2021年08月20日

3度目の緊急事態宣言

3度目の緊急事態宣言が始まった。

相変わらず飲食店いじめが行われる一方、緊急事態宣言によって、さまざまな施設の利用が制限されている。

人流制限の一環ではあろうが、主たる理由は、自分の施設利用者で陰性者が出た場合の、管理責任を問われることを怖れてのことだろう。

もはや、国や自治体レベルでは抑えきれない状況にありつつある。

国や県、市町村が、個人の自由を著しく制限したところで、結局、はっきりとした感染理由が分かっていない中、どれだけ抑止効果があるかも分からない。

と言って、何もしないことも許されないのだろう。
だが、要は、「何が感染防止に効果的か。どうすると感染しにくくなるのか」、ということが、まったく分かっていないから、皆が右往左往しているのだ。

政府もワクチンを打つことばかりに執着しているだけで、さまざまなデーターを公開することもなく、自分たちの政策に都合のいい方向へと誘導しているに過ぎない。

ワクチン接種の弊害については一切触れず、「ワクチンさえ打てば安心」、という流れを作り、自分たちの実績にしようとしているのだろう。

だが、ワクチンは接種したところで、感染を防げるものではないことも、諸外国のデーターで明らかになりつつある。

逆に、ワクチンを打つことでその副反応による死亡者も増え続けている。

緊急事態宣言下、多くの広場や公園が閉鎖される。
そんな中、SNSで、ボランティア募集記事が流れた。

近隣の企業が、自分の土地を整備し、サッカー練習場として開放する、というものだ。
緊急事態宣言下、多くの施設が使えなくなり、体を動かしたり、練習する場所がなくなるので、あらたに広場を作るが、もう少し人手が必要なので、ボランティアをお願いしたい、というのだ。

私は、なかなか洒落たことをするな、と思った一方、閉鎖するだけで良いわけではなかろう、という思いも強く湧いてきた。

体を動かし、鍛え、免疫力や抵抗力を上げることで、コロナから護られる体にもなるだろう。

精神的なストレスも免疫力を下げる。

コロナとの共存、その中で自分のできうる最大限のことをやっていくしか、もはや方法はないのだろう。

サバイバルの時代に突入だ。
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2021年08月19日

グランドの草刈り

市から借りているグランドが草だらけだ。
毎年のことなのだが、このところの雨続きで、一気に草が伸びた。

以前は、内野部分は草が生えないよう、死守していたのだが、今年は早々に諦めた。
すでに30cmほどの草もたくさんある。

当然ボールは草でイレギュラーし、楽しいボール捕球になる。

イレギュラーに対応する練習にもなるが、たいていの生徒たちは、グランドの草を言い訳にする。

本来、根っこから一つひとつ抜かねばならないのだが、三角フォーで行うにもあまりに時間がかかりすぎるので、手抜きをして草刈り機を使うことにした。

ナイロンカッターを準備して、いざスタート。
生徒達には、「30分走ね」、と言いながら、私は草刈りをスタートした。

だが、初めて五、六分でナイロンが無くなった。
補充燃料は持ってきていたが、予備ナイロンは持ってきていなかったのである。

内野くらいはきれいにしてあげよう、という私の計画は、あっという間に頓挫した。

除草剤を撒けばいい、という話もあるが、撒いたあと雨が降ったら、その効果が著しく低下する。

今の時期、雨を予想するのが難しく、なかなか実行に移せない。

「除草剤なら、学校で準備できますよ。」
と、事務方は言ってくれるが、その手間と、健康への影響を考えると、なかなか重い腰が上がらない。

早々に草刈りを断念した私は、ただただ彼等の走りを見ている。

何だ歩いているのは中2ではないか。

夏休みで、体力が一段と低下したようである。

しばらくは走らせねばなるまいか…。

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2021年08月18日

部活開始

10日ほど練習を休みにして、今日18日より練習を再開した。
そうは言っても、今日の練習は三人。

「これでは、野球の神さまから応援は期待できないな…。」

せっかく雨続きが終わり、再び夏の太陽が姿を現す始めたというのに、この人数では練習にならぬ。

10日程前、助っ人として期待しているA君の親から、「野球はやめさせて欲しい」、という連絡があった。

「成績不振で、勉強させなくてはいけないのに、テニス部もあるのに、その上野球部だ、なんてとんでもない」、という訳だ。

これでまた一人減った。

このままでは、秋の大会は出場が難しくなった。
緊急事態宣言も延長になるかも知れないし、コロナ禍で大会の有無もまだ分からぬが、危機的状態であることは事実だ。

もっとも、主力メンバーですら、「家族で出掛ける」という理由で、夏休みの練習に参加しなかったくらいだから、たとえ大会に参加できなくても、仕方あるまい。

オリンピックが強行され、オリンピックに反対していた朝日新聞主催の甲子園も行われている。今から思えば、昨年こそ実施できたのだろうが、今年はどちらも、強行すべきではなかっただろう。甲子園のクラウドファンディングは、まだその一割しか集まっていない。
一方で、パラリンピックも強行される見込みで、そこに東京都の学校は観戦させるのだという。

世の中あまりに矛盾だらけだ。

文科省は、「一斉休校はしない。各自治体毎に判断を」、と逃げている。
安倍政権時の反省なのだろうが、責任を逃れたようだ。

昨日、全中のホームページを見たが、「県外特別移動許可」のよううなものがあって、参加者は、県をまたぐ移動をしていいらしい…。


…という訳で、少人数で野球らしきことを、久しぶりに始めてみた。

皆、体力が落ちている。

病院ですら、感染してしまう昨今、一般人が感染防止策を努めても、あまり効果はないのだろう。

「コロナに打ち勝つには、まずは体力です。」

誰かそんな風に広めてくれないだろうか。




2021年08月15日

私の中学生時代 その6

私が気象に興味を持ったのも中学時代だ。
当時、授業で天気図の授業があった。
NHKの気象通報をもとに天気図を作るという、今では高度過ぎて授業では扱えないようだが、当時は全員が実習した。

そのあたりで、私は「気象知識普及会」なる団体を知る。そこでは、天気図の添削指導や予報技術を教えてくれる団体で、私はすぐに入会した。

そこでまじめに天気図の勉強をしたら、あっという間に天気図作成技術や、予報技術を習得した。
高校生になると、全国の天気図講習会に、模範演技者として連れ回されることになるのだが、中学時代は下積み時代だった。

諸先輩がたの指導も受け、私の天気図作成技術はめきめき上達する。

今、天気図の添削指導をしてくれるような団体はないが、当時の会長は、もと気象庁の予報官。本屋の店長だった。
団体と言っても、結局会長一人で切り盛りしており、それでも会員数は数百名。

天気図を学ぶということは、自分で天気予報をする技術を学ぶことでもあるので、山に登る人を中心にニーズはあったのだろう。

私は、その後気象に目覚め、高校では気象観測に明け暮れることになる。

昨今は、気象庁の天気予報の精度が良いので、普段の生活で、自分で天気図を書いて予報する機会はほとんどない。

山小屋などでは今でもニーズがあるだろうが、地域気象についても経験上の知識が必要になる。

私がこのような中学生時代を送り、また高校になってもなお、気象関係の研究を続け、天気図を書き続けたことは、今の職場でも知る先生はほんのごく僅かである。

天気図を見れば、この先の天気が予想できることは、今でも変わらないが、人生の一時期「お天気」に傾倒したことは間違いない。

人生、どこで、どんなことに興味を持つかは分からないものだ。

だからこそ、生徒たちに刺激を与える必要がある。

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2021年08月14日

ペルセウス座流星群

天文ファンにとって流星群の花形といえば、なんと言っても、「ペルセウス座流星群」である。スイフト・タットル彗星を母天体とする、ペルセウス座流星群は、最盛期には、一時間に60個近く流星が飛ぶ。
およそ1分に一回、流星が飛ぶ、という訳だ。

私は、小学生の頃から何度もこの流星群を観測した。
東京の空で、3等星が見えるのがやっとの空で、何人かで寝転びながら全天をカバーし、さらに記録係をつけた。

8月のこの時期、ペルセウス座が上ってくるのは、深夜なのだが、それでも流星群は飛ぶ。
月明かりなどあれば、更に数は減る。

さて、今年のペルセウス座流星群は、最高のコンディション、になる予定だった。
直前にも晴天は続き、月明かりもない。
「これは、素晴らしい天体ショーが見られるぞ。」
と思っていたら、急に天候不順になり、秋雨のようになった。

今住んでいる地域は、晴れれば天の川が見えるくらいの星空なので、さぞかし見応えのあるだろうと思っていたら、結局、ちょうど極大の時期は、天気が悪くなってしまった。

ペルセウス座流星群の極大はおよそ13日の明け方。

今年は虚しく雨であった。

流れ星は神秘的だ。
ほんの小さな塵が、大気圏に突入して発光したものだが、たいていは燃え尽きる。

その一週のはかなさが、何とも言えない思いを抱かせる。

かつて流れ星を「すわわわわ…」と形容した友人がいた。

確かに、ゆっくりめの流れ星は、「すわわわわ…」である。
その光輝いた痕に、雲のようなものが残る時もあり、いっそう儚さをかき立てる。

たまに飛ぶから趣がある。

かつての流星雨のよう飛び方なら、天変地異のように思うのだろう。

しばし星空を見て、思いを馳せようという私のもくろみは、脆くも崩れ去った…。

2021年08月13日

私の中学生時代 その5

白模造紙にラインを引いて、下書きをして、マジックで清書する。
そんなふうに、展示物を作っていたら、地学部の顧問の先生が、「字は半行明けて書くと、読みやすいし、見栄えも良くなるんだよ…」、と教えてくれた。

以来、私の関連する展示物はそのように作った。

中学校で教わったことは多いのだろうが、このコツは後々役に立った。

昨今は、マス目の模造紙があって、生徒たちは、当たり前のようにマス目に字を書き込んでいるが、この方法で言えば、このマス目でも、半行ずつ空けて書くことになる。

地学部の展示では理科室の暗幕を使わせてもらって、スライドショーを行った。
ちょうど、理科教材で様々な天体のスライドがあったので、それを構成して解説したのだ。

当時は、スライドプロジェクターがあり、そこにスライドを入れ、順次映し出す。
その内容を解説する、というスタイルだ。

もちろん、自分で撮影した星の写真や、購入したスライドも入れ混んだ。

本当はプラネタリウムにしたかったのだが、なかなかハードルが高く、スライドショーで妥協したのだ。

当時の私は、すでにプラネタリウムで解説できるくらいの天文の知識があったので、ほとんど原稿なしに、スライドショーを行った。

皆に感心され、美しい宇宙のスライドに感動してもらったことを思い出す。

卒業後も、文化祭で私が解説したときもあったくらいだから、自分でも自信を持っていたのだろう。

ごくごく狭い世界の話ではあるが、私の中学生時代の黄金期でもあった。

私たちが卒業後、数年して地学は廃部になった。
入部希望者がいなかったのだろう。

学校とはそんな風に趨勢が起こる。

公立中学だから、先生たちも何年かするとほとんど入れ替わる。

卒業生が訪ねてきても、知っている先生はどんどん減っていくという訳だ。

これはやはり淋しい…。

個人的に連絡を取り合っていないと、その頃の恩師とは、確実に音信不通になる。

私も、中学時代の恩師で今でも連絡が取れる先生は、誰も居ない。

思い出のまま記憶にとどめよ、ということなのだろう…。

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2021年08月12日

私の中学生時代 その4

すでに大昔のことなので、中学生のときの教室での出来事など、もはや思い出せない。
遠足でどこへ行ったのかも、記憶が定かではない。

修学旅行は京都、奈良に行った。
おそらく班別行動をしていたと思われるが、こちらも記憶が蘇らない。
当時は、大部屋で生活する時代だったが、こちらも平和だったことくらいしか、記憶がない。

どうやら学校行事系は、教員生活の方が長くなって、記憶が混濁してしまうようだ。
もはや、生徒時代よりも教員時代の方が長いのだ。

私は、テレビドラマ「3年B組金八先生」と一番最初のシリーズと同年代だった。
最終回の感動シーンを、中3という立場で見たのだが、こんな感動的な中学時代ではなかったように思う。

私は3年A組の1番だったので、卒業式では校長先生から代表生徒として全文、卒業証書を読み上げられ、皆の分も一緒に受け取って、舞台から下りる、という役割があった。

これには緊張した。
何度も、足を踏み外して、証書をぶちまける夢を見た。
3年生のクラス替えの初日に、すでに卒業式が不安になった。

当日は、何事もなく終え、泣きそうになりながら、最後の校歌を歌った。

その後、私が中学校を訪れた機会はほとんどない。

教員として考える中学校生活の、ほんの一部分しか私は経験していないように思う。
運動部系の生徒との交流はほとんどなかったし、いろいろな行事の記憶もほとんどない。

中学校時代というのは、そういうものなのだろうか。

私がしゃかりきになって、充実した中学生活を送らせようと、あの手この手を使っているのも、もしかしたら、すべては消え去ってしまうものなのだろうか…。

教員としては、たとえそれでも、「自分の信じる、なすべきことをなす」、以外方法はない。

誰が、どこで、何に、琴線が触れるか、それは本人ですら分からないことなのだろうから…。




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