<個人的な評価:10点中6.5点>
下記、個人的な感想。
ネタバレあり
下記、個人的な感想。
ネタバレあり
実話を元にしたストーリー。主人公が小さい時から超健気で抱きしめてあげたくて、みていて辛かった。
序盤から「こんなひどい母親がいるのか?!」って思いながらみて、その思いは主人公が大人になった最後まで拭える事なく、「やっぱり確実にクス女じゃん!」って最後まで思った。私には吃驚だが、こういう母親は実際に存在するのだ。実話であるし。
親による虐待が存在するのは、もちろん知ってたし、子供が死亡してしまったケースもニュースでみるたびに胸が痛くなる。日本だけじゃなく世界中である事。先進国でもある事なのだ。とても悲しくなる。
しかし、SNSとかで、しかも先進国で、「毒親!虐待された!親ガチャ失敗!」とか訴える人達の経験談をみると、半分ぐらいが、それお前が悪いじゃん...ワガガマかよ...って、思う事もしばしばあったから、被害者サイドの話を一方的に信じて同情する事はほとんどなかった。そういう人達って、親の悪口以外のツイートでも、あのメーガンみたいに被害者意識&自己主張が激しい人達だし。そういう人達は、「親ガチャに成功した人に、あたしらの気持ちはわかんない」とか言うけど、そいつら、うちの親のもとにきたら、1週間でおそらく勘当になる笑。その人達からみたら、きっと私の親も毒親だろう。(私は決してそう思わないけどね)
そいつらの価値観とメンタリティーが、そもそも私とは違うから。
私は比較的裕福な家庭で育ったし、幼稚園から高校までずっと進学校で、大学も良いところにいって、就職も、それなりにいいところで働いている。そして、私からみれば、私の親は甘いと思う。教育に関しては厳しかったけど。でも、友達や恋人の親の方が厳しいと思った。
ポリコレ信者からみたら、私の親も、毒親の部類だろうけど、そもそも私らの価値観は、ポリコレ信者とは違うので笑。ライオンの世界と、アメーバの世界ほど、違うわ。
私の親は、私からみれば厳しくはないと思うが、家の中のルールは親が絶対だった。とはいえ、個人的に、そこまで厳しいルールはなかった笑。
しかし、産んでもらって当たり前とは思わないし、養ってもらって当たり前とは思わないし、学生時代は親の言う事は絶対だったし、私立の学校、多々ある習い事、有名な家庭教師など、基本的な教育以上の事をしてもらったので、それなりに成功して、親に恩返ししなくてはいけないと思って生きてきたし、親も、ある程度は、それを求めてきた。そして今の自分があるのは、私の両親、特に母親のおかげだと思っている。
あと、私の親は、外は外、うちはうち!!他人が何をやるのは否定はしないが(というか知ったこっちゃないし関係ないが)、うちではNG。そんな事がよくあった。タトゥーも、それに入る。
ただ、教育や、社会的成功に関しては、そこそこ厳しかったが、それ以外の事では、比較的自由だった。
とはいえ誰と友達なのか、誰と恋愛関係なのかは、しっかりチェックされた。
私は、13歳の時から彼氏がいたけど、お互いの両親公認だった。同級生だった。つまり、同じソーシャルサークルの間だったら、交際は比較的自由だった。これが、どこの馬の骨かもわからない人だったら、絶対に反対されただろうし、その男は消されるだろう。(犯罪的な意味ではなく私の側からって意味で)
とある財閥の御曹司と付き合って、そのあと別れたあとに、母親が、うるさく私を責めてきた事があったな笑。どうやらお気に入りの彼氏だったらしい。人柄も家柄もお気に入り。だから私から別れた事に、かなり根をもっていた。歴代彼氏たちを比べたりもした。それはちょっと嫌だった笑。でも、ようやく私が今の人と付き合いだしたら、静かになったけど。そりゃ、こんなに良い人いないもんね。
こんな感じで、私の母親も別に人格者ではないが、私達は、比較的オープンに恋愛を語ってるし、私が成人してからは、母親も自身の過去の恋愛経験を教えてくれた笑。
高校卒業をして家を出て、大学に入学してからは、一切ないけど、子供のころは、親がキレされたら、手をあげられる事もあった。ポリコレ信者はビンタさえも虐待というが、私はそう思わない。時代の価値観の違いもあるかもしれないが、私の時代ではないが、昔の時代だと学校で、躾として、教師が子供に手をあげてた時代もあったし、その子供たちが大人になって、普通に成功しているのをみると別にそれが悪い躾だったとも思わない。逆に精神的に鍛えられてる人もいるんじゃないのか。「恐怖」というのは時には必要だし、「上下関係」も大切。
ただ、私の母親は、自分の機嫌が悪くて手を挙げる母親ではなかった。
あくまでも、私の問題だったし、躾としては当たり前だ。怪我をするような叩き方ではなかった。
ちょっと反抗期だった頃は、1か月に1度ぐらいかな笑。ビンタや腕を、叩くぐらいだけど。(頭は決して叩かなかった。私たちの文化では、頭を叩くのはNG。そもそも人の頭をあまり触ってはいけない。だから昔の日本の映画で、ゲンコツ!とかみると、カルチャーショック。文化の違いだね!人様の文化なので、それに対して、私が悪く言うのはズレているけど。人は人。うちはうち。)
親からの身体をはった躾(笑)も、私が、どんどん成長していくたびに、なくなっていった。口で話す、対話ばかり。
ただ、母が、どんなに厳しくても、叩かれても、私の中では、母に愛されているという自覚が当たり前のようにあった。厳しい時もあれば、超優しい時もあるし、友達のような時もある。そして母も一人の人間。
そして、母にとって一番大切なのは、私(&兄&弟)なのも、すごくわかってたんだよね。小さい頃から、ちゃんとあった、その自信。褒められたいという想いはあるが、例え、私が失敗したとしても、母は自分を見捨てないという自信があった。そして、ちょっと甘やかされてきたなーという想いもある笑。大人になった今でも甘やかされていると感じる。
だから、私にとっては、映画で出てきた、主人公の母親に驚いた。しかも、叩いている理由って、全部母親都合で胸糞悪いし、教育でも躾でもなんでもない。こんな母親もいるんだなと吃驚した。悪い意味でショック。
母親は無条件で子供を愛するのが当たり前!と、自分の中でそう思い込んでたからだろうね。
実際、そんな母親ばかりじゃないのは、わかっててもね。
本当に、実際、そんな母親ばかりじゃないんだよ....
私は幸運だっただけなのだ....
私の母親が女神にみえるほど、ほんとこのストーリーの母親はクズだった。しかも母親としてクズなだけじゃなく人間としてクズだ。表では良い顔をしているが、陰湿なイジメの首謀者のような感じだし、この人の被害者って息子以外にもいるでしょ。近所の人とかも。あそこまでくると、きっと精神病もあるが、人格障害もあるんだろうけど、本当に人としてクズ。何一つ同情できないんだが。主人公には姉がいたけど、姉は主人公ほど虐待はされてないが、あんな環境で育ったら、精神的虐待だろうね。姉は自分の身を守るのに精いっぱいで弟の事を守ってあげられる余裕がなかったのだろう。姉も被害者だ。
子供に対する態度や虐待も酷いけど、こいつ不倫ババアじゃん笑。自分が不倫された癖に、いい年して、自分も不倫して略奪婚するクズ。しかも人間として全然成長してないどころ、年齢を重ねても、クズ。成人した息子を葬式(不倫略奪婚して再婚した夫の葬式)に呼び出した理由も、とんだクズだった。
しかし、こんな母親でも、主人公は母親が好きで、母の愛を諦めなかった。
切ない。
私が彼の立場だったら.....と考えても、わからない。こんな母親でも愛せるのか?
わからない。たぶん難しいと思う。でも当事者じゃないし、私はこんな経験をした事ないので...
虐待された人じゃないと、そういうのわからないと思う。
母親が作ってくれた、「まぜご飯」が、主人公は忘れられなく、その味が、母の愛と信じたかったのかも。
確かに、私も、母親と争った時に、母親のご飯を食べると、懐かしいような、なんか愛は感じる事はあるけど。
でもさー。この主人公の母親って、それ以前の問題だと思うよ。人格障害だよ。
というか、警察案件でしょ。
特に、包丁で大怪我させた時とか、普通に殺人未遂じゃん。
殺人未遂した癖に、なにをのうのうと生きて、不倫して、略奪婚しているんだよ。
主人公が、警察に何もいわずに、黙って出てったから、誰もわからなかったんだね。悲しい。でも、ヤバすぎる女でしょ。母親というより、人間として、こんな奴を野放しにしてはいけないと強く思った。
実は、この母親も虐待された過去がある......って後でわかったけど。
だから、なに?
だから人を傷つけていい理由にはならないよね。
私は、始終、この主人公の母親に嫌悪感しかわかなかった。同情もなにもない。
ただただ主人公が可哀想だった。
そして、主人公たとーっても健気だった。
母親(&父親)がクズすぎたのか、彼のまわりの人たちが、とっても良い人達にみえた。
ばあちゃん、3人の友達。良い人ばかり。
そうそう、主人公の実の父親もかなりのクズ。
母親と同じぐらいのクズだろう。こいつも虐待してたよな怒。
やっぱり不倫する奴にろくな奴いないわ。
これ、全部、リアルの話なんだよね。
母親にこんな事をされて、母親嫌い!絶対許さん!!って人達もけっこういると思う。
なにが正解なんかない。そんなの人それぞれだよね。
けど主人公にとっては、これが正解だったのだろう。
母にされたことを許したわけじゃないと思うけど、母親が大好きで、母親を大切にしたい気持ちがすごく伝わってきた。
人はそれぞれ違うけど、やっぱり、後悔しない方法を選ぶべきだろう。
主人公が後悔しない方法がこれだったのだ。
友達のなにがいいかって、主人公を、特定の行動に誘導してないのがいい。唯一、誘導しているのは、主人公が後悔しないように道を選ぶこと。あくまでも主人公も気持ちを優先しているのだ!
これがポリコレ信者の手にかかると、「お前は虐待されている。お前の母はクズだ。通報しろ!ME TOO運動に参加しろ!!」になるね。友達の気持ちより、自分らの正義の自己主張しか興味ない連中だから。
ポリコレじゃなくても、アメリカ人(特に白人に多い)、またはアメリカかぶれの人(←今の若い日本人とかに多いという偏見をもってます)だと、「もう母親と関わらない方がいい。自分だけの事を考えなさい」ってアドバイスしてくるだろう。というか、アメリカで、金はらって、カウンセリング受けても、そういう誘導になる事が多いらしい。
アジア系アメリカ人の、私の親友が、家族からプレッシャーを感じていて精神的に病んでた事あったけど、アメリカで、カウンセリングを受けたけど、すぐに行かなくなった理由がそれ。リベラルアメリカンの一方的な正義の押し付けをされるし、根本的な問題の解決にならないからとの事。私たちにとっては、「家族」が大事だけど、リベラルなアメリカ式の価値観だと、「個」が大事。
そりゃ、話が通じないわ。だから、もっぱら、私に相談してきたり、同じ価値観や文化を共有する、「家族」を主体に考える人達に相談したりした。
話もどるけど、私がこの映画で良いと感じたのは、ばあちゃんもそうだけど、友達の対応。
自分の正義を押し付けてる人はいないし、あくまでも、主人公の想いを優先してたし、主人公自身が後悔しないような選択をできるよう、後押しした。
主人公の母親はクズだけど、周りの人たちが思いやりある人達で、暖かく感じたよ。
これが実話なんて...切ないけど...
でも、主人公の歌川たいじが、真っすぐ、後悔しない生き方を選んだのが心温まるし、素敵だと思った。