新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
2019年01月13日
クロア篇−*
鬱蒼とした木々の合間を通る男がいた。背が高い壮年は黒い長髪を整えもせず、無造作にたらしている。彼が着る衣類はかつて上等な素材だった。いまでは所々にほつれが目立ち、みすぼらしくなっていた。だが、男には貧しさを感じさせない特徴をもっている。
一つは彼の首にさがる、宝石をふんだんにあしらった装飾品。十字の形をした首飾りだ。その昔、名僧が国王よりたまわった貴重な一品だったという。名僧の関係者が彼に贈ったものだ。しかし彼自身は僧侶と無縁であり、むしろ真逆な立場にいる。男は僧たちの信仰対象の敵でもあるのだ。そうと知っていながら男は首飾りを身に着けつづける。男にとっては数ある報酬の一種でしかなかったからだ。
もう一つは彼のそばを飛びまわる動物。二枚の翼が背に生えた小さい竜だ。太い四肢と尾はトカゲに似ている。青紫色の鱗でおおった体に銀色のたてがみを生やしていた。幼竜は日の当たる角度を変えるたびにきらめいている。動く宝石にも等しいそれが口を動かす。
「こっちは町がないと思うよ」
飛竜は暗にこのまま進んでも無駄だと進言した。男はその意味を理解できたが、かと言ってどちらへ進路を変えればよいかわからなかった。こんな時にとる手段は決まっていた。
男は枝葉のすきまからのぞく青い空間を見上げる。
「空へ……上がるか」
飛竜は「うん、方角を確認してくる」と言い、折り重なる木の枝をかいくぐる。上空へ飛翔した飛竜は、地上から見ると豆粒ほどの大きさになった。
彼らは人里そのものに用はなかった。忽然と消えた所有物をさがして、かれこれ数か月は経った。遺失物は町へ流れついたはず、という確証のない思考のもと、手当たり次第に各地へ向かう。捜し物はどの町へ行ったのか、ようとして知れない。また男自身も己が捜索する対象の固有名称を忘れてしまっていた。捜索するのに不十分な状態であっても「町に行けばなんとかなる」という楽観が男にはあった。捜し物はそれ自体が独特の気配を発する。それゆえ、男が接近すれば居場所を感知できる。その自信が男の原動力となった。
上空で探索していた竜が下降した。竜は男の肩にとまり「人がくる」と警戒をうながした。男も生き物の接近に気づいてはいる。ただ、取るに足らぬと思い、見過ごしていた。
何者かが草木を分けいってくる。男の目の前にあらわれた者は二人。剣を腰に提げ、軽装の鎧を着た戦士。戦士の二人組は飛竜と十字の首飾りに注目すると、にんまり笑った。
「あんた、いいもん持ってるな。どこの貴族さまだい?」
「バカ、貴族がこんなボロを着るわけねえ。どうせ追いはぎでもして奪ったんだろ」
俺たちみたいに、と戦士の片割れが剣をぬく。切っ先を長身の男に突きつけ、勝ち誇る。
「盗賊の根城があるって知らねえで迷っちまったようだな。素直に金目のもんを置いてってくれりゃ、なんもしねえよ」
男はあからさまな脅しを受けたが、顔色を変えず、自身の首飾りを手のひらにのせる。
「これが欲しくば、相応の捧げものを見せよ」
抜身の剣をかまえる盗賊が鼻で笑う。
「はっ、冗談きついぜ。丸腰の野郎が俺たちと交渉するのかよ」
この剣をくれてやる、と賊が剣を振り下ろした。男の胸めがけて刃が空を斬る。
「な、にぃ?」
攻撃を仕掛けた賊はとまどった。刃は男の片手に収まっている。刃をつかむ手を斬ってやろうと剣の柄を動かすも、男の握力が勝っていて、動かない。固定された剣がようやく解放されたかと思うと、刀身が折れていた。刃部分は男の手で、土くれのごとく崩れる。
「このような粗悪品は受け取れない」
男の脅威的な握力によって鉄の剣が折れた。意気揚々と襲いかかった賊は剣の刃先があった部分を見つめ、青ざめる。
「あ、あんた……人間じゃねえな?」
男はうなずいた。賊たちの血の気がさっと引いていく。彼らの戦意が無くなったのを男が察すると、肩にのる飛竜を抱える。
「いらぬ時間をとった。早く迎えに行くぞ」
飛竜が羽ばたき、男の手をはなれる。竜は徐々に肉体を膨張させ、幼竜から成竜へと変貌する。翼が枝を薙ぎはらい、木くずや落ち葉が吹き荒れる。飛竜は木々に飛行を邪魔されており、「もっとひらけた場所がいいかな」と離陸場所の変更を提案をした。
「もうすこし歩くか」
男が飛竜の申し出を受け入れた。男が去ろうとするのを、賊が引きとめる。
「ま、待った! あんたは『館の魔人』なんだろ?」
武器が健在なほうの賊が男にたずねる。男は物憂げにうなずいた。自分になんの用も為さない連中との関わり合いに、うんざりした。そうとは気付かない賊が質問を続行する。
「名前は、ヴラド……その胸のクルクスに飛竜といや、魔人ヴラドの持ち物のはずだ」
ヴラドは己を知る者に多少の興味がわき、目線を合わせる。賊はヴラドの眼力に脅えながらも目を逸らさなかった。
「……なにか、頼みごとがあるのか?」
「あんたはさっき誰かを『迎えに行く』って言っただろ。その手伝いをさせてくれよ。そのかわりと言っちゃなんだが、あんたがおれらの助っ人をやるってのはどうだ?」
わるくはない条件のように聞こえた。ヴラドは「どう、か」と飛竜に意見を求める。
「いいんじゃない? どこにいるかわからないんだもん。人手は多いほうがいいよ」
飛竜は賊の交換条件に好意的だ。言いだしっぺの賊は強引に話をまとめ、流浪の一人と一匹を無法者の巣窟へ招いた。
一つは彼の首にさがる、宝石をふんだんにあしらった装飾品。十字の形をした首飾りだ。その昔、名僧が国王よりたまわった貴重な一品だったという。名僧の関係者が彼に贈ったものだ。しかし彼自身は僧侶と無縁であり、むしろ真逆な立場にいる。男は僧たちの信仰対象の敵でもあるのだ。そうと知っていながら男は首飾りを身に着けつづける。男にとっては数ある報酬の一種でしかなかったからだ。
もう一つは彼のそばを飛びまわる動物。二枚の翼が背に生えた小さい竜だ。太い四肢と尾はトカゲに似ている。青紫色の鱗でおおった体に銀色のたてがみを生やしていた。幼竜は日の当たる角度を変えるたびにきらめいている。動く宝石にも等しいそれが口を動かす。
「こっちは町がないと思うよ」
飛竜は暗にこのまま進んでも無駄だと進言した。男はその意味を理解できたが、かと言ってどちらへ進路を変えればよいかわからなかった。こんな時にとる手段は決まっていた。
男は枝葉のすきまからのぞく青い空間を見上げる。
「空へ……上がるか」
飛竜は「うん、方角を確認してくる」と言い、折り重なる木の枝をかいくぐる。上空へ飛翔した飛竜は、地上から見ると豆粒ほどの大きさになった。
彼らは人里そのものに用はなかった。忽然と消えた所有物をさがして、かれこれ数か月は経った。遺失物は町へ流れついたはず、という確証のない思考のもと、手当たり次第に各地へ向かう。捜し物はどの町へ行ったのか、ようとして知れない。また男自身も己が捜索する対象の固有名称を忘れてしまっていた。捜索するのに不十分な状態であっても「町に行けばなんとかなる」という楽観が男にはあった。捜し物はそれ自体が独特の気配を発する。それゆえ、男が接近すれば居場所を感知できる。その自信が男の原動力となった。
上空で探索していた竜が下降した。竜は男の肩にとまり「人がくる」と警戒をうながした。男も生き物の接近に気づいてはいる。ただ、取るに足らぬと思い、見過ごしていた。
何者かが草木を分けいってくる。男の目の前にあらわれた者は二人。剣を腰に提げ、軽装の鎧を着た戦士。戦士の二人組は飛竜と十字の首飾りに注目すると、にんまり笑った。
「あんた、いいもん持ってるな。どこの貴族さまだい?」
「バカ、貴族がこんなボロを着るわけねえ。どうせ追いはぎでもして奪ったんだろ」
俺たちみたいに、と戦士の片割れが剣をぬく。切っ先を長身の男に突きつけ、勝ち誇る。
「盗賊の根城があるって知らねえで迷っちまったようだな。素直に金目のもんを置いてってくれりゃ、なんもしねえよ」
男はあからさまな脅しを受けたが、顔色を変えず、自身の首飾りを手のひらにのせる。
「これが欲しくば、相応の捧げものを見せよ」
抜身の剣をかまえる盗賊が鼻で笑う。
「はっ、冗談きついぜ。丸腰の野郎が俺たちと交渉するのかよ」
この剣をくれてやる、と賊が剣を振り下ろした。男の胸めがけて刃が空を斬る。
「な、にぃ?」
攻撃を仕掛けた賊はとまどった。刃は男の片手に収まっている。刃をつかむ手を斬ってやろうと剣の柄を動かすも、男の握力が勝っていて、動かない。固定された剣がようやく解放されたかと思うと、刀身が折れていた。刃部分は男の手で、土くれのごとく崩れる。
「このような粗悪品は受け取れない」
男の脅威的な握力によって鉄の剣が折れた。意気揚々と襲いかかった賊は剣の刃先があった部分を見つめ、青ざめる。
「あ、あんた……人間じゃねえな?」
男はうなずいた。賊たちの血の気がさっと引いていく。彼らの戦意が無くなったのを男が察すると、肩にのる飛竜を抱える。
「いらぬ時間をとった。早く迎えに行くぞ」
飛竜が羽ばたき、男の手をはなれる。竜は徐々に肉体を膨張させ、幼竜から成竜へと変貌する。翼が枝を薙ぎはらい、木くずや落ち葉が吹き荒れる。飛竜は木々に飛行を邪魔されており、「もっとひらけた場所がいいかな」と離陸場所の変更を提案をした。
「もうすこし歩くか」
男が飛竜の申し出を受け入れた。男が去ろうとするのを、賊が引きとめる。
「ま、待った! あんたは『館の魔人』なんだろ?」
武器が健在なほうの賊が男にたずねる。男は物憂げにうなずいた。自分になんの用も為さない連中との関わり合いに、うんざりした。そうとは気付かない賊が質問を続行する。
「名前は、ヴラド……その胸のクルクスに飛竜といや、魔人ヴラドの持ち物のはずだ」
ヴラドは己を知る者に多少の興味がわき、目線を合わせる。賊はヴラドの眼力に脅えながらも目を逸らさなかった。
「……なにか、頼みごとがあるのか?」
「あんたはさっき誰かを『迎えに行く』って言っただろ。その手伝いをさせてくれよ。そのかわりと言っちゃなんだが、あんたがおれらの助っ人をやるってのはどうだ?」
わるくはない条件のように聞こえた。ヴラドは「どう、か」と飛竜に意見を求める。
「いいんじゃない? どこにいるかわからないんだもん。人手は多いほうがいいよ」
飛竜は賊の交換条件に好意的だ。言いだしっぺの賊は強引に話をまとめ、流浪の一人と一匹を無法者の巣窟へ招いた。
タグ:クロア
2019年01月12日
クロア篇の登場人物
用語の解説はできてないですがフィーリングでお読みください。
◇クロア
聖王国内の領主の長女。高身長で力自慢な公女。
生粋の人間ではなく、母親が半分魔族の血を引いている。
外見は人そのものだが、親から受け継ぐ人外の血の影響により、幼少期から怪力を誇る。
次期領主として周囲からは尊重されており、本人もその気ではいる。
だが公女の机上仕事を難しく感じる現状、さらに煩雑な領主の仕事を率先してやりたいとは思っていない。あわよくば妹か弟に押し付けたいと考え中。
勉強よりも戦うことが得意。
◇ダムト
クロアに仕える男性従者。戦いから諜報活動、家事まで担当できる何でも屋。
クロアが小さいときから青年の姿で奉公している。
本人は素性を公開しないが、人外の血が混ざっていることは周囲にバレている。
世間一般的には素性不明の者を貴族の子女の側近にしたがらないものの、
クロアの馬鹿力を制御できる手練れがほかにいなかったため、彼が選ばれた。
立場的には当然クロアの下なのだが、クロアに対する口のきき方には遠慮がない。
◇レジィ
クロアに仕える少女従者。癒し担当(物理的にも精神的にも)。
前任の女性従者が出産を機に辞職し、その後を継いだ。クロアより年下。
家が裕福ではない平民。家族を養うため10歳のころに仕官しはじめた。
出仕当初は医療を担う下位の官吏を勤めていた。
勤務中のひたむきな態度と傷を癒す術の上手さ、そして気立てのよさを理由にクロアの従者に選出された。
クロアを敬いつつも、おたがいに親しい女友だちとして信頼を築いている面もある。
◆ベニトラ
物語冒頭で暴れた魔獣。石付きの魔獣に改造され、正気を失っていた。年齢不詳だが数百年は生きている。
大型の猫科猛獣のような容姿。虎に似ているが虎よりも顔が小さいスレンダー体型。
大まかなイメージはユキヒョウ。ユキヒョウとの違いは体毛が朱色で縞柄、足が長めなこと。
幼少時に人間とともにいた魔獣なので人間には好意的。
その性格を逆手に取られて悪人に捕まり、石付きの魔獣と化した。
幼獣に変化できるが性格と口調はおじいちゃんのまま。人とは会話ができる。
◇クノード
クロアの父で現領主。
通称は「アンペレ公」、あるいは「伯」(公も伯も爵位ではなく単純に長という意味)。
文武弓馬に優れ、温厚な性格で人望がある優等生。
個人武力はクロアのほうが強いが、統率能力では群を抜いて優秀。
その一方で、兵力不足になやむ領内の現状に有効な対策を立てられない凡庸さもある。
◇フュリヤ
クロアの母で領主夫人。もとは貧しい平民。
お隣の国の出身で、アンペレ領にきた際にクノードに見初められた。
そのおかげで困窮していた家庭が救われ、フュリヤの母もクロアたちの屋敷に住まわせてもらっている。
その身に半分流れる夢魔の血のせいで無意識に色香を放ちまくる。
それゆえ普段は露出を極力抑えた格好で過ごす。
主要な登場人物
◇クロア
聖王国内の領主の長女。高身長で力自慢な公女。
生粋の人間ではなく、母親が半分魔族の血を引いている。
外見は人そのものだが、親から受け継ぐ人外の血の影響により、幼少期から怪力を誇る。
次期領主として周囲からは尊重されており、本人もその気ではいる。
だが公女の机上仕事を難しく感じる現状、さらに煩雑な領主の仕事を率先してやりたいとは思っていない。あわよくば妹か弟に押し付けたいと考え中。
勉強よりも戦うことが得意。
◇ダムト
クロアに仕える男性従者。戦いから諜報活動、家事まで担当できる何でも屋。
クロアが小さいときから青年の姿で奉公している。
本人は素性を公開しないが、人外の血が混ざっていることは周囲にバレている。
世間一般的には素性不明の者を貴族の子女の側近にしたがらないものの、
クロアの馬鹿力を制御できる手練れがほかにいなかったため、彼が選ばれた。
立場的には当然クロアの下なのだが、クロアに対する口のきき方には遠慮がない。
◇レジィ
クロアに仕える少女従者。癒し担当(物理的にも精神的にも)。
前任の女性従者が出産を機に辞職し、その後を継いだ。クロアより年下。
家が裕福ではない平民。家族を養うため10歳のころに仕官しはじめた。
出仕当初は医療を担う下位の官吏を勤めていた。
勤務中のひたむきな態度と傷を癒す術の上手さ、そして気立てのよさを理由にクロアの従者に選出された。
クロアを敬いつつも、おたがいに親しい女友だちとして信頼を築いている面もある。
◆ベニトラ
物語冒頭で暴れた魔獣。石付きの魔獣に改造され、正気を失っていた。年齢不詳だが数百年は生きている。
大型の猫科猛獣のような容姿。虎に似ているが虎よりも顔が小さいスレンダー体型。
大まかなイメージはユキヒョウ。ユキヒョウとの違いは体毛が朱色で縞柄、足が長めなこと。
幼少時に人間とともにいた魔獣なので人間には好意的。
その性格を逆手に取られて悪人に捕まり、石付きの魔獣と化した。
幼獣に変化できるが性格と口調はおじいちゃんのまま。人とは会話ができる。
◇クノード
クロアの父で現領主。
通称は「アンペレ公」、あるいは「伯」(公も伯も爵位ではなく単純に長という意味)。
文武弓馬に優れ、温厚な性格で人望がある優等生。
個人武力はクロアのほうが強いが、統率能力では群を抜いて優秀。
その一方で、兵力不足になやむ領内の現状に有効な対策を立てられない凡庸さもある。
◇フュリヤ
クロアの母で領主夫人。もとは貧しい平民。
お隣の国の出身で、アンペレ領にきた際にクノードに見初められた。
そのおかげで困窮していた家庭が救われ、フュリヤの母もクロアたちの屋敷に住まわせてもらっている。
その身に半分流れる夢魔の血のせいで無意識に色香を放ちまくる。
それゆえ普段は露出を極力抑えた格好で過ごす。