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父が逝く(ToT)/~~~


18日(金)午前2時半

父が逝ってしまった・・・・


14日の月曜日に食道ろうの手術の為、
都内の別の病院に一時転院して、16日の水曜日に食道ろうの手術をした。
成功だった。

そしてその時には声は出ず、耳も聞こえづらくなっていたけど
意識はすごくしっかりしていて
私が文を書き、それを目で追って
首をふったりして自分の意思を表示することもしていた。

手術の次の日、
転院先の病院の担当医から元いた従姉妹の病院に電話が入り
21か22日には従姉妹の病院に又転院させられるので
ベッドの確保を電球という事だった。

その連絡を受けたのが17日の日中3時頃。
そしてその日の6時頃、その病院から私に電話が入り
容態が急変した為、呼吸器をつけたいとの事。
でも、すぐ来なくて大丈夫OK
明日にでも来て励ましてあげてね笑顔との事だったのに・・・・・

夜中の2時半・・厳密に言うともう金曜日18日の午前2時半。

電話がかかってきて、また容態が急変、呼吸が止まってしまい
マッサージもしたがダメだったとの事・・・困った

ええええええええええ!!!!??????(T_T)

なんで!!!!?????

どうして??????

17日には早速流動食を流し込み、
順調にいき、さてさてこれで1週間もすれば体力も戻ってきて
元気になるまると先生もほっとしていたんだそうだ。

なのに何故!!!!!?????

日中、また元の病院に戻るって話をしたばかりだったのに・・・・・

20日の日曜日御通夜
21日月曜日告別式

本当なら月曜日には従姉妹の病院に戻って
退院の話とかもしていくはずだったのに・・・・・

悲しかった・・・・・

去年の1月に母が亡くなった時も悲しかったけど
絶対に何をしても助からないってわかってたから
亡くなるまで毎日泊まりこんで
すこしずつ覚悟をしていく日々だったけど・・・・・

父は医者も皆、治るって思ってた・・・・
もちろん私も・・・・

あまりにもあっけなく
最期は誰にも身内に看取られる事なく
一人で逝ってしまった父・・・・

悲しくて悲しくて悲しくて

病院に駆けつけた金曜日の明け方から御通夜告別式が終わるまでの4日間
泣き続けたかも・・・

それこそ御通夜の間も葬式のときも
泣いて泣いて

色々決めなきゃならないこともあるので
それを話してるときとかはどうにか泣かずにいても
ちょっと何かがあると泣いて泣いて・・・・

おかげで顔がむくんでむくんで
目は腫れて腫れて・・・・

母の事だって考えるとまだ泣いちゃうのに
父の事は色々あっただけに
助かると思ってただけに
もっと泣ける。

今はなるべく考えないようにしてる。

でも、仕事ができるかな・・・・

母の時は母が亡くなり
レジに同じような年齢の方が来たり
又は親子で来たり
車椅子に乗って来たりと
そういうのを見ただけで
泣きたくなって涙がこぼれそうになって
困った・・・

親子でいるのは羨ましくて
車椅子に乗ってると
車椅子に乗っていてもいいから
とにかく生きていてほしかったと思い
一人で来てる人を見れば
まだまだ元気で買い物してるのに母は・・・・
と思い
とにかく泣きそうで声が震えて上ずっちゃったりしたもんだった・・・・

ようやく少し抑えることが出来るようになってたのに・・・・

今度はどうなっちゃうんだろ・・・・

明日なんておじいちゃんが買物来たの見て
泣いちゃいそうだ・・・・
どうしよう・・・・・

父が亡くなった一番の原因は「気力」の問題だって
従姉妹も思ってるし転院先の医者も思ってるし
私達もそう思ってる。

父は母のところに早く行きたくて逝きたくて・・・・・

本人もそう言ってた・・・・

父が治ったら一緒に行こうねって約束してた場所がある・・・・

一緒に行きたかった・・・・

どうしてなんだろ
何故なんだろ

この歳で、相次いで両親共に亡くすなんて事
考えもしなかった・・・


母が亡くなった時には父がいた

だからまだ耐えられた

でも今その父もいなくなった・・・・

あーダメだ・・こんな事打ってるだけで
涙が出てきちゃう。
泣いても泣いても泣き足りない。

たった一人で家にいるとしたら
きっとずっとずっと何日も何日も泣き続けるんだろうな・・・・


猫似!?

昨日職場の人達と話してて、

もし何かの事件とかで犯人を見たとしても
何かが起こってる時なんてきっと衝撃を受けてるし
じっくり正面から顔見るわけでもないのに、後から犯人の顔を聞かれて
こういう顔ってモンタージュ作る位明確になんて覚えてないよね汗
自分の受けた印象しかわかんないよね!?

ていう話になった。

そしてその職場の人達は自分達はあんま特徴がない顔してるから
きっと説明できないよね電球と言う。
彼女は以前似顔絵書く人に、「特徴なくて書きづらい」と言われたんだそうな(^^ゞ

「でも、るるは特徴あるからきっと似顔絵描く人が書きやすいし
説明しやすいよOK
目が大きくて猫みたいな顔猫
娘さんもやっぱ猫っぽいよね猫


って言われた。

特徴ある顔なんだと・・
えええええ!?じゃあ悪い事したらすぐにモンタージュ作られちゃうから
外に出るときはサングラスかけなくちゃめがね
って話になった(^^ゞ

前にも友達の娘さんと初めて会ってすぐその子に
「猫みたいな目」って言われた汗

ええええええ!!!!???
そうかな????
学生の頃、マルチーズを買ってて友達にその犬にそっくりだね犬って言われてた。
だから自分はずっと犬顔だって思ってたんだけど・・・

それを言ったら職場の人に
「それもわかる電球でも要するに顔が前に突き出てるような感じ(柴犬とか)の種類じゃなくて
マルチーズ(毛足の長いタイプ)や猫のような感じ」・・らしい・・???


家に帰って娘に話したら彼女もやっぱいつも「猫に似てる猫って言われるらしい。

後は私も娘もよくハムスターとかウサギとか小動物系とも言われる。

雰囲気も猫っぽいらしい。

飼い主とペットって似るって言うから、
犬飼ってた時は犬に似て今は猫飼ってるから猫に似てきたのかな〜笑顔

全然関係ないけど、義理の妹は・・・・
韓国の大スターのイ・ビョンホンにくりそつだと思うんだけどな〜ラブ
これ妹も読んでると思うけどさウインク
私が「素敵ドキドキ大」って言うと
彼女、「けなされてるんだかほめられてるんだか汗」だってウインク
あ、でも、男に似ていても彼女、美人ですから〜笑顔








追い詰められる


父が「食道ろう」の手術を受けられる事になり、
今の病院では出来ないので、一旦14日の月曜日に
一時的に都内の別の病院に転院し、
16日の水曜に全身状態が悪くなければ手術を受ける事になった笑顔

家族からすると、これが一縷の望みかな・・

最初はただの腸閉塞だったのに・・・
それまで一人で車も運転したり歩いたり食事作ったり
なんでも一人で出来たのに・・

あっという間にこんなになっちゃって・・
昨日病院に行ったときには
殆ど喋ることも出来なくなってた落ち込み

そして自分はもう最期だというような意味の事ばっかり
伝えようとする・・


は〜落ち込み
辛い・・・
食道ろうにすれば、そこから又安定剤も入れる事ができるし
精神的に又上向きになってくれるだろう・・

さすがにまだ両親両方は失いたくない。
母親もまだ若かった、69歳。
父親は76歳。結構いってるけどでもまだまだ元気な人も沢山いる年齢だよね。
車椅子でもなんでもいいからまだ生きててほしい。

・・・・父の事だけでも結構精神的に追い詰められてるのに
父の転院やら手術やらで又仕事休まなければならない。
レジ仕事はこれから年末にかけてとっても忙しい時期、
人減らしだなんだって去年から11人も辞めてるのに人数増やしてない。
一人一人への負担が大きいんだよね落ち込み
休みを切り出すのもとっても言い辛い汗

自分の体もだんだんおかしくなってるのに
父の事や自分の通院で休むから普段それ以外に休むことも出来ないし、
休むと振り出を頼まれるし、
仕事やめたくても経済的に辞められない・・・

なんだか時々追い詰められて叫びたくなる。

そんな時、下の子が学校でつかみ合いの喧嘩して
うちの子のパンチが相手の鼻にあたり
救急車騒ぎになってしまった困った
骨は折れてないし、通院もなくすんだから良かったけど
結局第3者が怪我させたとなると健康保険が使えないから
全額自費・・2万超えました〓
先生いわく、学校内でも授業中や部活中ならお金出せるけど
それ以外の時は保険がおりない。
互いになぐりあってたしどっちもどっちなんだけど
結果的にうちの子が怪我させてしまったという事で
全額今回は払ってくださいお金って言われて
全額払いましたよ・・・

そして父の病院に行くときに
第3京浜を109キロで走行中、スピード違反の切符を切られ
18000円・・・・・

全く・・・・・

何故次から次へと・・・・

疲れる・・・・・・

ほ〜んと今月は私、精神的にも肉体的にもほんとのほんとに玉砕ダメ

まあ喧嘩した相手は子供がいつも一番仲良くしてる子で
あんな事があった後でも又仲良く遊んでるし
明日もその子と遊ぶ約束してて電話かかってくるの見てると
安心したけどねまる

参った・・・(~_~;)


長期入院している父は肺炎はよくなってきたものの
相変わらず物が食べれず
結局トータルしてみると入院してからほとんど物を食べてない状態で
すでに3ヶ月(◎皿◎)ナンデスト!!

当たり前だけど体力はどんどん落ちるし
もともとガリガリだっただけに
もうどこにも肉と呼べるものはついていなく
例えは悪いけど、戦時中の栄養失調のような体・・
とはいっても、栄養失調の場合お腹は異様に膨らむけど
お腹すらガリガリペッタンコで顔の肉すら何もない状態困った落ち込み

とりあえずは高カロリーの点滴を入れてるけど
そんなもので体力を維持する事はできない感じ落ち込み

でも入院も長期になってきたし
肺炎にならなければ、一人で歩くこともできたので
12月6日あたりには退院電球となるはずだったのに
今はそれも無理。
歩くことも食べることも体を起こすことも出来なくなってしまった落ち込み

でも本人は外に出たくてたまらない。
精神状態もおかしくなってくるし・・・

という事で今の点滴つけたままでは
外泊すら無理!なので
「食道ろう」といって、喉に穴をあけて
食道にじかに食べ物を流せる管をつけることになった。
普通は胃につける「胃ろう」というものが一般的なんだけど
父は以前胃がんで胃を全摘してるため
食道にすることになる。

でも食道がただれていた為
そのままだと針を刺したときに出血して
かえって危険な状態になってしまう・・・

食道の状態を見るために今日内視鏡を入れてる。
結果がまだこないけど
待ってるのってドキドキだ・・・・(~_~;)

たとえ食道ろうが出来たとしても
これから先、問題が山積みだ・・・



今父の病院に行って私がやっていること電球

@
 まず痰が絡んだら、自分でどうにか舌でもって痰を口の方へ
 持ってこれそうだったら、それを待ってティッシュで
 痰を絡めとってあげる。
 又は口からどうにか出せそうなら容器で痰を受け取り、
 出し切れないものをティッシュでとってあげる。

A
 目覚めているときはベッドを極力立ててあげること

B
 定期的にゼリーを食べさせてあげること

C
 柔らかいビニールボールを手に握らせてあげて
 手の筋肉の回復訓練をさせること

D
 足をまず熱いタオルで綺麗に拭いて暖めて
 肌水などをたっぷりつけながらマッサージしてあげること
 
E
 顔も熱いタオルで拭いて肌水などで保湿してあげること

F
 定期的に様子を見て、口腔内や唇が乾いているようなら
 口内保湿のためのジェルを唇や口腔内に塗ってあげる

G
 個室にいて一日中一人で
 今は体力的にテレビとかを見れる状態ではないので
 ぼけないように刺激を与えるために
 疲れない程度に話相手をすること

    
    以上



並べてみたら大したことないんだけど
一日病院にいるって結構疲れるんだよね汗

〓〓〓〓〓〓

ところで怖い話をひとつ幽霊

以前書いた「本当にあった怖い話」の中で一番最初にアップさせた
「小人の死神の話」
覚えてますか〜!?〓

忘れた人は見てみてね〜電球

とりあえずその時の話は簡単に言うと
病院で実際に祖母の入院してた個室で母や叔母たちが
怖い顔した小人達が現れて祖母の上に乗ったりするのを必死になって
追い払ってた・・・
そして結果祖母は亡くなり
テレビでも同じ話がやっていて・・・・
という内容だったんだけど・・・・


この前、父が危ないって病院に呼ばれて
2日後くらいに、
父がだいぶ回復してきて

その時私に「本当に起きてる事なのか

幻覚なのかよくわからないけど・・

なんか怖いものがでてくるんだよ。」

「どんなもの?」

「これくらいの大きさで・・」

と手で10センチ〜20センチくらいの大きさを縦に作ってみせて

「なんだかそこら辺を歩き回ってて

あっちこっちの病室を覗いていくんだよね・・・

あ〜〜怖い怖い!怖い怖い!」



電球・・・・・・もしやそれって・・・・それって・・・
小人(死神〓)が誰かのお迎えに・・・
そしてその頃父が危なかったから
とりあえず覗いてみたってところかな・・・・!?困った


そしたら今母も病室にいるんだという父。

だから俺はもうおしまいなんだ・・・
お迎えがきたんだ・・・
わかるんだ・・・・

と訴えるんだけど
「お母さんはお迎えにきたんじゃなくて、満足に食事もしないで体力落とした
お父さんの事を怒ってるんだよ!ちゃんと食事しなさい!あなたはまだ生きるんだよ!
って心配できたんだよ!」って
言うと「そうなのかな・・・・」って考え込む父。

でもあれかすこしずつ回復してきて
血圧も酸素も回復して熱も下がり、
安定してきた笑顔
おとといより昨日と一日ごとに良くなってるかんじだ。
昨日は私がいる間は痰を全く取る必要もなかった。

頑張れ〜〜〜〜〜拍手

ここんところ仕事が休みの火曜・水曜・土曜は父の病院に
朝から夜8時までずっといる。
そして他の曜日は仕事。
たまに病院から呼び出されて仕事の後に病院に行くこともある。

なんだかくたくた・・・

父は母が一昨年亡くなってから
ちょっと欝っぽくなったりする。
なので今の病院になってから漢方の安定剤を服用し始めて
だいぶ落ち着いてきて精神的な↑↓が少なくなって
比較的安定してたのだけど
肺炎になってから口から物をとれない状態なので
一旦その安定剤は止めている。

そうしたら、とたんに出ましたよ〜〜〜〜落ち込み
欝状態が・・・・・・・・

まあ歩いたりして回復に向かってて
12月に退院予定だたのが
肺炎になってから急激に弱り歩くことも起き上がることも
できなくなって、個室に移され痰がひどくって状態を見れば
自分でも「もう俺はダメなんだ・・・」って思っちゃうのかもしれない。

確かに一時とっても危険な状態ではあったけど
今は少しずつ回復してきてるんだから
後は本人の気力電球力こぶといったところなんだよね(-_-;)

なのに「俺はもうダメなんだ・・わかるんだよ・・」とか
帰ろうとすると「おなごりおしいな・・・さようなら・・さようなら・・」って言いながら
泣くんだよね・・・・汗

ここんところ毎日泣くもんだから、
私のほうも精神的に結構きつい落ち込み

「お父さん。癌だったときもいつもいつも何かあると、もうダメだって言ってきたけど
こうやって今も生きてるでしょ!?
今回だって不治の病じゃないんだから、肺炎だって良くなってきてるんだから
死ぬ死ぬって言いながら、明日もあさってもちゃんと目覚めるから大丈夫だよ電球
って励ましてる。

おまけに母の最期の時の処置と今の父のやってる処置が全く同じだから
なおさらダメだって思っちゃうんだろうね・・
口から食べれないし血管確保できないから
足の付け根とかの太い血管から高カロリーの点滴を入れて・・・
って言うのが一緒だからね落ち込み

母の時は私がひとりでずっと病室に泊まり込んでたんだけど
時には母に「もう殺してーー!!!もうなんにもしないで!!!早く死なせて!!」
など叫ばれながら・・・
痰の処置の時は口からできる状態じゃなかったので
鼻から管を入れる。
苦しみもがくのを必死で腕をおさえつけて・・・

体中がむくみ、細かった母がだるまのように膨れて身動きもとれず、
意識が戻ると呼吸が出来ず苦しみ・・

壮絶すぎていまだにその姿が鮮明すぎて・・・・

だから父もどうしても自分を重ねてしまうのは仕方がないんだけど・・・

でも父は母とは違うんだから
もっと気力を持って頑張らないと!

でも泣かれるとこっちも辛いんだよね・・・

今日もこれから病院に行って
口から少しずつゼリーでも食べて
飲み込む練習をさせないとね・・・



長野で入院していた父が
10月の終わりにとうとう東京の従姉妹の病院に転院となり病院
今は従姉妹女の子が主治医をしてくれている。

最初の頃は元気に一人で歩いてトイレに行ったりもしていたんだけど
食事をきちんととりたがらず、ほとんど食べない為に
だんだん衰弱してきてしまったごはん

父は昔胃がんで胃を全摘して腸と食道をつなげてあるので
その時から物が沢山食べれず
痩せてしまっていたんだけど
年とって、病気してから食べないでいると
その痩せ具合がほんとに全然違ってきてしまうんだよね・・・困った

おまけに今回の腸閉塞の手術では
その胃がんの時に胃を切り取り腸と食道をつなげた部分が
腐っていた為に同じ場所を切り取り、
再度つなげたので、又物が通りずらかったり
食べた後に空気があがってきたりと
本人としては結構辛いものがあったりで
長野で入院中もまだ食事が取れていなかったところ
東京に来て、まずはお粥から入ったものの
本人が物を食べようとする意欲が全くなく
お腹もすかない・・という最悪のパターンで
結果どんどんやせ細り
体力がなくなってきてしまった落ち込み

どうにか高カロリーの医療用の飲み物とかを
少しずつ飲むようにしたり
点滴で栄養をとったりしたものの、
結局体力は落ちて・・・
そのせいかどうかはわからないけど
ちょっと外出してその後で
肺炎になってしまった汗ダメ

そりゃそうだよね・・
長野のホームにいた頃から
勧められる食事をきちんととらず、
自分で好きなものだけを作って・・・といっても
ほとんどが漬物とか味噌汁だけって感じみたい落ち込み
そして入院手術で物が食べれない期間が長く
手術の結果なおさら食べずらくなり
どんどん食べ物を受け付けなくなって
入院してからだってすでに3ヶ月くらい経ってるんだから(-_-;)

肺炎になって危ない時期は
どうにか脱しつつあるけども、
それでも寝たきりで、もうどこにも肉と言えるものはなく
点滴の血管を確保する事もできず
今は足の付け根の太い血管から高カロリーの点滴や
抗生物質などを投与している状態。

痰もひっきりなしに絡み
喋る言葉も聞き取りづらい。

こともあろうか父はMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を持っていて
効く抗生物質がとっても少ない。
でもどうにか今やってるものが効き始めてはいるけど
一時は血圧の低下。酸素濃度の低下。発熱。
などなど非常に危険な状況にまで陥った。

続きはパート2へ〜

   
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