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2020年11月20日

kyanid2〈私的チェコ語辞典〉(十一月十七日)



 推理小説で青酸カリが登場する際につきものだったのが、アーモンド臭という奴である。初めて青酸カリの登場する小説を読んだときには、アーモンドなんてよく知らなかったこともあって、妙に感動したのを覚えているのだが、濫読しているうちに青酸カリ=アーモンド臭というのにまたかよという飽きみたいな感情を抱くようになった。だから誰かの小説で、別の言葉で青酸カリのにおいを説明しているのを読んだときにはうれしくなったのだが、誰のどの作品だったか思い出せない。
 青酸は青酸でも、カリではなくて、青酸ガスというのもあった。明確に覚えているのは『マスター・キートン』で使われていたやつなのだけど、桃の香りと言っていたような気がする。固体である青酸カリと気体である青酸ガスでは臭いが違うのかなと思った。熟する前の果物の種には青酸が含まれているなんて話もあるから、アーモンドといい桃といい、青酸が多少は含まれているのかもしれない。

 推理小説読者にとってもう一つ重要だったのは、青酸カリの入手方法である。この手の猛毒が、流石に簡単に手に入るわけはないのだけど、小説では意外なところで手に入るようなことが書かれていた。覚えているのは森雅裕の『椿姫を見ませんか』で、イタリアの果樹農園では殺虫剤がわりに青酸カリを使うと書かれていたのと、東野圭吾の『放課後』で写真の現像か何かで使うのでカメラ屋に置かれていると書かれていたことである。
 実は、工業の現場ではいろいろな用途に使われていることを後に知るのだけど、それは青酸カリだけではなく、他の青酸化合物についても言えることだった。日本人はどうしても青酸と名のつく毒物というと青酸カリを思い浮かべてしまうわけだけれどもさ。

 そんな青酸化合物が、カリかどうかは知らないけれども、チェコでもあちこちの工場で利用されていることを反映するような事件、事故が最近起こった。始まりは9月か10月のことだったと思うのだが、モラバ川の支流であるベチバ川で、魚が大量に死ぬという事件が起こった。死んだ魚が川を流れていたのだが、放置すると川の汚染につながるので、関係者だけでなくボランティアも導入して回収作業が行われていた。
 同時に、原因の調査も行われ、「kyanid」が大量死の原因だということと、その「kyanid」がベチバ川上流のある排水口から川に流入したことが判明した。その排水口は、川からかなり離れたところにある工業団地にある工場の排出する水を集めてベチバ川に送っているという。もちろん、各工場では廃水の浄化を行ってから排出しているので、本来であれば有害物質は川に流れ込まないことになっている。

 この時点では、青酸化合物を誤って川に流してしまった企業はすぐに判明するものと思っていたのだが、あれから一ヶ月以上、責任を負うべき企業、工場は特定されていない。一つには、青酸化合物を使用している企業、工場が一つだけではないからのようだ。そのうちどの工場から流出したのかを確認するのに、排水口につながる水路が長大なために苦労しているようだ。
 もう一つ、考えられているのは、実はバビシュ首相のアグロフェルト社傘下の企業の工場から流出したものだけれども、政治的な理由で原因不明になっているのではないかということである。問題となっている排水口につながる工業団地にアグロフェルト傘下の企業の工場があるのは確かなようだが、その工場で青酸化合物を使用しているのかどうかは、現時点では情報が出ていない(と思う)。

 チェコではこの手の化学物質の流出によって環境に被害が出たり、周囲に住む人々の生活に影響を与えたりする事故が、しばしば起こっている。原因となった企業を突き止める以上に、大事なのは再発を防止することなのだろうけど、緊急事態宣言下では対応が難しいのか、二度目の大量死事件が発生している。恐らく同じ工場からの流出だろうけれども、明確な証拠を突きつけられない限り、罪を認めたりはしないよなあ。チェコだからというよりは、それが企業というものである。
2020年11月17日24時。










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