2016年03月07日
納骨を前に、寂しい感情と安心が入り混じる
納骨を来週に控えて
ここまでの道のりは長かった。
母が他界したその瞬間から・・・
いや、母の命のカウントダウンが始まった時から、
それらの準備は始まっていた。
思えば2015年の夏、母と話合った”終活”は、
お墓のこと、葬儀のことなどについて、
事細かとまでは行かないまでも、大まかなことを
あらかじめ決めておくことが出来た。
他界直後、すぐにバタバタ劇は開始し、
そのバタバタ劇は、先月の49日の法要を経て、
来週の納骨の儀が終了すれば、色々な意味で
落ち着くことが出来そうです。
49日の法要と納骨は同時に行うべきだと思っていたのですが、
それは私の偏った考えであることに気が付いた。
お彼岸前に間に合えば良いのですよ、というアドバイスを
頂けたことが、私の心に余裕をもたらしてくれました。
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お墓の場所や、お寺について何のこだわりもなく
進めることが出来ていれば、納骨と49日の法要を
同時に行うことが出来た。
そうすれば、多少ではあるが経費を浮かせることも出来た。
そういったことについても、高い買い物だからと、
逆にゆっくり落ち着いて考えようと思ったきっかけ
にもなりました。
おかげさまで、今日現在も母の遺骨は自宅の仏壇横に
保管してあります。
母が居る・・・母を感じることが出来るのも、
そばに遺骨があるからこそ・・・ある意味、安心できた。
それも今週でお終いとなる。
来週早々に母の遺骨は、お墓に納められてしまう。
それも儀式・・・段階を踏んで、一つ一つ
心の整理を付けて行かなけらばならない。
納骨もその中の内の一つ・・・いつまでも自宅にあれば
それはそれで不安だ・・・しかし、いざ納骨となると
なんだか寂しいという感情が湧いてくる。
遺骨に母の魂はない・・・それはわかっている・・・。
母の遺骨が冷たい墓石の中に納められる。
今現在温かい自宅にいることを考えると・・・
これは、生身の人間だからこその発想なのでしょう。
母は違う世界にいるんだと、自分に言い聞かせています。
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