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2017年11月10日
2018年大統領選挙立候補者1 ゼマン大統領(十一月七日)
本日をもって、来年行われるチェコ共和国の大統領選挙への立候補の届け出が締め切られた。前回に続いて二回目の国民の直接選挙によって行われる大統領選挙には、18人(20人という説もある)の候補者が立候補を届け出たという。ただし、その全員が立候補に必要な署名を集められたわけではないようである。現時点では立候補者の名前が公表されておらず、役所の間で公表するかどうかでもめているらしい。この辺、事前に決められていないのがチェコである。
念のために復習しておくと(まだどこにも書いていないかもしれないが)、大統領選挙に立候補するためには推薦の署名が必要である。有権者の署名を集める場合には、五万人分以上の署名がい必要で、前回不正な署名が多いと判断されたことから、今回は署名を集める際に身分証明書を見せ、生年月日に基づいて生まれたときに与えられるマイナンバーみたいなものも記入することになった。
政治家の推薦を求める場合には、上院議員は二十名以上、下院議員は十名以上の署名が必要になる。この数の差は、上院議員のほうが重んじられているからではなく、上院のほうが定員が少なく同じにすると上院議員の推薦での立候補が難しくなるからだろう。上院、下院で半分ずつ、つまり五名と十名なんて署名の集め方が認められているのかどうかはわからない。有権者の署名との組み合わせは計算もややこしくなるから認められてはいなさそうである。
最終的には、有権者の署名のチェックなどを経て今月下旬に立候補者が確定するのだが、現時点で恐らく立候補が認められるだろうと考えられている人たちを紹介しておく。
一人目は言わずと知れたミロシュ・ゼマン大統領で、今回は選挙運動はしないで選挙期間中も大統領の職務を全うするとのたまっている。ただその大統領の仕事というのが、外遊を除けば内遊、つまりはチェコ国内の各地方を訪問して、地元の人々と接して国民みんなの大統領であることを示すというものであることが多いから、大統領の職務自体が選挙運動になっているという面もかなりある。一回目の投票で一番多くの票を集めるのが現職の強みを生かしたゼマン大統領であることには疑いの余地はない。問題は上位二人だけが進出する二回目の決選投票で反ゼマン連合が結成された場合にどうなるかである。
先月だったと思うけれども、欧州評議会でウクライナ政府に対して、クリミア半島のロシアによる併合はすでに実行され完結したもので、もはやひっくり返せないのだから、ウクライナはクリミア半島併合に対する賠償金を求めるような現実的な対応を模索したほうがいいというような極めて具体的な助言をしたことで、内外の批判を集めている。にっちもさっちもいかなくなっている現状を打開するには、あながち完全に間違た意見とも言えないとは思うけれども、欧州評議会であけっぴろげに言うべきことではないわな。じゃあチェコはプラハをロシアに売りつけるんだななんて、どこかピント外れな反論をされていたけど。
下院選挙後も、バビシュ氏を首相に任命するために、もしくはバビシュ氏が内閣を成立させることができるようにあれこれ援護射撃をしていることで、反バビシュグループからも強い批判を浴びている。反バビシュと反ゼマンは重なる部分が大きいから、反ゼマンの数はそんなに増えてはいないのだろうけど。中立の外国人から見ても、それはまずいだろうと思うのが、バビシュ氏が組閣をして、その内閣が国会で信任を得られなかった場合にも、信任のない内閣として政府を運営していくことは可能だという意見である。さすがにこれにはバビシュ氏もそれは避けたいと言っているようである。
チェコの憲法では、下院の総選挙の後、三回まで組閣と信任獲得を試みることができる。最初の二回は大統領が首班を指名し、三回目だけは下院の議長が指名することになっているらしい。だから、市民民主党が議長の座を求めて頑張って無駄な交渉をしているのだけど、それはここでは別問題。とにかく現在指名されたバビシュ氏の組閣と信任獲得が失敗に終わった場合、大統領は二回目の指名をする。別の人物を指名してもいいのだが、恐らくは再びバビシュ氏が指名されるだろう。二回目でもダメだった場合には、下院の議長になる人、現時点ではANOの下院議員が、これも恐らくバビシュ氏を指名する。
大統領は、誕生した新内閣が下院の信任を得られなかったときには、「下院を解散することができる」と憲法には書かれているのだという。ゼマン大統領の指摘は、「解散しなければならない」ではなく、「解散することができる」だということである。つまり内閣が信任を得られなくても、下院を「解散しなくてもいい」のだと主張している。うーん。反ゼマン派が、大統領は憲法や法律を恣意的に解釈しすぎだと批判するのもむべなるかなである。
最近のニュースでは、当初は連立を拒否する立場をとっていたSPDのオカムラ氏が、ANOと連立してもいいと言い出したり(バビシュ氏は嫌がっているようだけど)、キリスト教民主同盟の上院議員が連立与党に参加したほうがいいという発言をしたり、バビシュ政権を国会の信任付きで誕生させた方がいいという主張も出始めているので、来年までには収まるところに収まって、バビシュ政権が誕生し、バビシュ首相のもとで、大統領選挙が行われゼマン大統領が再選されることになりそうである。
ところで、ゼマン大統領の健康問題も、大統領選挙の結果に影響を与えかねない。杖を突いて歩いている姿や、記者会見での話し方などが、これまで以上に疲れているように見え、一部では癌を患っているのではないかという説も出ている。もちろん大統領府ではそれを即座に否定して、反ゼマン派のでっちあげだと反論しているわけだが、本当に健康に問題があるのなら出馬は取りやめたほうがいいと思うのだけど。
また予定より長くなったので、他の人たちについては後日改めて。
2017年11月8日19時。
2017年11月09日
2017年下院総選挙ČSSD(十一月六日)
今回の選挙で圧勝したANOに対して、惨敗したのが社会民主党である。前回の選挙で勝利し第一党にはなったものの、予想されたほどの勝利でなかったために、反ソボトカ一派の党内クーデターの試みを許してしまったのが、ケチのつけ始めだった。そこで、中途半端な対応に終始してしまったことが、その後の支持率の低下を招いたと言ってもいい。ここで、反対派も含めて党内融和、党内合意を達成するか、不祥事を起こした反対派の知事を除籍処分にするかしていれば、多少はましだったのではないかと思う。
いや、今年の入ってからの社会民主党とソボトカ首相の迷走がなければ、ここまでひどいことにはならなかったはずである。この党、共産党と並んでコアな支持層を誇っているのだから。その何があっても社会民主党を支持するという層が、大体得票率で言うと6〜7パーセントだと言われるから、今回の選挙では、そこからほとんど上積みできなかったということになる。これまでの選挙では、社会民主党を支持してきた層の支持が向かった先が、ANOだったというのが今回の結果である。
社会民主党が負けたのは、もう自滅としか言いようがない。選挙の行われる今年に入って、ANOが支持を伸ばし、社会民主党が支持を減らす世論調査の結果が相次いだことに焦ったソボトカ首相をはじめとする指導部が、無理やりバビシュ財務大臣を排斥するために動いたのが一番の失敗だった。バビシュ氏を政権から排除することで、社会民主党への支持が上昇すると考えていたのだとしたらお粗末だとしか言えない。
チェコの有権者たちが、既存政党の政治家たちからあれだけ批判されるようなことをしたバビシュ氏を支持し続けるのには、理由があるはずである。それは、恐らく政治家たちが執拗に非難するバビシュ氏の不祥事が、基本的に自分の運営する企業の資金繰りに関する物であって、最終的にはそれがバビシュ氏の資産を増やすことになるにしても、企業で使うための資金を多少犯罪的な手法で手に入れたというものであるのに対して、既存政党の政治家の不祥事は金を自らの懐に入れるためのものであるという点である。言い換えれば、バビシュ氏の不祥事は経済活動を促進する可能性があるのに対して、政治家たちの不祥事は何の役にも立っていない。だから、いかに政治家たちが脱税だとか、補助金の不正な獲得だとか批判しても、有権者はお前らが言うなという反応になるのである。
既存の政党の側が市民民主党がプラハでやったような党内の腐敗政治家の排除をやって見せていれば多少は違ったのだろうが、政治家たちが不祥事に於いてかばい合うのはどこの国でも変わらないのである。賄賂としてもらった現金を所持していたことで現行犯逮捕された元厚生大臣で中央ボヘミア地方知事のラート氏に対してでさえ、バビシュ氏に対するような強い批判を浴びせる政治家はいなかった。あれも実は社会民主党の政治資金集めだという話もあったからなあ。その疑惑を放置して、バビシュ氏を批判してもなあ。市民民主党もベーム氏などの怪しすぎる政治家とロビイストの結びつきを明らかにして、告発するぐらいのことをすれば、もっと支持率を延ばせたと思うんだけど。
何をやっても世論がバビシュ氏解任に向かわないことを知ったソボトカ氏の第二の失敗が、内閣総辞職を言い出したことで、第三の失敗が、ゼマン大統領が辞表を提出した場合、首相のみの辞職だと認識すると言ったときに、辞職を撤回してしまったことである。ここで撤回せずに辞表を提出していれば、打つ手がなくなるのはゼマン大統領の側だっただのだが、ソボトカ氏は社会民主党の閣僚を信じることができなかったのか、辞表の提出を撤回してしまった。これで、このときの騒動はバビシュ氏をやめさせたいソボトカ氏があれこれ画策しているに過ぎないという印象を与えてしまった。
そして、最悪だったのが、選挙までは首相を続けるが、選挙後は社会民主党が勝った場合でも首相候補にはならないと宣言してしまったことだ。これで、本人が政界を引退するというのならまだ救いもあったのだが、本人は選挙には出馬して国会議員は続けるというのだから、開いた口が塞がらない。
ソボトカ氏は党の支持率が10パーセントを割りそうなところまで下がったことで、自分が首相を続けるとさらに支持率が下がると考えたのだろうが、下院の任期満了まで務めるなんていう中途半端なことはしないで、その場で国会を解散して臨時の総選挙に持ち込めばよかったのだ。それを七月八月の夏休みに選挙を行うのはよくないとかいうわけのわからない理由で解散しなかったのだから、地位にしがみついていると思われても仕方がない。
さらに後継者として、選挙戦のリーダーにザオラーレク氏、党首にホバネツ氏という二人を指名したのも意味不明で、選挙における社会民主党の顔がぼやけてしまった。これで迷走から抜け出せなくなってしまった社会民主党の選挙運動は、全く有権者を引き付けることのできないものになってしまっていた。新聞なんかでも意味不明だとこき下ろされていたし、選挙速報では、みんな賛成できるようなスローガンは掲げているけど、ありきたりでこれ見て社会民主党に投票する人はいないと酷評されていた。
選挙速報では、ソボトカ内閣の功績がバビシュ氏の功績だと受け取られてしまっていたのも社会民主党の敗因だと指摘されていた。これをANOが功績を盗んだのだと考えてはいけない。社会民主党が自ら手放したのである。選挙に負けたわけでもないのに党首である首相が退陣するというのは、党が自ら内閣の功績を否定しているに等しい。そうなればもう一人の内閣の立役者バビシュ氏に票を投じたほうが、現在の内閣の政策が継続されると考えるのも当然である。ソボトカ氏が、病気か何かを理由に政界から引退すると言って、後をザオラーレク氏あたりに託すとかいう筋書きでもあればまた話は別だったのだろうけどさ。
選挙に負けたことで、選挙のリーダーだったザオラーレク氏、選挙後の党首とみなされていたホバネツ氏など指導部の退陣も確実視されているが、惨敗に対する対応が遅すぎる。同じく得票率を減らしたTOP09では、カロウセク氏がはやばやと党首の座を降りることを表明し、12月の党大会で新しい党首を選ぶことになっているのに対して、社会民主党では来年の四月、その後、少し早めて二月に新しい指導部を選出する党大会が行われることになっている。新しいとは言っても、ハシェク氏とかジモラ氏とか、金銭的スキャンダルを起こして隠されている連中が、またぞろ表に出てくるだけだろう。これでは次の選挙も大変そうである。
社会民主党が敗因の一つに挙げているものに、チェコで世界最大級の埋蔵量が確認されたリチウムの採掘に関して、社会民主党の大臣が外国企業と契約を結んだのを事件化されたというものがあるけれども、選挙前の微妙な時期にすることではないよな。自業自得である。いや、このぐらいのことはしても、得票率は減らないと高をくくっていたのだろう。そんな政治家であること、既存の大政党であることからくる傲慢な行動が積み重なった結果が、今回の自滅だったのである。市民民主党は党内改革を経て立ち直りの道を見つけたように見える。社会民主党はどうであろうか。
2017年11月7日24時。
2017年11月06日
2017年下院総選挙ODS(十一月三日)
かつて、チェコ語を勉強している理由を問われると、「毒を食らわば皿まで」と答えていたのだが、今回の選挙についてもやはりそうであろう。ということで、政治ネタに戻る。昨日のは政治ネタというよりは、お前ら何もわかってねえよというマスコミの報道批判ね。
2013年の下院選挙で結党以来最低の結果に終わり、これは解党の危機かとまで言われていた市民民主党が、今回の選挙では第二党になった。党首のフィアラ氏など指導部は、この結果を高く評価して大喜びしているようだが、この結果が前回に次ぐ、史上二番目に悪い結果だということと、ANOに大きな差を付けられたことには目をつぶりたがっているようだ。
ただ、ほとんどの既存政党が前回から大きく得票を減らしたことを考えると市民民主党の選挙は成功だったと評価してもいい。ほとんど失いかけていた有権者の支持をある程度取り戻すことができたのである。フィアラ氏などの口から聞こえてくる支持を増やせた理由の分析には全く納得できないので、個人的な見解を記しておく。
前回の選挙で市民民主党が支持を大きく減らした理由は、ネチャス首相が女性問題で政権を投げ出してしまったことにある。ただし、重要なのは、日本と違ってネチャス首相が当時は部下であった現在の奥さんといわゆる不倫の関係にあったことを批判するマスコミも政党も存在しなかったことである。もちろんゴシップ誌は盛んに報道していたし、美味しいネタだったのだろうけれども、まっとうなマスコミはゴシップ誌が報道するようなことには手を出さないというプライドがあるし、政治家たちもそんな政治に関係のない、政治家としての能力には関係のないことを大声で批判するなんてみっともないことはしないのである。この点はチェコのほうが日本よりもずっとずっとましである。
ネチャス首相が追い込まれたのは、今の奥さんが内閣の役所の長であったという権力を乱用して、前の奥さんを軍の情報部に監視させ離婚の材料を探させていたのではないかという疑惑と、ネチャス政権の安定のために市民民主党内の反ネチャス派の国会議員に対して、議員を辞職する代わりに国営企業の役員の座を提供するというバーターを持ちかけたという疑惑によってである。ネチャス氏の関与も疑われ盛んに報道されたため、追い詰められたネチャス氏は、自分の恋人を守るためにも辞職したのである。
問題にしなければならないのは二つ目の疑惑で、日本だと選挙に落ちればただの人と言われる政治家が、チェコでは議員を辞めても国営企業に天下りできるという認識が、政治家の間にあることである。以前現職の大臣でありながら落選した人が、落選した後に大臣を務めた省の相談役に任命されなかったことに不満を漏らしていたけれども、こんな選挙に落選しても、議員を辞めても国営企業や省庁で割のいい役職につくのが当然だという政治家たちの特権意識に、有権者が愛想を尽かせ始めたのが前回の選挙で最初の犠牲者が市民民主党だったのである。
仮に民主主義の危機というものがあるとすれば、それは政治家の職業化である。本来誰でも何をしている人でも選挙で選ばれれば議員という役職につき、その間だけ政治家で、任期が終わってしまえばまたもとの職業に戻るというのが代議制民主主義の姿だったはずである。それなのに、日本の自民党よりはましだけれども、チェコでも政治家という職業、身分の固定化が進みつつあった。選挙に落ちても特権的に割のいい仕事を与えられて次の選挙の準備をすることができたのだから。
市民民主党がこの手の有権者たちの反感に気づいていたのかどうかはわからない。前回の選挙で惨敗した後に、非党員でありながら市民民主党から立候補して当選した元大学教員のフィアラ氏を入党させて党首に選出したのが一つ目の当たりだった。市民民主党における政治家という立場の流動性を目に見える形で提示することができたのだから。今はまだビロード革命以前に別の仕事をしていたという人が結構残っているけれども、今後政治家以外の仕事をしたことがないという政治家ばかりが幅をきかせているようでは、その党に未来はない。
二つ目の当たりは、プラハの市民民主党をほとんど解体するような改革を行ったことである。もともとプラハは、市民民主党の牙城であった。それが人気者のシュバルツェンベルク氏を擁するTOP09に奪われてしまったのは、プラハの市民民主党が疑惑のデパートとも言うべき元プラハ市長のベーム氏に牛耳られて続けていたからである。ブランカというトンネルの建設費が予定の何倍にも増加したのも、鳴り物入りで始まったオープンカードという地下鉄やトラムの乗車のためのカードを導入するプロジェクトが、導入はされたものの大失敗に終わって恥をさらしたのも、あれもこれもプラハで政治家と業界の癒着のせいで失敗したプロジェクトがあれば必ず名前が出てくるのがベーム市長だったのだ。
オープンカードの件では、うまく後任の市長たちに罪を押し付けて裁判を逃れ、国会議員になっていたベーム氏の党員資格を停止し、ベーム氏と結びつきが強かったプラハ市内の支部を解体し、プラハの市民民主党と怪しい実業家やロビイストと称する連中との関係を切り落とすことに成功した。これが市民民主党が党勢を回復させることができた一番の大きな理由である。それを実行できたのは、党人政治家ではないフィアラ氏が党首の座についていたからである。
今後もこの路線を継続していくことができれば、具体的な誰か、つまりクライアントのための政治ではなく有権者全体のための政治を志向し続けていくことができれば、市民民主党の将来は明るい。問題はそのことに本人たちが気付いているかどうかである。どうかなあ。
さて、現在のANOが少数与党でバビシュ内閣を成立させるしかなく、成立しても国会で信任が得られず再選挙になりかねない状況では、市民民主党としては、泥をかぶる覚悟でANOと連立するのが一番いいと思うのだけど。誰も、面白がり屋を除いては再選挙なんて望んでいないのだしさ。有権者にANOとは連立しないという公約を破ることをわびた上で、ANOの暴走を防ぐためには市民民主党が内閣に入るしかないのだとか何とか言えば、納得してくれる支持者は多いはずである。
既存の政党が、非政治家集団のANOを排斥するような行動を繰り返すと、戻りつつある支持が離れていく可能性もある。勝手な思い込みなので、この観測が当たっているとは限らないのだけど。とまれ、以前の市民民主党は全く支持のしようもない政党だったが、党内改革を経て既存の政党の中で一番ましになったかな。フィアラ氏には、お前らの党が過去にやらかしてきたことをもう少し反省して発言しようねと言いたくなることもあるけどさ。それでも他よりはましである。
2017年11月3日23時。
2017年11月05日
「ニューズウィーク」にチェコの記事が……(十一月二日)
ヤフーの雑誌のところを見ていたら、「日系議員オカムラがチェコの右傾化をあおる」と題した、今回のチェコの選挙結果についてまとめた記事が出てきた。チェコの政治のことが日本のマスコミに取り上げられるのは珍しいと思いつつ読んでみた。記事を提供している雑誌は日本版の「ニューズウィーク」である。
結局、日本での、もしかしたらドイツあたりのEU諸国でも、現在の旧共産圏諸国の状況に対する認識はこの程度でしかないのだよなと、改めて納得した。これでは、現在の傾向がとどまらないわけである。記事ではオカムラ氏の成功を、チェコ社会の右傾化という一言で済ませているが、そんな簡単なものであれば、下院の第四党(議席数では第三党の海賊党と同じ)になんかなりはしない。
確かに、今回の選挙で極右政党である労働者党の得票は、前回の選挙を大きく下回った。その分が、極右的な発言をしつつ下院に議席を獲得できそうなオカムラ党に向かったであろうことは想像に難くない。しかし、それだけで、10パーセントを越える得票になるもんか。人口の一割もの人が、ネオナチ的な外国人排斥を叫んでいるなんてことはありえない。
そもそも、チェコは、チェコスロバキアの昔から、アフリカ諸国、アラブ諸国から留学生を受け入れてきており、その一部はチェコに残って医師などとして活躍している。あまり目立たないのは、チェコの社会に溶け込んでいるからで、チェコ人は、外国人差別がないとは言わないけれども、チェコ社会に溶け込もうとする外国人に対しては比較的寛容である。芸能界で活躍するアフリカ系、アラブ系の人々も結構いるし、アラブ系の国会議員もすでに輩出しているはずだ。
チェコの人々が恐れているのは、チェコ社会に溶け込もうとしない移民の増加である。宗教上の理由で、これをしなくてもいいことにしてほしいというところまでは許容できても、信教の自由があるのだから特別にこれをさせてくれという要求には、チェコのような小さな国では対応しきれないし、一つ認めてしまったら際限がなくなるという恐れもあるのだ。
ついでに言えば、イスラム教を拒否する気持ちがあるのは、イスラム教だからと言うわけではないはずだ。オカムラ氏のいう「イスラムはイデオロギーだ」という言葉を信じている人は本当の極右の人を除けばほとんどいるまい。むしろイデオロギーであったはずの共産主義が、宗教的であったのだと感じている人のほうが多いはずだ。
そう、イスラム教が警戒されるのは宗教そのものだからなのである。記事には「国家消滅の脅威に怯えてきた」とあるけれども、チェコ人が怯えてきたのは民族の消滅である。そして、その原因は共産主義も含めて、宗教、宗教的なものであった。だから、現在のチェコのキリスト教のように、熱心な信者の少ない宗教ならともかく、イスラム教のような熱心な信者であることを求める宗教には警戒感、嫌悪感を抱いてしまうのである。フス派を含むプロテスタントとカトリックが血で血を洗う殺し合いを演じてきた国には、積極的に過ぎる宗教には居場所がないのである。
仮にチェコ人が「国家消滅の脅威に怯えて」いるとすれば、その脅威はEUからもたらされている。選挙速報で解説者が異口同音に言っていたのが、「オカムラ氏はメルケル首相に感謝しなければならない」ということだった。メルケル首相の強硬な姿勢が、特に極右でも反移民でもない有権者をオカムラ党への投票へ導いたというのである。これは、チェコだけで起きていることではない、ハンガリーでも、ポーランドでも、スロバキアでも、極度に単純化すれば右傾化と言えるような現象は起こっているが、それは結果であって、原因ではない。原因はメルケル首相登場以後のEUの変質、具体的には硬直して一部の加盟国に対する束縛を強化して、強いヨーロッパなどとのたまっていることにある。
特に、難民の受け入れを無理やりにでも強制しようとする姿勢に対する反発は、非常に強く、政府も反対していたし、既存の大政党も反対しているのだけど、そのやり方が生ぬるいと感じた人たちが、強硬な発言をするオカムラ党へと流れたのである。もし、難民問題に限らないEUの強硬な姿勢がなくなれば、オカムラ党への支持は大きく減少するはずである。今なら、選挙には間に合わなかったけれども、社会の将来という意味では、まだ間に合うのである。しかし、現実にはドイツでメルケル首相が再任されそうだから、今後もオカムラ党への支持は増えることになりそうである。
日本の一部のマスコミが現実を見ていないのは、日本の政治についての報道を読んでいればすぐわかることだけれども、EUに対しても、ドイツ、メルケル首相に対しても、無条件に称賛するところがあって、ドイツとEUの関係に関して批判する記事は見たことがないような気がする。お得意の自主規制でもしているのだろうか。
ただ、仮に去年ぐらいの時点でEUが、古き良き寛容なEUに戻っていたとしても、オカムラ党は議席を獲得していただろう。なぜかと言うと、今回の選挙でオカムラ党に一番支持を奪われたのは左翼の共産党だからである。もちろん共産党支持者が、何となくの支持者であったとしても右傾化するわけがない。オカムラ氏の政策、発言に極左に支持されるものもあるのである。だから、オカムラ氏の存在を極右とか右傾化という言葉で説明したのでは、何の説明にもならない。
バビシュ氏のANOが右傾化しているともいうけれども、これもおかしな話である。2013年の選挙の際は、確かにANOが狙ったのは市民民主党やTOP09などを支持する中道から右寄りの有権者であった。その後の与党としての政権担当期間にこの層の支持をある程度固めたANOが今回狙ったのは、左寄りの社会民主党、共産党支持の有権者で、それは有権者を右傾化させるのではなく、自党の主張の中に左寄りの人たちに支持してもらえる政策を加えることによって実現した。少なくとも今回の選挙について言えば、有権者が右傾化したのではなくANOが左傾化した、いや政策の幅を左寄りにまで広げたのである。これによって右から左まで幅の広い中道政党になったというのが正しい。
移民の無条件の受け入れへの反対は今に始まったことではないし、海賊党はちょっとわからないけれども、それ以外のすべての政党が異口同音に主張していることなのだ。だから、ANOが移民問題に対して強硬な姿勢をあらわにしたということもない。チェコの政治家たちが無条件の難民受け入れに強硬に反対しているという点は、難民問題が勃発し、何も考えずに無条件の受け入れを表明したドイツで受け入れきれなくなった時点から現在まで全く変わっていないのである。
それに海賊党の躍進に触れていないのも物足りない。結局、今回の選挙結果が示すのは、失政を繰り返すEUとメルケル首相に対する反感と、これまで政治を恣にしてきた既存政党に対する反感が、かなり危険なところまで高まっているという事実でしかない。現在の状況が続けば、右であれ左であれ過激化する可能性がないとは言わないが、現時点ではまだそこまでは来ていない。チェコの政治も他の旧共産圏諸国と同様に強くEUの政策の影響を受けているので、EU次第というところが大きいのがもどかしいのだけどね。
EUがいわゆるディーゼルゲートを起こしたフォルクスワーゲンに巨額の罰金と、車を買わされた消費者への賠償を命じるぐらいのことをすれば、対EU、メルケル感情は、多少はよくなるのだろうけど、メルケル首相は自動車業界に補助金をつぎ込むらしいからなあ。泥棒に追い銭とはこのことである。そう思わないのかな?
2017年11月3日17時。
2017年10月31日
2017年下院総選挙ANO2(十月廿八日)
承前
その後、90年代にはチェコに移ってアグロフェルトという農業関係の会社を経営していたようだ。そこから食品加工産業に手を出し、あの評判のよかったソーセージなどの肉の加工工場も、製パン工場もいつの間にかバビシュ氏の手に落ち、気が付けばマスコミの「ムラダー・フロンタ」「リドベー・ノビニ」というチェコの二大紙までもが、アグロフェルトの一部となっていた。すでにチェコ語を勉強していたころ、つまりは今から十数年前にはチェコ語の先生に「ムラダー・フロンタ」と「リドベー・ノビニ」は、違う新聞だけど経営者は一緒だぞと言われて、独占禁止法は存在しないのかと不思議に思ったことがある。
もちろん、チェコにもEU準拠の独占禁止法はあるし、EU加盟以前から存在していた。その独占禁止法で、なぜチェコで一、二を争う新聞社を一つの会社が所有することを禁止しなかったのかについてはよくわからないが、一ついえるのは、まだ政界への野心をあらわにしていなかったバビシュ氏に対して、政治家たちがあれこれ便宜を図っていたのだろうということだ。見返りは当然、合法非合法の政治のだめだけでない資金の提供だったはずである。そんな顧客だったはずのバビシュ氏が、政治家への資金提供を止めて自ら政治の世界に乗り出してきたことに対する反発、これが現在のチェコの政治に混乱をもたらしている。今では同盟者とも言えるゼマン大統領でさえ、当初は大反発して批判を繰り返していたのである。
この手の問題のある企業経営者や、投機的に企業を売買する連中と政治家との癒着というのは、個々の事例はともかく、癒着していること自体は公然の秘密で、公然の秘密ではあるけれども政治家としては、個別の事例は自分たちの罪にもなりかねないので認めることができないから、バビシュ氏を批判するのに、自分たちのかかわっていない案件を使うしかない。だからその批判には説得力が欠けるのである。
バビシュ氏以外にも、例えば自転車のロードレースのトップチームの一つクイックステップのオーナーとして知られるバカラ氏も、この手の問題のある人物の一人で、オストラバ地方の炭鉱会社OKDの民営化に際して、政治家を動かして市場価値よりも大幅に安価に手に入れたのではないかという疑惑があるし、経営者としての自己への報酬を多めにするなどOKDの資産を流出させ意図的に経営難に追い込み、地域の基幹産業の破綻を避けようとする国から金を引き出そうとしたなどとも言われている。
このバカラ氏に関しては、以前ハベル大統領の盛大な誕生パーティーのスポンサーとして話題になったことがある。このあたりが、ハベル大統領が独立後のチェコ共和国において誰もが認める唯一の大統領でありながら、晩年しばしば政治家になりすぎたと批判された所以である。二人目の奥さんを含めて不用意に怪しい人物を近づけすぎだというのである。
結局、バビシュ氏と既存政党の間の対立は、経済界から政界への進出が旧来の政治家にとっては歓迎できるものではないことを示している。ただの国会議員として「プロの」政治家の指示通りに動くのならまだしも、大臣、宰相の地位を目指すとなると排除の論理が発動するのだろう。最初にそれを体験したのは、2010年の下院選挙で議席を獲得して連立与党の一角をなしたVV党の党首バールタ氏だということになる。
バビシュ氏が、政界への進出に向けてANOを設立したのは、正式名称に2011という数字が入っているように、2011年のことである。ANOは、「不満を抱えた市民の行動(Akce nespokojených občanů)」の頭文字をとったもので、特に既存の政党と官僚、財界の一部との癒着に対する不満を抱く人々が終結して、政治を変えることを目標にしているようだ。会社運営の効率的な手法を、国の運営にも持ち込んで無駄を排除するということのようだ。政治家と官僚の癒着を排除して効率化を図ると言えばいいだろうか。
バビシュ氏にあれこれスキャンダルが勃発しながら、支持率が下がらないのも、スチューデント・エージェンシーの創立者や、マイクロソフトのチェコ法人の元社長などが、バビシュ氏を支持しつづけているのも、その主張にかなりの説得力があるからだろう。市民民主党が中小の業者いじめだと主張するEET(レジのオンライン接続による売り上げの登録)が導入されたばかりだというのに、小さな会社の経営者がANOから今回の選挙に出馬して当選しているのも、そのことを裏付けている。
ANOにとって最初の選挙は、2012年の上院議員の選挙だった。この選挙の時にはほとんど話題にならなかったので、おそらく候補は立てたものの、第二回目の投票に進んだ候補はおらず、みな落選したはずである。静かにひっそり設立され静かに活動していたこの政治団体が、一躍日の目を見たのは市民民主党のネチャス首相が政権を投げ出し、ゼマン大統領が市民民主党に新しい政府を組織する命令を出すのも、下院の解散して総選挙をおこなうのも拒否して、お友達と言われるルスノク氏に暫定内閣を組織させたものの、国会で必要な信任を得られず、結局解散総選挙ということになった2013年のことである。
準備期間が長かったのが幸いしたのか、選挙前の予想を大きく超えて20パーセント近い票を獲得して社会民主党と僅差の第二党へと躍進した。そして長い交渉の果てに社会民主党、キリスト教民主同盟と共に連立与党に参画することになる。そこで、最初に指名した国会議員が大臣として力不足であることがわかると、すぐに更迭して、党員でも国会議員でもない専門家を外から招聘して大臣に指名したのも、既存の政治家たちには嫌われたのかもしれない。
これまで、緑の党、VV党と、新たに下院に議席を獲得した党が、与党に加わったものの、あれこれの事情で内部分裂を起こして崩壊するという事例が連続していたので、ANOもその後に続くかと思われたのだが、既存政党側からの攻撃もものともせず、四年間の任期を、大臣の交代はあったものの、特に分裂することもなくまっとうした。
これまで二回、既存の政党以外の新党が期待を裏切る結果に終わっていた分だけ、ANOへの評価につながったのだろう。今回の選挙では、前回の結果に10パーセント以上、議席にして30議席以上の上積みに成功し、堂々第一党の座を獲得したのだった。ANOが勝ったという観点から書けば以上のようなことになるのだが、今回の選挙は首相を擁していた社会民主党を初めとした既存の大政党が自滅したという側面も強い。その点については、それぞれの当について書くときに改めて記そう。
それよりも、選挙後の連立の交渉がうまくいっておらず、ゼマン大統領がバビシュ氏に組閣の命令を出すのは決定的であることを考えると、少数与党のANOの単独内閣が出来上がるかもしれない。そして、その内閣が下院で信任を得られず、ゼマン大統領が改めて別の党の党首に組閣命令を出すことになる可能性もある。その内閣も信任を得られなかったりして成立しなかった場合には、またまた解散総選挙という可能性もあるのである。二回目の首班指名を省略する可能性さえある。そうなると政権の成立を阻止した既存政党に対する風当たりはさらに強くなり、ANOと海賊党と場合によってはオカムラ党が勢力をさらに伸ばす結果になるような気がする。市民民主党あたりが、ANOの暴走を止めるためと称して、ANOと連立政権を組むのが一番穏当な方法だと思うんだけどなあ。
ぐだぐだになってきたので、この稿はこれで一度おしまいということにする。
2017年10月29日23時。
2017年10月30日
2017年下院総選挙ANO1(十月廿七日)
今回の選挙の勝者がアンドレイ・バビシュ氏が組織した政党ANOであることについては、議論の余地はないし、予想通りの結果だったといってかまわないだろう。開票速報番組では、解説者得票率が30パーセントを越えるところで推移していたのをちょっと予想外だといっていたが、個人的には予想の範囲内だった。事前の世論調査なんかでも20パーセントよりは30パーセントに近い数字を獲得していたし、他の、特に既存の政党の選挙運動に迷走の気配が見えたこともあって、増えることはあっても減ることはあるまいと考えていた。
むしろ、予想外だったのは、二番手以下に20パーセント近い大きな差をつけたことである。社会民主党か、共産党、場合によっては市民民主党が復活して、15パーセントから20パーセントの票を獲得するのではないかと予想していた。事前の世論調査では、確かに支持を減らしていたけれども、一つぐらいは立て直してくるのではないかと考えていたのだが、立て直せたのは、前回の選挙の惨敗から立ち直りつつあった市民民主党だけで、それでもかつての数字にははるかに届かない11パーセントほどでしかなかった。
その結果ANO以外は、どんぐりの背比べのように8つの政党が並ぶことになった。最多の市民民主党の25議席から、最小のキリスト教民主同盟の6議席まで、差は大きいように見えるが、ANOの78議席と比べると、その差はあまりにも小さい。これがANOにとっては誤算の一つだったはずである。これだけ多くの政党が議会に議席を持ったため、二党の連立で過半数を超えることができる相手が、市民民主党しかなくなってしまった。この横並びの状態で、一党だけ選挙前の公約を否定して、ANOと連立を組むと言い出すのは難しいだろう。一番組めそうな相手のSPDとでは、ちょうど半数の100議席なので、共産党の支援を得るとしても、政権運営が不安定になりそうである。バビシュ氏のお手並み拝見といこうか。
この党についても、バビシュ氏がいなければ存在しなかった党なので、バビシュ氏の政界進出以前からの経歴も含めて知っていることを簡単に記しておく。以前の記事、SPDの記事との重複もあるだろうが、そこは仕方がないとあきらめることにする。
バビシュ氏は以前も書いたようにスロバキア出身で、普段はチェコ語でしゃべろうと努力しているようだが、時々スロバキア語っぽいところが出てくるらしい。かつてチェコ語とスロバキア語を混ぜて、ありもしないチェコスロバキア語で話していたという正常化の時代のフサークではないけれども、本来スロバキア人とはいえ、国籍がチェコで、チェコで政治家として活動する以上、スロバキア語で話すわけにもいかないのだろう。
ビロード革命前のバビシュ氏に関して問題になっているのは、秘密警察の協力者であれこれ情報を提供していたのではないかという疑惑である。何でも秘密警察の協力者のリストにバビシュ氏らしい名前があるというのである。ただし、この手のリストに本名が記されることはないので、あくまでもバビシュ氏らしいということで、バビシュ氏だと確定しているわけではない。バビシュ氏はこれに関して裁判を起こしてバビシュ氏ではないという判決を勝ち取ったのかな。それを今回の選挙期間中にスロバキアの最高裁みたいなのがひっくり返して、バビシュ氏ではないとは確定していないと言い出したものだから、既存政党側はバビシュ批判に使うし、バビシュ氏は既存政党側が手を回したんだと反対に批判していた。タイミングがいいのは確かだけど、スロバキアとはいえ外国にまで手を回す余裕があったとは思えない。
しかし、実際問題、バビシュ氏の名前がリストにあったかどうかも、実際に協力者だったかのどうかも、それほど重要な問題ではない。一つは、秘密警察が外に漏れたら困ると考えていた一番重要な資料は、ビロード革命前後のドサクサにまぎれて処分されたと考えられていることだ。つまり、残された資料というのは、秘密警察にとっては公開されてもそれほど困らないものだというわけだ。
もう一つの問題は、秘密警察の協力者にされていた人たちにはそれぞれの事情があるということである。例えば、オストラバの誇るフォーク歌手ヤロミール・ノハビツァや、俳優としても活躍した元アイドル歌手のバーツラフ・ネツカーシュの名前もリストには残っているという。ノハビツァはこの事実が表に出たときに、友人だった歌手から猛烈に批判されたが、お前にはわからない事情があるんだとか何とか言っただけで反論しようとしなかったし、この二人が積極的に秘密警察に協力したとも思えない。そもそも、秘密警察に積極的に協力した人がいたとしたら、終戦直後の、まだ共産主義政権を信じられたころだけだろう。
かつて大統領選挙に出馬した政治家が共産党に入党した過去があることを、自分のキャリアのためには仕方がなかったのだと言い訳していたが、秘密警察への協力もほとんどは強要されてのことである。家族をねたに脅迫されたり、進学や就職を引き換えに持ち出されたり、とにかく拒否しにくい状況を作り上げて、芸術的とも言えるような手法で強要していたという話である。それでも拒否した場合には、亡命するか刑務所に放り込まれるのを覚悟するしかなかったらしい。
バビシュ氏が実際のところどうだったのかはわからないが、かつてチェコの秘密警察どころか、ソ連のKGBのエージェントだった人物が、テレビ局の社長をやったり、上院議員、ヨーロッパ議会議員を務めたりしていたことがあって、それに対して既存の政治家たちは特に文句も言っていなかったのだから、今更バビシュ氏を批判しても仕方なかろうに。この件だけでなく、ただの国会議員と総理大臣候補は違うとか、既存の政党は主張するわけだが、そんな言い訳めいたことをする前に、自党の中にいるバビシュ的なことをしてきた存在の罪を明らかにして排除してからでないと、説得力を持ちきれない。特に疑惑自体が既存政党の仕掛だと言われる余地があるのだから。
例によって長くなったので、以下は次回に回す。
2017年10月28日23時。
2017年10月28日
2017年下院総選挙SPD2(十月廿五日)
承前
そして2013年の秋に行われた下院の選挙では、ウースビットという政党を組織して、全国に候補者を立て、約7パーセントの票と、14の議席を獲得した。この結果は、既存の政党であるキリスト教民主同盟より上で、惨敗した市民民主党に迫るものだった。オカムラ氏にとって追い風となったのは、EUが、経済、外交の面でさまざまな失策を積み重ねていたことで、あからさまな反EUを唱える党がなかったこともあって、EUに強い不満を抱いている層の票を集約できたことである。
難民危機の勃発後は、反難民、反イスラム勢力との接近を図り、人種差別的だと批判されるコンビチカ氏のグループが主催するデモ行進に参加し、国会議員としても同様の発言を繰り返すようになった。時に共産党のような左っぽい発言をするかと思えば、極右のネオナチ同様の発言もするということで、党首についていけなくなった国会議員たちに反乱を起こされ、ウースビットを追い出されてしまったのは前述の通りである。この辺の経緯は、オカムラ党と称されオカムラ氏が中心になって組織した党だと思われていたウースビットに、実は別に黒幕がいてオカムラ氏はただの操り人形だったのではないかという説につながっていく。
政治的な面から言えば、オカムラ氏の存在は、極右と極左というのは、表面上の主義主張は全く逆であっても、結果としては同類になってしまうという奇妙な現実を体現している。本人がそこまで考えての行動ではないだろうけど。今から考えると、この時点で本来なら共産党を支持したであろう層の一部がオカムラ氏に流れる兆候は現れていたのだ。
今回の選挙は、ウースビットから分かれて初めての選挙であり、前回7パーセントだった党が分裂したのだから、5パーセントの壁を越えるのは無理だろうというのが事前の予想だった。事実七月、八月にチェコテレビのニュースで紹介された世論調査の結果では、5パーセントの壁を越えることはなかったし、日本での諸派扱いされていることもあった。それが、選挙前に最後の世論調査の発表である月曜日の時点で、海賊党とともに5パーセントを越えていて、思わず「Ty vole」と言ってしまいそうになった。
ちなみにチェコでは、世論調査をマスコミ自体がすることはない。中立の民間調査団体が行なった調査をもとに報道するのだ。マスコミの役割は、調査結果を作り出すことではなく、結果をどのように料理して報道するかにある。同じデータでも評価の仕方によっては別な結果を導き出すことができるのだから。そして、チェコでは世論調査の結果は、選挙が行なわれる週の月曜日までしか公表できないことになっている。以後の公表は選挙結果に大きな影響を与えかねないというのが、その理由である。前日や当日に発表されたりしたら、投票に行くか行かないか決めるのに影響を与えそうではあるよな。確かに。
投票が終了した土曜日の午後二時から、チェコテレビの選挙特番を見ていたのだが、最初に公表された開票の途中経過を見て驚きの声を上げてしまった。上からANO、SPD、共産党の順で並んでいたのだ。このとき、SPDと共産党の得票率は15パーセントぐらいだっただろうか。
チェコでは個々の投票所で開票と集計まで行なわれ、その作業が終わった投票所のデータが順次、中央に送られて集計されていくため、最初にあつまるのは比較的小さい投票所、つまり田舎の村の投票所のデータである。田舎の村は伝統的に共産党が強く、毎回最初の途中経過から得票率を落としていく。オカムラ党もそうなるかなと予想していたら、共産党はずるずると7パーセントぐらいまで落ちていったのに、オカムラ党の落ち方はずっとゆるく、最終的には10パーセント強で留まり、22もの議席を獲得したのである。
この結果に最も貢献したのはドイツのメルケル首相である。メルケル首相が何を考えているのかはわからないが、チェコの地から見ていると、今のドイツのやり口は、旧共産圏諸国の怒りをあおってたきつけているようにしか見えない。自らの難民政策の誤りを認めず、その尻拭いを他国に押し付けようとし、反対されると札束で頬をはたくようなまねをする。それでも受け入れなかったら、裁判を起こしてでも認めさせようというのだから、反発が高まるのも当然である。メルケル首相が登場し強いEUなんてことを言い出して以来、実はEUは結束がぐらついて内部的には弱体化しているというのが現実である。
EUとの関係を重視せざるをえない政府与党、既存政党は、EUの難民政策に反対はできても、過激な反移民政策は主張しづらい。政府の対応が生ぬるいと考えている層は、強硬な外国人排斥主義者以外にも一定数は存在して、その支持がオカムラ党に向かったのが、今回の結果である。極左のネオナチグループと同じような主張のチェコ人が10パーセントもいるはずはない。
もう一つは上にも書いたが、普段であれば共産党に投票するようなグループからの票の流入も想定されている。一見極右とみなされながら左翼的な発言もできてしまうあたり、機を見るに敏なところがあるのだろう。初めて選挙に挑んだタイミングもよかったみたいだし。
党首のオカムラ氏の言動が、何かの主義主張に基づいてというよりは、行き当たりばったりなところがあるので、議員たちがどこまで党首について行けるかが、この党の将来の命運を握っている。選挙後、さっそくチェコテレビ批判を始めたが、選挙前の報道でオカムラ党に十分な時間を割かなかったのが気に入らないらしい。チェコテレビでは事前の世論調査に基づいて、有力と目された政党を優先していただけだし、オカムラ氏も10の党が招かれた討論番組には、議席獲得の可能性のある政党の代表として出演していたはずなのだけど。
そして、現在、日本のNHKのような公共放送であるチェコテレビとチェコラジオを国有化してしまおうと言いだしている。うまいのは受信料の廃止と税金での運営も絡めていることで、この点だけなら賛成する政党も出てきかねない。ただ、以前市民民主党と社会民主党が政府を牛耳っていたころ、チェコテレビに対する国家の、政府の管理を強めようとした(国有化を目指していたかどうかは不明)ときに、テレビ局員だけでなく国民全体を巻き込んだ反対運動が起こって、結局あきらめざるを得なくなったことを考えると、チェコで実現するのは難しいのではないかと思う。
とまれ、このSPDか、ANOがもう一議席多く獲得できていれば、二党で過半数である101議席を押さえることになるので、完全に政局のキャスティングボードを握れたはずなのだが、合計100では連立政権として信任が得られるかどうか微妙なところで、得られたとしてもその後の政府の運営が厳しくなることが予想される。
現時点では、SPDも含めてすべての党が、建前としてANOとの連立は組まないと主張している。惨敗した社会民主党では、おそらく指導部の劇的な交代が起こるはずなので、意見を変える可能性もある。しかし、ANOと社会民主党だけでは半数にも届かないのである。社会民主党の指導部の交代に時間がかかりそうなことも考えると、もっとも可能性が高いのは、ANOとSPDの連立与党を共産党が閣外協力で支えるという形だろうか。いやはや、不思議な時代になったものである。
書きもらしもあるような気はするが、この件はこれでおしまい。
2017年10月26日13時。
2017年10月27日
2017年下院総選挙SPD(十月廿四日)
本来なら、勝者のANOから始めるのだろうが、SPD(自由直接民主主義)党首のトミオ・オカムラ氏について質問のコメントをいただいたので、このオカムラ党の話から始めよう。
前回2013年の下院の選挙で議席を獲得した第一オカムラ党である「ウースビット」から、党首でありながら党員の議員達の反乱で除名されたオカムラ氏が、一緒に脱退した議員たちと共に新たに立ち上げたのが、このSPDである。Sは自由、PDは直接民主主義を表すチェコ語の頭文字で、特に直接民主主義を保証するものとして、制度としての国民投票を定めることを求めている。
チェコでもかつて、EU加盟をめぐって国民投票が行われたが、あれは特別に行われた国民投票だった。この政党は、国民投票を制度化して重要な案件については、国会の議決で最終決定とするのではなく、国民投票によって決めるべきだと主張しているのである。その手始めとして、EU脱退をめぐる国民投票の実施を主張している。かつてナチスが国民投票を連発して、国会を通さない手法で民主主義を骨抜きにしていった過去を知った上での主張なのかどうかはわからない。
この党の主張で、唯一評価できるとすれば、現在は地方議会みたいなものに議席を得た政党の話し合いで決められている地方自治体の首長を、大統領と同じように直接選挙で選ぶようにしようというものぐらいだろうか。現状の議会内の与党=地方政府みたいな形は、結構ひんぱんに連立の解消やら組み換え、総辞職で臨時選挙なんてことがあって、地方の行政を不安定なものにしているところがあるし、日本人には、地方自治体の首長は直接選挙で選ぶものだという思い込みもあるし、この主張は悪くない。
反対に、理解できないのが、移民の全面的な禁止と反イスラム化の主張である。このオカムラ氏の経歴を考えると、本人も半分移民のようなものなのだけど、こんな主張をしてチェコ人は不思議に思わないのだろうか。それに移民がさす範囲もはっきりしない。現在の労働力不足でウクライナなどから受けれている労働者なんかも禁止するつもりなのか、イスラム圏からの移民だけを禁止する気なのか、よくわからない。
この党は、典型的な個人政党で、オカムラ氏以外の名前が出てこない。テレビやラジオなんかでの討論番組にも大抵は党首自ら登場するし、他の人が出てもほとんど印象に残らない。ANOもバビシュ氏の個人政党だと批判されることがあるが、あちらはバビシュ氏以外にも経済界からの人材を擁していて、むしろTOP09のほうが、個人、いや二人政党と言いたくなる。つまり、SPDについて記すには、オカムラ氏について記す必要があるということで、以下、すでに書いたことと重複する部分もあると思うが、これだけ記事が増えてくると探して読むのも大変だし、知っていることを記しておく。
トミオ・オカムラ氏は、モラビア出身のチェコ人を母にして日本で生まれ、小学校ぐらいまで日本で過ごし、母親に連れられてビロード革命前のチェコスロバキアに戻ってきたらしい。父親は日本に住んでいる人だったけれども、いわゆる在日の人だったという話で、父親とオカムラ氏自身が日本国籍を持っていたかどうかは定かではない。いや、調べればわかるだろうけど、そこまでしたくない。兄弟が二人いて、二人ともチェコで生活しているが、一人は建築家として活躍し、もう一人は今回の選挙にキリスト教民主同盟から、反トミオ・オカムラを掲げて立候補したが敢え無く落選している。
国籍の問題はともかく、どこまで日本的、日本人的であるかを考える場合に、重要なのは日本語がどのくらいできるかである。かつてプラハの語学学校で日本語を教えていた知人の話によれば80年代の後半には、その語学学校に日本語を勉強しに来ていたらしい。どのぐらいできていたかについては、はっきり教えてもらえなかった。また大使館が主催したパーティーにオカムラ氏が出席したのに出会わせた日本人の知り合いは、とりあえず日本語であいさつのスピーチはしていたけれども、誰かの作文を読み上げている感じで、原稿はすべてひらがなで書かれているようだったと言っていた。うーん、これだけでは判断がつかない。
オカムラ氏は、もともとは日本の食材を売るお店や、日本人観光客向けの旅行会社などの経営で成功した人物で、経済界から政界に足を踏み入れたという意味ではANOのバビシュ氏と似ている。十数年前には、日本についての「専門家」としてしばしばテレビやラジオなどに登場し、結構でたらめな話をしてチェコ人の日本像をゆがめてくれていた。正直な話、この時点ですでに我々チェコ在住(モラビアだけかも)の日本人の間では困ったちゃん扱いをされていた。
その後、チェコ国内の旅行会社で作っている組織の会長に就任し、大手の旅行会社が倒産したり、さまざまな事情で旅行業界に影響が出そうだと思われたりしたときに、ニュースでとうとうと必要以上に長々と自分の意見をまくしたてていた。いつの間にか、そんな場面でオカムラ氏が登場しなくなったと思っていたら、政界への進出の準備を進めていたのである。
政界に進出したのは2012年の上院議員の選挙で、このときは無所属の候補としてズリーンを中心とする第80選挙区から立候補し当選してしまったのである。立候補した時点では対して注目もされず泡沫候補扱いだった(少なくとも個人的にはそう思っていた)のに、ふたを開けてみたら二回戦に進むどころか、上位二名だけが進む第二回投票で対戦相手のほぼ二倍の票を獲得して堂々と当選したのだから、チェコって国はわからないと首をひねってしまった。ズリーン出身の知人に、お前ら何やとんじゃあと言ったら、モラビアの田舎ですからとよくわからない答えが返ってきた。
二年に一回、チェコ国内の81の選挙区のうち27の選挙区で選挙が行われる上院の選挙は、一体に注目度が低いものだが、それに満足できなかったのか、翌年の大統領選挙に出ると言い出した。2013年の大統領選挙は、チェコの歴史上初めて国民の直接選挙で行われることになっており、立候補のためには5万人以上の有権者の署名を集めて提出する必要があった。国会議員の推薦でという手もるけれども政党関係者以外には使えるものではない。
オカムラ氏も署名を集めて提出したのだが、不正な署名が多くて有効と認められるものが少ないという理由で立候補は認められなかった。オカムラ氏は裁判に訴えるとか言っていたようだが、実際に裁判を起こしたという話は伝わってこなかった。最初からこの選挙に費やすのは5万コルナだけだとか発言していて、どこまで本気で立候補しようとしていたのかは不明である。我々の間ではあれは売名のためだったんだという結論だった。
長くなったので以下次回。
2017年10月25日22時。
2017年10月26日
2017年下院総選挙総括(十月廿三日)
改めて、今回の選挙の結果を挙げておくと、以下のようになる。ここに現れていない政党は5パーセントの壁を越えることができず議席を獲得できなかったのだが、最高でも自由市民同盟が1.5パーセントをちょっとだけ越えて、獲得票数に応じて国庫から支援を受けるための要件を満たしたが、ほかは、緑の党以外は1パーセントの票も獲得できなかった。結果としては死票も少なかったし、現在のチェコの有権者の民意を反映した結果だと言ってよさそうだ。
ANO 78議席 29.64% バビシュ党
ODS 25議席 11.32% 市民民主党(旧クラウス党)
Piráti 22議席 10.79% 海賊党
SPD 22議席 10.64% オカムラ党
KSČM 15議席 7.76% 共産党
ČSSD 15議席 7.27% 社会民主党(旧ゼマン党)
KDU 10議席 5.80% キリスト教民主同盟人民党
TOP09 7議席 5.31% カロウセク党
STAN 6議席 5.18% 市長無所属連合
九つもの政党、政治団体が下院に議席を獲得したのは、チェコの歴史の中で始めてのことである。それから、2010年の選挙までは市民民主党と社会民主党がつねに一位争いをし、どちらも30パーセント近い票と50以上の議席を獲得し、どちらかが連立与党の中心となって新政府が誕生していた。前回の2013年の選挙で、直前に政権を投げ出した市民民主党が凋落して、代わりにバビシュ氏のANOが第二党の座を手にしたのだが、今回は社会民主党も惨敗した結果、ANOの一人勝ちになってしまった。これまでこれだけ第一党と第二党の差がついたことはないらしい。ANOの議席数が中途半端なことになっているので、連立交渉に失敗して再選挙になる可能性もあることを指摘しておこう。
結果を一目見てわかるのは、ANO、海賊党、オカムラ党という旧来の政党とは毛色の違う政党が大きく支持を伸ばしていることである。ANOとオカムラ党(別の名前だったけど)は前回の選挙でも議席を獲得したが、今回その数を大きく増やした。海賊党は前回の選挙では2.5パーセントぐらいの得票で議席は獲得できていなかったから、大躍進という意味では一番である。
旧来の政党は、前回の大惨敗から立ち直りつつある市民民主党を除いて、みな議席を減らしている。市長連合は今回単独では始めての議席獲得だが、これまではTOP09の候補者名簿に入って議員を輩出してきたから旧来の政治家として扱っていいだろう。それでもこの党も議席を増やしたとは言ってもいいのか。
選挙後の負けた既存政党側のコメントを見ていると、今回の結果を「民主主義の危機」という言葉で説明しようとしている党が多かったのが気になる。こういう発言をするのはチェコだけに限らず、ヨーロッパでもドイツあたりの自称良識派がポーランドやハンガリーなどの民族主義的な傾向をこの手の言葉で攻撃することがあるし、日本の野党やマスコミなんかも同じようなレトリックを使うことがある。昨年のアメリカの大統領選挙の際のいろいろな人の発言にも、トランプ大統領のことを「民主主義の敵」と呼んだり、大統領に選ばれたことを「民主主義の終わり」とかいうのがあったけれども、自分たちが選挙で勝てば「民主主義の勝利」で、負けたら「民主主義の終わり/敗北」なんて言うのは、ちょっと自分たちに都合が良すぎる言い訳ではないだろうか。
民主主義というものにとって、最も重要なものは選挙であろう。その結果をまともに反省することなく、民主主義の危機だとかいう言葉でごまかすようでは、次の選挙も相手の自滅がない限り、勝つことはなかろう。相手をポピュリズムなどと言って批判して正義は自らの側にあると、負けたにもかかわらず強がるのは醜悪ですらある。チェコについて言えば、恐らく他の国でも、どの党もポピュリズム的な政策は主張しているわけだし、相手をポピュリズムだと批判するのは天に唾する行為である。
90年代以降のチェコの政治文化というのは、クライアント主義とよく言われる。これは、自分の支援者に都合のいい法律や政策を制定して、支援者は国庫から金を得、政治家はそれに対する謝礼を受け取るというものである。これまで、さまざまなメディアで様々な形で批判されてきたわけだが、それがなくなったわけではないし、旧来の政党がそれに対して策を講じたという話は、ごく一部の例外を除いて聞いたことがない。
政党が、各省庁の高官として自党員を送り込み、もしくは高官を党員として取り込むことで、省庁を操縦しようとすることも多い。そして、党の要請を受けた官僚が、党には党の支持者には利益をもたらすが、国には損害を与えるような決定をすることもある。当然ながら党員官僚も政治家もその責任を取ったり、取らされたりすることはない。
それに、大臣や国会議員を務めた人物が、辞任したり落選したりした後に、省庁の相談役や国営企業の給料のいい地位につくことも多い。チェコでは官僚だけではなく、政治家も天下りをするのだ。そして次の選挙にはまたのうのうとして立候補する。地方議会の議員や知事、市長などでありながら国家議員に立候補して、当選したら兼任して両方の職の給料と歳費をがめるのだ。二人分の仕事をしているなどと嘯く政治家もいるけど、信じる人はいるのだろうか。この件に関しては、地方知事と国会議員の兼任を禁止する党も出てきて多少はマシになっているけれども。
バビシュ氏が政界に進出する前に、企業の経営者として法律や制度の穴をつつくようなやり方で、資金を獲得して税金を節税したり、EUの助成金を騙し取ったと言われるようなことをしたのは、確かに批判されるべきことである。ただ、ソボトカ首相が政治活動に使うべき議員の歳費をマンション購入に当てたのと比べて、どちらが政治家として批判されるべきかというと、ソボトカ首相であろう。賄賂を受け取って特定の業者に便宜を図ったという嫌疑を受けるのも、政治家としてはバビシュ氏のやったことよりも非難されるべきである。それなのにチェコの既成政党の政治家たちは、政治家として謝礼をもらって便宜を図るのは大した罪ではないと考えているようなのだ。
このあたりの、旧来の政治家の銭ゲバぶり、給料のいい地位への妄執などが、既存の大政党が有権者に見放されつつある最大の理由である。それに対する反省も何もない以上、バビシュ氏の過去を批判したところで、お前らも同じだろうとか、お前らよりはましだと思われておしまいである。日本では野党が自分のことは棚に挙げて与党を強く批判して、顰蹙を買っていたが、チェコでは既存の政治家が同じようなことをやって支持を落としているのである。バビシュ氏側の対応にもたいした違いはないのだけど、これまでの腐敗した政界に染まっていないというイメージだけで、支持を集められているのである。
今後、負けた既存政党の抵抗で、連立政権が成立せずに、再選挙という可能性もあるのだが、そうなると有権者の怒りはさらに既存政党に向かい、ANOが単独で過半数を獲得して内閣を組織するということにもなりかねない。そうなるとゼマン大統領の再選も今まで以上に現実味を帯びてくるんだよなあ。
というのが、今回の選挙の概観で、次からは個別の政党の話である。
2017年10月24日23時。
2017年10月25日
2017年下院総選挙、結果の話をする前に(十月廿二日)
チェコの下院の選挙がどのように行われるのかについては、地方ごとに集計する比例代表制だとか、全選挙区で候補者を立てていなくても、全国で5パーセントの得票率がないと、議席を確保できず、その党に投じられた票は死票になるとかいう話は、どこかに書いたはずである。今回の選挙の報道で、極右勢力の議席獲得を阻止するために設けられた5パーセント条項が、実は市民民主党と社会民主党の談合の中から生まれてきたものだということを知った。この二党以外の党が勢力を拡大するのを防ぐ目的があったらしい。こんなところも既存の大政党が有権者に愛想をつかされる理由になっているのだが、反省する様子はほとんど見られない。
さて、チェコの選挙は、金曜日と土曜日に投票が行われる。金曜日は午後二時から十時まで、日曜日は午前八時から午後二時まで、というのが投票所が開いている時間で、金曜日に仕事帰りに投票に行ってもいいし、土曜日の朝に出かけてもいい。とにかく夜勤を含めて、いろいろな形で仕事をしている有権者が、投票に行きやすいように配慮されているのである。
日本も投票率の低下を嘆く暇があったら、投票所に行きやすいように制度を変えて投票できる時間を延ばしたり、増やしたりするぐらいのことはするべきだろう。誰もが日曜日に選挙に行く時間を捻出できるわけではないのである。二日かけての選挙となると選挙管理委員を二日拘束することになるけれども、深夜どころか翌朝まで拘束されて開票と集計を行なわなければならないことを考えれば、それほど大きな違いがあるとも思えない。人件費が多少増えるのも、高校大学の無償化など、どぶに捨てる金があるのだったら、投票率の向上対策に使うほうがはるかにましである。
開票作業は投票所が閉鎖される午後二時から始まり、その日の夕方には大勢が判明する。開票作業自体も投票されたものを開票所に集めるという無駄なことはしないで、各投票所で集計した上でそのデータを中央の統計局にネット経由で送る。投票所にいる選挙管理委員たちは、投票の管理だけでなく、投票後の集計までも担当しているのである。だから、選挙ができる状態であれば、開票が遅れるということもない。日本もそろそろ開票作業を効率化する時代に来ているのではなかろうか。開票作業のために投票日が早くなる地域があるとかいうのは、決して褒められたことではあるまい。
それから、住所によって指定される投票所以外での選挙が楽にできるのも日本との違いである。確か選挙が行われることが確定した段階から、住所のある自治体の役所で指定外の場所で投票するための証明書を発行してもらうことができるはずなので、学生などでも何かの折に実家に帰ったときに、請求しておけば、選挙のためだけに実家に戻る必要もない。特に今回は七月の時点では選挙の期日が決まっていたので、夏休みを利用して手続きをした人もいたのではなかろうか。もちろん役所では証明書を発行した人は、投票所の選挙者リストから消すことで二重投票を防ぐのである。
ニュースでは、生まれて初めての下院の選挙なので、特別な場所で投票したいと考えた大学生が、国会議事堂に設置された特別投票所に足を運ぶ様子が流された。また外国に出ている場合でも、この証明書さえあれば、大使館や領事館で投票することができるようになっていて、学校行事の研修旅行でイスラエルを訪れていた高校生達のうち選挙権を有する人たちが、この証明書を使ってチェコ大使館で投票する様子も報道された。
日本でも行われている不在者投票とか、期日前投票というのは、候補者を選ぶのに、投票日までの時間をフルに使えないという点で不公平である。投票日ではない日に特別に選挙に出かけるというのは、可能であっても、わざわざそこまでしてまでという気持ちになりかねない。学生など現住所を移さないで生活している人には、実際に生活している場所で投票できるような制度の方がはるかに有権者にとってはありがたいはずである。学生には在学中ずっと使えるようなカードを発行してもいいわけだしさ。って最近の学生は田舎から上京した場合に住民票を移すのかねえ。昔は卒業までは移さないって人も結構いたんだけど。
チェコ国内に住所のない外国在住の人たちであっても、大使館まで出向けば投票することができるようになっている。外国に移住した人でも、昔亡命した人でも、チェコ国籍さえ持っていれば、選挙権を行使することができるのである。チェコ国内に住所のない外国在住の人は、中央ボヘミア地方の選挙区で投票することになる。
日本という国が、国民を海外移民と称して、実は棄民していたのは明治時代のことだが、現在でも国外在住の日本人に対する扱いはあまりいいとは言えない。日本に現住所を残していて、事前に何らかの登録をした人であれば、選挙権を行使できるようだが、それ以外の人が選挙権を行使する術はないはずである。ちゃんと調べたわけではないけど、チェコの在外国民のように簡単に投票できないのは確かである。正直な話、外国人参政権とか言う前に、国外にいる日本人の扱いを改善しろよと思ってしまう。今の我々は権利の面から言えば、完全な日本人ではないのである。
まあ、銀行に残してある貯金の利子にかかるもの以外、税金払っていないから、文句も言えないんだけどさ。あ、銀行のサービスも国外在住の人間に対して優しくないので、それもどうにかしてほしいなあ。いつの間にか導入されていたマイナンバーとかいうのも外国にいたらもらえないみたいだし。ほしくはないけれども、将来必要になったらどうしてくれるんだという気持ちはある。チェコのこの手の番号は持っているけど、日本じゃ使えないだろうしさ。
話を戻そう。老人ホームや病院など投票所に足を運べないような人たちのために出張選挙も行なわれる。事前に申請しておけば個人の家までも投票箱を持ってきてくれるんだったかな。とにかく、かつての共産党政権の時代には、民主主義という建前を保持するために、選挙の投票率をできるだけ高める必要があったのである。その時代の名残が現在でも機能していて、そのおかげである程度の投票率の高さが、今回は全国で61パーセントほどだったが、維持されているのである。EU議会のような有権者が存在意義を認めていないものに関しては極度に下がることもあるけれどもさ。
チェコの選挙制度にも、大きな問題点がいくつもあるが、少なくとも投票率を高めるための努力に関しては、はるかに日本の先を行く。一票の格差がどうこう言う前に、平等に投票しやすい制度を作り上げるほうが先なんじゃないのかねえ。
2017年10月23日24時。