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2018年01月31日

ゼマン大統領再選2(正月廿八日)



承前
 ドラホシュ氏が主張していた分断された国民を再び結びつけるような大統領が必要だというのは、完全に正しい。ハベル大統領といういい意味で政治家出身ではない大統領の存在が、ビロード革命直後のチェコの国民を結び付け、あの激動の時代の乗り越える原動力になっていたのは議論の余地もなかろう。ハベル大統領の時代に、大統領は政治的な存在にはならないという方向に位置付けできていたらよかったのだろうけれども、次の大統領には典型的なチェコの政治家であるクラウス氏が選出された。
 この2003年の大統領選挙の時点で、国民の直接投票での選挙になっていれば、このときのクラウス氏の選出も、後のゼマン大統領の選出もなかったのではないかと夢想してしまう。クラウス大統領が選出されたのは、国会での国会議員による選挙によってであるが、結果を決めたのはゼマン氏の支持母体だったはずの社会民主党の分裂だった。ゼマン氏のあのときの選挙戦略も意味不明なもので、負けるべくして負けたとは言えるけれども、クラウス氏が勝つべくして勝ったとは言いにくい。

 確か、あの頃は結構どちらの候補も支持できないという層が多かったはずだから、直接選挙で人気と実力を擁する非政治家の候補者が出ていれば、大統領に就任し大統領の非政治化を進められたかもしれない。現実には国会議員たちの推薦でしか候補者が出てこないから、政治家出身ではなくても、政治的な政党的な候補者になってしまい、ゼマン氏の出馬しなかった2008年の大統領選挙でも、最終的には政治的に、政治的な取引で当選者が決まってしまった。
 問題は、ハベル氏の跡を襲うにふさわしい人物の名前が挙がらなかったことである。だから、直接選挙になっていたからと言って、クラウス大統領は誕生しなかったはずだとは断言できないのだけど、少なくとも2008年以降の選挙はかなり違ったものになっていたのではないかと思う。現実には90年代の政治家たちが2023年まで大統領の座を独占することになってしまった。クラウス大統領も、ゼマン大統領も、首相時代にはそれぞれの党を率いて自らの主義主張の元に政治活動をしていたわけだから、大統領になった後も、大統領支持者と反大統領派で社会が分断される傾向があったのは、最初から予想されていたことだ。近年のゼマン大統領の言動でその分断が拡大しているのは確かだけどさ。

 ただ皮肉なことに、ほぼ50パーセントずつ票を分け合ったという選挙結果を見る限りドラホシュ氏の存在も、現在のチェコの社会がゼマン大統領支持と不支持で二分されている事実を象徴してしまっている。両派を結び付けうる存在を大統領にするなら、それこそゼマン大統領とドラホシュ氏の中間にいるような存在を、同時に知名度と好感度の高い存在を引っ張り出してくるしかなかったのだ。恐らく立候補表明直後のトポラーネク氏の評価が政治評論家の間で高かったのは、中間的な存在になる可能性があったからだろうと最近評価し直した。ただ、トポラーネク氏の場合は、知名度はあったけれども首相を務めていた時期のあれこれで国民の好感度はものすごく低かったのである。
 それに、実際にゼマン大統領とドラホシュ氏の間をとったような候補者が立候補していたとしても、現在の劇場型の有権者の理解よりも人気を求める選挙では、両者の間で埋没して支持を集められなかった可能性のほうが高い。そうなるとゼマン大統領の再選は必然だったということになるのか。それはちょっと嫌なので、もう少しあれこれ考えてみようと思う。

 今回の選挙の経過と結果を見て、思い出したのが1980年代の日本の選挙である。あの頃、マスコミは自民党に対する批判を繰り広げ、いわゆる知識人たちも反自民党というのが多かった。時に野党が選挙協力と称して互いに候補者を推薦し合い、今度こそ自民党政権が倒れるという夢を何度見せられたことか。ふたを開けてみれば結果はいつでも、議席の増減はあったにしても第一党の座は譲らなかったという意味で自民党の勝利だった。消費税導入でもめ、マドンナ旋風とかで社会党の議席が伸びても、本当の意味で自民党が選挙に負けることはなかったのである。
 当時のマスコミも自民党には厳しく、野党には優しかったから、自民党がかなり議席を減らすと自民党が第一党であっても、自民党大敗で野党大勝なんて見出しをしばしば見かけたものだけど、よく考えたら、野党が議席が増えただけて喜んでいたというのは、自民党にとってはありがたいことでしかなかったのではなかろうか。結局マスコミも含めて、誰一人本気で自民党に勝てる、勝とうと考えていなかったということを物語っているのだから。

 結局、あの頃の日本の政治、選挙も、今回のチェコの大統領選挙と同じで、自民対社会党などの野党なんかではなく、自民対反自民という構図でしかなかったのだ。チェコの大統領選挙で主役を演じたのがゼマン大統領一人で、他は健闘したドラホシュ氏を含めてただの脇役に過ぎなかったのと同様に、主役は自民党で、心情左翼の応援する左派の野党なんざ有象無象の存在でしかなかったのだ。それは自民党政権が倒れるのに、自民党の分裂を待つ必要があったことからも明らかである。
 ということは、今回の選挙で、反ゼマン派が勝つためには、ゼマン大統領の支持層を分裂させるような候補者を擁立する必要があったのだ。これも結構無理筋だけど、あえて想定するとすれば社会民主党のゼマン支持派の中からとか、バビシュ氏のANOからとかさ。ANOに関しては、本来バビシュ氏とゼマン大統領は互いに批判し合っていたのに、お互いの敵をマスコミと既存の政党(社会民主党の一部を除く)に見出した時点で強固に手を結んだからありえなかっただろうけど、ソボトカ内閣の成立直後の関係を維持させることができていたら、今回も首相になりたがっている本人はないにしても、誰か擁立していた可能性はなくはない。この辺も反ゼマン派の戦略ミスだよなあ。当時はそんなこと考えてもいられなかったのだろうけど。

 すでにことはなれり。言うもせんなきことなりってことかな。
2018年1月29日22時。
 







2018年01月30日

ゼマン大統領再選1(正月廿七日)



 所用でプラハに出かけることになり、最近の例によってレギオジェットで八時半ぐらいにオロモウツを発った。そのために、五時半という平日よりも早い時間に起きてしまう自分に疑問を感じなくもない。昔は七時前の電車に乗るのに五時半ぐらいに起きていたはずなのだけど。家を出る八時ぐらいまで何をしていたかと言うと、ただぼおっとしていたのである。最近だけでもないけど、目覚めてから頭がちゃんと動き始めるまでに時間がかかる。以前早起きしていたころは電車の中で寝ていたけど、レギオジェットを使うのは、ちょっと贅沢するのは、スペースを確保して、PCであれこれ文章を書くためなのである。
 それなのに、それなのに、今回は文章を書くよりも、ネットに接続してあれこれ読むのに時間を割いてしまった。これなら別にビジネスなんて贅沢をする必要はなかったのに……。それもこれも大統領選挙の第二回投票が行われていたせいである。経過や結果が気になってという意味ではなく、車内で配布された新聞のスポーツ欄を見ても、ハンドボールのチェコ代表の歴史的活躍が結果を知らせるだけの小さな記事で済まされていたのである。

 これがサッカーやアイスホッケーだったら大統領選挙の期間中ではあっても、詳細な記事がいくつも出るのだろうけど、ハンドボールはやはりマイナースポーツなのである。それでも、大統領選挙の期間中でなければ、もう少し人をつぎ込んで、監督二人やキャプテンで得点王のズドラーハラあたりのインタビューが出たに違いない。そして車中でネットに接続しなくても、文章を書くネタに困らなかったはずである。それが、多少八つ当たり気味だけど大統領選挙のせいだという所以である。
 そして、バビシュ氏に関しては、アグロフェルト傘下のムラダー・フロンタとリドベー・ノビニのハンドボールに関する報道が改善されない限り、反対派に回ることにする。バビシュ内閣が成立して国会で信任を得るのは、今回の大統領選挙の結果からも避けられない流れだし、今さら大声でバビシュ批判をするつもりはないけれどもさ。

 さて、プラハでの所用を終えてオロモウツに戻るべく駅に戻ったのが五時すぎ、開票が始まってまだ三時間ほどだったので、結果は確定していないだろうと思って、うちのに問い合わせてみたら、僅差だけど、ゼマン大統領の当選が確定したという。プラハでの開票に時間がかかることを考えると、もう少し時間がかかると思っていたのだが、今回は決選投票で候補者が二人しかいなかったから、開票と集計の作業が一回目よりも早く進んだのかもしれない。

 ゼマン大統領が勝つだろうことは、選挙が始まったときから予想していたけれども、最終的な得票率の差、三パーセントというのをどう理解するかはなかなか微妙である。ドラホシュ氏が立候補を表明した時点から考えると、これ以上ないぐらいの大善戦であるのは確かである。しかし、第一回目の投票の後、落選した候補者のほとんどがドラホシュ氏支持に回り、既存の有力政党の多くも党全体で、あるいは党首個人でドラホシュ氏への支援を表明し、いわば反ゼマン連合が結成されたことを考えると、もう少し何とかならんかったのかなと、戦いようがあったのではないかという思いは否定できない。
 ただ、ドラホシュ氏に課されたのは、一回目の投票と決選投票の間の二週間弱の間に、敗退した候補者の支持者からの支持を固めると同時に、ゼマン支持者の取り崩しをすることだったのだ。同時に相反するようなことを実現しなければ、勝ち目はなかったわけだから、最初からかなりの無理難題だったとも言える。ゼマン支持者を取り込むようなことを主張すれば、元からの支持者はともかく、他候補の支持者は逃げていくだろうし、そう考えると大々健闘かな。

 結局、今回の選挙は、ゼマン対ドラホシュではなく、ゼマン対反ゼマンでしかなかったのだ。その構図を最後まで崩せなかったことが、ドラホシュ氏の限界で最大の敗因だった。現職の大統領に挑む新人候補者としては、反現職で変化を求める以外の戦略は取り難かったのだろうし、それが選挙で現職候補が有利な理由でもあるのだろう。
 ドラホシュ氏が選挙戦の終盤で、自分は国民をまとめるような大統領になりたいと語っていたのは、ゼマン支持者も反ゼマンもどちらもまとまれるような大統領という意味で使っていたのだろうけれども、枕として、ゼマン大統領は国民を分断しているという批判を入れてしまったから、ゼマン支持者には受け入れにくかっただろうし、どのようにゼマン大統領が分断してしまった国民をまとめるのかの部分に説得力が今一つ感じられなかった。
 ドラホシュ氏の支持者には圧倒的に知識人、もしくは自らを知識人とみなす層が多く、この事実も一部の中間派をゼマン支持に押しやったかもしれない。国民中の知識人、知的エリート階層がヨーロッパの民主主義の確立とその維持に大きく貢献したことには疑問をさしはさむ余地はないが、知識人たちが自らの力、いや、自らの正しさを過信するあまり一般の民衆にそっぽを向かれることがあるのもまた事実である。この前のアメリカの大統領選挙にもそんなところがあったけどさ。

 チェコでは知的エリート層に含まれ、伝統的に政治的発言をすることの多い俳優や歌手たちが、一部を除いて盛んにドラホシュ支持を打ち出し、チャリティーと称した応援コンサートなんかを開催していたのもあまり関心できたものではなかった。一回目の投票の後の世論調査で、ドラホシュ氏支持の回答がゼマン支持を上回る結果が出ていたせいもあるかもしれないが、ドラホシュ支持の芸能人たちが浮かれすぎているように見えてしまった。
 こんな浮かれすぎにも見える熱狂というのは、勢いが必要な、熱狂的な勢いなしには引き起こせない革命には欠かせないものだろう。ただ、ある程度成熟した社会の民主主義的な選挙においては、それほど大きな力を持ちえるとは思えない。反対派をも巻き込むような熱狂を巻き起こせれば話は違うのだろうけれども、今回の騒ぎは、外には広がらない仲間内でのお祭り騒ぎにしか見えなかった。
 そして反ゼマン連合の声が大きすぎたことも裏目に出た。政治にはあまり関心を持たない消極的ゼマン支持者の危機感をあおることになり、その結果、今回66パーセントと一回目の投票よりも投票率が高かったのもゼマン大統領の再選に寄与したはずである。逆に言えば、消極的反ゼマン派というのは想定しにくいし、ドラホシュ氏側は投票率が上がったところで上積みはできなかったということなのだろう。

 長くなったので以下次号。
2018年1月28日24時。









2018年01月27日

ゼマン対ドラホシュ(正月廿四日)



 本来なら昨日書くべきだったのだろうが、内容があまりにひどくて何のための討論なのかわからないようなものだったので、ハンドボールのチェコ代表が宿敵マケドニアに劇的な勝利を収めたのを優先してしまった。今日は本当ならチェコとスロベニアの試合の得点経過を追いながら、リアルタイムに文章を書いてみようかと思っていたのだが、試合開始時間を6時からだと勘違いしていて、帰ってきたときには、4開始の試合はすでに終了していた。
 勝っていれば、準決勝進出の望みもつながっていたので、嬉々としてまた誰が読むとも知れないハンドボールの記事を書いたに違いないのだけど、前半は一点リードで終了していながら、後半に同点に追いつかれて引き分けに終わっていた。試合展開を確認してみたら、前半は一時は5点差もつけていた。それがポストのペトロフスキーが20分ぐらいに、センターのステフリークが前半終了間際に、ひどい反則で一発レッドカードを食らって試合から追放されて、チェコが苦しくなったらしい。
 試合終盤に逆転されて残り1分ぐらいで同点に追いついた後、終了直前にカシュパーレクが放った逆転のシュートは、惜しくもゴールの上のバーを叩いて決まらず引き分けに終わった。うーん。この試合展開を知ると、見ることができなかったのがさらに残念に感じられる。チェコテレビが、どうせ不毛な水掛け論に終わるのが目に見えている大統領選挙の討論番組の放送を止めて、ハンドボールの試合を録画でいいから放送してくれないものかと、本気で願ってしまいそうである。

 さて、ここから本題。先々週末の大統領選挙の第一回投票で、決選投票への進出が決まった後、ゼマン大統領は、それまでの、選挙運動はしないから候補者達の討論番組にも出演しないという方針を変更した。同じく決選投票に進出したドラホシュ氏が、ゼマン大統領に対して直接議論をしたいと呼びかけたのも一因なのだろうが、世論調査の結果、予想以上の接戦になっていたのも、その決断を後押ししたのかもしれない。
 大統領側は、ドラホシュ氏に、4つのテレビ局(チェコテレビ、ノバ、プリマ、バランドフ)で討論をやろうと呼びかけたらしいが、ドラホシュ氏はそれは多すぎるので、大統領が一つ選び、ドラホシュ氏が一つ選ぶ形で、二つの局でやるのはどうだと返したらしい。その結果、プリマとチェコテレビで、一回ずつ討論番組が放送されることになった。その一回目のとして、昨日プリマで放送されたのである。ちなみにバランドフとノバにはゼマン大統領が一人で出演して、何とも言いがたい独演会が放送されたらしい。

 そのプリマでの討論会がひどかった。有権者ではないので念入りに見ていたわけではなく、ネットでハンドボールの試合の経過を追いながらうちのが見ているテレビから聞こえてくる話を聞いていたのだけど、テレビで放映する討論番組の会場が劇場で、観客を入れるというのがまず理解できない。これはもう今の欧米型の民主主義というものが、完全に日本で小泉時代に批判的に使われていた劇場型の政治になってしまっているということを物語るのだろう。
 そしてその劇場型の政治というものは、本人たちがいかに否定しようとポピュリズムの典型でしかない。それを見事に証明していたのが、観客達の存在で、ゼマン親派、ドラホシュ親派が、それぞれ応援団を送り込んでいたせいで、喚声やら拍手やらブーイングやらが多すぎて、肝心の議論が聞き取れなかったり、候補者が話し始められなかったりした。候補者の側も候補者の側で、話している途中で、ここで拍手がほしいといわんばかりに話を中断してみたり、それに観客が反応できていなかったりで、どちらの候補も熱狂的な支持者以外には失望しか与えなかったのではなかろうか。観客の反応がほしいのならサクラの一人ぐらい仕込んどけよという話である。

 それに輪をかけてひどかったのが司会者で、うちのは討論のテーマが大統領選挙にふさわしくないとお冠だったけれども、問題はそれよりも両候補者の話がかみ合わないのを放置した上で、議論に奈良らないままに時間がないと称して次のテーマに移っていくという司会者の姿勢だった。その結果として何のための討論番組だったのかわからないままに、気が付いたら番組が終わっていて、消化不良感がこの上なかった。
 テレビ局にとっては確実に視聴率が稼げたから万々歳なのだろうが、ゼマン大統領とドラホシュ氏にとっては利よりも害の方が大きかったのではなかろうか。どちらにも利になっていないという点では公平だったと言えるのだろうか。時間と労力の無駄だったという徒労感は、支持者の間にも広がっていたような気がする。

 個人的には、すでに一昨年になってしまったアメリカの大統領選挙ほどではないにしても、どちらの候補者も選びにくい選挙になったと言わざるをえない。ドラホシュ氏は、盛んにゼマン大統領は国民を分断していると批判し、自分は国民をまとめるために大統領になるのだと主張しているが、前回の大統領選挙でもある程度明らかになっていた国民の分断、簡略化すれば高学歴のエリート層とそれ以外という構図がさらに明確になったのは、ドラホシュ氏の立候補によってである。

 それはともかく、投票前日の木曜日に行われるというチェコテレビでの討論がこれよりはましであることを祈っておく。このままでは棄権者の割合が増えそうである。そうなるとどちらが有利なのだろう。よくわからん。
2018年1月25日23時。







2018年01月16日

大統領選挙開票(正月十三日)



 土曜日は午後二時までが投票時間で、その後即時即刻、その場で、つまり各投票所で開票作業が始まる。開票作業が全て終わった投票所のデータは、統計局の選挙管理の部署に送られ順次集計され得票数と得票率が公表されていく。チェコテレビの選挙速報番組も、午後二時から始まり、統計局の発表するデータを順次紹介しながら、選挙に対してさまざまな分析を加えていくと言うスタイルをとる。
 開票作業がすぐに終わるのは、投票数の少ない投票所なので、最初に集計されるのは田舎の人口の少ない地域の票で、最後に加算されるのが大都市、特にプラハの投票所の開票結果である。ということは、地方ので強いゼマン大統領は、最初に公表される結果から徐々に得票率を減らしていくことになり、プラハで支持を集めそうな、他の候補者達は徐々に得票率が上がっていくことが最初から想定できる。

 当初の予定では、二時からバーツラフ・モラベツが司会をするチェコテレビの選挙特番にチャンネルを合わせるつもりだったのだけど、昼食を食べた直後ぐらいにクロアチアで行なわれるハンドボールのヨーロッパ選手権がいつの間にか開幕していることに気づいてしまい、しかも今日チェコ代表の緒戦が行われるというので、その中継の情報を集め始めて、選挙のことはすっかり忘れてしまった。
 ハンドボールのほうは、チェコではSPORT1というチャンネルで放送するというのだけど、うちでは見ることができず、チェコのハンドボール協会のHPで紹介されていたEHFのネット中継用のページでは、チェコからの視聴は不可になっていた。他の試合は見られるのだけれども、チェコ代表の試合は放映権料を払って中継するテレビ局があるから駄目だということのようで、結局映像は見ることができなかった。優勝候補の一角スペインとの一戦はダブルスコアの大惨敗だったようだから、精神衛生上は見なくて正解だったかもしれない。

 さて、肝心の大統領選挙の結果だけれども、うちのが選挙から返ってきた三時過ぎにチャンネルを合わせることになった。その時点で結果は大方の予想通り、ゼマン大統領が一位、ドラホシュ氏が大差の二位というものだった。ゼマン氏の得票率は40パーセントちょっとで、これから大都市の開票が進むことを考えると、一回目の投票で当選が決まるという可能性はなくなっていた。同時にドラホシュ氏がゼマン氏を逆転するのは、いかにプラハの票が多く、ドラホシュ氏への支持率が高いといっても、ありえないことも明らかだった。この時点で、ゼマン氏とドラホシュ氏が決選投票に進出することが事実上決定していた。

 結局ゼマン大統領の得票率は、38.5パーセントぐらいまで下がり、ドラホシュ氏は26.5パーセントほどまで伸ばした。その差は12パーセント弱で、五年前のゼマン氏とシュバルツェンベルク詩の差が1パーセント弱しかなかったことを考えると、逆転は難しそうな大差である。ただ今回は、前回とは違って、一回目の投票で敗退した候補者達の多くが、ドラホシュ氏を支持することを明言し、ホラーチェク氏にいたっては、自分が大金を出して確保したポスター掲示用の大看板をすべてドラホシュ氏に無償で使ってもらうように提供すると申し出ている。この反ゼマン連合が十分に機能するようであれば、ドラホシュ大統領が誕生する可能性はなくはない。

 一方で、ゼマン大統領側は、一回目の投票を前に、現職の大統領は選挙の結果がどうあれ決選投票に進出できることになっているというデマがかなり広まったために、ゼマン大統領支持者の中には、選挙に行かなかった人たちがかなりの数いるはずだなんてことを主張している。それがなければ50パーセントを越えて一回目の投票で当選が決まっていたはずだとまでは主張していないけれども、二回目に向けて、他の候補者の指示はなくても表の上積みはできるという主張なのかもしれない。

 三位以下の結果で意外だったのは、ホラーチェク氏の得票が伸びなかったことだ。知名度ではゼマン大統領、トポラーネク元首相に次ぐ三番手と言ってもいいような存在だったのだが、賭けの会社のフォルトルナの創設者で大金持ちであるという経歴が、反バビシュでもある反ゼマン派の支持を集めきれない原因になっていたのかもしれない。結局9パーセント強の得票で全体で四位ということになった。

 三位に入ったのは、選挙期間が始まった頃には予想もされていなかったフィシェル氏で、前回の選挙でもフィシェル氏が三位に入っているけれども、あちらは元暫定首相のヤン・フィシェル氏で、こちらは元駐フランスチェコ大使のパベル・フィシェル氏である。苗字のつづりはどちらもドイツ語風で同じようだけど特に親戚とかいうことはなさそうである。この人の選挙運動もそれほど大々的なものではなく、テレビの討論番組でも、ものすごく目立っていたわけではないけれども、堅実な回答で支持者を増やしたようだ。今後どうする予定なのかは知らないが、次の大統領選挙では有力候補として戦えるような立場を築けたのではないだろうか。

 五位には、当初は全く無名で一般市民からの書名で立候補を目指したものの数を集められず、急遽国会議員の署名を集めて立候補したヒルシュル氏が入った。選挙と特別番組によると、海賊党が支持を表明したわけではないけれども、海賊党支持者が最も多く票を投じたのがヒルシュル氏だったらしい。全くの無名からホラーチェク氏に迫る9パーセント弱の票を獲得するところまで来たのだから、選挙運動は大成功だったと言っていいだろう。

 そして、一時は決選投票に進むのではないかという予測も出たトポラーネク氏は予想以上に伸びず、4パーセント強と、5パーセントにも届かず6位に終わった。首相を務めていた頃も決して人気の高い政治家とはいえなかったのだから、順当な結果だったと言える。むしろ理解できないのは、しばしば見かけたトポラーネク氏を有力候補とみる見解のほうである。

 残りの三人の候補者は、ヒネク氏は1パーセントの壁を越えたものの、ハニク氏とクルハーネク氏はともに0.5パーセント前後に終わった。前回はここまで得票数の少ない候補者は居なかったと思うのだけど……。

 決選投票まで二週間、またゼマン大統領で決まりだろうという諦めは消え、今回は大統領が負けるかも知れないという期待もなくはない。ただドラホシュ氏が勝った場合に、一回目の選挙であんなに差が付いていたのにという選挙の結果を疑問視する声も上がりそうだなあ。
2018年1月14日17時。







2018年01月15日

大統領選挙投票開始(正月十二日)



 大統領選挙の一回目の投票がこの金曜日の午後から始まった。原則として登録されてた現住所に基づいて投票所が決められるので、うちのも実家まで投票しに帰った。事前に住所のある町の役場で手続きをすれば、チェコ国内であればどの投票所ででも投票できる証明書を発行してもらえるようだが、平日の昼間に出かけなければならないことを考えると、金曜の午後から土曜にかけて帰る方が現実的らしい。
 今回の選挙に関しては、どうせ現職のゼマン大統領が再選を果たすだろうと、半ば諦めていたのだが、最近の世論調査の結果によると、一回目の投票でゼマン大統領が一位になるのはほぼ間違いないけれども、得票率が50パーセントを超えず二回目の決選投票が行われた場合、進出するのがドラホシュ氏かホラーチェク氏であれば、ゼマン氏に勝つ可能性もあるらしい。その調査の信憑性はともかくとして、前回のシュバルツェンベルク氏ぐらいは戦える対立候補が二回目に進むといいのだけど。

 ゼマン大統領は、大統領選挙のための選挙運動は行なわないとして、テレビやラジオの候補者たちによる討論番組への出席さえ断っているが、現職の大統領としての公務と称してチェコ国内をあちこち訪問しているので、それが実質的な選挙運動になっているところがある。
 それに、道路わきの広告スペースにゼマン大統領に投票することを呼びかけるような広告が貼られているのをしばしば目にする。これはゼマン氏本人の選挙運動ではなく、ゼマン支持者たちが、恐らくゼマン氏の許可は得ているだろうけれども、独自に自分たちの考えでお金を出して張り出したものだという。これを放置して、もしくは許可しておいて自分は選挙運動はしていないというのは、無理があるような気がする。

 チェコの選挙制度は、大金持ちに有利な制度になっている。それは票の買収が行われるという意味ではなく(買収が行われる場合に応じるような人たちは、100コルナでも応じかねないらしいから特に大金持ちである必要なない)、選挙運動のためのポスターを貼るスペースを自分で確保しなければならないという点においてである。
 今回の大統領選挙でも、有志が手配したとされるゼマン大統領、ドラホシュ氏、ホラーチェク氏という三人の早くから立候補を表明して、資金的にも余裕のあった候補者と、元首相で知名度と集金力はあるトポラーネク氏は、道路沿いのビルボードと呼ばれる大看板に支持を求める巨大なポスターを掲示できていたが、それ以外の候補者の、弱小とみなされる候補者のポスターは、街中のイベントを紹介する掲示板にひっそりと貼られているのを見かけたことしかない。ポスター自体見かけたことのない候補者もいるかもしれない。

 ということで、もともと知名度の低い候補者は、なかなか知名度を上げられないという状況だったのだが、それを救ったのがテレビだった。公共放送のチェコテレビ以外でも、チェコ人の選挙好きを考えれば視聴率が取れると考えたのか、民放でも候補者を呼んで討論番組を放送していた。その手の番組で意外とというと申し訳ないけれども、活躍をして評価を上げたのが、元外交官ではべる大統領の補佐をしていたこともあるというフィシェル氏だった。
 月曜日に、選挙前最後に公表された世論調査の結果でも、当初は十把ひとからげに扱われていた弱小候補のグループから抜け出し、トポラーネク氏を上回り三位のホラーチェク氏に迫る勢いを見せていたのだが、木曜日のチェコテレビで行われた最後の討論番組でも、ちら見、ちら聞きしていた中では、一番説得力のある発言をしていたように感じられた。正直、現時点で二番手と目されているドラホシュ氏よりも、この人が先に立候補を表明して反ゼマン派の支持を集めることができていたら、勝ち目が大きかったのではないかと考えてしまった。

 もう一人、予想外の好印象を残していそうなのが、医師のヒルシュル氏なのだが、こちらは政見に対する評価と言うよりも、現時点では若さと、見た目、言動のさわやかさによって支持を集めている印象である。この人が将来本当の意味で大統領候補になれるかどうかは、知名度がある程度上がったこれからの行動によるのだろう。

 この大統領選挙の一回目の投票に際して、各政党の対応はばらばらである。ゼマン大統領支持を全面的に打ち出したのが、バビシュ党のANO(党員に対して公式に指示を出したかどうかは不明)と、党大会にゼマン大統領を招待したオカムラ党ことSPDで、反ゼマンでドラホシュ支持を表明したのが、キリスト教民主同盟と市長無所属連合の二つである。ただし、ゼマン大統領もドラホシュ氏も、政党に対して支持を求めたわけではないようである。
 他の政党は、政党として候補者を立てたわけではないのだから、党として公式にどの候補者を支持するかを決めることはできないとしているが、共産党はゼマン大統領よりで、市民民主党、TOP09がドラホシュ氏支持なのは、明らかな話である。本当に支持する候補を決めないのではなく、決められないのが社会民主党で、現在の執行部は反ゼマンの色が強いようだが、党員の中には、国会議員も含めてゼマン支持者が一定数いるはずである。

 ということで、第一回目の投票の焦点は、ゼマン大統領が50パーセント以上の得票で当選を決めてしまうかどうかと、誰が二番手で決選投票に進むかという二点に絞られている。二番手としては本命はドラホシュ氏、対抗がホラーチェク氏、穴がフィシェル氏というところだろうか。この記事を載せるころには結果が出ているはずだけれど、それほど予想から外れた結果にはならないと思う。
2018年1月13日15時。










2018年01月12日

チェコのトランプ2(正月九日)



 もともと昨日の記事でバビシュ氏を取り上げたのは、日本のマスメディアで、バビシュ氏のことを「チェコのトランプ」と表現しているのに、違和感を感じたからだった。少なくともチェコでは、バビシュ氏のことを「チェコのトランプ」というのは一般的ではない。使った人がいないとは言わないが、記憶に間違いがなければ、チェコ語では聞いたこともなければ見たこともない。
 その日本語での「チェコのトランプ」に気づかせてくれたのは、アゴラの記事で、検索したら、去年の下院選挙の結果を報じるニュースでもすでに使われていた。朝日、毎日、読売、産経、日経と、日本の大手新聞では、のきなみこの陳腐な形容を採用しているようである。「トランプ」という言葉の持つイメージを使うことで、読者に特定のイメージを与えようとしているのだろうが、いいのかそれで。
 バビシュ氏が「チェコのトランプ」と形容されている時点で、記事の正確性を疑ってしまうのだが、アゴラの記事はさすがにウィーン在住の方が書かれているだけあってかなり正確だった(他は読んでいない。登録が必要で読めないのもあった)。オーストリアでも「チェコのトランプ」なんて言われているのだろうか。ただ、隣国のオーストリアであれば、バビシュ氏が政党を組織して国会に議席を獲得した時点で、「チェコのベルルスコーニ」という形容が出てきていても不思議ではないと思うのだけど、どうだろうか。

 バビシュ氏の経営していた(一応手は離れたことになっている)アグロフェルトという会社は、農業、食品工業を中心に多くの企業を参加に収めている。チェコ的に有名どころでは、まず、バビシュ傘下になって質が落ちたとも言われるソーセージや燻製の肉などで有名な食肉加工業のコステレツケー・ウゼニニ。スーツ着てネクタイ締めたおっさんがソーセージを口にしているロゴを目にした人もいるだろう。
 それからスーパーなどでよく見かける製パン業のペナム。街中を「PENAM」と書かれたトラックが走っているのを見る機会も多い。それに最近噂を聞いて耳を疑ったのだが、缶詰、瓶詰、離乳食など幅広く加工食品を生産しているハメー。中国市場にも進出したとか言っていたのだけど、アグロフェルト参加のゼム・アグロという会社に買収されたらしい。いやあ思わず、それって、ゼマン+アグロフェルトってことかとコメントしてしまった。

 そして、忘れてはいけないのは、ベルルスコーニに比したくなる理由でもあるのだが、マスメディアにまで手を出していることだ。特に新聞では、「ムラダー・フロンタ」と「リドベー・ノヴィニ」というチェコ的には二大紙といってもいい新聞を傘下におさめて、記事の内容に影響を与えていると批判されているし、テレビでも音楽番組を配信しているオーチコがバビシュ氏の傘下だと言われている。救いはニュースを手がけていない放送局だという点である。
 ちなみに、最近、第三の民放としてチャンネルを増やしつつあるバランドフには、ゼマン大統領の関係者の手が入っていいるという噂で、この局の報道番組ではゼマン大統領とバビシュ氏には手心が加えられるのだとか。それで許可が出たのか、バランドフが企画した大統領候補による討論番組には、ゼマン大統領は、選挙運動はしないという建前を盾にとって、本人は出演せず、広報官のオフチャーチェク氏を送り込んだようだ。延々かみ合わない討論をしていたのだろうなあ。

 それはともかく。メディアの支配のレベルでは、本家のベルルスコーニ氏には及びもしないけれども、バビシュ氏もチェコ随一の資産家であり、自らの政党を結成して、耳ざわりのいい名前、「ANO(不満足な市民たちの連合)」なんてのを付け、既存の政治、既存政党への批判票を集めて国会に議席を獲得したのである。ついでに経済事件で警察の捜査を受けているのも共通しているか。
 そんなバビシュ氏を、トランプ氏に見立てられてもなあ。大金持ちというぐらいしか共通点がないじゃないか。バビシュ氏の立場は、両手を上げてEU万歳ではないけれども、反EUと言えるほどの強硬さはない。チェコの多くの政治家が共有しているEUは必要なものだけれども、今のままでは困るというところじゃないかな。助成金もらわなきゃいけないわけだしさ。
 落ち目のベルルスコーニ氏と、トランプ大統領を比べたら、「チェコのトランプ」という表現を使いたくなる気持ちはわからなくはないけれども、大手新聞が軒並み右に倣えで使っちまうってのは、お前らチェコのことなんも知らんのに記事を書いているのかと不安になる。

 どう見ても「チェコのトランプ」と呼ばれるにふさわしいのは、バビシュ氏ではなく、オカムラ氏であろう。オカムラ氏も、バビシュ氏ほどの資産家ではないとはいえ、実業界から政界に飛び込んだわけだし、反イスラム、反EUで、「チェコはチェコ人のもの」と声高に主張するのは、トランプ氏の「アメリカ第一」主義を真似ているようにも見える。
 前回の選挙のあと自ら結成した政党から追い出されたというのも、トランプ氏が共和党内に造反議員を抱えているのに似ているし、頓珍漢な発言で世間のみならず支持者をも驚かせることがあるのも共通している。選挙前の討論番組で、間違った発言をして「私は党首だからそんなこと知らなくてもいいんだ、必要があれば党内の専門家に話を聞く」と開き直っていたこともあったなあ。ある意味、正論ではあるのだろうけど、討論番組に出る前に、専門家に話を聞くべきなんじゃないのか。
 日本の新聞としては、オカムラ氏は首相になったわけでも、大統領になったわけでもないから、トランプ氏になぞらえるのがはばかられるのだろうか。それとも、日系の日本的な名前を持つ人物に、「トランプ」のレッテルを張るのよくないという忖度でもしているのか。バビシュ氏を「チェコのトランプ」と形容するのを、外国のメディアからそのまま借用したという可能性もあるか。

 とまれ、この文章を読んで納得された方は、バビシュ氏のことは、チェコの「トランプ」ではなく、「ベルルスコーニ」と形容してほしい。そのほうがバビシュ氏がどんな存在なのか理解しやすいはずである。
2018年1月9日23時。








2018年01月11日

チェコのトランプ1(正月八日)



 日本では成人の日で休日だったようだが、チェコにはそんな祝日はなく、今日も今日とて仕事である。昔は成人の日といえば、小正月の十五日だったのに、いつの間にか第二月曜日と言うことになり、正月十五日が成人の日で休日になることはなくなったようだ。成人の日、つまり正月十五日が月曜日になった年があって、一週間前の八日に試験が行われて閉口したのを思い出す。七日までは正月休みで、その次の日から試験というのは、ありがたいことではなかった。一週間ぐらい前後したところで結果が変わると言うものでもないのだけどさ。月曜日固定の科目に重要で絶対にいい成績で合格したい科目があったのだよ。

 チェコではバビシュ内閣が、一応成立して本年度の予算も成立したのだが、これからもっとも大事な審議を控えている。内閣がいまのままで継続できるかどうかがかかっている信任投票である。予定では明後日、十日に行われることになっている。この日程は、十二日と十三日に大統領選挙が行われることを考えるとなかなか微妙である。
 現時点で、信任が可決されることはないだろうと予想されている。共産党が支持するかもしれないと言っている以外は、オカムラ党も含めて全ての党が反対票を投じると表明している。それで否決された場合に、さらにゼマン大統領が大統領選挙で負けた場合にどうなるのかというのが気になる。選挙で負けてすぐ任期が終わるというわけではないようだが、退任が決まっているのに大統領の権限である組閣命令を出すことに対して、反論がでそうな気がする。

 年明けから、議員の任期、不逮捕特権に関する委員会に所属する国会議員が、警察に出向けば見られるようになったのが、EUの助成金不正を調査する機関であるOLAFの、バビシュ氏が主導したとされる「コウノトリの巣」事件の調査結果である。閲覧した議員たちは、みな手続き上のミスとかいうレベルではなく、詐欺としか言いようのないレベルだと発言している。
 これで、下院選挙の前から、犯罪者をチェコの首相に据えるわけにはいかないと、ANOとの協力を拒否してきた政党が、信任投票に賛成の票を投じる可能性はなくなった。共産党も今のままでは一回目の投票では、反対に回りそうである。当初の予想では、二回目の組閣の試みの段階で、オカムラ党が、再選挙に持ち込むわけにはいかないとかなんとか理由を付けて、バビシュ内閣信任に賛成するのではないかと、最低でも投票を棄権してANOと共産党で過半数になるように協力するのではないかと予想していたのだが、わからなくなってきた。

 バビシュ氏は、一回目の組閣が失敗に終わるのはすでに織り込み済みのようで、二回目の組閣も失敗したら、三回目の組閣はしないで、九月に行われる地方議会選挙と同日で下院の総選挙をやるとか言いだした。二回目の組閣の信任投票は二月中にと言っていたような気がするから、それから半年信任無しの内閣として仕事をするというわけである。いいのか? っていいみたいである。前回2013年の下院選挙の時も、ルスノク氏の暫定内閣が信任を得ないまま何ヶ月か存在していたようだし。
 問題になっているのは、信任無しの内閣どうこうよりも、憲法で定められている三回目の組閣を行わないということ自体のようである。ANOは下院の議長を確保しているから、バビシュ氏が望めば、三回目の組閣の命令もバビシュ氏に降りるはずである。それを行使しないというのは、惨敗を喫して立ち直りの兆しも見えない社会民主党に、プレッシャーをかけるためだという話もある。
 社会民主党内に、旧ゼマン派の国会議員がどのぐらい残っているのかは、わからないけれども、党員の中にはゼマン大統領支持者が結構残っているような気がする。二月に行われるらしい党大会で誰が党首になるのかも楽しみである。ザオラーレーク氏は選挙の敗戦の責任を取ってなのか党首選には出ないと言っているし、現時点の暫定党首であるホバネツ氏も出なそうなことを言っている。この結果もバビシュ氏の二回目の組閣の信任投票に影響を与えるかもしれない。

 バビシュ氏の「コウノトリの巣」以外にも、いくつものEU助成プロジェクトがチェコでは通ったもののEUでは通らず、助成金の申請を取り下げるような扱いになっているとか、EUではなくチェコ政府の助成金に切り替えるとかいうようなことを、ニュースで言っていた点も気になる。この辺りEUが新規の加盟国に助成金の上限を割り当てるに際して、何年までという期限を付けている弊害のようにも思われる。
 かつて、さまざまな助成金の申請が始まったころは、手続きを慎重に進めていたのか、手慣れていなかったのかで、なかなか助成金の申請と配分が進まず、それを効率化するために地方に専門の役所を設立したら汚職が発生するなどして、チェコのEUの助成金の獲得は予定からはるかに遅れていた。それをEUからの指摘もあったのか、新しい政権が誕生するたびに、EUの助成金をできるだけたくさん獲得するというのが目標になり、期限が近づくにつれて審査も乱暴なものになっていったのではなかろうか。なんてことを考えてしまう。これからあと何年あるのか覚えていないけれども、それ、本当に必要なのかと言いたくなるようなプロジェクトに助成金が出されることになるのだろうなあ。

 余計なことをつらつらと書いていたら、本題に入れなくなってしまった。ということで、続きはまた明日。
2018年1月8日22時。



 今日は、結局信任投票までたどり着けなかったらしい。そして、ゼマン大統領が下院での演説で、二回目の首班指名をするのは、バビシュ氏が過半数の国会議員の支持を確保してからにすると発言した。これまでは何が何でもバビシュ氏を指名するといっていたのだが、一説によると、週末におこなわれる大統領選挙向けの発言だという。1月10日追記。





2017年11月16日

ミハル・ホラーチェク氏をめぐるお話、逸脱するけど(十一月十三日)



 大統領選挙に立候補したミハル・ホラーチェク氏について、作詞家らしいけどこの人の書いた詞を知っているチェコ人なんていないとか書いたら、hudbahudbaさんがご存知だった。さすが「hudbahudba」と名乗られるだけのことはある。それにしても、ハナ・へゲロバーかあ。歌手だということは知っているし、テレビ番組で歌を歌っているのも見たことはある。だけど、そんなに熱心に聴いたことはなかった。
 チェコがチェコスロバキア第一共和国の時代にフランスとの関係が深かったことは、歴史を勉強したときに学んだけれども、そのフランスとの関係が共産主義政権の時代にも、特に文化の面で強かったのを知ったのはチェコに来てからだ。テレビでは当時吹き替えが制作されたフランス映画がひんぱんに放映されるし、ちなみにチェコで最も有名で人気のあるフランス人の俳優は、日本でも知られているアラン・ドロンではなく、ジャン・ポール・ベルモンドである。吹き替えにも専門の俳優が用意され、最初は最近亡くなったヤン・トシースカが、トシースカの亡命後は似た声を出せるイジー・クランポールがベルモンドの声を担当している。

 話を戻そう。音楽の世界でフランスの影響を強く感じさせるのが、チェコでは結構シャンソンを歌う歌手が多いことだ。あのマルタ・クビショバーもシャンソンを歌うことがあるようだし、ボレク・ポリーフカの元奥さんのフランス人、シャンタル・ポリーフコバーも歌うときはシャンソンだったかな。そのチェコのシャンソン界で最も高く評価されている歌手の一人が、ハナ・へゲロバーだというところまでは知っていたけれども、それにミハル・ホラーチェクとペトル・ハプカがかかわっていたということは知らなかった。

 日本でも歌手の歌を聴いて、歌手の名前は覚えても、その歌の作詞者、作曲者まで覚えているなんてよほどのファンだけだろう。だから、ホラーチェク氏も、作詞家としては名前が売れていても、実際に書いた歌はとなると知らない人が多いということになるのか。そんなホラーチェク氏が圧倒的な知名度を獲得したのが、すでに十年ほど前のことになるが、民放のノバで外国の番組のフォーマットを購入して制作された、素人やセミプロを対象にしたオーディション番組「チェスコ・フレダー・スーパースター」(ただのスーパースターだったかもしれない)で審査員を務めたことである。
 この番組も何年か連続で放送されたし、同じようなオーディション番組が毎年のように、ノバ、プリマで放送されていたのだが(今もやっているかもしれない)、一番盛り上がったのがホラーチェク氏が審査員の中心となっていた第一回の「スーパースター」で、本当の意味でスーパースターになったのも、第一回の優勝者アネタ・ランゲロバーしかいないのである。この第一回の放送をチラ見していたおかげで、ホラーチェク氏が作詞家で、90年代にフォルトゥナという賭けの会社を設立し、後にその株を売却することで資産を築いたなんて話を知っているわけである。

 ホラーチェク氏は、その後も何度か審査員を務めていたようだが、最近見かけなくなったと思っていたら、一年半ほど前に大統領選挙への出馬を表明して(その前から言っていたのかもしれないけど)、驚かされたのである。この人のオーディション番組での審査の仕方を、素人の視聴者と同じレベルだとか批判する記事を読んたこともあったし、大統領になるほどのカリスマ性というか、大物感は感じられず、本気なのだろうかと疑ってしまった。やはり大統領になるぐらいなら、他の審査員や視聴者の意見をはねのけて、自分の選んだ人を強く推すぐらいのことはしてほしいものである。そんな出場者がいなかっただけなのかもしれないけどさ。
 去年の秋のダライラマ騒動で反ゼマンの集会を組織したのがホラーチェク氏だという話を聞いて、これは本気で大統領選に出るつもりなのかと認識を新たにした。その後は各地で有権者の署名を集める活動をしていて、確かオロモウツにも本人が来ていたんじゃなかったかな。ホルニー広場の署名集め用のテントで見かけたような気もするけど、確信はない。存在感があまりないんだよ、

 今回トポラーネク氏が政界への復帰と大統領選挙への出馬を表明したことで、ホラーチェク氏が選ばれる可能性はさらに下がった。意外なことに現在の下馬評では、ゼマン大統領の対抗馬は、ドラホシュ氏ではなくトポラーネク氏だというのである。それはともかく、ゼマン大統領が完全に引退する次の大統領選挙であれば、ホラーチェク氏にもチャンスが出てくるかもしれない。それは他の候補者たちにも言えることである。

 ついでなので、ペトル・ハプカについても書いておくと、ノハビツァが秘密警察の協力者名簿に載っていたことを知って、口を極めて罵倒し絶交した人物である。それに対してノハビツァは、お前にはわからんとか何とか言っただけでほとんど言い訳することもなかったのかな。ハプカが音楽家であることは知っているけれども、その歌を聞いたことがあるかとなると心もとなくなる。ニュースなどの映像で一部聞いたのは確かだけど……。
 かつてのチェコスロバキアでは、スポーツ選手が国外に遠征に出るときでさえ、秘密警察に協力するという書類に署名させられたという話だし、その署名した事実をネタに脅されてさらなる協力を強制されたなんて話もあるから、名簿に載っているから悪だとも決めつけられないし、秘密警察の書類に記載されていることが、どこまで事実を反映したものなのかよくわからないという面もある。自分のキャリアのために共産党に入党したというような人と、秘密警察に脅迫されて協力を強制されたという人と、どちらがマシなのだろうか。
 ビロード革命から四半世紀を経てなお、秘密警察などの旧共産党支配の時代の遺物はチェコの社会に暗い影を投げかけているのである。
2017年11月14日15時。

ノハビツァ、歌手としては、素晴らしいと思うんだけど……。サッカーのバニークファンとつるんでるし、この前の選挙ではオカムラ党への支持を表明していたし……。うーん。







2017年11月12日

2018年大統領選挙立候補者2その他の候補(十一月九日)



 有権者の署名を五万人分以上集めて立候補したのは、ゼマン大統領を除くと、二人だけである。一人目は元チェコ共和国科学アカデミーの所長を務めていたイジー・ドラホシュ氏である。最近の世論調査では、ゼマン大統領に差は付けられているが二番目に多くの支持を集めている。ゼマン大統領が一回目の選挙で過半数をとることなく二回目の選挙が行われた場合には、反ゼマン派の支持がドラホシュ氏に結集する可能性が高いので、それなりの戦いができると予想されている。
 一番の問題は、学者の世界では有名であるが、一般のチェコ人の間の知名度がほとんどないことである。そのために署名集めでチェコ全国を回っていたようだが、現職の大統領の知名度には太刀打ちできない。ゼマン大統領の場合には大統領としての職務が、そのまま選挙運動になるのだから、不公平感は否めない。次回の選挙にはゼマン大統領は出馬できないから、次回は公平な選挙戦になりそうだけどね。
 ドラホシュ氏が二回目の選挙でゼマン大統領と一騎打ちということになった場合の問題点は、やはり前回のシュバルツェンベルク対ゼマンのときと同様に、チェコ社会の分断が明確に反映されてしまうところにある。高学歴で高収入の人たちはドラホシュ氏を支持し、低学歴で低収入の人たちはゼマン大統領を支持するという社会的な格差が投票先を決めることになりかねないのである。

 社会的な階層間の対立をあおりかねないという意味で、ドラホシュ氏の出馬はチェコ社会にとってはあまり歓迎できることではない。ただ、他の立候補者を見渡した場合に、ゼマン大統領に少しでも対抗できそうな存在が皆無であることを考えると、ドラホシュ氏の出馬は必然だったのかとも思われてくる。現実的な意味で対立候補と呼べる存在のいない大統領選挙は盛り上がらないし、有権者にとっても選ばれた大統領にとってもいいことではない。
 ドラホシュ氏に勝つ可能性があるとすれば、ゼマン大統領があれこれ問題のある言動を繰り返していることで、これで、何となくゼマンに入れようと考えている人たちが、ゼマン大統領の支持から離れてくれればドラホシュ大統領の誕生の目もあるんだけど……。現実は雪崩を打ってゼマン大統領、バビシュ首相の実現に向かっている。頑張ってどうなるものでもないだろうけど、ドラホシュ氏には頑張ってほしいものである。

 二人目が、オーディション番組の審査員としてチェコ中に名前を売ったホラーチェク氏で、昨年ダライラマ問題でゼマン大統領が批判を受けていたときに、プラハ城での勲章の授与式の裏で、反ゼマン派の集会を主催していた人物である。当時はすでに出馬を表明していたから、ダライラマや文化大臣などを出汁に使って選挙運動の一環にしていたわけだ。あの集会が自然発生的な物だったら、民主主義の発露とか言ってもいいのだろうけど、大統領選の候補者の選挙運動に使われたと考えると、評価は微妙なものになる。
 ホラーチェク氏は、もともとはチェコの芸能界で歌謡曲のための詞を書いていた人である。この人の書いた歌を聞いたことがあるかどうかはわからないけど、カレル・クリルやノハビツァのような印象を残す詞ではないのだろう。この人の詞を知っているなんて人にはあったことないしさ。その後フォルトゥナという賭けの会社(特にスポーツの結果にかけられる)を共同で設立して資産を築き、その金で何をするかとなったときに、大統領になろうと考えたようだ。選挙資金は基本的に自腹だと語っていた。
 ドラホシュ氏の場合とは違って、テレビで稼いだ知名度はある。ただ、大統領としてふさわしいと評価してもらえるかどうかは別問題である。実業界や芸能界から大統領を出すのであればもっとふさわしい人はいくらでもいると思うんだけどねえ。芸能界であれば、防衛大臣の俳優スロトロプニツキーでもいいし、ちょっと高齢すぎるかもしれないけどズデニェク・スビェラーク、マルタ・クビショバーあたりも、ホラーチェク氏よりは大統領として想像できる。スポーツ界だったら、チャースラフスカー氏に期待したかったのだけど……。


 残りの候補者たちは、国会議員の推薦による立候補である。中には有権者の署名を集めきれずに方向を転換した候補者もいる。現時点で必要な数の署名を集めたことがわかっているのは六人しかいない。残りは何で立候補の届け出ができたんだろうね。この不思議さがチェコという国である。

 さて、大物から行くと、先週突然出馬を表明したのが元首相のトポラーネク氏である。市民民主党の上院議員だったのだが、最後には党と喧嘩別れして今では無所属。それでも古巣の市民民主党を中心に、こちらも古巣の上院で署名を集めて立候補を届け出た。ただし、トポラーネク氏を推薦した議員の中には、すでに別の候補者のために署名していた人も含まれるようで、一人の議員が二人以上の候補者を推薦できるのかどうかは、これから裁判で決めることになるようだ。有権者の場合には、何人の候補者に署名を与えてもかまわないことになっているのだけど。
 この人も、古き悪しき市民民主党にどっぷりつかっていた人なので、今更支持を集められるとも思えない。元側近のダリークというロビーストが、チェコ軍の装備の導入に関して外国企業に賄賂を要求したという罪で刑が確定して、刑務所に収監されたというニュースが世をにぎわしているのだし。本人たちは否定しているけれども、どう見ても、賄賂の行先は、少なくとも要求された側が想定した行先は、首相であったトポラーネク氏だったとしか思えない。それにEUの議長国だったチェコで内閣が倒れるという恥をさらしたときの首相がトポラーネク氏である。立候補が取り消されることを期待しておく。

 二人目は武器製造業者の作る団体の長を務めていたらしいイジー・ヒネク氏。申し訳ないけれども知名度は皆無だと言うしかない。現実主義党から下院の選挙にも立候補したようだが、もちろん議席は獲得できていない。

 次はペトル・ハニク氏。音楽業界でプロデューサーなどを務めていたというけれども、知らん。これまで何度か上院の選挙に立候補し、今回の下院の選挙にも自分の党(名前がころころ変わるらしい)から候補者を立てている。

 四人目が、元シュコダ自動車の社長のブラスティスラフ・クルハーネク氏。シュコダの社長には知名度はあるが、固有名詞、つまり社長本人の名前には知名度はない。復活した市民民主同盟(ODA)からの立候補となるようである。

 次は、政治家で外交官らしいパベル・フィシェル氏。ハベル大統領の顧問官を務めていたこともあるらしい。フランスやモナコでチェコ大使も務めたというのだけど、知らないとしか言えない。

 最後は、有権者の署名を集めきれず上院議員の推薦に切り替えて立候補したマレク・ヒルシュル氏。本業はお医者さんで、人道支援組織のADRAなんかとも協力関係にあるようである。国会議員の推薦で立候補した人たちの中では、一番理知的な印象を与えるのだけど、同時に知名度の低い人たちの中にあってさえ圧倒的に知名度が低いのが難点である。本人は選挙戦が始まった後の討論番組などで自分の見解を表明することで、知名度を上げ支持を広げることができるのではないかと語っていた。もしかしたら、今回は様子見で、知名度の高まった次回以降への布石なのかもしれない。

 この次回以降への布石というのは、ほとんどの候補者に適用できそうである。圧倒的な知名度と業績を誇る、その分悪名も高いけど、ゼマン大統領に今回の選挙で太刀打ちできる候補者はいないだろう。次回の選挙にはゼマン大統領は出られないのだから、今回の選挙で存在を有権者に知らしめることができれば、次回の選挙では知名度を上げる必要はなくなる。その分少しは当選に近づくのである。
 個人的にはドラホシュ氏に頑張ってほしいというのもあるのだけど、頑張りすぎてチェコの社会がポーランドのように完全に分断されるのも見たくはない。心配なのは反ゼマンの既存の政党(共産党は除く)が、雪崩を打ってドラホシュ氏への支持に向かうことで、そうなると既存の政党に絶望した層は、ドラホシュ氏を支持できなくなる。かくて、ゼマン大統領の再選が一回目の選挙で決まる可能性も高くなるのである。

 外国人という立場なので、誰が大統領になってもそれほど影響はないのだけど、本当の意味でチェコを代表できる人が選ばれてほしいと思う。数々の欠点はあってなお、ゼマン大統領もクラウス大統領も、いい意味であれ悪い意味であれ、チェコを、チェコ人を代表するという点では、適任だったのかなあ。
2017年11月10日18時。






2017年11月11日

2017年下院総選挙その他の党(十一月八日)



 無駄に回数を積み重ねてきたこのシリーズも今回でおしまいにする(すくなくともそのつもりである)。残りの党についてはそれほど特記することもないので、一まとめにしてしまう。


海賊党
 ANOに続く勝者と言えるのが、結党から八年になるという海賊党である。社会民主党をはじめとする既存政党の多くを下に押しやって得票率で第三位に入ったのには正直滅茶苦茶驚かされた。この結果をもたらした原因としては二つのことが考えられる。
 一つは、既存の政党に対して辟易している層のうち、だからと言ってバビシュ氏は支持したくないと考えている層の支持を集約できたことである。これまであれこれバビシュ氏が支持を失わない理由を考えてきたけれども、やはりあれこれ不祥事の出てきたバビシュ氏とANOは支持できないと考えるチェコ人は一定数いる。同時に既存政党も支持できないとなれば、投票する先は海賊党か緑の党ぐらいしかない。
 この二つの党の比較で海賊党が勝ったのは、地方選挙で地方議会に議員を送り込み、町によっては首長を務め、意外な実務能力を見せ付けたことが大きい。緑の党は以前課員に議席を獲得したときに連立与党に参加したものの実務能力のなさを露呈し政権の不安定化に貢献した。それで議席を失ったわけだが、現在でも地方政界レベルで、独善的な非現実的な「理想」を振りかざして、混乱を引き起こす迷惑な存在となっている。

 本来3〜4パーセントの得票が予想された緑の党が、1.5パーセントにも満たない得票に終わったという事実も、緑の党を見限った層の支持が海賊党に流れたことを示唆している。今回の選挙後の交渉でも、特に舞い上がることもないようなので、この党には健全な野党としての役割を期待したいところである。本人たちもANOの政策で支持できるものは支持するし、できないものは反対すると断言しているから、既存の政党よりはましな存在になりそうである。
 日本の報道ではオカムラ党について触れられてはいても、海賊党の名前は出てこない。しかし考えてみれば、オカムラ党的な存在はチェコに限ったものではない。スロバキアにもオーストリアにも、ドイツにだって存在し、勢力を増しつつあるのだ。それに対して海賊党が国会に議席を、しかも二十以上も獲得したなんていうのはチェコでしか起こっていない現象である。チェコの今回の選挙を象徴するのは、オカムラ党よりも、むしろ海賊党の台頭なのである。それを右傾化という先入観で眺めるから気づけないのだ。


共産党
 この党も、ビロード革命以後、二ケタの得票を続けていたのだが、社会民主党に付き合うように、固い支持層である6から7パーセントにほとんど上積みできなかった。右よりの支持者をANOに左寄りをオカムラ党に奪われた結果である。共産党の問題点としては、誰が党首なのかいまいち印象に残らない点だろうか。以前長年にわたって党首を務めていたグレベニーチェク氏はよきに悪きに強い印象を残す人だったけど。


キリスト教民主同盟=人民党
 与党三党の中で最も小さく、もっとも存在感のなかった党。第二次世界大戦後に没収された教会資産の返還に関する問題で、常に教会、つまりはキリスト教側に立って発言し続けていたのも、キリスト教徒の少ないチェコでは支持を減らす原因となったはずである。信者のいわゆる浄財で運営されるべき宗教組織が国費で運営されることに何の疑問も抱かず、国や地方公共団体の管理のもとに活用されている資産に関しても、返却を強要する姿勢は、キリスト教というものがやはり銭ゲバ宗教の一つで、それを支持する、いやキリスト教的な考え方を政策の柱としているキリスト教民主同盟も、政教分離の問題はひとまず置くにしても、信用ならんという印象を与えている。

 ちなみに、この辺のヨーロッパの政教分離の現実を見て、日本で政教分離政教分離とうるさい連中が何を考えるのか聞いてみたいところである。昭和天皇の大喪の礼に現職の首相をはじめとする閣僚が参列するのはけしからんとかほざいた連中は、ハベル大統領の国葬がプラハ城内の聖ビート教会で行われ、プラハの大司教も参列している中に、外国から弔問に来た政治家たちが並んでいるのを見て何を語れるだろうか。
 日本的な厳しい政教分離の目から見ると、ヨーロッパの政教分離はまやかしに過ぎない。その象徴がこのキリスト教民主同盟で、チェコのキリスト教徒の数が増える傾向にないことを考えると、これ以上党勢を延ばすの難しいだろう。そして、それは悪いことではない。


TOP09
 党名についた09という数字からもわかるように、2009年にキリスト教民主同盟から分離して成立した政党である。中にいる政治家は決して新しくはなかったのだが、ガワを変えることで新しさを演出することに成功した。しかも、実質的な党首であったカロウセク氏が自らの人気のなさを補うために、人気者のシュバルツェンベルク氏を担ぎ出すことに成功したことで、直後の下院選挙では、分裂前のキリスト教民主同盟を越える票を獲得することに成功した。そのせいでキリスト教民主同盟は議席を失ったのだが。
 その後新鮮味の切れ始めた前回の選挙では、バビシュ氏のANOに支持を奪われることで得票を減らし、今回も支持の低下を止めることはできなかった。正直賞味期限切れだということもできそうである。今回議席を確保できたのは、すでに引退したと思っていたシュバルツェンベルク氏が、プラハの選挙区から出馬したおかげである。もう一人の人気者二十歳を超えたばかりのアフリカ系チェコ人のフレイ氏の活躍もあって、プラハで10パーセントを越える票を獲得し、これによって5パーセント以下に低迷していた得票率を押し上げることができたのである。

 チェコの政党で、個人の人気にたよっているという面から言うと、最右翼に位置するのがこのTOP09である。結党以来の中心人物のカロウセク氏は、恐らく有能な人ではあるのだろうが、インタビューや対談番組で、テレビのレポターや対談相手を馬鹿だと思っているのが見え見えで、それを不快に思うチェコ人は多い。その不人気をひっくり返せたのがシュバルツェンベルク氏の存在で、今回はフレイ氏がそれに続いた。
 選挙後カロウセク氏は党首を引退することを表明したが、これでカロウセクが嫌いだからTOP09は支持できないと言っている層を引き寄せることができるかもしれない。ただ、次の党首になれそうな人材がいないのもこの党の弱点で、今更最年長の国会議員であるシュバルツェンベルク氏を引っ張り出すわけにはいかないし、最年少の現時点では海のものとも山のものともつかないフレイ氏を担ぐわけにもいくまい。バビシュ氏のANOをバビシュ氏の個人政党だという批判をするTOP09こそが、実はカロウセク氏とシュバルツェンベルク氏の二人政党だったのである。
 その二人とも党首の座を離れることになった現在、無理やり存続させるよりは、キリスト教民主同盟か市民無所属連合と合併する道を考えたほうが、今後も国会に議席を獲得することを考えたらよさそうにも思われる。ただ、よほどうまくやらないと、生き残りのための合併として嫌がられるかな。それぐらいなら消滅したほうがいいなんてことをカロウセク氏なら考えそうな気もする。外国人からお金をとろうとする政策(結果的にそうなっただけかもしれないが修正しなかった時点で同罪である)を導入したカロウセク氏に対しては、チェコ在住の外国人としては「カロウセク許すまじ」という感情を抱かないわけにはいかないので、TOP09の凋落、場合によっての消滅は歓迎すべきことである。緑の党よりはましだけどさ。


スポーツマン党
 本来なら市長無所属同盟についても書くべきなのだろうけど、無駄に長くなったし大して書くことないしなので、最後にひそかに期待していたこの党についてコメントしておく。勝てるわけねえよ、ほとんど選挙運動してねえんだもん。本気でチェコのスポーツ選手たちがスポーツの活性化を目指して政界に進出するというのなら支持する人は結構いたと思うんだけどねえ。もったいない話である。
 だからと言って、スポーツ界出身の議員がいないというわけではなく、以前社会民主党から例外的に外部からの候補者として立てられたアイスホッケーのシュレーグル氏(パロウベク元首相の引きね)に続いて、今回の選挙では、二人のスポーツ選手が議席を獲得した。一人はアイスホッケーのチェコ代表で長年活躍したゴールキーパーのフリニチカ氏で、ANOからの出馬だった。もう一人が、近年は調子を落として低迷していたけれども、一瞬だけ大きく輝いたスキーのジャンプ競技のヤンダ氏である。こちらは市民民主党からの出馬である。ただしどちらも党員にはなっていないんじゃないかな。
 二人も旧来の政治家のいじめにめげずに議員として活躍してくれることを願おう。それで、いずれは、政界出身ではない大統領候補として元スポーツ選手が出馬する土壌を作ってくれないかなあ。大統領と言えば、元首相のトポラーネク氏とか、何考えて今更出てきたのだろうか。正直、チェコ人ではないけれども、もううんざりだという気分は否定できない。
2017年11月10日17時。






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チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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