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やすねこアート
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2016年12月11日

アーティストであるとはどういうことか その7

今の時代に問う。
アーティストであるとはどういうことか。
これはむしろ一般的な問いというよりも
私自身の極めて個人的な意味としての存在理由
というか自分はつまり私自身は
私が画家であるならどの様な存在であり
どう生きているか
どんな生き方をいっているのか
といった問いへと移行していることにもなる。
今の世に確実といえるものはなるか。
生きてみないとわからない。
そんな世界に生きている。
何を信じてますか。
私にとってアートとは視点をシフトし
別の道を見つけることで
今とは違う見方ができるツールのようなものだと思う
だから何も特別視するとこなく
皆が挑戦し新しい発見ができたらいいなと思う。
つまり手段さえ身に付ければ
誰にだってできる
つまり全ての人がアーティストになれるわけです。
そうなればえらそうに語っているアーティストと
同じ視点でものが言えるようになる。
世界に発信するのはアーティストだけの仕事では
なくてなってきていると思います。
さて、そんな状態であっても
それでもおそらくアーティストは一般の人と
線を引くかもしれない。
そこにはお金が絡んでいると思うから
何が他に他と区別する線をを弾きたがるのが
アーティストのくせなのだろうか。
皆に近づくが決して同じになろうとしていないという。
社会の協調から弾き出されたことに対して
反発しているためだろう私を含めアーティストはそう感じているはずだ。




2016年12月10日

アーティストであるとはどういうことか その6

私は、謎解きが好きです。
推理ものも好き。
知恵の輪のようになにかこんがらがっているものを
解きほぐしていくのがおもしろいと思っている。
単に知らないことを知るときの
よろこびというものではなく、
何かあることが起きた時なぜそれが起きたのか
なぜそうなったのかを思い巡らせ
推理していくことが面白いと思っている。
そういったドラマがあると良く見る。
では実際私のように問題を解く側がいるということは
その逆で問題をつくる側の人もいるわけで、
しかし、ドラマの様な事件というのは
単に数学の問題をつくるのとわけが違って
その人自身たぶん問題を作りたいと思って
つくっているわけではなく
事件としてできてしまったということであり、
見る側はそれがなぜ生じたのかを
興味をもってみることになる。
頭のいい犯人が自分の実力をみせつけるために
事件をおこすこともある。
小説やドラマの推理ものとしてよく出ている。
問題をつくる側とそれを解く側
何が同じで何が違うか
問題を作る能力のある人は
当然としてそれを解く能力があるといえるのだろうか。
犯罪を犯す人は完全犯罪と思っているわけで
問題自体を完全とおもっているだろう、
だから問題を起こした当人からすると
解く事はできないと思い込んでいると思う。
だから問題を作った人が
必ずしもそれを解く能力があるかどうかは
同じではないかもしれない。




2016年12月09日

アーティストであるとはどういうことか その5

あまりにも多くの情報があふれている。
以前は好むと好まない関係なく
やたらと多くの情報を見聞きしているた。
当時はインターネットもなく雑誌が主な情報源だった。
あとは自分の足で現地へ出向き
自分の目で直接みるしかなった。しかし、
今はその以前よりも更に多くの情報が溢れ
しかもネットの影響で
簡単に手に入れることができるようになった。
だから自分が情報を自分の中で処理する前に
新たな情報が積み重なり
人間の能力をはるかに超えた情報が溢れている。
例えばコミックや映画など以前よりも量が増え
しかもその増え方が加速している。
一つ一つをゆっくり味わうことができない。
もしじっくり味わいたいのなら全部を見るのではなく
どれかを決めて見ないといけない。
つまり選ぶという行為、
何を選ぶのか
というその選び方求める情報の探し方といった
別の能力が必要になってくる。
情報を収集する能力よりも
集めた情報から本当に必要な情報を選び
それを深く探求する能力が今は必要なのだと思う。
そしてその情報から私たちは学び
成長していかなければならない。
何を判断する能力、信じる能力、
逆に多くの情報からでは本当のものが見えにくくなる。
必要なものだけを取り入れるシンプルな考え
シンプルにしないと情報に飲まれてる。
シンプルにすると見えてくる。
情報が多いと見えているのに実は何も見えていない。
そしてその事自体気がついていない。しかし、
シンプルであれば何が大切なものか逆によく分る。
つまり良く見えてくるということだ
今必要なものを選ぶ。
それにじっくり取組む
すべての情報を知らないと何も知ったことにならないとか、
ただ多くのことをしっているだけがすべてと
考えてはいけない。
シンプルにする複雑にさせない
必要最小限にして深く考える力をつける。
これからはシンプルにしなければ流されてしまう。




2016年12月08日

アーティストであるとはどういうことか その4

何のために生れてきたのだろう。
いつも考える。
誰かの為に自分が存在しているのだろうか。
今、自分が幸せを感じる時は
パートナーである彼女の笑顔を見ている時であろう。
生きていて今本当に楽しい
うれしい生きていてよかったと思ってる彼女は
常に笑顔である。
つまり笑顔の時、彼女にとって今幸せであることになる。
それが私がいることによって
もたらされるのであったら
それはそこに私がいる理由になるし
私が生れてきた理由であもあるからである。
一人の人を幸せに出来たら
私が生れてきた充分な理由になると
私は今思っている。
何かの役割があるから生れてきたわけであるし
自分はそう思いたい
何の理由もなく生れるのだろうか
例え世界の害悪的な存在であっても
生まれるからには何かしらの理由というか
意味というか
原因というか
何かあるはずである。
様々な影響によって
世界は変化しているわけであるから
様々な存在があってあたりまえである。
良くも悪くも行為によって
変化がおこりそれによってまた何かが変わる。
それが複雑に絡み合って
世界が 世の中が出来ているのだと思う。
自分は成功は幸せとは別のもの
別の誰かのためにそれがあるのであれば
それが大切な事だと思うが、
それに気付かずにただ走っている人がいる。
完結した喜びのみに喜びをかんじているだけの人。
結局のところ自分の存在は自分の存在ではなく
他人の存在が自分の存在でもなく
そこにいて相手に作用し
そこに何かしらの気持ちよさがあれば
それが多分存在理由なのだろう。
それが見つからず捜し求めている人は大勢いる。
かつては私もその中の一人だったのだろう。
今は私は一人の大切な人のために生きていて
同じ空間を共有している
彼女が幸せであるためにはもちろん
そのことで自分も幸せだと感じている。
私は幸せである。
その人のために生きる事ができるから。
しかし、どちらかがどちらかの依存になったり
行為が義務化しては本来的でないし、
このことは望んでいない。
私がいて彼女がいる。彼女がいて私がいる。
そういう関係。
思考を空間に解放って空間に広がり一体となる。
スーッと気持ちのよい風が身体をすり抜ける。
意識が上昇し今まで見えていなかったものが
見えるようになる。
なにが大切かも何が幸せかも
何も悩む事なくスーッと入ってくる。
ふと気付くと、見えたら迷わず進む。
それでいいかな。




2016年12月07日

アーティストであるとはどういうことか その3

結局は一つの世界観というか
自分の色というか
他とは違う何か。
他と違って何か自分ではこんなん事をしている、
或いはしていることをアピールする。
それは決して他人のやっているこのマネではない。
自分の考えた自分の表現というか
描き方というか
スタイルとうか
何か他と違うようなもの幾つかの点で
他とにているかもしれないが
あくまで自分が自分の考えで出したもの
それを主張したいただそれだけかもしれない。
今はほんと誰もがアーティストになれる
自分が手を上げてそう宣言しただけで
ある意味なれてします。
何を使ってどう表現したってそれをアートといえば
アートになってしまう。
だからこそ
これは自分の最初にしたことだと
ことさら言いたくなるわけである。
他の人が自分のしていることを真似て
クリエーターアーティストとして認知されてしまう。
だから自分のアイデアはぜったいに見せない。
自分が先さという気持ち皆を幸せにとか
うまいこといってるけどまずは自分の幸せが先。
アートだってそんな感じか?




2016年12月06日

アーティストであるとはどういうことか その2

絵を描くって何だろう。
誰でもがつくれる売れる。
例えば、自分は絵を描いている。
だから他人の描いた絵を単にみて良いねっと
言うかもしれないが
それを買って家に飾ろうとかは思わない。
なぜか。
自分が描けばよいことで
わざわざ他人の絵を買うまでして飾ろうとか思わない。
だから、自分が他人の絵を見ていいねとか言っているのは
購入対象とは別の心理だ。
それは自分の所有物にしたいという気持ちとは別だ。
このいいねといっている気持ちは
そらの青さとか夕日の風景とかに
いいねっといっている感覚に似ていて
自分の中では買えないものみたいな
線引きをしているかもしれない。
もちろん対象によって買ったとしても
家の中でどうやって飾るの?という作品もあるので
物理的な無理さはあるかもしれないが
通常なにげなく見ている作品にはお金とは結びついていない。
まず欲しいという心理で見てないといったらよいだろうか、
そうなるとそういった作品には
作品としてのそもそもの価値といったものが
存在しないのだろうか。
たまたま見た日常の街の風景と
それを撮った写真をとおして見ている風景の違いは
と問うた場合、
その場合にいるかいないかの違いとか物理的な違いとか
平面立体の違いなど別として
単にいいねといった風景として捉えた場合、
そこにいいねといった気持ちの共有という
かそういった気持ちの交流的な動きはあるとしても
金銭の動きがそこにあるかどうかは別の話になってしまう。
写真にしても絵にしてもそれを作り出した人がいるわけである。
写真の場合はその場面を選んだことになるか。
その人の一つのアイデアだったり気持ちみたいな
その人の何かが付加されているわけです。
それに単に共感するか欲しいと思うか
その気持ちの境界線がどこなのか。
何によってそれがなされるのか。
そう思ったことはないですか。
例えば一つの商品は材料費と人件費と利益を含めて
金額を出すが絵の場合でも材料の費用もあるし
作家の時給による人件費もある。

2016年12月05日

アーティストであるとはどういうことか その1

アーティストっていうと
最近はミュージシャンなど
歌う人の事をイメージする人も多いだろうし、
そのような認識が定着しているようになったのだろうか?
私なんかはやっぱりアーティストとというと
芸術家だろうって思う。それで今はどうなんだろう。
アーティストって言って何をイメージするだろう?
誰を連想するんだろう?
例えば作品の存在をみた場合
それをお金に換えられるのか否かがポイントになるかもしれない。
作品とお金を交換する。
作品に値段をつける。
作品制作の労働力の対価としてそれにみあう代金を支払う。
更にそれに付加価値を付ける作品が欲しいのでお金を払う。
お金のために作品をつくる。
お金が必要だから作品をつくる。
どんな理由にせよ、作品がお金と等価とされるなら
それは商品でもある。だからといって、
その作品そのものに何ら変化があるわけではない。
作品は作品としてそこに存在する。
どういう理由であれ作品がお金にかわるには
つまり作品を購入する人がそこにはいるのです。
そして買って貰うために作家は作品を発表するわけです。
とにかく、自分以外の人に見てもらうことがまず必要です。
更によく売れるようにスポンサーがついたり
評判のよい会場があったり、
作家や作品を評価してくれる第三者がいてくれるのも大切です。
作品が一つの商品ならそれを好む人好まない人が当然出ます。
しかし需要と供給というかその作家にとって
必要最小限の収入が作品で得られれば
それ以上は付加価値的なものであるわけです。
それとは別にお金にかえられない作品もあります。
技術的な高低に関係なく作家にとって
その作品がお金にかえるものではないと感じているなら
どんなに大金を積まれても交換することはできない。しかし、
それは外見の作品からは判断できない。
その人が持つ気持ちの領域であるから
その人の思い入れというか
その人しか分らないもの。
売れられている作品の中にも見る人には
それを感じるかもしれない。
だから他人に理解できないような高額な絵であっても
購入してしまうであろうし
それが自分にとって安い買物である場合だってある。
自分にとってたいせつであるものであっても
他人にはそれが分らないから
そこにズレが生じ誤解が生じる。
同じ商品でもいったん個人が所有すると
それに付加価値がつく。
そういう世の中でものをつくる。





2016年12月04日

多くの人から影響を受ける その20

平成28年度 宅地建物取引士 試験 合格

今年10月16日日曜日に行なわれた宅建試験に
ようやくみごと合格することができました。
ただし一発合格ではありません。
要領の悪い私はそれなりに時間を費やしたわけです。
しかし、この受験勉強の経験は
今後新たに上位の法律資格を受験するときの励みになるし、
今後受験する他の試験つまり
試験そのものをどのようにマネージメントしていったらよいか?
という方法論など合格以上に得られたものは多かったと思っています。
正義感の強い人、この人のために何とかしてあげたい、
そう感じる人にとって人生において法律家になりたいということは
職業選択の一つに入っているはずです。
わたしもその内の一人で司法試験を目指したいと思いました。
その時、知った人が大平光代さんです。大変な人生を歩まれた方ですが、
良い人に出会い、29歳で司法試験に合格されています。しかし、
彼女はいきなり司法試験に挑戦したわけでなく、
宅建、司法書士、司法試験というステップで目的を達成されたのです。
私もそれにならってまずは宅建から行こうと思い立ったのでした。
それ以前は宅建の資格があることすら知らず、
名前を聞いても「何の試験?」というレベルでした。
しかし、今の宅建はたぶん光代さんが受けられた時よりも
難易度は上がっていると思います。
単に丸暗記で合格する人は少なくなっていると思います。
私は理解なくして憶えられないので、
それに勉強していて段々と宅建の内容にも興味が湧いてきて、
つまり、不動産の仕事に興味が出てきたのです。
だから単に暗記勝負で合格を勝ち取るのではなく、
その後しっかり活用できる生きた知識として身に付けながら、
かつ、合格を勝ち取りたいと思うようになりました。
そして、今年合格できました。
周りの人の支えもありがたかったです。
勉強できる時間が確保されたこと、感謝してます。
これで思い描いていたこれからの生き方に一歩近づいた気がします。
これから、講習、研修を経て開業に向けて準備していきます。
実務としては今年1年勉強の年になりそうです。
その後の経過は後日報告します。

宅建試験は法律試験の登竜門といわれます。
行政書士、司法書士、司法試験の受験者の実力お試しに
使われる試験でもあり、年間20万人近い受験者がいます。
最近では、行政書士、司法書士受験者が
あまりにも長年試験に落ち続けているので
何か一つでも合格が欲しいということでランクを下げて
宅建を受験する人もいます。
最近はそういった上位の資格を勉強している人たちも
受けるため宅建の問題には超難問が混じっていて
それが本来の宅建受験生を泣かせているのです。

宅建試験にしてもそうですが、
合格のキーになるのがテキスト選びでしょう。
周りの意見に流されず、他の評価が低かったとしても
自分に合ったテキストを選びましょう。
これも出会いでしょうね。
いろいろと試していく中でこれだというもので出会います。
時間がかかるかもしれませんが、
あせってはいけないと思います。

今の世の中、
なんでも時間に追われていると感じませんか?

時間に追われ急かされて、相手を急かし、
いきつく暇もあたえない慌しさで生活してませんか?

ストレスを受け、相手にストレスを与え、何もいいことはありません。
焦った出会いは止めましょう。

必ず、自分にあったテキストに出会うはずです。
私は、YouTubeで宮嵜晋矢先生に出会いました。
私にとって宮嵜先生の講義はスーッと違和感なく入っていきました。

出会いは人それぞれですが、
出会う人は当人のその時の意識で異なります。
意識がどの方向に向いているかで出会いは違います。
良い出会いをするためには、まずは自分です。






2016年11月19日

多くの人から影響を受ける その19

訪問介護はやはり時間に追われるケアである。
次の利用者のことを考慮すると
決められた時間通り終わらせないといけない。
私のシフトは準夜勤である。
シフト最後の利用者のケアは大抵は就寝のケアである。
障害者の就寝介助はシフトの一番最後だ。
週に何件それにあたる時がある。
障害者の場合、
自分と年齢が近い利用者が多いため話し易く
自然と趣味の話などで盛り上がることがある。
そんな時、本当はこんなことやってはいけないのだが
多少延長して(もちろん伝票にはそんなこと記入しないが)
話し込むことがある。
この後ケアが無いと気持ちがゆったりとした感じでケアが出来る。
訪問介護の場合、利用者とヘルパーの一対一の関係である。
だから、この与えられたケアの時間は
ヘルパー1人に委ねられるわけである。
もし、利用者にもしものことがあったなら
ヘルパーはあらかじめ指示されたように
速やかに対応をしなければならない。
ヘルパーの中には、一対一の関係が不安だからといって
施設介護を選ぶヘルパーもいる。
しかし、私なんかは、両方経験があるんだが、
施設はスタッフとの人間関係が歪なので窮屈と感じるため、
勤務中スタッフと対面しない訪問介護の方を選択する。

さて、身内で介護が必要になってヘルパーが必要になった場合、
まあ実際いろいろ前準備が必要になるが、
いざヘルパーが訪問した際に利用者の家族、
あるいは利用者当人がヘルパーにどのように接したら良いか
知りたいと思うでしょう。
なめられるといけないから
何でも上から目線で命令すれば良いのか?
ヘルパーを怒らせないように謙った方が良いのか?
どのように接したら良いと思っていますか?
まずは何でもおまかせにしてはいけないと思うのです。
できる事できない事の線引きをしっかりとして
具体的に何をして欲しいのかを
自分で把握しておくことが大切だと思うのです。
ヘルパーは余分なことは原則しませんし、
指示がはっきりしてないと
ケアの内容に微妙なズレが生じることになります。
それは心理的なものかもしれないし
具体的に目に見える対象かもしれない。
そして、上から目線でもヨイショするわけでもなく
1人の人間として対等に接することが大切かなと思うのです。
ヘルパーは利用者や利用者の家族の些細な言動に敏感です。
良い関係が相互に出来れば些細なことで
トラブルになることはまずありません。
どうしてもうまく関係がつくれないようであるなら
無理にする必要は無くケアマネに相談するのも一つの手です。

まあ、私はこの手の専門家では無いので
話はここまでにしておきます。




2016年11月18日

多くの人から影響を受ける その18

仕事に対して多少なりともプロ意識は持っているつもりです。
介護職というとごくごく一般の人から見ると
やっていることはいっしょに見えます。しかし、
違うのです。
訪問介護と施設介護。訪問でも、高齢者対象か障害者かでも違う。
施設でも老人保健施設、特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、
グループホーム、ショートステイ、小規模多機能、デイサービスなど。
それぞれ違うし勤務体系も違う。
この中で、私が体験したのは、
訪問介護、有料老人ホーム、グループホーム、デイサービスです。

介護の仕事は対象が人であるため本当に多くの人と関わることになります。

一つの会社で定年を迎える人は今どれくらいいるでしょうか。
俗に言う勝ち組みということらしいですが。
本当にそう思っている人は幸せだと思います。

ここでは深入りはしません。

訪問介護で意識して守っている
マイルール
があります。
自分の中のプロ意識とでもいうのでしょうか。
まず、
シフト中は食事をしない。
幾つかの理由があります。
利用者の自宅に伺うのですから口臭に気を使います。
臭いのキツイものを食べると口臭もそうですが
衣服にも臭いがついて印象を下げるおそれがあります。
また、食したのが原因で便意尿意をもよおすこともあります。
ケア中にその様な事が起こらないことが望ましい事です。
出動前に本日伺う利用者を確認し、
それぞれに必要なアイテムを用意する。
カギが必要ならカギを、
解除キーの暗証番号が必要な場合はその番号の確認。
渡すもの受け取るものがある場合の確認など
個々に必要な確認事項があるのでそれを確認し
間違いの無いように遂行する。
訪問の仕事は特にカギの扱いは要注意である。
事業所がカギを預かっている場合は、
事務所からカギを持ち出す。
利用者の自宅玄関先に設置してあるキーボックスにある場合は、
その暗証番号を確認する必要がある。
また、カギは使用後は元の場所に戻すのが原則である。
キーボックスから出した場合は
持ち帰らず元のキーボックスにおさめる、
事務所から持ち出したものは事務所に戻す。
そうした単純でも細かいことを把握していないと
急いでいるとカギの行方が分らなくなる。
次のスタッフが入室する時に大変な事になるからである。
また、訪問時呼鈴を鳴らさないといけない利用者宅と
鳴らしてはいけない利用者宅の把握もしておかなくてはいけない。

利用者はその曜日その時間ヘルパーが来るのを待っている。
30分或いは60分
それが利用者にとってとても大切な時間である。
来てもらわないと寝る事が出来ない、
起きれない、食事が出来ない、風呂に入れない、
大切な時間でもあるし、楽しい時間でもある。
ヘルパーとしても何とかそれに応えられるように
最大限の努力をしているはずである。
しかし、人間相手の仕事である以上
必ず例外が発生する。
その30分になかなか終了しない場合も発生する。
明らかにオーバーするケースについては
事務所に連絡して応援をよこしてもらうか、
次の利用者へは別のヘルパーに対応してもらうなどの
対応をしてもらうが、延長10分以内とか
微妙なケースも多多ある。そんなときは焦る。
顔では、「大丈夫ですよ。」と見せながら内心は焦る。
5分10分が次のケアの遅れとなるからである。
丁寧にしようとすると時間がかかる。
少しでも話を聞いてあげようとすると時間がかかる。
ヘルパーとしては苦しいところである。


多くの人から影響を受ける その17の5

出会いがあれば別れもある。
どの状況であれ関わる事で影響を受けるのだと思うのです。
これを書いていることで自分の頭の中を整理しています。
少しずつ思い出し忘れている事を思い出すのは懐かしい反面、
苦しいものもあります。つまりは、
思い出したくないものを思い出してしまった、ということ。
苦い思い出は楽しい思い出に引っ付いて出て来てしまうものです。
しかし、これらの行為でいったい自分は何がしたいのだろうか。
出会った人からの影響。
それを伝える。
それで何?と
いうことだろう。
出会って、そして
影響を受けている最中というのは
実際それが影響になっているかどうか、
その時点で分っているかどうかは不明です。
後になって、
ああ、あの時のことが影響しているんだ、と
感じるだけ。
何年も経ってから思い出すこともある。
だから当然記憶から呼び出すまで
知らないままかもしれない。
何か自分でキッカケをつくって
思い出さない限りその人を思い出さないかもしれない。
そして、忘れてしまっている、或いは、
無意識の内に閉じてしまっている記憶から呼び起こすことで
真摯に向き合いたい。
影響を受けていまどうなったか、
これからどうするつもりなのか、
自分の中で整理していきたい。
記憶は話すことで放たれる。
読んだり、聞いたりすることで、
相手に刺激が伝われば、
おそらく記憶されることだろう。
情報が伝わったことだ。
ある人の記憶が、名も無き人の記憶が、伝わる。
名前が無くても、その人の記憶は伝わる。
事実がお話となって、伝えたい人に伝わっていく。
些細な事でも記憶に残っているということは、
それは大切なことで、それが伝わった時、
おそらく何らかの刺激を受けたはずなのです。
ショッキングなことであるかもしれない。
感動的なことであるかもしれない。
何にせよ刺激があったわけです。
そうなるには相手が自分と同じような方向に
心が向いていないと刺激として伝わらないのではないか。
と、思うわけです。

さて、人生で一番影響を与えてくれた人物は、
私にはいます。

それは、わたしのパートナーです。
最愛の人です。
人生を変える大きな影響を与えてくれ、
そして、今も与え続けてくれています。





多くの人から影響を受ける その17の4

私が、比較的いろいろなことに挑戦できたのは、
まわりの人たちの支えがあってのことなんだと
今更ながら思えてきます。
大なり小なり経済的な支援はあったかと思います。
運が良かったんでしょうね。
当時はまだバブルが弾ける前で
それなりの上昇ムードがあったことは確かです。

人は多くの人から影響を受けます。
意識無意識に関係無く影響を受けているはずです。
良い影響、悪い影響、全てを受け入れ、
そして生きているのです。
出会いの記憶はどこまで遡れるのでしょうか。
幼稚園の頃か?それ以前か?
その頃の記憶は殆ど霧が掛かって曖昧でしかない。
何か大きな出来事が無ければ覚えてはいない。しかし、
その出来事であってもそれが幼稚園前後かもぼやけている。

今、この記事を読んでいる人、
私の個人情報を盗み見ているつもりかもしれませんが、
出来事の時間はバラバラに配置してます。話は事実ですが、
その内容の一部を別の話と入れ替えているものもあります。
出会った人物は特定できないようにしてありますが、
実在しています(いました)。ですので、
伝わるのは、個人の情報ではなく、
出会った人からの影響のみです。

それが伝わったなら、
この記事の目的は成功したことになります。








多くの人から影響を受ける その17の3

仕事をしていても計画性もなく
無意味に時間を費やしていただけでした。しかし、
東京での一年はいい刺激になりました。
学生では出会えないような方々と接することもできました。
たかが一年でしたが三人の上司と結果的に
かかわることができたのも良い体験でした。
1人は先にお話した元警察官の上司、
次の上司は頭の回転が速い人で
効率的なスケジュールの作り方など
仕事のコツを教えてくれました。しかし、
ある日、急に会社に来なくなりました。
先輩の社員がいろいろ探りをいれて分ったんですが、
担当した新規の案件をごっそり持ち逃げしたんです。
そんなことってあるのだろうかと
耳を疑いましたが事実なようです。その後、
上司になったのが在日中国の方です。
話好きで人好きでよく冗談をいいながら
一日中話しているような方でした。
仕事帰りに
私のアパートまで押しかけて話し込むほどでした。
仕事は面白かったですが、自分の中では焦りもありました。
自分には何も専門性が無い。
ビル管理にしても何にしても
皆なにかしら専門を持っていました。しかし、
自分には無い。しかし、
ビル管理とかには当時興味はありませんでした。
そんな時、地元で職業訓練として
情報処理を修得できる講座があることを知ります。
次のチャンスに掛けて地元に戻ることにしました。





2016年11月17日

多くの人から影響を受ける その17の2

警備会社の事務職であっても
年に一、二回警備に借り出されました。
一番多かったのがテレビ局です。
最初に社内で研修を受け制服を支給されますが、
私の背格好を見て「君はどう見ても警備員には見えん」と
はっきり言われましたが人員が足りないこともあり
出す側も出される側も仕方なしの出動となりました。

警備の詰め所はいつも騒然として
指揮する隊員の大きな声がよくきこえていました。
隊員も多くがバイトでしかも短期が多く
日雇いの隊員も多くいました。
そのためシフトの変更が頻繁に起きていました。
私が担当した場所はあまり重要ではない場所が多かったですが、
真冬の夜中の外での警備は大変でした。
室内の待機所は何箇所かありましたが休憩の時、
窓から深夜の街並が見えました。綺麗でした。
隊員詰め所は駐車場付近にある本部以外は
殆ど待機所付近で警備している隊員が
次の交代までの時間を潰す場所として使われました。
上階にある待機所での夜景は綺麗でした。
深夜の東京。
待機所では常に数名の隊員が待機していましたが
皆たまに挨拶や近況の報告をするくらいで
ほとんど話すことも無く静かでした。
もっともあまりさわいでよい場所でもなかったので
皆そうしていたと思います。
そのためか余計に深夜の静けさは深まります。
高層ビルの屋上には赤いランプが点滅してます。

俺は何でここでこんなことをしているのだろう。
皆は学生のアルバイトであったり、
警備の仕事一本でやっていこうとしている人もいます。
生きるためにできる事を精一杯でいる日雇いの者もいます。
自分は何なんだ。
本当は何がしたいの?
大学に行きたいと言ってもそんなに勉強しているわけでもなく、
かといって今の仕事に熱心でもない。
明確にこれだ、というものが無い。
働いているのは単にそれを紛らせているだけ。
決断を保留にして逃げているのか?
そう問われれば返す言葉は無いかもしれない。
何か打ち込めるものが欲しかった。
学問であれ何であれ。
夜景を見るとセンチメンタルになるなぁ。

話を戻して。
在職していた支店には部署が4つ分かれていました。
警備部、経理部、システム部、管財部。
私は管財部にいました。
警備部とは違い警備といっても小さなオフィスビルや
スーパーの駐車場が多く、ビルの管理などもしていました。
私はそこで勤務する隊員さんの
スケジュール管理などをしていました。
毎月契約先全てを順に訪問し
隊員さん達と直に話を聞き
不満や問題点が無いか聞いて廻りました。
一度調査という名目で
一晩現場の警備を見学させてもらいました。
定年を過ぎた年齢でも
生活のために働いている姿を直視しました。
戦後何もない状況で上京し
建築現場で働き続けてきたその隊員さんは
老いてもまだたくましく見えました。
華やかに見える東京も底辺では
このたくましい人たちに支えられていることをみました。

管財部ではビル清掃も請負っていました。
そのため、清掃要員として何人も人員を雇っていました。
そこの主任にあたる唯一の社員である方と
いっしょに講習をうけたことがありました。
プロとしての清掃要員を養成する研修です。
二日の研修です。清掃の七つ道具の説明や使い方、
洗剤の特徴や注意事項など専門的な内容から
プロらしく見せる仕草や立ち振る舞いにいたるまで
盛りだくさんでした。わたしは、
管財部本来の仕事があり、この講習はあくまで
社員として形式的に受けてきて下さい程度の位置付けでしたが、
主任はそれでやっていこうと決意されて
受けているので意気込みが違っていました。
ただただ圧倒され、私は場違いなところに来てしまったと
恥かしくなりました。
一生懸命研修を受けている姿を見て、
何事も真摯に取組んでいる人は後ろ姿は違うと
感じました。そんな人になりたいと思いました。
親父は清掃の仕事など3Kにあたる仕事を軽蔑していました。
落ちぶれた仕事だと。
いくら仕事が無いといっても清掃などの仕事だけはするな、
みたいな見方をする人です。
私は主任の姿を見て親父は誤解していると思いました。
政治家や官僚といった社会的に認められているような仕事の方が
汚いことが多いと思うのです。
清掃の仕事なんてそれに比べたら可愛いものです。
もっともそれを管理している親玉など権力者とつながっている人間は
あくどい人もいるけど。
何が言いたいのかというと、真摯で取組んでいれば
何をしても輝いて見える。
それを主任を見て感じたのです。



多くの人から影響を受ける その17の1

東京に本社がある警備会社で仕事をしたことがあります。
その時の話をします。
支社は東京支社をはじめ主要都市全国にある会社です。
そこの事務職として採用されました。何故、東京で就職か?
目的は東京での生活だったと思うのです。
東京での独り暮らしをしたくて、
そして就職を決意し上京しました。
二十歳の春のことでした。
新宿のハローワークでこの警備会社をみつけ
面接に行き採用されました。
別に警備会社が、っということで決めたわけではなく
はっきり言ってどこでも良かった訳です。
ここの警備会社の面接の前に
一つ別の会社の事務の面接も受けましたが、
そこはどうもパートタイムの人員が
本当は欲しかったようなので落とされました。
事務は圧倒的に女性が有利な職種ですが
何とか就職できました。
この警備会社の面接担当、
といっても後でわかるのですが
その部署の部長さんと課長さんでした。
その部長さんが私がまだ二十歳だということと
田舎から東京に出てきたという意気込みを
かってくれて即採用していただきました。

私は、今、
なぜこんな事をあえてブログで書いているんだろうか?
自己満足?そうかも知れない。
なんでだろう。私は、よく転職してきた。
その度に履歴書を書いていた。
書くたびにあの時何していたんだろう?
そんなことを思い出しながら書いていた。つまり、
転職が多い人は必然的に
過去を振り返る機会が多くなるということなのだろうか。
何度か振るかえるとその度に記憶が更新される。
フィルターに掛けられ武勇伝の様に
格好良く色付けされて美化される。
しかし、先日、人材派遣会社に
そこの会社の管理スタッフの人員募集があって
面接に行ってきたら鼻で笑われた。
転々と仕事を替えしかも職のレベルを落としている。
最後には3Kの仕事に落ちぶれるわけだ、と。
確かに転職しても上場企業に就職しているわけではない、
しかし、それって中小企業をバカにしてない?
給料だって決して下がっているわけではないのに、
そこの社長にはそんな風に映るわけですね。
企業というか社会全体ここ10〜20年で様相が変わりましたね。
しかし、今が自分にとってチャンスと感じられれば
社会がどうであろうと「そんなの関係ない!」ってわけですね。
私はそう思います。
人は書くことで気持ちが楽になることがあります。
何かモヤモヤしたものを吐き出すというか。
何で書いているか?多分、吐き出しているんだね。

さて、話戻します。
そこの事務職は主に警備員の勤務管理や
ビル管理全般の仕事を請負っていました。
上司には警察官のOBや大手企業のOBが
多く在籍していて時折当時の仕事について話してくれました。
テレビの刑事番組でどれが実際のものに近いかとか。
警備員は若い人が多いです。
体育会系の大学生のアルバイトから
元自衛隊員まで背景は多彩です。また、
大手企業を退職された方もいました。
私の上司は元警察官でした。65歳ぐらいでしたが
長身でカッコいい感じでさすが元警官っていう感じの方でした。
仕事で外出した時などは
よく喫茶店で休憩がてら昔の話しを聞かせてくれました。
私の悩み事などにも面倒くさがらずに気が済むまで
じっくり聞いてくれました。
仕事柄そうした聞き役にも長けていた方だったと思います。
同じ会社に気になる人がいて話かけるもうまくいかずに
悩んでいたときもよくその上司に話しました。
上京して誰も知り合いもいず話す相手もいない私に
仕事が終わった後喫茶店でよく話しを聞いてくれました。

月給を貰って仕事をするのはここが初めてでした。
だから全てが新鮮でしたし、いろいろな失敗もしました。
それら全て今となってはいい思い出です。
東京には本社と支社があります。
私は支社での勤務でしたが月に何度か
本社に直行する機会があります。
最初の頃は真面目に仕事が終わると
その足で即支社に戻っていましたが、
段々とずるくなって途中で一服したり
買物などしちゃったりして支社の帰社が
大幅に遅れることもありましたが殆どばれませんでした。
ところがある日、ばれたのです。
たまたまその日
私に用事があった支社のスタッフが
私がまだ帰社していないことを知り
遅れて帰社した私を問質しました。
なんかしょうも無い事をいっぱいしてます。
しかし私の上司である課長さんは定年後の第二就職です。
御気楽に仕事をしている雰囲気を醸し出しています。
だから、外出してもゆっくりと帰社します。
一緒にお供すると楽しいです。
ルーティンの仕事ですから、忙しい日は大体決まっています。
それ以外は実にマッタリした職場です。

でも、このぬるま湯に良すぎると
そのまま煮え蛙になると思い
結局一年勤めて辞めることになります。



多くの人から影響を受ける その16の4

通常私の勤務は準夜勤であるが、土曜日だけ早番勤務である。
この早番勤務で唯一楽しみと感じるのはやはり外出の移動支援であろう。
障害者のケアも受けているかつて私がいた事業所では外出の支援はよくある。
特に土曜日の昼間でのケアはその頻度が高い。
私の担当する利用者もよく外出する。
担当利用者の中にアイドル好きの利用者Fさんがいた。
コンサートや握手会に頻繁に行かれた。
バスや地下鉄を乗り継ぎよく会場までお供した。
外出は私も好きだ。
しかし、準備や道中の介助は結構気を使う。
車椅子を押して街に出る。
私は健常者であるが、利用者を乗せて車椅子を押していると
障害者の側の視点も少しは感じられる様になる。
おこがましいかもしれなが、私はそう感じる。
車椅子を押していて感じることが多多ある。
まだまだ道路状態が不十分であることなど。
また、赤ちゃん連れのママさんが
ベビーカーを押して電車やバスに乗っているが、
その面倒さも理解できた。
ただ、それに関しては面白い発見もあった。
押していて感じるのは、とにかく通常よりも体力がいることである。
そりゃそうだ。普通に手ぶらで散歩しているのと訳が違う。
しかも人を乗せているので安全面を確保しないといけない。
更に、ベビーカーと異なるのは、
乗物の昇降の際、必ずスロープを出してもらわないといけないことだ。
バスの運ちゃんも大変である。
特に商業地域、繁華街のど真ん中で
バスに乗るときなんかは一苦労なのです。
大抵10数人バス停で待っているその最後尾に控えている。
運ちゃんはサイドミラーで我々の存在を確認すると
急いで降りてきてスロープを出す。
車内に入ると今度は
車椅子専用座席に座っている乗客を退けさせ
座席を折りたたみベルトで車椅子を固定する。
その間数分であるが手際良くしてくれる。
運ちゃんに降りるバス停を告げる。
皆なにも言わないが車椅子には配慮をしているようだ。
電車の場合は駅改札横の駅員詰め所にいる駅員に声をかけ
一緒にホームまできてもらってスロープをつけてもらう。
道路でも、商店街の通路でも、そしてこの電車やバスの車内でも、
時折ベビーカーVS車椅子に遭遇する。
ベビーカーを押すママさんは大変だということは
車椅子を押していても理解できる。
通路を通る場合、乗客が道を塞いでいる場合なんか、
ちょっとどいてくれないかなぁ。
ちょっと通して!っていう気持ちになる。
こっちはさぁ、手ぶらじゃぁないんだから、
ちったぁ配慮してよ!そういう気持ち。
それは分る。車椅子を押していても正にそう感じる。
ただ、そこでベビーカーと車椅子が遭遇するとどうなるか?
ベビーカー、どくんですねぇ。面白い事に。
何か暗黙の了解みたいな感じでか、もしかして、
あっ私たちよりたいへんな人が来た、とか、
私たちより弱者だからこちらが道をあけにゃきゃ、
っていう気持ちが働くんだろうか。
それとも、こっちはこっちで長い時間車椅子押して疲れているから
ちょっと通してという態度を見せてしまっていかもしれなけど、
全ての人ママさんであろがヤンキー風の若者であろうが
強面のおっちゃんであろうが通してくれる。ありがたい。
それにある意味興味深い。
更に車椅子だと徳をすることがもう一つある。
といってもこの利用者Fさんのように
アイドルファンに限ったことかもしれないが、
アイドルの握手会があると通常は長蛇の列であるが、
障害者は別枠レーンが用意されていてVIP扱い。
瞬く間にアイドルに会えて握手ができてしまう。
押しているヘルパーとしてもなんかVIP扱いの御裾分けを
受けた気分で気持ちいい。
Fさんはおおらかな人なのでアバウトな私にとって相性がいい。
これが細かい性格だとすごく神経を使いへとへとになる。
ただFさんも障害者であることには変わりは無い。
何かふとしたことで急にパニックになって暴れ出すこともある。
やはり細やかな配慮は必要である。




2016年11月16日

多くの人から影響を受ける その16の3

ようやく、到着。時間ぎりぎり。
利用者宅訪問。裏口から入室。
居間で寝転がってテレビを見ている姑に挨拶して奥の部屋に。
手術の後遺症で脳に障害を持つ女性。
年齢は私とほぼ同じ。
プライベートな箇所の洗浄とオムツ交換である。
私は、このケアをする度になんともやるせない気持ちになる。
様々な感情や想いが頭を駆け巡る。
ヘルパーは機械では無い、人間である。
仕事とはいえ様々な感情が沸き起こるのは当然だし、
ヘルパーであっても仕事であっても
男性であることには変わりは無い。
自分の妻が同じような事になった時、
手放しで任せる事ができるか自信が無い。
はっきり言って、ヘルパーは全てが純真ではない。
ピンからキリまで多様であり
それを見分けるのは不可能である。
真面目そうに見えても精神が全く真逆の者もいる。
それがどんな状況で顔をみせるのか誰にも分らない。
多くのヘルパーは社会に貢献している。
真摯でしっかりとした人が多い。
それは私も体験している。しかし、
感情の変化は誰にでもある。
純真であればあるほど感情も多感である。
利用する人はヘルパーである以前に1人の人間である、
ということを忘れずに接して欲しいと思う。
さて、私が何時食事をするか?という事であるが、
私のポリシーとしてシフト中は基本的に食事は摂らない。
もちろん水分補給はするが、それだけである。
アメをなめたりするが食事はしない。
他のヘルパーは途中しっかり食事をとる人もいる。
大半がそうであると思うが、
個人的にはシフトが終わるまで食事はしない。
もっとも気を張っているかもしれないが空腹感はそれほどない。
だからシフトが終わってほっとすると急に何か食べたくなり
事務所に戻る前にコンビニによってパンなどを買って食べる。
ようやく今日の仕事が終わり、事務所に戻る。
日がすでに傾いている。出勤時と同じ風景みたい。
日の位置は逆だけど。
事務所に戻ると夜間部隊のヘルパーが申し送りをしている。
私も合流して本日の報告を行なう。
事務作業を終え、帰路につく。
週末は買物をしたり外食をする人で通りは込み合っている。
早朝と異なり、倍の時間をかけて帰宅。





多くの人から影響を受ける その16の2

部屋を出ると、今度は急いで車に戻り、30分移動で次の利用者宅へ。
老夫婦宅の姑の起床介助である。
時間ぴったしで呼鈴を鳴らし入室。
カーテンを開け「おはようございます」と声掛けで起きていただき、
清拭、着替えをし、車椅子に移乗。
ご本人がゆっくりと車椅子をこいで洗面台へ向かう。
その間にポータブルトイレを掃除しベットメイキング。
伝票に記入し退室。その間30分。
そして30分移動で次の利用者宅へ。
オムツ交換。
その時間たまたま排便無ければ清拭等で済むので
余裕をもって接することができるし
付き添いの奥さんから旦那さんであるご利用者の様子も
ゆっくり伺うことができるが
排便があると持ち時間30分目いっぱい使うことになる。
同じ姿勢でいるため身体が硬くなり衣服の着脱が困難なため
思いの他時間を取られるのである。
奥さんはよく喋る方だが、介護で疲れきっているせいか
台所はゴミ屋敷状態。洗濯機付近は洗濯物が山積みされている。

そこが終わると次は60分移動で今度は視覚障害者の移動支援である。
通院の場合もあれば、買物もある。
よく話す方である。
記憶力も大変よくヘルパーの名前や趣味など一度で覚え驚かされる。
向学心旺盛で図書館にも良くいかれるようで
聴いた内容を細かく説明してくれる。
買物は移動時間も含め3〜4時間。
外に出て体を動かせることはヘルパーにとってありがたく、
利用者と話せる時間がたくさんあることは楽しいが、
長時間はそれなりに疲労もあります。電車の待ち時間、
ベンチで並んで座っていると強烈な睡魔が襲ってくる。
意外と疲れているな、とその時感じる。
そのケアが終わるとまた60分移動で次の利用者宅へ。
オムツ交換パート2。今度は排便がある。
とても柔らかいものだ。
オムツ全体に便が行渡りプライベートなパーツや、
その部分に生えている毛まで浸っている。
寒いからといって窓も開けられない。
しかも足元にはヒーターがあり熱気が込み上げてくる。
プライベートパーツ洗浄。
トイレットペーパーや濡れタオルを併用し綺麗に拭取り、
新しいオムツに交換。汚物をまとめ外のポリバケツに捨てる。
後片付けをして伝票記入。30分ぎりぎり。
外に出ても臭いの余韻は残る。次の利用者宅も30分移動。

安否確認。
だが、この時間外出している可能性もある。
多少歩けるが1人で遠出はできないはずだが
訪問しても留守の時がある。
本人は携帯を持っているので電話をかけ様子を伺う。
一人暮らしの高齢者を狙って訪問販売とか変な宗教の勧誘があとをたたない。
その人もその弱者の1人。
今日は自宅にいたようだ。呼鈴を数回鳴らし、ようやく反応あり。
日々の服薬の確認。
製薬会社のカモにされているってわかっていても
ヘルパーが手出しできるわけでもない。
この件に関してはほぼ無力。
利用者と話をし部屋の片付けを手伝い「じゃあ、また来ます」と声掛けし退室。
30分移動で次の利用者へ。
この移動時間はかなりきつい。
正直にいって違反ぎりぎりのスピード、もしくは、
大きな声でいう事はできないがかなりオーバーして移動せざるを得ない。
契約は契約。時間はお互い厳守は当然である。




多くの人から影響を受ける その16の1

何をしていても、ふっと、その時の記憶が蘇る。
そんなことってないですか?
あの日あの時の事を私は忘れない。と言っても、
記憶は曖昧になり内容は不確かになる。しかし、
体験し、感じたことは忘れないと思う。
出会った人、そこで感じた事。
それは今後の私の行動に僅かながら影響を与え
それが人生に影響を与えるかもしれない。
そんな記憶の一粒。


金曜日23時。
そろそろ床に着かないと翌朝の勤務にこたえることがわかっている
にもかかわらず、だだボーっとテレビ画面を眺めている。
この時間だというのに、テレビ局では、興味深い
私のお気に入りの哲学の臭いプンプンの番組が始まっている。
眠らなければならない、けれど眠りたくない相反する心理状態の中で、
それはたぶん
本当は明日の勤務はお休みしたい衝動に駆られた反応に違いない
と確信しながらダラダラと成り行き任せで、
といった態度で見ているのだが、
実際のところその一時だけ現実逃避しているだけかもしれない
と思いながら最後の救いを哲学に求める
すがる様な気持ちも含みながら
その放送されている番組の内容を理解しようとしている。
そして、その番組も終わり、カウントダウンしながら翌日に入った。
「仕方ない」あきらめ気分で床に入る。
でも、すぐに眠れない。眠ろうと思えば思うほど寝れない。
そして翌朝は3時半起床。ボーっとした状態で身支度を済ませ、
4時に家を出る。空は薄暗く、星も見える。
吐く息で目が潤む。ゆっくりと境界の空気を感じる。
車道に出る。一台の車が通り過ぎる。
「ああ、あなたも私と同じ。今から出勤ですね。」
ウインカーを出し私も合流する。
302号線を私のペースで走る。
今の時間私専用車線。
なんてね。
信号に引っ掛かる度に一台一台と車が増えていく。
車体が紫色からオレンジ色に変わっていく。
ラジオから流れる深夜番組が早朝の番組に変わる。
5時15分、会社着。
仕事着に着替え5時30分社用車で最初の利用者宅に向かう。
市内の街並は閑散としている。
コンビニに向かうトラック、
行楽に向かう若者達がコンビニでたむろしている。
歩道に目を向ける。
ジョギングをしている人、
散歩している人、
ただ何もせずに突っ立っている人。
土曜の朝の風景。

そして利用者の住む市営住宅に到着。
ケア時間まであと15分ある。
エンジンを止め、スマホのタイマーをセットし、
ゆっくりと目を閉じる。キーっんと、耳鳴りがする。
しばらくして静寂。寒さの為なのか、睡魔が襲っているのか、
目がシバシバする。
スマホのタイマーが鳴る。
おもむろに駐車許可書をかばんから出しフロントグラスの前に置く。
車を降り、利用者の部屋に向かう。
建物の反対側に回り、入り口の昇降機のボタンを押す。
上階から昇降機が降りてきてゆっくりと扉が開くとともに
深夜の冷たい金属の匂いが流れ出てくる。
よろめきながら中に入りボタンを押す。
1階1階とゆっくりを昇っていく。
4階で扉が開く。
一歩踏み出すと正面に位置する部屋の換気扇から噴出す朝食の匂いに
ムッとする。
右に曲がり奥へと進む。
煙草の匂い、石鹸の香り。利用者の部屋の前に来る。
ポケットから合鍵を取り出しドアを開け中にはいる。
小声で一言「おはようございます」。
そして奥の部屋に向かう。利用者はまだ眠っている。
少し近寄ってもう一度「おはようございます」。
傍らにいた猫があくびをする。
ゆっくりと目を開ける利用者に再度「おはようございます」。
まずは蒲団の中で股に挟んである尿器の尿破棄、
それから利用者に今日着るものを伺い着替えをしていただき、
そしてベッドから車椅子への移乗。
キッチンに移動し朝食がとれるように配置する。
後は自分で食事が出来るように配置するわけである。
「あとは自分でやるよ。ご苦労さん」と言われたら
伝票に必要事項を記入して退室。その間30分である




多くの人から影響を受ける その15

「介護」をキーワードで検索してここにたどり着いた方は
ある意味ラッキーかもしれません。
このブログではもちろん介護や福祉を専門に語る場ではありません。
主にアートをキーワードとして
その想いを個人的に極めて個人的視点で独自に語っているブログです。
ただ私はアートは人生であり存在する全てのキーワードは
それを構成する一部であると考えている以上介護というキーワードも
勿論アートであるし人生の一部であるとも捉えれるわけで
そういった意味では多少なりとも関連があるかと思います。
介護や福祉にどっぷり浸かっている人には
一時立ち止まって足元をみる良い機会にもなるかと思います。
生活におわれていると
仕事に追われていると
立ち止まって物事をじっくりと思考する時間がなくなります。
なくなるというよりその存在すら気がつかなくなってしますのです。
これは1%の権力者がそう仕向けている常套手段なのです。
それに気が付かずにまんまと彼らの罠にかかっているのです。
多くの人は罠にかかっている事すら知らず、
給料を受け取った時点で思考はすでに他に移っているのです。
ギャンブル、スポーツ、娯楽。
大事な事から視線をそらす誘惑が巷に溢れ
メディアがそれをあおり立て
私達は無知の井戸になげこまれる。
クイズ番組で自分は物知りだと安心し
世の中のことが分ったような気分になっている。
答えがわかっている問題なら分る。
辞書的な訓練に終止しているようです。
そこには思っていること
考えていること
感じていることは度外視されている。
そこには哲学的思考を育む要素は無い。
沈黙や立ち止まって考えることの多い問題は
メディアには不向きである。
私は、哲学者でも学者でも何でもない。
アートをライフワークにしている1人の人間に過ぎない。
なのでここでは学問的な解説とかの情報は無い。
全て私の経験から感じた事、考えた事、
個人的アートの想いを語っています。
介護に限らず、キーワードに関して極端な情報が氾濫して
どれを信じたらよいか判断できないと思います。
介護にしても、事件事故などの極端なマイナスのイメージもあれば、
素晴らしい理想的な例もあり、
いったい実情はどんなんだと?といった思いがあることでしょう。
実際、その仕事に就いていないと決して見えるものでは無い介護の世界。
実際に自分がヘルパーとして働いてみないと見えない実情。
見学に行っても決して本音を見せてくれません。
利用者になっても利用者の家族であってもその実情は見えません。
そしてヘルパーが実際どんな思いで仕事をしているかも。
身内の介護を経験したそれだけでは見えてこない本音。
時にはそんなことを話したくもなります。
多くのことを与えられ多くのことを考えさせられます。
知らない人には、少しでも知ってほしいと思います。
それでないと誤解が生まれヘルパーの抱えている問題が見えないからです。
多くの家庭では、大なり小なり将来関わってくる問題なのです。
ですから実情を知ることは大変重要なことだと思います。
知ることそして考えることで
世の中が少しでも良くなっていけば良いと思っています。