2020年07月10日

H君のこと

この春、地元の工業高校に進学したH君が活躍しているという。

コロナ休校で6月からのスタートらしいが、H君は学校ではスポーツ万能で勉強もできる人気者なのだそうだ。

周りの生徒は、勉強が分からなくなるとH君に聞きに来るらしい。

「Hは、どうしてそんなに勉強できるんだ? どこの中学校だ?」
なんて聞かれると、誇らしげに出身中学校を伝えるのだと言う。
「私立はすげーな。」

確かに、中学時代に若干の先取り学習はしていたし、工業高校ともなれば、それほど成績は高くないだろうから、H君が勉強の面でのヒーローになることは、想像に難くない。

Hが中1の時は、私が担任だった。
なかなかのやんちゃ生徒だったので、野球部の練習に参加させた。
少し根性がついてきた頃、父親がやってきて、「「本人は嫌がっているんで、野球部を辞めさせたい」と要求してきた。

歴史が全くわからないかったので、個別にアニメで歴史の勉強させたこともあった。
スキーにも連れて行ったことがあるし、地元の祭りにも参加させた。

そのうち、H君の両親は離婚。夫のDVが原因で、その後親権を巡って裁判になる。
母親は、父親から逃れ、自宅に多数の監視カメラを付けておびえていた。

家庭の事情で、高校は公立の学校を選んだが、H君にとって、その環境での学びがたくさんあればいい。

私の学校では、成績は決して良いとは言えず、スポーツだってどちらかと言えば、あまり得意でなかったはずなのだが、環境が変わると、人も変わるのだろう。

いずれにせよ、楽しく誇らしく登校できているのは何よりだ。

これからも試練はあるだろうが、きっと乗り越えてくれるだろう。

いつか、大人になって社会で活躍するH君を見てみたい。
もっとも、その頃には、私のことなどすっかり記憶から忘れ去られているに違いないだろうから、どこかで出会っても分からないだろう。

そんな風に、教員たちは、忘れ去られながら生きている。

人を育てる仕事は、物づくりと同じくらい尊い。

世の母親たちも、家庭でその仕事をこなしている。

2020年07月08日

脱走

「ストレスがたまったので、ちょっと外に出てきます。SHR(ショートホームルーム)までには戻ります。」
担任の机の上にそんな置き手紙を残して、午後の5時間目の授業から高1のS君が脱走した。

「置き手紙をしての脱走なんて、なかなかやるじゃん…」、と私は思ったが、学校の責任上、さすがに放置しておけない。

ちょうど昼の掃除が終わった頃、S君が昇降口から猛ダッシュで走って行くのを私は見ている…。

「そんな手紙を残して学校から出てしまうなんて、なんてヤツだ。写真撮って親に見せなさい。」
教頭はお怒りのようだ。

確かに、学年主任もスクランブル発進して、近隣を自動車で探索し、学年団の先生も、学校周辺を歩いて創作しているのだから、大迷惑には違いない。

本人は「ストレス発散」だろうが、学校管理下なので、生徒の所在と安否の確認は必要不可欠だ。

学校によっては、「どうせ、どこか校内に隠れているから…」、などと放置されている場合もあるようだが、それでも、屋根の上から落ちて大けがをしたら一大事だ。

S君は、ちゃんとSHRには教室に戻ってきた。
探索部隊には発見されたなかったようである。

あとで密かに聞いたら、
「山に行っていました!」
と、S君。

学校の周りの山に隠れていれば、それは見つかるまい。
自然の中で、ストレスも発散できたことだろう。

リーダーもできるS君だが、何かがきっかけでキャパシティを超えてしまったらしい…。

試験前は、野球部に来て、後輩のためにノックも打ってくれていた。
秋からは、高校野球にも参加する予定だ。

脱走で、学校現場は大慌てだが、ちょうどそのとき、高2のM君も学校の外を歩いているところを、たまたま車で走っていた職員に捕まえられた。

同じく、「いっぱいいっぱいになったので、歩いた」のだと言う。

昨今は、こういう生徒が増えてきた。

授業中にも、自分がうまくできないと、嫌になって教室を飛び出してしまう中1もいる。

彼らを暖かく見守るのも、私たち教師の仕事だ。

2020年07月05日

地方選挙

夕方高3生のY君が、「選挙に行っていました」、と高揚した面持ちで私のもとを訪ねてきた。
彼は明日6日に誕生日を迎える十八歳。人生初めての選挙である。
地方自治体の首長選であった。

「コロナ対策、すごかったですよ…。」
と興奮気味に語るY君。

まず、フェイスシールドつけた市の職員が、来場者一人ひとりを消毒する。
そして検温が行われ、その後、投票所に誘導される。
投票時に使う鉛筆は、一回限りの使用。
毎回の消毒の手間より、投票来場者がそのまま持ち帰るシステムであったという。
当然、マスクをしていなければ、その場で購入される。

まさに「人を見たら、コロナ感染者だと思え」の世界である。
ある意味、人間を黴菌扱いしているとも言える。

学校現場でも「体調が悪い」、などと言えば、友達から「コロナじゃないの」、と揶揄される。

通常の生活でも、「まず人を疑う」思想が広がり始めている。
と、同時に『恐怖と不安』が蔓延しているのだ。

コロナウイルスの広がりは、『恐怖と不安』だ。
その『恐怖と不安』が免疫力を下げ、体力を落とす。

あたかも、神が、「この世は科学万能ではない」と教え諭しているかのようにも見える。

当分、コロナは収束しないだろうし、第二波、第三波もやってくるだろう。
人類は、初の世界的パンデミックという未曽有の経験に右往左往しつつも、知恵を勇気を結集して生き延びてゆくのだろう。

学校現場も、試行錯誤を繰り返しながら、コロナ時代の学校運営を構築していくに違いない。

「まったく失礼な対応だね…。」
私は、Y君にそうつぶやくと、彼は
「生まれて初めての選挙が、とても印象的な経験になりました。」
と笑った。

国会議員の選挙は、魑魅魍魎が渦巻く、マスコミをも抱き込んだ出来レースだが、地方選挙はまだ人間味がある。

十八歳の選挙権。
若者たちは確実に新たな一歩を踏み出している…。

2020年07月01日

ヒグラシの季節

7月になった。
コロナ騒ぎの中の半年が過ぎたが、季節はちゃんとやってくる。

青い稲田が、風に吹かれる様は、一年で一番美しい。
セミも鳴き始め、夕方にはヒグラシも聞こえ始めた。
今はねむの木の花が特に美しい。

田舎の景色は、変わらず巡る…。

そんな折、またぎっくり腰になった。
最近は、年に一回くらいはそうしたことが起こるので、その対処には慣れた。
動きが制限され、不自由だが、授業はなんとかなる。

それでも座り仕事の多いときは、けっこうつらい…。
重い荷物を運ぶことも、はばかられる。

学校では期末考査が近づき、試験範囲を意識した授業になった。
生徒たちの眼つきも、少し変わってきた…。
おかげで演習時の質問は、いつもより多い。

私の学校では、試験の2週間前に試験範囲表が配られる。
私もそろそろ試験問題を意識した作問計画を立てねばなるまい。

今月からレジ袋が有料になった。
プラスチックごみ削減が大義名分だそうだが、レジ袋削減は、プラゴミ削減にほとんど効果はない。
消費者からすれば、単に値上げになったに過ぎない。

そんな政府の施策は、他にもたくさんある。
一つは、マイナンバーの銀行口座と紐付けだ。
これには、国が国民の資産を把握したいという意図がある。
従来、マイナンバーカードの発行は、確定申告がオンラインでできるくらいで、国民にはほとんどメリットがなかったので、所持者は少ない。

しかし、今回の10万円バラマキで、手間取ったので、「次からはすぐに振り込めますよ」、と宣伝して、国民の財産を狙っているのだろう。

日本は、借金が多いというが、それは国民の借金ではなく、政府の借金である。
隠れ資産として、国民は貯蓄を持っている。
コロナが一段落したら、今度は、大増税とともに、国民の貯金に対して税金をかけようという魂胆であろう。

接触アプリだの、マイナンバー制度だの、日本がどんどん国家社会主義化している。
これらは、お隣の中国ではすでに実施されていることだ。

季節は変われども、世の中は違う方向に変わっていくようだ。

2020年06月30日

引退試合

明日から7月。7月と言えば、大方の中学3年生の部活動の引退時期である。

コロナにより全国総体が早々に中止になり、追って県総体も中止になった。
代替大会が模索されたが、高野連のようにはいかず、結局公式な大会ななくなった。

そこで、地区専門部では、地区内の学校で引退練習試合を設定することになった。

日程を調整して、中3生に最後の花道を作ってあげようという、せめてもの救済策である。

正直、部活動どころではないというのが現状ではあるが、中学校の部活は、中3の夏の大会を目標に活動してきたわけで、何とか試合をさせてあげたいという、生徒たちを愛する大人たちの熱意である。

まさに世界的なパンデミックの中、コロナの中で生き抜く、サバイバルな教育活動も模索しなくてはならないのだろう。

単に密を避けるという生活では、原始時代に逆戻りだ。
経済活動も停滞し、世界的な大不況になり、下手をすると国家すら破綻する。

時代の端境期、エキサイティングな人生を力強く生き抜く人材を、私たちは育てているのだ。

「ほとんど練習期間がなかった学校ばかりの中、うちは通常通りやってきたのだから、いい試合をしないとね…。」

いい試合とは、『勝つべくして勝つ』ということである。
たとえ、技術的にはるかに遅れているメンバーであっても、ここ数か月の練習は相応の効果をもたらしているだろう。
本当は、対外試合を通して学びたかったが、それはかなわなかった。

「どの学校と対戦するんですか?」
「対戦校は、お任せしてあるよ。どこが相手でも同じでしょう。自分たちは自分たちのやってきた練習を信じて、戦うだけだ。」

皆が気合を入れたのだが、今日は大雨になった。
飴でグランドが使えないときは、行内で会談トレーニングになる。

前回、中1がいなかったときのトレーニングで、「先輩として、つらくても、つらいと言ってはいけないし、そういう泰治を見せてもいけない。楽しそうに笑顔でやりなさい」、と仕込んでいたので、今日は弱音を吐く上級生はいなかった。

日誌には、「少しつらいと思ってしまいました。次回は、その気持ちを振り切ります」、と書いてあった。

引退試合まで一か月を切った。
日程もまだ未確定だが、この先の期末考査を経ての試合になる。

彼らならば、試験期間中、全体練習ができなくても、練習を続けてくれるだろう。

少し成長したな…。

2020年06月29日

教育活動の目標

「教育活動の目標ってなんだろう。」
人事評定の目標シートを書くたびに、そう思う。

「生徒たちを学び、社会に役立つ大人として成長させるための一助となる」、ことが教師の仕事であるとすれば、全人格的な成長が求められることになる。

塾や予備校ならば、直近の学校への合格であったり、学校の授業についていけるようになることだったり、はたまたが学校の宿題をこなすことだったりする。
そうは言っても、彼らだって、教育者としての自信と誇りを持って、生徒たちを育てているに違いない。

親のニーズ、社会のニーズが、教育の目的であるとするならば、本来の目的から少しずれてしまうこともあり得る。社会的な『常識』が時に間違っていることがあるからだ。

「クラスの偏差値を5ポイント上げます」、と言えば、耳障りは良いが、それだけを追い求めてしまうと、点数至上主義に走る。

そんな折、教頭面談があった。
「この半年間の、よかった点と改善点をお話しください。」
毎年、このことを聞かれる。

本心から言えば、私自身、良くもなく、悪くもなく…、何となく時が流れた感じ。

敷いて言えば、再び生徒が愛おしく思えるようになったことだろう。

以前の私は、もしかしたら生徒との関係が近すぎたのかも知れない。
そういう意味では、担任も学年主任も外れた昨今、彼らと絶妙な距離になり、おおらかに彼らを見られるようになったのだろう。

「特に校長に伝えたいことはありますか?」、という質問にも、「特にありません」、と答えて面談は終わった。

こののち、校長面談が入り、授業評価のフィードバックを受ける。

かつての自分は、「定年までつつがなく、特に目立つこともせず、淡々と毎日を過ごす」ような働き方に強い嫌悪感を持っていた。
だが、昨今は、その気持ちも少し分かるようになってきた。
「自分は、そんなに優れた人間ではない」、という思いが歳を重ねるたびに大きくなってきたのかも知れない。

今の私は、授業と部活に特化している感じだ。

「あまり、学校には貢献されていないな…。」

そう。思いつつ、毎日が過ぎていく。

この倦怠感は何だろう…。
posted by 丹澤三郎 at 23:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類

2020年06月25日

しずかちゃんにはなりたくない…

今、音楽の授業で、バイオリンを弾いている。
レンタルのバイオリンを使って、中3から高2まで実習しているのだ。

学校の音楽の授業でバイオリンを弾けるとはとても驚いた。

音楽室の前を通ったら、授業準備をしている音楽の先生が。二人に一台のバイオリンを机の上に準備していた。

その姿は壮観である。

私は少々ピアノをたしなむが、バイオリンはこれまでの人生で触ったことがなく、また、「この機会に弾けるのではないか…」、という思いが、ふつふつと沸き上がったのである。

早速、音楽の先生に声をかけ、生まれて初めてバイオリンを弾かせてもらった。

四苦八苦しながらも、ようやく美しく響く調べになり、簡単な短音の曲くらいは奏でられるようになった。

私は音楽をやっているせいか、ずれた音には敏感だ。
だから、言を抑える場所がほんの少し外れた時の音が、許せない。
そう思いながら練習していると、まさに発狂しそうになるのだ。

「子供たちも、音がずれたり、不快な音が鳴ることを嫌がって、必死で練習しているんですよ。」
と、音楽の先生が熱く語る。

なるほど、安っぽいプラスチック製の吹けば音の出るリコーダーとの違いを感じているらしい。

「みんな、『しずかちゃんにはなりたくない』って、一生懸命ですよ。」

なるほど、ドラえもんに出てくるしずかちゃんのバイオリンは、子供たちにも印象深いらしい…。

そんな授業風景を動画に撮って、配信したら、学校としての宣伝にもなるかも知れない。

そんな折、学校説明会が行われ、入学希望者が音楽の授業を見学した。

保護者は奇しくもバイオリンの先生。

きっと驚きとともに、嬉しい気持ちで音楽の授業を見たに違いない。

私も、何度か練習して、少しは良い響きの音楽を奏でてみたいものだ。

そんな折、ピアノを弾いたら、音に注視している自分がいた。

タッチの差で、音の強弱が変わるピアノの音を、今までよりさらに真剣に聞いている自分を発見したのである。

だから、音楽は面白い。
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