら、大豆ミートの新商品が目に留まった。しかも安い。
以前から、食材としての大豆ミートが、いつの間にかスーパーの棚で目につくようになったなあ、と感じていたが、今日見つけたのは、レトルト食品である。「焼肉」というのと、「唐揚」というのを買ってみた。ヘルシーでローカロリーな食品である。

何しろコロナが流行って以来、運動不足がすすみ、体重増加どころか、63歳までは30年前とあまり変わらないウェストサイズが自慢だったのに、あっという間に大幅にサイズが増えて、サラリーマン時代のスーツの殆どが着られなくなってしまった。困ったのは礼服で、2着のスラックスを、ウェストを伸ばす修正をしてもらったが、それでも1着は、はけなかった。以前は、毎日やっていたこんにゃくランチを、このところほとんど食べなくなったことも大きいかもしれない。

まあ、そんなわけで、大豆ミートには、このところつい目がいってしまうというわけだ。
夕食に食べてみたが、濃いめの味付けをしてあることもあって、焼肉風の印象は確かにあった。少なくとも、何も言われなければ、あっさりした肉だな、と思う人が多いだろう。

今や、大豆ミート食品は、大幅に増えている。これはあくまで個人的な見解だが、東京オリンピックによって、イスラム圏の人たちが、大量に訪れるということもあって、ハラル的な食べ物メニューが大幅に増えたことも追い風になったのではないかとも思っている。

ともあれ、ニュースなどでも、非常に食感が良くできているというようなことが報道されていたが、今日食べてみて、確かに、一昔前に比べて、食感や、風味は、素晴らしくお肉に近づいていると感じた。ウクライナ問題で、NGや石油などのエネルギー不安が拡大しているが、小麦などの食材についても不安が広がっている。食材の多くを輸入に頼っている日本にとって、肉に変わる大豆ミートなども、食材の巾を広げる意味でも、これからますますニーズが拡大することだろう。
とはいえ、夕食で一緒に食べたマグロの中トロの油の旨さは、やはり魅力である。大豆ミートには、肉の油の旨さは当然ない。本物のお肉の魅力とうまく組み合わせながら、食材の巾を拡げていくことも、SDG’s時代の食生活かもしれない。
#大豆ミート

2022年03月27日

高安と若隆景

照ノ富士が途中休場となった今場所であったが、千秋楽まで優勝の行方がもつれる展開となり、結果的には、3敗の琴の若が破れ、高安、若隆景2敗の二人も共に負けるという波乱の展開となり、3敗となった二人による優勝決定戦となった。

個人的には、大関も経験した実績もありながら、これまで優勝できなかった32歳の高安に勝たせてやりたいという気持ちがあったが、結果的には、若隆景が、高安を下して賜杯を手にした。
やはり、どこか高安には、気迫負けがあったように感じた。彼には、どこか優しくて気弱なところがあるのではないか、そこが、勝負の最後で表に出てきてしまうのではないか、そんなことを感じてしまった。
220327若隆景初優勝.jpg
(ヤフーニュース/読売新聞)

考えてみたら、少年雑誌の表紙が、朝潮、大鵬、柏戸という時代から相撲に接している。
小学校でも中学校でも校内相撲大会があり、画工にはちゃんとした土俵があった。
その当時は運動がああり得意でない私にとって、相撲大会は苦役であったが、今となっては懐かしい思い出である。そして、その当時からテレビで相撲中継を見ているから。かれこれ50年以上も相撲を見ていることになる。だから、熱烈な相撲ファンではないが、場所中は、だいたいコンスタントに相撲中継を見ている。忙しいサラリーマン時代には、もちろんライブでは見られないので、帰宅して、夜のダイジェスト番組などで取り組みを振り返っていたりした。

相撲の技などで、まだまだよくわからないものもあるけれど、取り組みのうまさは、さすがに、なんとなくわかる。あとは、なんともいえない勝つ力士の雰囲気や顔つき勢いみたいなものは感じるようになっている。
今日の若隆景には価値に向かう勢いがあり、取り組みが始まったとたんに、高安の勢いをうまくいなして、冷静に取り組んだ若隆景が優勝を手にした。
どこか優しい表情の高安の表情には、勝てる勢いのようなものが浮かんでいなかったように思う。

相撲とプロ野球は、50年以上見ているわけだが、それくらい見ていれば、やはり、熱烈なファンでなくても、あ、この取り組みは、ダメだなとかなんとなく感じるようになっている。私個人の能力がということでなく、そういう長年の蓄積による人間のAI的蓄積というのは、やはり大したものだなと思う。考えてみれば、AIというのもそういうもので、退路湯のパターンをインプットして、このパターンだとこうなる、と予測する仕組みなわけで、
50年くらい何かを見続けていれば、人間もまたAI的な判断力が蓄積されるわけだろう。いや、もともと、AIというのは、そういう人間の経験的な蓄積能力をデータ化したわけだから、人間がオリジナルであった。(笑)

2022年03月25日

ASIMO引退!?

朝刊を開いていたら、地方紙経済欄の小さな記事に目が留まった。
「アシモ引退」・・・なんと!あのアシモが?と驚いた。

ホンダが2000年に初代モデルを発表し、日本の技術力の象徴にもなった人型ロボット「ASIMO(アシモ)」が31日引退するのだという。
自動車メーカーであるホンダが、ロボットを開発している、しかも、自立しスムーズに歩けるというので、発表当時話題になった。その走る姿もどこかユーモラスでほのぼのとした雰囲気だった。私も、その姿に感動し、ロボット好きの息子を連れて青山のホンダ本社ショールームに見学に出かけたこともあった。

二足歩行で、バランスを維持しながら駆け足をしても倒れないというのは、実はものすごいことである。重心の移動や、足をどのように着地させるかなど、センサーから動作部分にいたるまで、色々な技術が結集されないとできない。
初めて見たときに、そのスムーズな動きに、人が入っているみたいだと感動したのを思い出した。息子も目を輝かせて見ていて、結局実現はしなかったけれど、高校生の頃からロボットにかかわる仕事をしたいということをずっと言っていて、当時最も進んでいた二足歩行のロボットの組み立て式マシンを何台も自分で組み立てていた。
220325アシモ.jpg

現行モデルのアシモは11年の登場から10年以上経過したそうだ。
ホンダは昨年9月、遠隔地から自分の代わりとして動かす「アバター(分身)ロボット」の開発に今後力を入れると発表したこともあり、アシモは一定の役割を終えたと判断して、引退ということになったとのことだ。
南青山のホンダ本社ショールームなどで披露されていた走る動作やダンスの実演は、引退となる今月31日で終了するという。ショールームには連日、名残を惜しむファンや親子連れが訪れている。

ガソリンエンジンの技術において、他社にない革新的な技術開発を行い、常に時代を牽引し、ロボット技術でも世の中を驚かせたホンダだが、ガソリンエンジンからEV開発にシフトし、ロボット技術も、アバターロボットへと姿を変えていく。さらに、新しい小型飛行機の開発にも取り組んでいる。アシモの引退は寂しいけれど、また新しい技術によって、きっと我々をびっくりさせてくれるに違いない。
さよなら、そしてありがとう、アシモ!
#アシモ #ASIMO

2022年03月24日

ゼレンスキーという才能

昨日、日本の国会において、ゼレンスキー大統領の演説が中継された。
既にドイツなど各国に対して行ってきたスピーチにおいても、そのうまさがたびたび話題になっていた。
220324ゼレンスキー国会で演説.jpg

日本の国会議員へのスピーチもまた、心を捉える見事なものであった。
冒頭の挨拶のあとで、こんな言葉で彼は話し始めた。「ウクライナと日本、両国の間には8,193kmもの距離があります。ルートによっては飛行機で15時間もかかります。けれど、自由を思う気持ちに差はありません。また、生きる事に対する意欲の差もありません。これは2022年2月24日に実感しました。
日本は侵攻が始まってすぐに援助の手を差し伸べてくれました。心から感謝しております。・・・」と遠く離れた国でありながら、実は思いの通じ合う国だという「まくら」から語り始めたのである。そして、桃太郎のオーディオブックの話で、親近感を感じさせながら、スピーチが終わった時には、日本の国会議員たちが、スタンディングオベイションとなった。

お笑いでも、「つかみ」ということがよく言われる。演説でも同じようなところがある。人の心を、話しの始まりでぐっとつかまえるということである。
日本とウクライナの距離をまず話して、おやっと思わせておいて、実は離れていても心は近いというふうに共感を得ていく。日本のことをきちんと調べて、スピーチを構成している。

ゼレンスキー氏は俳優であった。だから演ずるのがうまい、ということはあるのだろうが、誠意をもって人の心をつかまえるのがうまいということだろう、とスピーチを聞きながら感じていた。
命の危険を顧みず、国を背負って日々戦い続けているからこそ、真に心に残るスピーチとなって胸を打つのだろう。

今回のロシア侵攻では、実践と並行して、ネットでの情報戦も行われている。そして、ゼレンスキー大統領の偽物が降伏をすすめるという恐るべきフェイクニュースまで登場し、「映像戦」も過熱している。

そうした中で、彼は、ネットを活用し、西側諸国に対して次々とアプローチをして、各国の人々の心をいち早くつかんでいった。いわば「ウクライナ応援団」をどんどん増やしていったのである。もちろん、今回の戦いは、ロシアが一方的に横暴な侵攻を行ったことを世界中が理解していて、ウクライナはどこから見ても被害者であるという構図が明白であったことは大きい。しかし、カメラの前で、危険を恐れず堂々と話し続けるゼレンスキー氏は、プーチンのスピーチをはるかに凌駕する力と光を放っている。

それは、インターネット時代の中で、国民のために戦う大統領の新しいスタイルであり、ニューヒーローともいえる。彼の持つ力が、国際的な大きなパワーと広がりを生み出し、「プーチンの戦争」を終わらせることを、心から応援したい。頑張れゼレンスキー!!
#ゼレンスキー大統領のスピーチ

2022年03月23日

久しぶりのパーツ探し

東京から持ってきた車が車検です、とカミさんに言われ、あらためてステッカーを見てみたらなんともう日がない。そのことに気を付けなかった私もいけないので、カミさんだけを責めるわけにもいかない。
3月は、そもそも混む時期なので、案の定ディーラーは4月まで予約いっぱいだった。実家に帰って以来、いつも出している立ち合い車検の会社が予約できたので急いで持ち込んだら、ドライブシャフトのブーツが破損していて修理しないと車検を通せないといわれ、大慌てで持ち帰る。ところがディーラーは、修理受付もできないくらいの予約満杯で、何件か県内の欧州車対応の修理工場に連絡してみたが全てNG。
しかも、ディーラーに、このパーツの在庫もないという。

大急ぎで、昨日からネット検索をして、いつも頼りにしている欧州車対応の部品屋に問い合わせたが、適合部品の在庫はないとの回答。ディーラーのなじみのサービススタッフにお願いして部品番号だけは教えてもらったので、それを手がかりにしてあらためて検索を繰り返し、適合問い合わせなどを行い、ようやく今朝になって1件、使えそうなパーツを発見。適合確認の回答も、今日の昼過ぎに返信が来て、大丈夫とのことで、すぐに発注した。なんとか今週末までには入手できそうだ。
ドライブシャフトジョイントとブーツ.jpg

とここまで書きながら、実は、久しぶりにパーツ探しをやっていて、結構楽しんでいる自分に気がついた。この10年くらい、ネットのおかげで、ずいぶんと色んなパーツを、リーズナブルな割安価格で入手してきたことを思い出していた。ちなみに、今回のパーツは、ディーラーの純正部品の30%くらいの価格で手に入った。あとは、ディーラーではない工場で、無事取り付けできるかどうかであるが、この数年ずっと私の車の車検を担当してくれているメカニックの青年が、部品があるならぜひ作業をやりたいと言ってくれたので、彼を信じて任せることにした。正規ディーラーではないので、当然リスクはあるのだが、まあ、東京用のこの車も、もはや古い車なので、思い切ってトライすることにした。

クルマは、こんな風にして整備の人たちと気が合ったりして仲良くできると、なにかと面白い対応が生まれるものだ。実は、整備をしている人にとっても、ルーティンワーク以外の新しいチャレンジは、結構楽しいことなのだと思う。少なくとも、作業をやりたいと言ってくれた彼の笑顔にはそんな気持ちがあふれていた。私は、そういう姿勢が大好きだし、欧州車など古い車に乗る楽しみは、こういう熱い思いのやりとりも魅力のひとつというところもある。なんとか、うまく修理が終わって、車検が完了することを祈っている。
#欧州車の整備 #欧州車のパーツ探し

2022年03月22日

テレビとレンジ

認知症が進み、父の記憶と、それを適格に理解する能力が、やはりかなり変化してきているようだ。
最近起きた大きな誤解というか理解ミスが、テレビと電子レンジとの混同である。
実は、これまでも時々起きていたことなのだが、テレビを指さして、「その中に魚が入っているから、出して食べよう」というようなことがたびたびあった。それが最近は激増している。
テレビに映った食べ物と、電子レンジは食べ物が入っているもの、という記憶とが、混ざり合って起きているように思える。

昨日は、「あそこに食べ物が入っているから、フタをあけて取り出してくれ。食べたいから!」とテレビを指さして、2時間ほども繰り返し言い続けて、私を大いに困らせた。
父が一人暮らしを続けていた30年ほどの時間の中で、最も日常的に活用していたのは、おそらく電子レンジだったのであろう。電気の仕組みやメカには、すこぶる弱い父が使うことのできた数少ない便利な機械である電子レンジと、テレビに映る食事の映像の記憶が合体して、テレビで見たもの=電子レンジの様に扉をあければそこに入っていて取り出して食べられるもの、という記憶として上書きされたのだと思われる。
DSC_0050.JPG

「頼むから、あれを開けて取り出してくれ、食べたい!」と最後は、私に懇願していた。
「テレビを開けることはできないし、テレビの中に食べ物は入っていないんだよ」と何度説明しても、「そんなことはない、俺はいつもそこから出して食べている!」と言い続けた。
遂に私は、配線をはずし、父の部屋のテレビをひとまず撤去した。1時間余りに及ぶ父への不毛な説明で、私もすっかり疲れ果てていた。

幸い、テレビを見たいという欲求は、私ほど強くない人なので、テレビがなくなったことには、昨日も今日も、ほとんど関心を示さなかった。しばらくこのままでも大丈夫なようだ。

現在の父にとって、最も大きな関心事は、「食べる」ということである。食事をしたことをすぐに忘れるため、1時間おきに何かを食べたいと言う。もちろん、そのたびに、それに応じることはしない。3度の食事の時間と3時のおやつ、それ以外には、せいぜいあと1回ていど、栄養ゼリーや果物、スープなど、できるだけ過剰摂取にならないようなものを食べさせて父の欲求を調節している。

人にとって、最終的に残る重要な記憶は、やはり生命を維持するための最重要課題=食べる事なのだろう、と痛感する。うたたねをして目覚めた時にも、旅先で美味しいものを食べた、などと夢の中の話しをしてくる。
「食べる」という生きるための根本的な記憶こそが、最後まで残り続ける重要な記憶なのかもしれない。
最近の父は、時々母の名前を忘れるようになった。もっとも、母と過ごした時間よりも、一人になってからの時間の方が長くなってしまったから、そのことで父を責める気にはならないけれど。
食の記憶は、愛の記憶に勝ってしまうのだろうか・・・

#食べるという記憶

2022年03月20日

ラジオの魅力

ラジオというメディアには、大きなハンディがあった。それは、映像情報がないことだった。音声だけで伝えるメディアだから当然だが、これだけ映像全盛の時代にあって、その点は、やはり大きなマイナスであることも多くなっていた。

しかし、音声だけ、というのは、実はメリットも多い。まず、映像というのは、ブラウン管であれ、ディスプレイであれ、携帯であれ、ビジュアル情報を把握するためには、映像を表示する画面を注視する必要がある。ということは、その瞬間に他のことをすることはできない。しかし、ラジオは、音声のみなので、何かの作業をしながらでも、聞いていることができる。携帯のディスプレイを見ながら運転することは、現在では立派な交通違反であるし、そもそも安全運転ではない。しかし、ラジオであれば、運転中でも情報収集が可能だ。

そして、もうひとつは、イマジネーション力を高めたりすることができる。音声情報を聞きながら、そのシーンや映像を、頭の中でイメージすることができる。それによって、脳が活性化して認知症予防にもつながるという学説まで出ているようだ。
220320日曜のほとり.jpg
(文化放送HP)

最近、毎週聞いている番組がある。日曜の10時〜12時で、東京の文化放送でオンエアされている「日曜のほとり」という番組である。阿川佐和子さんと、ふかわりょうさんが、のんびりゆったりと、日々の生活の中で感じたことをピックアップしながら、お互いに話をする間に、様々な広がりを生み出していく。最近は、大人が聞くに堪えるトーク番組というのは少なくなったけれど、くだらない話ではなく、小野ごとに対するちょっとしたテーマや事象を糸口として、感じたことを話していく。そして、時にはそれが広がって新しい話題に発展したりもする。さらにそのトークの間を、非常に計算された選曲によってえらばれた音楽が、絶妙の間合いで、トークをつないで結い上げていくのである。
そんな番組というのは、あるようで意外に少ない。ゲストのトークに頼ったりもせず、二人が、きっかけとなる話題を軸にしてお互いの感じ方を話しながら、どんどん話が広がっていく。その広げ方や掘り下げ方が面白く、聞いていて飽きることがない。

私は、昔、トークイベントの進行役を何度かしたことがあった。魅力的な方々 あかりであったが、その話題の肝を抽出し、展開し、さらに話し手がそれをうまく発展させてくれるように話を広げていくことは、非常にむずかしいということを痛感した。トークというのは、それくらい難しいものだと思う。

ゲストを呼ぶこともなく、二人の会話と音楽だけで、二時間を持たせるというのは大変な技だと思う。それは、構成作家のようなこともできるふかわさんの能力と、作家であり、インタビューアでもあった阿川さんという絶妙なインテリコンビだからこそできるトークの妙であるように思う。

コロナ禍によって、在宅でラジオを聴く機会が増えてradikoの利用者も増えたという。
ちょっと印刷媒体のような深みを持たせることも可能なラジオの魅力というものを、この二人のトーク番組は、感じさせてくれる。
#日曜のほとり

2022年03月19日

卵と美術品

我が町は、隣の市に合併する前までは、郡部に属する人口1万数千程度の小さな町であった。そんな町の地場企業として、安全な鶏卵を生産・供給することを追求し、日本国内の業界大手企業にとどまらず、アメリカやアジアにも進出した隠れた世界企業がある。イセ食品という会社である。

TKGという言葉まで生まれるほど、生卵をご飯にかけて食べる美味しさを、日本人は当たり前に味わってきた。しかし、生卵をそのまま食べる国というのは、実は世界的にはそれほど多くはない。大半の国では、加熱せずに鶏卵を食べれば、病気に感染する可能性も高いことから、卵は加熱して食べる食品なのである。そんな卵の品質を、安全で美味しくすることを追求し、生産管理から出荷までの体制を改良しながら発展してきたのがイセ食品である。結果的には、アメリカやアジアで、そのノウハウを活かした事業を成功させ、創業家出身の伊勢前会長は、大成功を収め大きな富も得て、町では成功者として有名であった。
220319伊勢氏の美術コレクション.jpg
(北日本新聞)

また、伊勢氏は、美術好きで、コレクターとしても世界的に有名で、そのコレクションを集めた個人美術館も作ったほどであった。
ところが、事業拡大路線による借入増の一方で、コロナ禍による飲食業の業績悪化などの影響による業績不振から債務超過に陥り、11日に債権者からの訴えにより、会社更生法の手続きに入ったと発表された。ただ、前会長は、これを不服として訴えを起こしている。

実は、私がこのニュースを聞いて懸念したのが、伊勢氏の美術品コレクションのことであった。ピカソを始め世界的に著名な画家たちの作品を数多く所有し、一部は法人化した団体が管理している。町にとっても将来にわたって大きな文化財産だと思っていたのだが、会社がこうなると、あの美術品を手放すということも、もしかするとあり得るだろうか、とそのことを個人的に懸念していた。
そして、今日になって、やはり次々と美術品をオークションで転売しているというニュースがローカル紙で報道されていた。ああ、やっぱりそうなったか、と残念な思いもあったが、伊勢氏の会社をつぶさないため、というコメントも胸に響いた。
人生をかけて集めた美術品を手放すことは、誰よりもご本人が、一番つらいことだろう。
伊勢氏の美術コレクションについては、これまで賛否両論様々な意見もあったが、これだけの世界的コレクションが、小さな町にあることは、やはりすごいことである。それが散逸していく。やはり残念なことで、個人的にはとても複雑な心境である。少しでも、コレクションが残ることを望むけれど、会社の存続もまた大切な課題である。

近所のスーパーで買って毎日食べている卵は、もちろんイセの卵である。
今朝も卵を焼きながら、テーブル脇に置いてある新聞の、この記事のページをそんな思いで眺めていた。
#イセ食品 

2022年03月18日

フェイクニュース戦争

数週間前に、ウクライナへのロシア侵攻に関連して、実際の戦争と並行して、情報戦争も進んでいるというようなことを書いた。
それから数週間経ったが、なんと、びっくりするような情報戦争のニュースがあった。
ウクライナのゼレンスキー大統領の映像を、AIを使って偽造し、国民に降伏するようにスピーチするニセの映像がネットで流されたというのだ。驚くべきフェイクニュースである。
220318ゼレンスキー大統領偽装映像.jpg

そもそも、今回の紛争では、ロシア側の流しているフェイクニュースのひどさには、たびたび驚かされ、国連出の会議に出席しているロシア代表の嘘つきスピーチにもあきれさせられ、ロシアのフェイク情報のすさまじさにはショックを受けた。
それだけ、プーチンヒステリーが、国を支配し反論できる余地のない状況になっているのだろう。
一般市民が避難している場所を攻撃したのは、ウクライナだと言いだしたり、実際にそういうニュースが、ロシアの国営放送で流されているという。かつての「大本営発表」である。

そんな中で、ロシアの国営放送では、「戦争をやめろ、プロパガンダを信じるな」という紙を持った女性社員が、生放送に乱入した。
国営放送しか見ないロシア国民は、プーチンを支持する数字と同じくらいの比率でいるらしいが、国を挙げての嘘のメディア情報に対し、この女性の行動は、大きな一石を投じたのである。おそらく、「もしかするとロシアは、おかしなことになっているのかもしれない。」と感じた人が少しは増えたのではないか?そうなれば、この女性のメッセージは大きな功績をもたらしている。

映像ニュースというのは、編集で全く印象が変わる。破壊された建物に、「ウクライナは、自らの国民を爆撃した」とナレーションをかぶせれば、そう見えてしまう。ディテールには目がいかなくなる。それは映像の持つ両刃の刃のような恐ろしさでもあるということを、今回のニュースは、我々に教えてくれている。
#ディープフェイクニュース

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