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2019年02月08日
クロア篇−3章6
「この人はティオさんって言うんです!」
レジィは二匹の鼬を抱えながら、弓を携える男性を紹介した。ティオという弓士は思いのほか年少だ。正面から見てみると、青年というよりはまだ少年な雰囲気がある。
(レジィと同じ年頃?)
クロアは彼を十五歳前後の若者だと思った。その若さでは実戦経験を期待できず、即戦力になるか疑念が湧く。
(でもいいわ、傭兵になれなくても武官として育てられれば……)
その算段を秘めておき、クロアはティオの意思を確認する。
「ティオさんはレジィから依頼の件をお聞きしましたの?」
「ああ! 賊の集団をとっちめるっていうんだろ?」
「そうなのです。手伝ってくださるのね?」
「やるとも! 弓を活かせる仕事がなくて、がっかりしてたところなんだ」
少年はやる気満々で答えた。クロアはその気鋭に水を差したくなかったが、必要な注意事項を述べる。
「けれど、無条件で雇うことはできませんの」
「まずは力比べをやるんだってな。弓だと、なにやるんだ? 的当て?」
クロアは答えられない。今朝、頑固な老爺が試験内容を決めるように話し合ったばかりだ。具体的な試験内容は皆目見当がつかないし、そもそもまだ決まっていない可能性もある。適当なことを言うわけにはいかず、正直に事情を明かす。
「お教えしかねますわ。わたくし以外の者が取り決める手筈になっていますので──」
「じゃあ行くっきゃないんだな」
ティオはあどけない笑顔でそう言った。クロアも同感だ。ただちに馬車に乗ろうと思ったが、なにかをやりわすれた気がして、足が止まる。
「んー、ほかに用事があったような……?」
レジィが「組合の人へのたのみごとですか?」と言った。まさしくそれだ、とクロアは膝を打つ思いで従者を見る。
「そうだったわ。戦えそうな人がきたら、わたしの依頼を伝えてほしいとたのみたかったの」
「あたしが話しておきました」
「あら、気が利くわね」
「ティオさんに事情を話すのといっしょに、受付の人も話を聞いてくれたんです。きっとこちらの気持ちは伝わったと思うんですけど、たしかめておきます?」
「今日はいいわ。またきたときにたずねてみましょ」
クロアはティオの情熱が冷めないうちに移動したいと考えた。さっそく屋外へ出る。組合の庭に停めた馬車へ向かった。車外で待機していたエメリと合流する。
クロアはエメリに帰宅を要請したかった。だが御者の視線がクロアの後方にあるのを気にかけて、話しそびれた。すると後方から「うわ!」という少年の声があがる。
「なんでエメリがここにいる?」
ティオはエメリと顔見知りらしい。当のエメリは「勤務中よ」と簡潔に言った。
クロアとレジィはこの二人の関係を知らないので、会話に加われない。クロアがエメリに仔細を問おうとしたところ、ティオが「だって」と話を続ける。
「仕事中は屋敷の厩舎にいるんだろ?」
「外へ出る用事がなければ、ね」
「外出するときはお偉いさんを送るときだけだって……」
「貴人はあなたの目の前にいらっしゃいます」
ティオが目を大きくしてクロアとレジィを見る。交互に二人を見たのち、クロアの全身を注視する。
「え? じゃあ……こっちの背の高い女の人が、剛力無双のクロア公女?」
「そのとおり、わたしがアンペレの第一公女ですわ」
少年は呆けた様子で、事実を飲みこめないでいた。クロアはてっきりレジィが紹介したものだと思っており、彼女の横顔を見つめる。
「言ってなかったのね?」
「あ、そうみたいです……」
「べつにいいわ。自己紹介はいつでもできるもの」
クロアは次なる紹介をたずねにかかる。
「ところでエメリたちはどういう間柄なの?」
エメリが「夫の弟なんです」と答えた。クロアはその続柄に違和感をおぼえる。
「エメリの夫は馬具工房の跡取りでしょう。その兄弟も職人になるのではなくて?」
工房の息子が戦士を目指す、という事態が現実に無くはないだろうが、アンペレの通論では少数派だ。エメリは「おっしゃることはもっともです」とクロアの認識を肯定する。
「ティオは家業を手伝いたくないんですよ」
「あら、職人にならないつもりなのね」
「はい。昔から学舎の訓練場で矢を撃ったり、友だちと剣の稽古をしたり……体をうごかすのが好きなんです」
「じっとしていられない性分なのね。なんだかよくわかるわ」
クロアもティオと同様、武芸を好む。その性情をよく知るエメリはなつかしそうに笑う。
「お嬢さまもお裁縫や楽奏の練習より、武術の鍛錬を好まれましたね」
「まあね、戦うことがわたしの天職だと思っているもの」
「ティオも、そうなのかもしれません。うちの弟のいい稽古相手でしたよ」
エメリには歳の離れた弟がいる。彼は将来有望な武官だ。この町における数少ない優秀な戦士である。そんな人物と親しく稽古に励んでいたというティオも、同等の強さが期待できるかもしれない。そう思ったクロアは「よくわかったわ」と機嫌よく答えた。
レジィは二匹の鼬を抱えながら、弓を携える男性を紹介した。ティオという弓士は思いのほか年少だ。正面から見てみると、青年というよりはまだ少年な雰囲気がある。
(レジィと同じ年頃?)
クロアは彼を十五歳前後の若者だと思った。その若さでは実戦経験を期待できず、即戦力になるか疑念が湧く。
(でもいいわ、傭兵になれなくても武官として育てられれば……)
その算段を秘めておき、クロアはティオの意思を確認する。
「ティオさんはレジィから依頼の件をお聞きしましたの?」
「ああ! 賊の集団をとっちめるっていうんだろ?」
「そうなのです。手伝ってくださるのね?」
「やるとも! 弓を活かせる仕事がなくて、がっかりしてたところなんだ」
少年はやる気満々で答えた。クロアはその気鋭に水を差したくなかったが、必要な注意事項を述べる。
「けれど、無条件で雇うことはできませんの」
「まずは力比べをやるんだってな。弓だと、なにやるんだ? 的当て?」
クロアは答えられない。今朝、頑固な老爺が試験内容を決めるように話し合ったばかりだ。具体的な試験内容は皆目見当がつかないし、そもそもまだ決まっていない可能性もある。適当なことを言うわけにはいかず、正直に事情を明かす。
「お教えしかねますわ。わたくし以外の者が取り決める手筈になっていますので──」
「じゃあ行くっきゃないんだな」
ティオはあどけない笑顔でそう言った。クロアも同感だ。ただちに馬車に乗ろうと思ったが、なにかをやりわすれた気がして、足が止まる。
「んー、ほかに用事があったような……?」
レジィが「組合の人へのたのみごとですか?」と言った。まさしくそれだ、とクロアは膝を打つ思いで従者を見る。
「そうだったわ。戦えそうな人がきたら、わたしの依頼を伝えてほしいとたのみたかったの」
「あたしが話しておきました」
「あら、気が利くわね」
「ティオさんに事情を話すのといっしょに、受付の人も話を聞いてくれたんです。きっとこちらの気持ちは伝わったと思うんですけど、たしかめておきます?」
「今日はいいわ。またきたときにたずねてみましょ」
クロアはティオの情熱が冷めないうちに移動したいと考えた。さっそく屋外へ出る。組合の庭に停めた馬車へ向かった。車外で待機していたエメリと合流する。
クロアはエメリに帰宅を要請したかった。だが御者の視線がクロアの後方にあるのを気にかけて、話しそびれた。すると後方から「うわ!」という少年の声があがる。
「なんでエメリがここにいる?」
ティオはエメリと顔見知りらしい。当のエメリは「勤務中よ」と簡潔に言った。
クロアとレジィはこの二人の関係を知らないので、会話に加われない。クロアがエメリに仔細を問おうとしたところ、ティオが「だって」と話を続ける。
「仕事中は屋敷の厩舎にいるんだろ?」
「外へ出る用事がなければ、ね」
「外出するときはお偉いさんを送るときだけだって……」
「貴人はあなたの目の前にいらっしゃいます」
ティオが目を大きくしてクロアとレジィを見る。交互に二人を見たのち、クロアの全身を注視する。
「え? じゃあ……こっちの背の高い女の人が、剛力無双のクロア公女?」
「そのとおり、わたしがアンペレの第一公女ですわ」
少年は呆けた様子で、事実を飲みこめないでいた。クロアはてっきりレジィが紹介したものだと思っており、彼女の横顔を見つめる。
「言ってなかったのね?」
「あ、そうみたいです……」
「べつにいいわ。自己紹介はいつでもできるもの」
クロアは次なる紹介をたずねにかかる。
「ところでエメリたちはどういう間柄なの?」
エメリが「夫の弟なんです」と答えた。クロアはその続柄に違和感をおぼえる。
「エメリの夫は馬具工房の跡取りでしょう。その兄弟も職人になるのではなくて?」
工房の息子が戦士を目指す、という事態が現実に無くはないだろうが、アンペレの通論では少数派だ。エメリは「おっしゃることはもっともです」とクロアの認識を肯定する。
「ティオは家業を手伝いたくないんですよ」
「あら、職人にならないつもりなのね」
「はい。昔から学舎の訓練場で矢を撃ったり、友だちと剣の稽古をしたり……体をうごかすのが好きなんです」
「じっとしていられない性分なのね。なんだかよくわかるわ」
クロアもティオと同様、武芸を好む。その性情をよく知るエメリはなつかしそうに笑う。
「お嬢さまもお裁縫や楽奏の練習より、武術の鍛錬を好まれましたね」
「まあね、戦うことがわたしの天職だと思っているもの」
「ティオも、そうなのかもしれません。うちの弟のいい稽古相手でしたよ」
エメリには歳の離れた弟がいる。彼は将来有望な武官だ。この町における数少ない優秀な戦士である。そんな人物と親しく稽古に励んでいたというティオも、同等の強さが期待できるかもしれない。そう思ったクロアは「よくわかったわ」と機嫌よく答えた。
タグ:クロア
2019年02月06日
クロア篇−3章5
クロアはベニトラを両肩に乗せた状態で、組合内の壁に注目した。そこには組合で取りあつかう業種の説明をまとめた紙が貼ってあった。そのほかに建物の案内もある。クロアが意外だと思ったのは演劇の宣伝などの広告も貼られていることだ。
(海神ローラントの劇……)
絵本に小説に人気のある題材だ。その演目もまた、ありふれている。
(新劇に困ったらいつもこれなんだわ)
大昔の記録を基盤にした物語、かつ神族礼賛の面もふくむ内容である。神を信仰する聖王国において、国民全員が一度は見聞きするほどの知名度をほこる。アンペレも聖王国の土地であり、クロアは公演を何度か見たことがある。
(きらいじゃないけど、同じ内容じゃ見なくてもいいわね)
クロアは広告への興味が削がれた。観察対象を変えると、階段を降りてくる人影が視界に入る。二階は依頼用の受付があるのだと、ついさっき見た案内図に説明があった。
(どこかの工房長さんが人手の募集をしにきたのかしら)
しかし人影の服装は職人のそれと系統が異なる。杖を持ち、鞄を肩から提げて、帽子を被っている。その風貌は旅人のよそおいにちかい。おまけに上背が高く、そのへんの兵士以上に体格の良い男性だ。有望な戦士の期待を持てるが、同時にクロアは心配も感じる。
(あの方は戦えそうだけど、どうしようかしら)
組合に依頼をしに来た動機──本人に職務があり、その助けとなる手を借りたいと思ったはず。すでに本業を持ちえている人物が、傭兵になってくれるとは考えにくかった。
クロアがじっと男性を見ていると、相手と目線が合う。男性の年頃は三十路前。彼もまたクロアに興味深げな注目をそそいでくる。
(ふふん、わたしだって異性の視線をあつめる美貌はあるのよ!)
そんなふうにクロアは男性の態度を好意的に解釈した。肝心の男性の口がひらく。
「その獣は……魔獣では?」
彼の関心はクロアの肩に乗っかるベニトラにあった。そうと知ったクロアはやや落胆する。
「え……ええ、そうですの。よくおわかりになりましたのね」
クロアは普通の動物と魔獣の区別がつかない。レジィのマルは一般的な鼬と見た目が変わらないし、ベニトラも空を飛んだりしゃべったりしなければ猫科の動物だと思える。それらを見分けられる人物とは、一定以上の経験を積んだ術士だという。術の修練を経た副産物として、魔獣特有の魔力の高さを察知できるようになるのだとか。
(と、いうことは……この方は術士かしら?)
体格に恵まれた術士がベニトラの顔に手をちかづける。
「昔の友人が連れていた招獣と同じ魔力を感じた」
「ベニトラとお知り合いなの?」
「顔見知りだ。貴女がこいつの招術士になったのか?」
「ええ、つい昨日に招獣にしたばかりですの」
「こいつはいつもヒマを持てあましているから、どんどんこき使うといい」
男性は世間話を終えたと見て、立ち去ろうとした。クロアは咄嗟に声をかける。
「あなた、依頼をお出しになったのでしょ」
男性が止まった。会話を受け付けてくれるらしい。
「どういう依頼なのか、聞いてよろしいかしら」
「薬草採取……その進捗状況を見にきた」
「どうでしたの?」
「どうも不人気らしい」
「いまはしかたないと思いますわ。最近はこのベニトラが石付きの魔獣になっていて、近辺を荒らしてましたもの。危険に慣れた戦士だって、わざわざ石付きと遭遇してまで薬草摘みはしたがらないんじゃなくて?」
「そうか……それなら自分で採りに行こう」
「あの、ほかにも危険はありますのよ。ちかくに賊の一団がいるとか……」
「問題ない」
常人ならば無謀な発言だ。その強気さゆえにクロアは関心を持つ。
「あなた、賊を倒すお力がおありですの?」
「自分の身を守る程度にはある」
「では一緒に成敗しに参りませんこと?」
薬草摘みの男はとまどった。クロアは彼が考えを固めないうちに押しまくることにする。
「わたしはいま、お強い方を探していますの。手練れが五人集まると、アンペレの正規兵が賊退治に乗り出す計画になっております。賊がいなくなれば採取の仕事をこなす人がきっと現れますわ。退治したあかつきには褒賞も出ますし、いかが?」
渾身の説得だと手応えを感じ、クロアは自慢げに笑う。だが相手は渋面だ。
「悪いが私は人同士の争いに加わるつもりはない」
「人同士って……あなたも人間じゃありませんの?」
「私は半魔だ。貴女なら気付けると思うが」
クロアは彼が半魔だという告白を自然と受け入れた。しかし、クロアならそれを見抜けるという口ぶりには同意できない。
「そんなの、見てもわかりませんわ。普通の人となんにも変わらないんですもの」
「なに……? 失礼だが、貴女の両親の血筋はどうなっている?」
質問の意図はクロアにはよくわからない。困惑しながらも素直に答える。
「父、クノードはたしか、三代さかのぼっても生粋の人間で……母、フュリヤは人間の母と魔族の父を持ちますわ。母方の父は、お母さまもお会いしたことがないそうです」
遠回しに自身を公女だと明かした。地元の住民にはこれで伝わるが、住民ではなさそうな半魔では不確実だ。彼は憐れむような目でクロアを見る。
「アンペレ公の娘か……私の話はすべて忘れてくれ」
「なんですの、藪から棒に」
「魔族とは関わるな。私のような魔族寄りの半魔にもだ」
それきり男性は速足で立ち去った。その背をクロアが呆然と見ていると、レジィが弓士を伴ってくる。彼女の両腕には黄と茶の二匹の鼬があった。
(海神ローラントの劇……)
絵本に小説に人気のある題材だ。その演目もまた、ありふれている。
(新劇に困ったらいつもこれなんだわ)
大昔の記録を基盤にした物語、かつ神族礼賛の面もふくむ内容である。神を信仰する聖王国において、国民全員が一度は見聞きするほどの知名度をほこる。アンペレも聖王国の土地であり、クロアは公演を何度か見たことがある。
(きらいじゃないけど、同じ内容じゃ見なくてもいいわね)
クロアは広告への興味が削がれた。観察対象を変えると、階段を降りてくる人影が視界に入る。二階は依頼用の受付があるのだと、ついさっき見た案内図に説明があった。
(どこかの工房長さんが人手の募集をしにきたのかしら)
しかし人影の服装は職人のそれと系統が異なる。杖を持ち、鞄を肩から提げて、帽子を被っている。その風貌は旅人のよそおいにちかい。おまけに上背が高く、そのへんの兵士以上に体格の良い男性だ。有望な戦士の期待を持てるが、同時にクロアは心配も感じる。
(あの方は戦えそうだけど、どうしようかしら)
組合に依頼をしに来た動機──本人に職務があり、その助けとなる手を借りたいと思ったはず。すでに本業を持ちえている人物が、傭兵になってくれるとは考えにくかった。
クロアがじっと男性を見ていると、相手と目線が合う。男性の年頃は三十路前。彼もまたクロアに興味深げな注目をそそいでくる。
(ふふん、わたしだって異性の視線をあつめる美貌はあるのよ!)
そんなふうにクロアは男性の態度を好意的に解釈した。肝心の男性の口がひらく。
「その獣は……魔獣では?」
彼の関心はクロアの肩に乗っかるベニトラにあった。そうと知ったクロアはやや落胆する。
「え……ええ、そうですの。よくおわかりになりましたのね」
クロアは普通の動物と魔獣の区別がつかない。レジィのマルは一般的な鼬と見た目が変わらないし、ベニトラも空を飛んだりしゃべったりしなければ猫科の動物だと思える。それらを見分けられる人物とは、一定以上の経験を積んだ術士だという。術の修練を経た副産物として、魔獣特有の魔力の高さを察知できるようになるのだとか。
(と、いうことは……この方は術士かしら?)
体格に恵まれた術士がベニトラの顔に手をちかづける。
「昔の友人が連れていた招獣と同じ魔力を感じた」
「ベニトラとお知り合いなの?」
「顔見知りだ。貴女がこいつの招術士になったのか?」
「ええ、つい昨日に招獣にしたばかりですの」
「こいつはいつもヒマを持てあましているから、どんどんこき使うといい」
男性は世間話を終えたと見て、立ち去ろうとした。クロアは咄嗟に声をかける。
「あなた、依頼をお出しになったのでしょ」
男性が止まった。会話を受け付けてくれるらしい。
「どういう依頼なのか、聞いてよろしいかしら」
「薬草採取……その進捗状況を見にきた」
「どうでしたの?」
「どうも不人気らしい」
「いまはしかたないと思いますわ。最近はこのベニトラが石付きの魔獣になっていて、近辺を荒らしてましたもの。危険に慣れた戦士だって、わざわざ石付きと遭遇してまで薬草摘みはしたがらないんじゃなくて?」
「そうか……それなら自分で採りに行こう」
「あの、ほかにも危険はありますのよ。ちかくに賊の一団がいるとか……」
「問題ない」
常人ならば無謀な発言だ。その強気さゆえにクロアは関心を持つ。
「あなた、賊を倒すお力がおありですの?」
「自分の身を守る程度にはある」
「では一緒に成敗しに参りませんこと?」
薬草摘みの男はとまどった。クロアは彼が考えを固めないうちに押しまくることにする。
「わたしはいま、お強い方を探していますの。手練れが五人集まると、アンペレの正規兵が賊退治に乗り出す計画になっております。賊がいなくなれば採取の仕事をこなす人がきっと現れますわ。退治したあかつきには褒賞も出ますし、いかが?」
渾身の説得だと手応えを感じ、クロアは自慢げに笑う。だが相手は渋面だ。
「悪いが私は人同士の争いに加わるつもりはない」
「人同士って……あなたも人間じゃありませんの?」
「私は半魔だ。貴女なら気付けると思うが」
クロアは彼が半魔だという告白を自然と受け入れた。しかし、クロアならそれを見抜けるという口ぶりには同意できない。
「そんなの、見てもわかりませんわ。普通の人となんにも変わらないんですもの」
「なに……? 失礼だが、貴女の両親の血筋はどうなっている?」
質問の意図はクロアにはよくわからない。困惑しながらも素直に答える。
「父、クノードはたしか、三代さかのぼっても生粋の人間で……母、フュリヤは人間の母と魔族の父を持ちますわ。母方の父は、お母さまもお会いしたことがないそうです」
遠回しに自身を公女だと明かした。地元の住民にはこれで伝わるが、住民ではなさそうな半魔では不確実だ。彼は憐れむような目でクロアを見る。
「アンペレ公の娘か……私の話はすべて忘れてくれ」
「なんですの、藪から棒に」
「魔族とは関わるな。私のような魔族寄りの半魔にもだ」
それきり男性は速足で立ち去った。その背をクロアが呆然と見ていると、レジィが弓士を伴ってくる。彼女の両腕には黄と茶の二匹の鼬があった。
タグ:クロア