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2018年03月16日

森雅裕『マンハッタン英雄未満』(三月十三日)



 あれこれ問題というか突っ込みどころは満載であるけれども、森雅裕の新潮社三部作の最後の作品で、面白さでは頭一つ抜けている作品である。刊行されたのは『ビタミンCブルース』の翌年の1994年5月で、すでにこの頃には4月5日付けの出版にこだわらなくなっているのが見て取れる。

 内容は何でもありの伝奇小説で、新しい救世主、つまりはイエス・キリストの再来として日本人女性を母としてニューヨークで生まれた子供を悪魔の攻撃から守るために、過去の偉人を現在に召還するのだけど、選ばれたのが作曲家のベートーベンと、新撰組の土方歳三という組み合わせ。救世主の母親が音楽好きの日本人という設定からの選択だとしても、キリスト教会が異教徒の土方を呼ぶかなんてことは考えてはいけない。著者が自分の好きなものを登場させるために設定したに決まっているのだから。
 講談社から出た『流星刀の女たち』でテーマになっていた隕石に含まれる鉄を使って造ったという流星刀まで登場して、その刀を打ったのが、次の作品『会津斬鉄風』の主役の一人兼定である。カバー画を描いているのは魔夜峰央だし、デビュー以来の森雅裕の作品を構成する重要な要素の中で、本書に登場しないのはバイクぐらいのものか。

 前作の『ビタミンCブルース』とは違って、この作品には、出版社の意向とか売れ行きとか、そんなものは全て無視して、好きなものを好きなように書こうという開き直りのようなものが感じられる気がした。だからこそ、荒唐無稽きわまる設定にストリーであるのに、十分以上に楽しく読めてしまうのである。読者の勘違いかもしれないけれども。
 編集者の立場になって考えると、新潮社第一作の『平成兜割り』はともかく、次の二作はどちらも問題含みの作品で、特に本書は、よくぞ刊行してくれたと思う。しばらくこの伝奇小説路線で行くのも悪くないのではないかと考えていたのだが、売行きが悪かったのか、新潮社から森雅裕の四冊目の本が刊行されることはなかった。森雅裕ファンですらついて行きかねるようなジャンルの振幅に、編集と営業がさじを投げたのかなあ。

 作品について言えば、ベートーベンと土方の辛辣な言葉の投げ合いが、昔の『モーツァルトは子守唄を歌わない』や『ベートーベンな憂鬱症』を思い出させて嬉しかった。辛辣な言葉を投げ合いながら殺伐とした印象を残さないのは、登場人物の設定がうまくいっているからだろうけれども、森雅裕の作品にとっては、やはり男性の登場人物が魅力的であることが重要で、それがあって初めて女性のキャラクターの魅力が引き立つのである。その意味でベートーベンと土方のコンビは、森雅裕の作品の中でも一、二を争う存在感を発揮している。
 本書に描き出された90年代前半のニューヨーク、アメリカのショービジネスの世界がどこまで事実に即しているのかは評価できないし、するつもりもない。ただ、ブロードウェーのミュージカルから、野球チームに野球場、悪名高き地下鉄などなど、登場する小物の使い方のうまさはさすが森雅裕といいたくなる。荒唐無稽でご都合主義的なストーリに説得力を持たせるには、こういう小道具の使い方が大切なのである。
 その意味では、ベートーベンと土方と現代文化の間に生じるカルチャーギャップと、それに対するそれぞれの対応の仕方なども、特にベートーベンは『モーツァルトは子守唄を歌わない』のベートーベンならこんな対応をしそうだというのも、古くからの読者には嬉しい。土方の場合には次の作品『会津斬鉄風』につながっていく。後に集英社から歴史小説、時代小説を刊行することになる芽はここに生じていたのである。『モーツァルトは子守唄を歌わない』も、ヨーロッパを舞台にした時代小説だと言えば言えなくもないけど。
2018年3月14日24時。






 

posted by olomoučan at 07:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 森雅裕
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