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2022年01月21日

2021年後半のできごと3、ゼマン大統領の健康問題



 ゼマン大統領は、二期目に入って、衰えた姿を見せることが増え、最近では移動だけでなく職務の際にも車椅子に座っていることが多いのだが、昨年の後半、特に下院の総選挙の前後には、その健康状態がただでさえ混迷するチェコの政局に、更なる混乱をもたらした。

 発端は、選挙を直前に控えた九月末のゼマン大統領が軍の病院に入院したというニュースだっただろうか。大統領は健康診断も兼ねた入院を、これまでも定期的に繰り返していたから、今回も選挙後に予想される首班指名を巡る困難な交渉などの激務を控えて予防的に入院したものと思っていたら、最初は同時期にバーツラフ・クラウス前大統領も同時期に入院したことがわかって大騒ぎになった。そしてゼマン大統領の入院がこれまでよりも長くなったことから、健康状態がひどく悪化したのではないかと噂されるようになった。
 その噂を払拭するためにだろうが、選挙の日には軍の病院を退院しマサリク大統領の頃から、大統領別邸となっているラーニの城館で投票する様子を写した写真がSNSで公表された。しかし、遠目からの撮影でゼマン大統領の表情もよく見えず健康に問題はないという側近たちの発言を証拠立てるようなものではなかった。しかも、注意深い人はいるもので、写真を拡大して手の皮膚や、爪の色などから重病を患っている可能性が高いという見解を表明する人もいた。

 土曜日の午後二時に選挙が終わり、開票作業が進んで、結果の見通しが出てくると、大統領の見解として、三党合同での合計の得票率がANOより高かったとしても、単独の政党ではANOの得票率の方が高くなるわけだからバビシュ氏に、首班指名、組閣の支持を出すことになるとかいうコメントが、多くは広報官を通じて発表された。また、翌日曜日には、当時の与党の政治家が具体的には確か当時のシレロバー財務大臣がラーニの城館にゼマン大統領を訪ねて会談をしたとして、その内容を発表したりもしていたが、今から考えると眉唾物である。
 それは、その日曜日のうちに、噂によればバビシュ首相のイニシアチブで、ゼマン大統領が軍の病院に緊急搬送され、再度入院することになったからである。すぐに集中治療室に入れられて面会禁止の状態に置かれたから、何日か前に一旦退院した時点でも、実はかなりよくない状態にあったのではないかと推測されるのである。この辺の事情はバビシュ首相も含めて関係者の発言が、二転三転して意味不明なことが多いのだが、ミナーシュ氏やオフチャーチェク氏などの側近たちが、選挙後の政局への影響力を維持するために瀕死のゼマン大統領を入院させないようにしていたのだと主張する人もいる。

 ゼマン大統領の入院で困ったことになったのが、改選された下院の会議をどうするかである。チェコの憲法によれば、国会を召集することができるのは大統領だけで、選挙後一か月以内に最初の会議が行われなけらばならないことになっている。大統領不在の場合にどのようにして招集するのか、上院の議長が権限を代行できるのかなんて話が、まじめに議論されるようになったころ、改選前の下院議長ANOのボンドラーチェク氏が、面会禁止のはずのゼマン大統領のところに出向いて、国会召集の書類に署名をもらったことを発表した。
 その書類の内容は、市民民主党などが、最悪の場合権限代行で招集しようと計画していた11月8日付けで招集するというもので特に問題はなかったのだが、面会禁止の病室に潜り込んだボンドラーチェク氏、ゼマン大統領のところまで案内したミナーシュ氏などが強く批判され、一部には署名が偽造なのではないかという疑いも出た。それで、ミナーシュ氏はゼマン大統領が署名する様子をビデオで公開したのだが、服装や髭の状態などから、ボンドラーチェク氏などが主張する日ではなく、発表の当日に撮影されたものじゃないかという新たな疑いが持ち上がった。

 幸いなことにその後、ゼマン大統領は快復し、たしか12月の初めに退院の日を迎えた。退院してラーニの城館に戻ったのだが、戻ったと思ったら、コロナウイルスに感染していたことが発覚して病院に逆戻りということになった。またまた幸いなことに感染はしたけれども無症状か非常に軽い症状でラーニの城館での療養が許可された。

 これで終わっていれば、大変だったねえという評価で終わるのだが、ここは不思議の国チェコである。そうは問屋が卸さない。
 12月の初めには、選挙の結果、首班指名を受けた市民民主党のフィアラ氏の組閣作業がほぼ終わっていて、後は大統領の任命を待つばかりとなっていた。ゼマン大統領は、例によって任命前にそれぞれの大臣候補者と面談をすることを求めたのだが、コロナウイルス感染による隔離期間が終わるの待っていたら、年内に任命するのはほぼ不可能になる。
 そこで、ゼマン大統領の取り巻たちが考え出したのが、ガラスの檻の中の大統領である。部屋の一部を、三方ガラスで仕切って、ゼマン大統領は、ドアから直接ガラスで仕切られた部分に入り、他の人たちは別のドアからその部屋に入って、ガラス越しに話をするという、思わず「ティ・ボレ」と叫んでしまいたくなるような方法を編み出したのだ。動物園や水族館で見られるようなガラス張りの檻の中に大統領を入れるなんて、大統領の尊厳を侵害しているのではないかと思うのだが、大統領を支える側近たちにとってはどうでもいいことのようだ。SNSなどでは、ガラス越しのゼマン大統領の写真を加工して、馬鹿にするような写真が出回っていたから、見かけた人も多いかもしれない。

 内閣の任命も、あれこれ問題はあったけれども12月の20日過ぎには無事に行われた。ただし、大統領はまだ隔離期間が終わっていなかったので、ガラス越しの任命式で、最近ただでさえ大統領が車椅子に座ったままのせいで厳粛とは言いがたい式典になることが多いのが、笑える任命式になってしまった。これがフィアラ内閣の先行きを暗示していなければいいのだけど……。
 斯くの如く、2021年後半の政局は、ゼマン大統領の健康に翻弄されたのである。
2022年1月20日






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