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2018年01月12日

チェコのトランプ2(正月九日)



 もともと昨日の記事でバビシュ氏を取り上げたのは、日本のマスメディアで、バビシュ氏のことを「チェコのトランプ」と表現しているのに、違和感を感じたからだった。少なくともチェコでは、バビシュ氏のことを「チェコのトランプ」というのは一般的ではない。使った人がいないとは言わないが、記憶に間違いがなければ、チェコ語では聞いたこともなければ見たこともない。
 その日本語での「チェコのトランプ」に気づかせてくれたのは、アゴラの記事で、検索したら、去年の下院選挙の結果を報じるニュースでもすでに使われていた。朝日、毎日、読売、産経、日経と、日本の大手新聞では、のきなみこの陳腐な形容を採用しているようである。「トランプ」という言葉の持つイメージを使うことで、読者に特定のイメージを与えようとしているのだろうが、いいのかそれで。
 バビシュ氏が「チェコのトランプ」と形容されている時点で、記事の正確性を疑ってしまうのだが、アゴラの記事はさすがにウィーン在住の方が書かれているだけあってかなり正確だった(他は読んでいない。登録が必要で読めないのもあった)。オーストリアでも「チェコのトランプ」なんて言われているのだろうか。ただ、隣国のオーストリアであれば、バビシュ氏が政党を組織して国会に議席を獲得した時点で、「チェコのベルルスコーニ」という形容が出てきていても不思議ではないと思うのだけど、どうだろうか。

 バビシュ氏の経営していた(一応手は離れたことになっている)アグロフェルトという会社は、農業、食品工業を中心に多くの企業を参加に収めている。チェコ的に有名どころでは、まず、バビシュ傘下になって質が落ちたとも言われるソーセージや燻製の肉などで有名な食肉加工業のコステレツケー・ウゼニニ。スーツ着てネクタイ締めたおっさんがソーセージを口にしているロゴを目にした人もいるだろう。
 それからスーパーなどでよく見かける製パン業のペナム。街中を「PENAM」と書かれたトラックが走っているのを見る機会も多い。それに最近噂を聞いて耳を疑ったのだが、缶詰、瓶詰、離乳食など幅広く加工食品を生産しているハメー。中国市場にも進出したとか言っていたのだけど、アグロフェルト参加のゼム・アグロという会社に買収されたらしい。いやあ思わず、それって、ゼマン+アグロフェルトってことかとコメントしてしまった。

 そして、忘れてはいけないのは、ベルルスコーニに比したくなる理由でもあるのだが、マスメディアにまで手を出していることだ。特に新聞では、「ムラダー・フロンタ」と「リドベー・ノヴィニ」というチェコ的には二大紙といってもいい新聞を傘下におさめて、記事の内容に影響を与えていると批判されているし、テレビでも音楽番組を配信しているオーチコがバビシュ氏の傘下だと言われている。救いはニュースを手がけていない放送局だという点である。
 ちなみに、最近、第三の民放としてチャンネルを増やしつつあるバランドフには、ゼマン大統領の関係者の手が入っていいるという噂で、この局の報道番組ではゼマン大統領とバビシュ氏には手心が加えられるのだとか。それで許可が出たのか、バランドフが企画した大統領候補による討論番組には、ゼマン大統領は、選挙運動はしないという建前を盾にとって、本人は出演せず、広報官のオフチャーチェク氏を送り込んだようだ。延々かみ合わない討論をしていたのだろうなあ。

 それはともかく。メディアの支配のレベルでは、本家のベルルスコーニ氏には及びもしないけれども、バビシュ氏もチェコ随一の資産家であり、自らの政党を結成して、耳ざわりのいい名前、「ANO(不満足な市民たちの連合)」なんてのを付け、既存の政治、既存政党への批判票を集めて国会に議席を獲得したのである。ついでに経済事件で警察の捜査を受けているのも共通しているか。
 そんなバビシュ氏を、トランプ氏に見立てられてもなあ。大金持ちというぐらいしか共通点がないじゃないか。バビシュ氏の立場は、両手を上げてEU万歳ではないけれども、反EUと言えるほどの強硬さはない。チェコの多くの政治家が共有しているEUは必要なものだけれども、今のままでは困るというところじゃないかな。助成金もらわなきゃいけないわけだしさ。
 落ち目のベルルスコーニ氏と、トランプ大統領を比べたら、「チェコのトランプ」という表現を使いたくなる気持ちはわからなくはないけれども、大手新聞が軒並み右に倣えで使っちまうってのは、お前らチェコのことなんも知らんのに記事を書いているのかと不安になる。

 どう見ても「チェコのトランプ」と呼ばれるにふさわしいのは、バビシュ氏ではなく、オカムラ氏であろう。オカムラ氏も、バビシュ氏ほどの資産家ではないとはいえ、実業界から政界に飛び込んだわけだし、反イスラム、反EUで、「チェコはチェコ人のもの」と声高に主張するのは、トランプ氏の「アメリカ第一」主義を真似ているようにも見える。
 前回の選挙のあと自ら結成した政党から追い出されたというのも、トランプ氏が共和党内に造反議員を抱えているのに似ているし、頓珍漢な発言で世間のみならず支持者をも驚かせることがあるのも共通している。選挙前の討論番組で、間違った発言をして「私は党首だからそんなこと知らなくてもいいんだ、必要があれば党内の専門家に話を聞く」と開き直っていたこともあったなあ。ある意味、正論ではあるのだろうけど、討論番組に出る前に、専門家に話を聞くべきなんじゃないのか。
 日本の新聞としては、オカムラ氏は首相になったわけでも、大統領になったわけでもないから、トランプ氏になぞらえるのがはばかられるのだろうか。それとも、日系の日本的な名前を持つ人物に、「トランプ」のレッテルを張るのよくないという忖度でもしているのか。バビシュ氏を「チェコのトランプ」と形容するのを、外国のメディアからそのまま借用したという可能性もあるか。

 とまれ、この文章を読んで納得された方は、バビシュ氏のことは、チェコの「トランプ」ではなく、「ベルルスコーニ」と形容してほしい。そのほうがバビシュ氏がどんな存在なのか理解しやすいはずである。
2018年1月9日23時。








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