2020年11月19日
kyanid1〈私的チェコ語辞典〉(十一月十六日)
以前、通訳のアルバイトをしていたときに、中学高校の理科の知識が非常に役に立った。仕事をしていた工場では化学薬品を使っており、使用する際にはあれこれ化学的手続きが必要だった。そのチェコ語のマニュアルを日本語に訳したのだが、それまでのチェコ語の勉強では見たことも聞いたこともないような言葉にあふれていたのである。
当然、軽く目を通したときにはお手上げだと思ったのだが、翻訳に取り掛かって「kyselina octová」という言葉に気づいた。「kyselina」は酸で、「octová」は「ocet(酢)」から出来た形容詞だから、酢酸だと思わず叫びそうになってしまった。その文章では、ここの言葉の意味ははっきりわからなかったが。他にもフェノールフタレインだったか、pH測定するのに理科の実験で使った物質も登場して、ああこれは中和滴定をやっているということが理解できた。
以後、「kyselina sírová」は、「síra」が硫黄のことだから、硫酸だとか、「kyselina citronová」は、「citron」はレモンだけどクエン酸かなとか、「kyselina mléčná」は、「mléko」が牛乳だから乳酸で、「kyselina listová」は、「list」は葉だから葉酸だろうとか、「kyselina mravenčí」は、「mravenec」から蟻酸だろうなとど、それぞれの酸がどんな酸なのかも知らないけど、言葉の上では推測がつけられるようになった。酸の名前の場合には形容詞が後に来るのにも慣れていった。
そもそも「kyselina」という言葉自体が、酸っぱいと言う意味の形容詞「kyselý」、もしくは酸素を意味する「kyslík」から作られた言葉だと考えたら、日本語と似ている。いや、この手の化学用語は、チェコ語でも日本語でも、外国から入ってきた概念を既存の言葉を使って無理やり翻訳したものだろうから、似ているのが当然なのだろう。だから、ある程度ルールを理解すると、応用がきくのである。
元素記号表も、完璧に覚えているわけではないけど、結構助けられた。初めてチェコ語で「fosfor」という言葉を聞いたときには、何のことやらさっぱりで、どんなものか言葉で説明されてもよくわからなかったのだが、元素記号でいうと「P」だと教えられて、リンを指す言葉だと理解した。元素記号がPになっていると言うことは、ラテン語では「ph」で始まっていて、それをチェコ語に転記する際に「f」を使ったということかなんて推測までしてしまう。もちろん、この場合は相手が元素記号を知っていたという幸運も大きいのだけどさ。
さて、ここからが本題である。中高の理科だけでなく、推理小説もチェコ語の理解に役に立つ。いや、一度だけ役に立った。昔まだチェコ語の勉強をしていたころ、製品に「kyanid」を入れてばら撒くと食品会社が脅迫された事件があった。今考えれば日本のグリコ・森永事件のようなものなのだが、最初に聞いたときには「kyanid」がわからなくてへえとしか思わなかった。
次の授業で師匠に質問したら、いろいろ説明してくれたのだけど、決め手になったのは確か殺人に使われることがあるという説明だった。推理小説の読者として殺人に使う物質と聞いて真っ先に思い浮かべるべきは青酸カリ以外には存在しない。青酸のことをシアン化合物なんて言い方もすることを考えると、日本語でカタカナで書かれる「シアン」が、チェコでは「kyanid」として受け入れられたのだと言えそうだ。推理小説で殺人に使われる毒物は他にもあるけれども、「kyanid」が青酸化合物であることは確実である。
確か、青酸カリに当たる言葉も、登場して。「kyanid draselní」となっていた。「draselní」は、「draslík」からできた言葉だというので、カリウムまで覚えられてしまった。ということは、チェコ語では、一般的に青酸化合物を「kyanid」と呼び、後に形容詞をつけて具体的な物質を示すということになるのか。青酸化合物はほとんど猛毒らしいから、「kyanid」だけで毒物だということがわかるのだろう。
長くなったので以下次号。
2020年11月17日13時。
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/10348518
この記事へのトラックバック