新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
2022年01月03日
復活?
コロナに明け、コロナに暮れた2021年も終わり、気がつけば2022年が始まっていた。去年は、6月ぐらいから長い中断期間を経て、9月に一時復帰したものの、最後の三ヶ月は完全にサボってしまった。復帰後継続できなかった原因の一つは、毎日ではないとはいえ、ジョギングを始めてしまったことで、ジョギングに気をとられて記事を書くのがおろそかになってしまったのではないかと、今にして思う。
それなら、寒さが厳しくなってジョギングを止めて、いや中断して以降は、復活できていてもおかしくないはずだが、できなかったのは、やはりコロナ対策による閉塞感によるものだろうか。何を書いても、同じことを書いているような不毛さを感じていたのは事実である。言ってみれば、長く続けていたこともあって、書くことに倦んでしまったのである。
今年もコロナ騒ぎはすぐには終わりそうもないのだけど、書くのを止めて以来、仕事の効率も落ち、無駄なことをしている時間が増えたような気もするし、こっそり再開することにする。書けたときに登校するというスタイルは、自分には全く合わないことはすでにわかっているので、出来るだけ毎日、更新していくことにする。こんな事を元日ではなく二日に書いている時点で、今後もお察しと言う気もするけど、初年度も案ずるより生むが安しだったし、ネタ切れの埋め草用に準備していたものもたまっているし、気楽に始めるとしよう。
2022年1月2日
タグ:言い訳
2021年08月23日
リハビリ開始
五年以上も、一時の例外を除いて、ほぼ毎日書き続けてきたこのブログだが、六年目の半ばになって更新がぱったり途絶えてかれこれ二ヶ月半になろうとしている。他人事のような書き振りではあるけれども、その原因は、仕事が忙しくて文章を書く時間がないからでも、体調不良で書くことができなくなったからでも、書くべきネタが尽きてしまったからでもない。
仕事に関していえば、五月半ばに一山越えて、六月七月は、以前よりは余裕があったし、最近は夏休みで、ワクチンの二回目の摂取の後の副作用に悩まされた時期を除けば、ひたすら怠けていたほどである。体調についても、在宅勤務で出歩く機会が減って運動不足に陥った結果、快調とは程遠い状態だったが、これまではこのぐらいの体調なら問題なく書き続けられていたのである。
ネタに関しても、今年は七月からの、いわゆる「キュウリの季節」に入ってからも、あれこれ問題が起こって、書こうと思えば書くことはいくらでもあった。チェコでは秋の下院の総選挙が近づくにつれて、有権者に媚を売ろうとする政治家たちの愚行が、与党、野党にかかわらず、増える一方だったし、日本ではマスコミを中心とした混乱振りがひどいものだった。今年はオリンピックをほとんど見ずに済ませられたのも、これまでと違って特筆できる。
簡単に言えば、今回の更新の停滞は、我が本性たる怠け癖が露呈した結果に他ならない。これまでは「毎日書き上げる」という縛りを入れていたから、なんとか怠け者なりに書き続けてこられたのだ。それが、五月中に一時期休みを入れたことで、毎日じゃなくてもいいかという気持ちを持ってしまった。そうなるともう駄目である。毎日、まあ明日でいいかとか、次は週明けにしようとか、どんどん先送りしてしまって、気がついたら、八月も後半になってしまった。
思い返すと、習慣と化しつつあった毎日文章を書くという営為に倦み始めていたというのは否定できない。それで、二日に一回とか、週末だけ書くとか、ペースを変えようとしたのが失敗の始まりだった。いや、そのペースをきっちりと決められなかったことが失敗だったのかもしれないが、決めていたとしてもうまくいかなかった可能性は高い。何せ、どうやれば、二日に一回のペースで書けるのか想像もできなかったのだから。
人によっては、書けるときに書いて更新するという方法でブログを続けている人もいるのだろうが、これもまた、明日でいいやと先送りを繰り返す自分の姿しか目に浮かばない。書けるときに書くスタイルでは、書き始めることはできても、結末をつけられないという問題もある。ブログを始める前に、書けるときに大量に書きなぐって収拾がつかなくなった文章が、PCの中にごみの山になっている。毎日とりあえず、無理にでも結末をつけて文章にけりをつけるという縛りがなければ、ここまで書き続けられなかったのである。五年も続けられるとは始めたときには想像もつかなかったけど。
では、今後も毎日書き続けられるかというと、一度理由もなく切れてしまっただけに、自分でも心もとない。今後しばらくは試行錯誤しながら、継続の方法を探っていくことになるだろう。ということで、仕事が再開してからだと、またまた先送りの繰り返しになりそうだから、休暇中にリハビリを始めることにした。
それでこんな言い訳じみた文章を書いているのだが、実は冒頭の部分の文章は、すでに七月の始め
には思いついていた。結局書き始めたのは八月も半ば過ぎのことになるのだけど、書き上げて投稿するのはいつのことになるだろう。九月なんてことにはならないと思いたい。
2021年8月20日
タグ:言い訳
2021年05月03日
2020年12月24日
冬休み宣言(十二月廿一日)
オロモウツを離れて更新が難しくなるクリスマスの時期だが、これまでは毎年、出版業界の悪癖である年末進行を真似して、直前に慌てて書き溜めた文章を予約投稿することで、何とか毎日更新を維持していた。書くほうは一定量ではないとは言え、ちまちまと書いてはいたけれども、メリハリのつかなさからか、筆が進まなかったことは否定できない。
今年は、あらゆることがオンライン化して仕事の効率が大きく低下した弊害で、クリスマス進行に向けて書きためをする時間が取れないだけでなく、書きためをしようという気力もわかない。一年目のように名目上の日付と投稿日に五日、六日の差があれば、すでに書いたものを予約投稿するだけで済むのだけど、今は二日しか差がないから、不在期間をすべてカバーすることはできない。
考えてみれば、一年三百六十五日毎日書いて毎日更新するという偉業は、質は伴わないけれども、去年2019年に達成しているのである。年頭に今年は休みを入れながらなんてことも書いたような記憶もある。それが今も毎日投稿を継続しているのは、一度サボるとずるずるとサボり続けてしまうという自分に対する信頼のなさに起因する。本来は毎日何かしら文章を書く習慣をつけるための手段としてブログを始めたのに、手段が目的化してしまっているのが現状である。
何だかんだありつつ習慣化してしまっているので、休みといいつつあれこれ書くことにはなるのだろうけど、書く時間を減らして睡眠時間を増やそう。最近、一年分の疲れが押し寄せてきたのか、週末は、二日とも九時間も寝た上に昼寝までしてしまった。ということで今日から冬休み。だからいつもよりも短いのである。
2020年12月22日15時30分。
タグ:言い訳
2020年07月09日
不安定な季節(七月六日)
最近、「誕生日」がどうたらこうたらいう何かを販売するサイトの宣伝目的と思われる迷惑コメントが何件か相次いでいた。今更迷惑コメントをねたに記事をでっち上げてもなあという思いもあって、そのまま消去して、アドレスなんかを禁止設定しておしまいにしたのだが、すべてのコメントの文面が完全に一致していたかどうかは覚えていない。
以前から気になっていたのだが、この手の迷惑コメントの特徴としては、最新の記事ではなく、どうしてそんなのにつけるかと言いたくなるような、宣伝するものと全く関係ない記事につけられるというのがある。このブログに偽ブランドのお店と関係するような記事は皆無だけど、買い物の話はあるから、その手の記事に付くならまだ納得はいく。
実際は何の関係もないところについているから、文面だけ人間が準備してあとはコンピューターに自動でやらせているのだろうとは思う。ただ、どんな条件付けをしたら、あんな記事にたどり着くのかが理解できない。いや、そもそも我がブログにたどり着いてコメントを残すことになること事態が不思議である。誰かこの手の自動処理迷惑コメント投稿プログラムの実態を暴露してくれないものだろうか。
それで、昨日ブログの管理画面でコメントの数が増えているのに気づいたときにも、また何かよくわからない宣伝のコメントだろうと考えて、しばらく放置してしまった。あれやらこれやらって、ブログの管理画面でするのは、最近は新しい記事の投稿ぐらいしかないのだけど、改めて確認したら珍しいことに最新記事についている。ブログの最新記事を開いて読んでみたら、ブログをなさっている方からのお誘いのコメントだった。放置して申し訳ない。
この方のブログ「フリーランスで世界制覇!」というのを覗いてみた。副題が「ブラック企業を退職し、フリーランスとして世界を駆け巡る『yuichironyjp』の旅行記」で、こちらの軟弱ブログとは志からして違う感じである。英語の翻訳も併記されていて、英語が苦手なこちらとしては、すげえと仰ぎ見るしかない。
ただ、いくつか記事を読んでの感想は、チェコ語でいうところのちょいと「ztracený」というものだった。道に迷ったとか、場違いなところにいる感じがするときに使う言葉なのだけど、「旅行記」はどこにあるのかあちこち探してしまった。経歴を見る限りものすごい体験をされた方のようなので、それを赤裸々に、差し障りのあるところは匿名にして、書いてくれたら、読み手からするとものすごく面白い物になりそうだと思うのだけど。
おすすめの記事も悪くはないのだけど、できれば実際に使ったときどうだったのかも読んでみたいと思う。これはこちらの読み手としての趣味なのだけど、ハウツーものよりも、旅行記、体験記のほうが読書欲をそそるのである。どうです? その手の体験記書いて見ません? あ、最後のフェイスブックとか、インスタグラムってのは、使っていないし、今後も遣う予定はない。誘ってもらったのに申し訳ない。
さて、今日もまた、枕にする予定の話が本題になってしまったのだけど、本当は二つのことについて書こうと思っていたのだった。一つは雨が多いというだけではなく、七月に入って気温の変動が激しくなったという意味で不安定になっているということで、昨日、今日は30度近くまで気温が上がって暑さに苦しんでいたのに、明日は最高気温が20度以下と予想されている。地面や建物が熱を持っているから気温ほどの寒さは感じないだろうけど。
もう一つは、このブログのための作文に関して、日ごとの書ける量の増減が甚だしくなっていることである。以前は週末は何か書く気が起こらないなんてことを言っていたのだが、最近は曜日に限らず、駄目なときは時間があってもほとんど筆が進まないし、調子がいいときは前日、前々日に書きそびれた分もまとめて書けてしまう。
2020年7月7日12時。
タグ:コメント
2020年06月04日
リハビリ(六月朔日)
正直、しょうもない日記もどきを二ヶ月以上も続けた結果、何について書いたものやらアイデアがわかない。その意味では、日々のできごとを元に思いついたことを書き連ねる日記的スタイルは、日記から逸脱したものも多かったけど、特にテーマも考えずに書き始められたから、楽ではあったのだ。ただ、それは堕落への道でもあって、もともと荒かった文章が、全体の構成を全く考えなくなったせいでさらに荒くなってしまった。ぶつ切りみたいに唐突に終わることも、普段以上に多かったし、当初の目的からは完全に外れてしまっている。いや、毎日書くというのだけは維持できているか。
とまれ、普段から全体の構成を考えた文章がかけていたかというと、それはそれで疑問なんだけど、書こうという意志のかけらぐらいはあったわけで、それなしでだらだらと書き続けるのとは緊張感がちょっと違う、と思いたい。とはいえ、久しぶりで何を書いたもんだか思いつかないので、これまで書いたことの復習をして、次に備えることにする。
あまり役に立っていないとはいえ、一応カテゴリーわけをしているので、それぞれのカテゴリーで最後にどんなことを書いたのか確認しておくことは、再始動に向けて役に立つかもしれない。なんてことを『小右記』で確認した時に思いついたのである。それで、ネタも思いつかない今日は、確認の作業をそのまま記事にしてしまえと考えた。
カテゴリーのうち「オロモウツ」や、「戯言」なんかは、何か思いついたテーマがあったときに、話を広げて書いているから、計画的に書くにはそぐわない。「チェコ政治関係」もまずは事件ありき、もしくは選挙ありきである。ANOのブルノの政治家の汚職が発覚して騒ぎになっているけれども、いまいち事情がわからないので、すぐには書けない。ちょっと保留である。「チェコ」も何も考えないで最近の日記的記事を放り込んだせいでぐちゃぐちゃになっているから、まずはその整理からはじめなければならない。
最初に計画的に書けそうなカテゴリーは「チェコ語」ということになる。正直何を書いたかさっぱり覚えていない。覚えているのは「いんちきチェコ語講座」をまとめるために、書き漏らしていたことを落穂拾い的に書き進めていたことだけである。確認したら疑問詞の「který」についてが最後になっている。すると、次は関係代名詞としての「který」かな。他の疑問詞も関係詞的に使えるから、そっちの説明も必要である。
しかし、疑問は何で疑問詞の説明を始めたのかである。「いんちきチェコ語講座」にいろいろまとめる関係上、疑問詞を取り上げたと思うのだけど、こちらも確認したら名詞の格変化で終わっている。名詞の次は代名詞をまとめようと考えて、代名詞でもある「co」や「kdo」の説明を始めたのか。そうすると、関係代名詞の説明を終えてから、「代名詞のまとめ」を作ったほうがよさそうである。
しかたない。「jenž」もやるかなあ。かしこまった長い文章を書くときぐらいしか使わないので、完璧には覚えていないけど、復習がてら再確認するかね。「jehož」とかもあるかあ。次のまとめができるのはいつになることやらである。書けることがまだまだたくさん残っているのは、ありがたいことだ。
チェコ語関係だと「私的チェコ語辞典」もあるか。アルファベット順にAからはじめたのは覚えているけど、どこまで行ったっけ? 確認したら「H」「Ch」まで来ていた。次は「I」か。何か思いつくような、変なことがかけそうな言葉があるかなあ。これも長期的に取り組んだほうがよさそうである。思いついたときには、次々に書けると思ったんだけどなあ。
次に、計画的に書けそうなものは「pivo」。何か企画を始めて途中で放り出して止まっているような気がする。オロモウツで飲めるビールを紹介する記事が、ホルバで止まっている。ビールの紹介というよりは、飲み屋の紹介なんだけど、まだいくつか紹介していないビールがあるはずである。ざっと見たところ、ロプコビツ系かな。スビヤニもまだ取り上げていないか。こちらも夏になる前に、夏が来ても観光客は来ないかもしれないけど、再開しておきたいところである。
歴史関係で「与太チェコ史」で進めていた「チェコの君主たち」「チェコの貴族家」の紹介も滞っている。ジェロティーン家について書くぞと叫んだのはいつのことだったか。君主たちのほうはせめてプシェミスル家がオロモウツで断絶するまでは書き進めたい。以後はドイツ系の王朝が入ってきてわけがわからなくなるけどさ。これも仕込が必要だから、時間がかかるか。
ということで、明日はチェコ語の関係代名詞としての「který」になりそうである。問題はどこまで詳しく解説するかだなあ。今まで書いたのもものすごくむらがあるし。
2020年6月2日11時。
https://onemocneni-aktualne.mzcr.cz/covid-19
https://www.krajpomaha.cz/
2020年01月04日
今年も元日に思う(正月朔日)
元日恒例の大統領によるテレビ演説はクリスマスに移ったが、お昼ごろには上院と下院の議長の演説が、夜の8時からは首相の演説がテレビで放送された。これは今年が初めての試みらしい。議長たちの演説は、恒例のウィーンフィルのニューイヤーコンサートにチャンネルを合わせていたので見ていないが、バビシュ首相の演説は、聞くともなしに部分的に聞いて後悔した。共産党政権時代の大統領の新年の演説のように自画自賛の連続だったのである。
こういう政治家の、クリスマスの大統領演説も含めて、あまり意味があるとも思えない演説を放送するのも公共放送の役割と言うことだろうか。ゼマン大統領の演説はチェコテレビだけではなく民放のノバとバランドフでも放送していた。どの局も同じ時間に放送していたようだから、録画ではなく直接カメラの前で国民に呼びかける形だったと考えてよかろう。そうすると、毎年同じ儀式を繰り返す年中行事的な意味はあるか。それにしては毎年内容が穏当ではないけど。
元日の演説のほうは、事前に録画したものを所定の時間に放送していたから年中行事としての意味すら見出せない。語りかけるものと聞くものの間に同時性が存在してこそ、年中行事としての意味を持ちうるのである。それでも内容に見るべき、いや、聞くべきものがあれば話は別だが、議長二人の話も、首相の話も特に目新しい主張はなく、わざわざ元日に時間を取って放送するべきものだとは思えなかった。政治記者にとっては仕事が増えるからありがたいのかも知れんけど。
チェコの人たちにとっては、新年よりもクリスマスのほうがはるかに大事な祝日で、新年だからと言って特別なことは、社会の迷惑である花火以外には何もしない。そんな国にいると、自分でも、新年だからといって特別にすることもないし、一休禅師のような、死にまた一歩近づいたというような感慨も持てない。
いや、考えてみれば、日本にいるころから毎年、特別なことは何もせずに寝正月だったか。正月休みに入ると、風邪をこじらせて寝込むことも多かった。年中無休のコンビニがあるから成り立つ年末年始の過ごし方だったのだとコンビニのない国に来て思う。最近はガソリンスタンドの売店がコンビニ的になってきたけど、そこまで品揃えがいいわけでもないし、値段も高めである。
新年の抱負なんて柄じゃないし、毎年学校で新年の抱負なんてのを書かされるのが苦痛で仕方がなかった。それに、一年の計は元日になんかないと思っている人間ではあるけれども、新年の前後には、来年は、もしくは今年はどうなるのかなあなんてことを考えないわけではない。特に去年はこのブログを始めて四年目にして、初めて元日から大晦日まで、毎日更新し続けるという偉業を達成したわけで、次はどうしようと考えてしまう。
最近どうもやつけ仕事的な記事が増えているような気がしてならない。それはそれで無理やり書いて無理やりけりをつける訓練という意味では、悪くないのだけど、何を書こうかネタを探すのに苦労することが多いし、無理やり書き始めたネタではモチベーションが上がりにくいという問題もあって書き落としの多いしょうもない記事なることが多い。
今年はもう少し計画的に記事を書いていくことにしようか。今の思いついたことを思いついた順番に取り上げるような書き方では、シリーズ的なものを始めても、そのまま放置してしまって忘れてしまう。同じようなことは以前も書いたけど、念頭の所感であれば、強く意識付けできるのではないかと期待している。時事的なものは、そのときそのときに書くようにしたほうがいいだろうけど、それ以外のいつ書いても変わらないようなものは、定期的に書いていくことにしよう。
チェコの王様の話とか、貴族家の紹介なんかも止まっていることだし、この辺の歴史的な話から、週一ぐらいで書いていこうか。その前に森雅裕の著作紹介を終わらせるのが先かな。こっちのほうが先が見えているわけだし。ということで、新年の抱負ならぬ、今年のブログの、おそらく守られない予定もどきであった。
2020年1月1日24時30分。
タグ:新年
2019年12月04日
緊急事態発生
夕方というよりも夜といいたくなる暗さと寒さの中、仕事を終えて自宅に戻ってきたら、テレビがついていてチェコテレビのニュースが流れていた。チェコスロバキアに捨てられた作家ミラン・クンデラにチェコの国籍が与えられ、クンデラもそれを受け入れたというのだ。駐フランスのチェコ大使が登場して、国籍の再付与は淡々と手続きとして行なわれただけで、特にイベントにはならなかったと語るだけで、クンデラ本人は出てこなかった。
チェコだけでなく居住しているフランスのマスコミにも、すべては作品が語っていると言って、登場しない作家の矜持は、国籍が回復されたぐらいでほいほいとマスコミに見顔を出すほど軽くはないのだろう。日本ほどではないとはいえ、チェコもフランスもマスコミが腐敗しつつあるのは同様だから、クンデラの態度も納得ではある。
ちょっと納得できないのは、国籍を与えるというのを素直に受け入れたことである。確かこれバビシュ首相の発案で、人気取りというかイメージ向上のためだと批判する向きもあったから、ひねくれ物のように思われるクンデラなら拒否してくれるんじゃないかと期待していたのに、ちょっと残念である。わざわざ自分から申請してまで国籍の回復をする気はないけど、勝手にくれるというなら害があるわけでもないからもらっておこうというところなのかなあ。奥さんと連名で感謝の言葉を発表していたけど、社交辞令のように聞こえなくもなかった。
ただし、緊急事態というのは、このクンデラの話ではなくて、クンデラのニュースが終わったところで、PCに向かって、すでに書き上げた昨日の分の記事の最終チェック(こんなことするの久しぶりなのだけど)をしようと思ったら、どこを探してもマイクロSDカードを入れてUSBにさせるようにしたものがなかったことのである。どうも職場に忘れてきたらしい。今更取りに戻る気にもなれないので、昨日の文の記事は明日投稿することにした。明日休みとってるんだけど、職場に出るしかない。
今までも職場を出ようとして忘れたことに気づいて取りに戻ったことは何度かある。そのたびに二度とするまいと思うのだけど、なかなかこの注意力不足というのはよくならない、というより悪化する一方である。それでも完全に持って帰るのを忘れたというのはこれが最初のはずである。疲れがたまっていてぼんやりしているのかなあ。明日休みにしたのは正しかったようだ。
さて、今日投稿する分をどうするか考えて、先日偶然サルベージに成功した昨年末に消えてしまった記事を、書き直したものとリンクさせてあげることを思いついた。そのまま上げて、間違い探しにしてもいいし、変わっているところを指摘しながら新しい記事にしてもいい。しかし、これも不可能なことがすぐに判明する。
これにコピーしたと思い込んでいたUSBメモリーの中に入っていなかったのだ。念のためにもう一つのも確認したけどこちらにも入っていない。どうやらコピーしたのは職場においてきたマイクロSDカードだったようだ。念のためにバックアップ用の外付けHDにもコピーしておけばよかった。一次復活してコピーできたことに舞い上がって次を考えなかったのが問題である。
他に手がなくなって慌てて、こうやって一文をでっち上げようとしているのが現状なのだけど、日曜日の早起きのせいで眠くてたまらない。年をとると体力の回復に時間がかかるのだよ。明日朝一で職場に出てメモリーを持って帰ってきて昨日の分を投稿しようかとも思ったのだが、明日は朝寝をすると決めたのだ。それをやめるくらいなら、頑張って新しい文章を書いた方がましだ。
頑張った結果がこれなのだけど、いつも以上にぐだぐだになってしまった。それではまた明日。
2019年12月3日24時。
2019年11月22日
USBメモリー復活?(十一月廿日)
昨年末に取扱いに失敗して、読み込みができなくなっていたUSBメモリーは、その後も何度かいくつかのコンピュータで試してみたのだが、どのUSBポートにさしてもうんともすんとも言わなかった。この手の失われたデータを壊れたハードディスクやUSBメモリーからサルベージしてくれるサービスがあるのは知っていたので、どのぐらいお金がかかるのかちょっと調べてみた。
驚いたのは、意外とお金がかかることで、たしかウン千コルナのオーダーだったと思う。そこまで出して救い上げるほどのものは書いちゃいない。それよりも印象に残っているのは、利用者の体験談というか、感謝の言葉というかが並んでいる中に、詩人の谷川俊太郎のものがあったことだ。そりゃあ、谷川氏の書いた文章なら、いくら出してでも復活させる価値はあるだろうけど、我が文章にはそんなものはない。
多少価値があるとすれば(自分にとってだよ)、『小右記』の訓読文につけた語注ということになるかなあ。でも時間さえあればまた作り直すことは可能である。実際に何とか少しやる気を取り戻した今年の夏にはちまちまと復旧作業を始めることができたし。モチベーションが上がらなくて全然進まず、途中からは新しい部分の作業に変更することになったけどさ。
このブログの記事は、文書として記憶媒体に保存されていないのは、寂しさを感じるけど、何を書いたかを確認するには、ワードの文書で探すよりネット上のブログで検索をかけたほうがはるかに速いし便利である。最初の二月分ぐらいはブログの管理画面から、テキストでダウンロードして保存したけど、あれこれ余計な装飾がついていて、面倒くさくて放置してある。
使えなくなったUSBメモリーも、捨てるにも忍びなくそのまま放置しておいたのだ。職場のPC机の片隅に放り投げて、そこに置いたことも忘れていた。久しぶりに机の上を整理していたら、このもらいもののメモリーが出てきた。コンピューター関連の機器なんて意味不明なことが起こるのが日常茶飯事だからと、半分冗談でUSBポートにさしてみた。そしたらなんと、アクセスを示す緑色のランプが点滅し始めるではないか。自分でやっておきながら驚きのあまり声を挙げそうになってしまった。同僚のいないときでよかった。
アクセスできるからと言って、中にファイルが生きていて読み込めるということにはならない。心配しつつ見守っていたら、勝手にUSBメモリーのフォルダが開いて、中にいくつかのファイルとフォルダがあることが表示された。適当なファイルをクリックしてみたら何の問題もなく開いてくれた。壊れてもう使えないと思っていたUSBメモリーの復活である。ただ、この復活が何かの間違いという可能性もあるので、中身を全部別のメモリーにコピーした。
これが何日前だったろう。『小右記』関係の記事をこの前書いたときだから先週かな。それで、今もう一度さしてみたら、またまた何の反応もしない。何もしていないのにどうしてこういうことになるかなあ。とりあえず、コピーしておいてよかった。ふう。まあ、また半年ぐらい放置しておけば使えるようになっているかもしれないけど。とりあえずは、記念品としてモニターの下に置いておこう。
問題は、一度は消えたと思ってあきらめた記事をどうするかである。愚痴交じりの再現記事を書いたから、今更乗せてもなあという気もするのだけど、比較のために載せておくのも悪くない。どちらもほとんど同じという可能性もあるから、まずはその確認からだな。面倒だから後回しにしよう。いや、今年のクリスマス進行の時期の穴埋めにするという手もあるか。今の自転車操業のままだと乗り切れない可能性が高いし。
2019年11月21日16時。
2019年10月11日
またまたコメントの話(十月九日)
以前コメントをいただいた「TripPartner」というところから、再びコメント、というか依頼をいただいた。前回はコメントをもとに記事を書いたので、今回も繰り返そうと思う。記事でははっきり断るような文面ではなかったから、再度の依頼が来たのだろうか。絶対いやだという拒否の気持ちはないのだけど、だからといって積極的に引き受ける気にもなれない。それであんな中途半端なことを書いてしまったのだろう。
今回は「スカウトチーム」という名前でコメントが入っていて、スカウトされちゃったよと思ってしまった。これがこのブログをはじめる前の話だったら、気楽に引き受けていたかもしれないけど、露出がないから依頼自体がなかった可能性のほうが高い。ブログを始めて以来、書くことの楽しさだけでなく、大変さ重さにも自覚的になっているので、気楽に引き受けるとは言いにくいのだ。
気が進まない理由を考えると、まず、時間が取れるかどうかわからないというのがある。一応本業というものがあって、その合間つかって毎日文章を書いているわけだ。ブログの記事を書く合間に本業をやっているとか、日本語を使う仕事をしているから、外国で日本語の運用能力を維持するという意味では記事を書くのもまた本業の一部だとか、考えてもいいわけだけど、一本の記事を書くのに継続した時間は使えず、空いた時間に細切れに書き進めるという事実はかわらない。
それは、ここにあげてある記事のできの悪さ、文章の結構がおかしかったり、ひどいときには文頭と文末がちゃんと呼応していなかったりすることがあるのを思い出してもらえれば、すぐわかるはずだ。間違いに気づいても、面倒くさくて、じゃなくて、時間がなくて放置したまま忘れてしまうことが多い。今は個人的な理由で、自分のために、いわば自己満足で書いているから、こんな状態が許されるけど、依頼を受けて、ましてや謝礼をもらってとなるとそんなわけにも行くまい。
一時間なり、二時間なりまとまった時間を取って集中して一文を物していくだけの時間があるのか。いやそれ以前に、それだけの時間考えながら書き続けるだけの集中力はあるのだろうか。自分のことながら信用できない。そして最悪なのが、時間を取って集中して書いたとしても、出来上がった文章の質が保証できないということだ。読めない文章を書いているつもりはないけど、敬愛する作家が森雅裕である。誰にでもわかる読みやすい文章よりも、読者を選びそうな癖のある文章を書いてしまう。意図せずともおのずからそうなってしまうのだ。
二つ目の理由は、何を求められているのかわからないということだ。以前も書いたけど、件の「TripPartner」の記事は、こちらが書き散らしているものとは毛色が違いすぎる。メインになっている記事は、「〜なもの○選」という書き手のお勧めのものをいくつか並べて紹介するタイプのもので、いやあ、無理だわ。書きたい書きたくない以前に、この手の記事は自分には書けそうもない。
たくさん使用されている写真に関しても、求められたとしても無理としか言いようがないし、仮にこちらが引き受けて記事を書いたとしても、依頼してきたサイトのメリットにはなりそうもない。そんなんで報酬をもらうのも申し訳ない。具体的にこういう記事がという依頼であればもう少し検討の使用もあるのだけど。
その辺の具体的な話はコメントではなく、個別のメールでということなのかもしれないけど、一度直接連絡してしまうと、断りにくくなるというのも二の足を踏んでいる理由である。コメントからは具体的な依頼の内容が想像できないしなあ。「相互協力」「相互送客」なんて言葉もあるから、別に記事を書かなくてもいいのかもしれない。ただこれも何するのかよくわからんという点では変わりがない。
最後に「既に返信頂いた方・ライター登録頂いた方がおりましたらご放念ください」なんてのがあったことを考えると、同じ文面であちこちのブログに機械的に声をかけているようにも見える。それなら気軽に断ってもよさそうだ。ということで、この件は現時点では引き受けかねるというのを結論にしておく。
ところで、「おりましたら」とあるところから、書いた人は西日本の人ではないかと想像するのだけどどうだろうか。
2019年10月9日25時。