2016年06月02日
オロモウツの伝説(五月卅日)
オロモウツのドルニー広場とホルニー広場は、日本語に訳すと、「下広場」「上広場」とすることができる。この上下関係は、土地の高低を表しているわけではない。二つの広場の接している部分から少しドルニーに入ったあたりが一番高く、どちらの広場もそこから離れるにつれてだんだん低くなっていくから、どちらが高い、どちらが低いとは言いにくい。最高地点も最低地点もドルニーにあるような気がする。
実は、建物の重要さ、それから住民の身分の高低で、ホルニーとドルニーの名前がついたといわれている。ホルニーには、市庁舎があり、劇場があり、そして世界遺産にもなってしまった聖三位一体の碑があることを考えると納得できなくもない。かつてはトラムもホルニー広場を通っていたというし。
師匠の話によると、ドルニー広場のほうには、どうも売春宿まで置かれていたらしい。ドルニー広場にある聖母マリアとイエスの母子像に関して、こんな話がある。普通、この手の聖母マリアが幼いイエスを抱きかかえている像の場合、マリアが幼子の顔を見ているらしいのだが、オロモウツの像はそのようになっていない。これは、像を設置する際に、聖母マリアの顔をイエスのほうに向けると、その視線の先に、売春宿が入ってくることに気づいて、こんなものをマリア様の目に入れてはいけないと考えた人たちが、顔の向きを変えることにしたのだという。師匠の話なので、どこまで本当なのかはわからないんだけどね。
母子像が乗っている柱の下の基礎の部分には大きな横穴が開いている。今の時期、五月から六月にかけての時期になると、夜暗くなってからこの穴を潜り抜けようとする若い人に気づくことがある。この若者たちは、オロモウツにあるパラツキー大学の学生で、試験の前日にこの穴を潜り抜けると試験に合格するというジンクスがあるらしい。一説によれば、潜り抜けるだけでは足りずに、一晩その穴の中で過ごさなければならないとも言うのだが、溺れる者は藁をもつかむというところか。
パラツキー大学で日本語を勉強し優秀な成績で卒業した我が畏友は、そんな無駄なことをする時間があれば、勉強したほうがましだろうにと鼻で笑っていた。そして、試験の前夜なんて、いまさま勉強してもしょうがないんだから、ビール一杯ひっかけてとっとと寝ちまうのが一番だということで意見が合ってしまうのは、我々だけだろうか。
さて、マリア様がイエスのほうを見ていた場合の視線の先に入って来る建物に二つ三つあたりを付けると、そのうちの一つに、壁から馬の上半身が突き出たようになっている建物がある。オロモウツに伝わる伝説によれば、この馬は人間が造った像なんかではなく、もともとは生きていた馬なのだそうだ。
その伝説によれば、昔この建物に飲み屋兼宿屋が入っていて、そこで働いていた娘が、客の一人に一目ぼれしてしまった。振り向いてもらうために魔女のところに行って惚れ薬を買って来る。あとは大体想像できると思うが、惚れ薬を入れた水を間違えて馬が飲んでしまう。馬は惚れた娘を追いかけ、娘は逃げる。建物の上に逃げても、馬がついてくるので、絶望のあまり飛び降りてしまう。馬も後を追って飛び降りようとしたのだが、途中で引っかかって、前半分だけが壁から突き出したような状態になってしまったのだという。
それから、オロモウツで最も重要な教会である聖バーツラフ教会では、本来正午に鳴らすはずの鐘を、一時間前の十一時に鳴らす。この習慣は、三十年戦争のときに、スウェーデン軍にオロモウツの街が包囲されていたときにさかのぼるらしい。
包囲攻撃が長く続いて、いつまでたってもオロモウツが落ちないのに業を煮やしたスウェーデン軍の指揮官が、ある日、次の日の正午までに落とすことができなかったら、包囲を解いて別の街に向かうことを決めた。それをオロモウツ側のスパイが聞いていてというのが何だか怪しいのだけれども、とにかく翌日は、これが最後と決めたスウェーデン軍の猛攻にオロモウツ側は、それまで以上に大苦戦し、落城も近いかと思われたときに、バーツラフ教会の鐘が正午を告げて鳴り始めた。それを聞いたスウェーデン軍は戦闘を停止し、包囲を解いてオロモウツの周囲から姿を消した。十一時に鳴らされた鐘によって街が救われたことを記念して、それ以来、バーツラフ教会の正午の鐘は十一時に鳴らされるようになったのだという。
この話をオロモウツで聞いたときには、歴史の教科書でしか知らなかった三十年戦争におけるスウェーデン軍の活動が、実感を持って理解できたような気がして感動を覚えたのだが、その後、ブルノに出かけたときにも、ブルノの教会で十一時に正午の鐘を鳴らす理由として、ほとんど同じ話を聞かされて、感動して損したという気分を禁じえなかった。
伝説はしょせん伝説で、どこまでが歴史的な事実なのかは、歴史書で確認する必要があるということなのだろう。オロモウツがスウェーデン軍に攻撃されたというのぐらいは、歴史的な事実であってほしいと思う。
5月31日18時30分。
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