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2020年08月06日
悪魔の聖書(八月三日)
イジー・ストラフの傑作連作ドラマ「悪魔の罠」において重要な役割を果たした、この本の正式名称は「コデックス・ギガス」というらしいが、ドラマの中でもようだったように、一般にはキリスト教の信者には受け入れられなさそうな「悪魔の聖書」という名前で呼ばれている。本とは言っても、出版されたものではなく、13世紀に手書きで書かれたものである。
世界最大の手書きの本だとされるこの本は、持ち運びどころか。ページをめくるのも一人では大変そうなサイズで、羊皮紙に書かれている。パルドゥビツェの南にあるフルディムの近くのポドラジツェにあった修道院で作成されたと言われ、チェコの文化財と言ってもいいようなものなのだが、残念ながらチェコはなく、スウェーデンのストックホルムにある。三十年戦争中にチェコ各地で略奪を働いたスウェーデン軍が戦果の一つとして持ち帰り、二度と返還されなかった。チェコが三十年戦争で失ったものは多いが、この本もその最も重要な一つである。
俗称に「悪魔の」という名前がつけられているのは、本の中に悪魔の姿が描かれているからであり、執筆当時の人々の持っていた悪魔に対するイメージを知ることができる。顔は緑色で開いた口の両端からそれぞれ赤色の舌のようなものが伸びている。髪の毛は黒くパンチパーマのようで二本の赤い角が生えている。手足の指は四本ずつで先端にはとがった赤色のつめが付いている。これが当時のチェコの修道院の人々が考えた悪魔の像だと考えていいのだろう。
内容は、聖書とは言っても聖書だけでなく、医学的な教訓や、悪魔祓いの方法、歴史の研究など当時の知識を集成したもので、一種の百科事典のようなものとされる。ポドラジツェの修道士たちが総力を挙げて、書き上げたものだと考えたくなるのだが、伝説によると、一人の修道士が、しかも一夜の間に書き上げたのだという。
1212年にプシェミスル・オタカル1世のスイスのバーゼル訪問に同行した修道士が、当地で知り合った人物に悪魔崇拝について教えられた。チェコに帰国したあと修道院長に悪魔崇拝について学んだことを知られ、生きたまま壁に塗りこめられる刑に処されるところだった。それを避けるために、修道士は一夜のうちに世界のすべての知を収めた本を書き上げることを約束した。
しかし、すでに真夜中の時点で朝までに書き上げられないことが明らかになり、絶望した修道士は自らの魂を悪魔に売りつけた。そして、修道士の代わりに悪魔が書き上げたのがこの大部の本だと言うのである。ということは「悪魔の聖書」というのは、単に「悪魔が描かれた聖書」というだけではなく、「悪魔によって書かれた聖書」という意味も持つようである。
最も信仰に厚いはずの修道院の修道士の中から、悪魔崇拝に傾倒するものが出て、秘密結社が結成されたなんて話はよく聞くから、「悪魔の聖書」に関する伝説にもその事実が反映されているのかもしれない。異教徒を悪魔の手先と断じて迫害し人間扱いしなかったキリスト教の信仰の中から悪魔崇拝が生まれてくるのは皮肉である。
だから異教ではなく、キリスト教こそが悪魔の宗教だなどと短絡する気はないが、共産主義や環境教も含めて熱心な信者になることは、悪魔に魂を売るに等しいと断じておく。自らの正しさを疑うことを知らないあの思考停止ぶりは悪魔のせいだというにふさわしい。
2020年8月3日22時。
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