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2018年02月25日

森雅裕『100℃クリスマス』(二月廿二日)



 本書は森雅裕が中央公論社から刊行した四冊目の著作で、最大の問題作『歩くと星がこわれる』と同年の1990年8月に刊行されている。カバー画を担当したのは『あした、カルメン通りで』と同様漫画家のくぼた尚子である。カバーの背表紙側の袖に乗せられている著者近影が、黒い革のつなぎに身をつつんだ著者本人よりも二台の黒いバイクのほうが目立つという構図になっているのは、この頃の著者の作家としての自信の表れかもしれない。写真で目立たなくても作品で目立てばいいという。もしくは編集に著者近影用の写真を求められて、あまり顔の目立たない写真でお茶を濁したか。

 まず問題にになるのは、題名である。以前、周囲の森雅裕読者と本書について話すときには、「100℃」を「ひゃくどシー」と読んでいたのだけど、それでいいのかなあ。奥付の署名にルビが振ってあるかと思って確認したら、なかった。そうなると「ひゃくどシー」と読んでいたのは、単なるごろのよさが理由なのか。確かに「ひゃくどクリスマス」だと収まりがよくないし、わざわざ「せっしひゃくど」と読むのも不自然である。本文中に登場する言葉で、そこにルビがついていたような気もして、今試しにぱらぱらめくってみたけど見つけられなかった。これも時間を見つけて再読する必要があるなあ。そんな本ばっかりである。

 内容は、森雅裕にしては異色の冒険小説。中心となる舞台は北アフリカのアルジェリア。主人公たちがさまざまな事情で密輸団の一員になって時には戦闘にも巻き込まれ、人死にも出るのだけど、「五月香ロケーション」の過剰なまでの殺伐さは存在しない。例によって登場する著者本人がモデルとなっている作家が出版社への恨みつらみを語るのも、『歩くと星が壊れる』と比べると抑えた筆致で、恩讐を乗り越えたのかなと思わなくはなかったのだけど……。
 主人公は複雑な出生の秘密を抱える若き剣術使いの女性で、音楽でフランスに留学するという設定だったかな。本作が本格的に日本刀が登場した最初の森雅裕作品ということになる。ここではまだ刀剣の制作とか鑑定なんてマニアックな方向には話は進んでいなかったと記憶する。でも、主人公の「つみは」という名前の由来が、刀の鍔の古名だというこだわりは出てきたなあ。それに作家が薀蓄語っていたかも。ただそれが気になるほどうるさくはなかったけど。

 主人公たちがパリを出発してマルセイユから地中海を越えアフリカに渡り、砂漠を走りに抜けて大西洋岸に向かうと言うコースは、1980年代の後半から日本でも人気を集め始めていたパリ・ダカールを髣髴とさせるけれども、到着地はダカールではなくて、当時モロッコからの独立運動を繰り広げていた西サハラである。ベルベル人のポリサリオ戦線なんてのが登場してくるのは、心情左翼から穏健派の民族主義者、いや民族自決主義者に転向中だった身には心地よかった。その後、第一次世界大戦後の民族自決主義の象徴であったユーゴスラビアでは血で血を洗う内戦が勃発し、チェコスロバキアは分離してしまうのだから、皮肉と言うか何と言うか。
 このパリダカ、ポリサリオ戦線などが出てくるのは、『歩くと星がこわれる』の上野編でもモデナ編でも終盤に唐突に登場して、妙に強い印象を残した主人公の大学時代の同窓生帆足麻弥という人物を思い出させる。彼女は大学を辞めて北アフリカに人生を探しに出かけたのではなかったか。そして帰国後に出版社の編集者として主人公の前に現れて仕事を依頼する。本書は『歩くと星がこわれる』に続いて刊行され、おそらく連続して読んだこともあって、実在の作家森雅裕にも同じようなことが起こったのではないかと推測し、編集者帆足女史の実体験を取材してそれを基に書き上げられたのが、本書ではなかったかなんてことを考えてしまった。そして『あした、カルメン通りで』のあとがきで他社の編集者ながら感謝をささげられていた中央公論社の編集者がその人なんじゃないかなんて、これはもう妄想をくり広げていたものである。

 以前著者本人が、この作品について評論家と呼ばれる人から酷評されたと書いていたのを覚えている。たしか、臨場感を出すために意図的に視点人物の転換を行ったら、文章を書く基礎も知らないとか何とか書かれたのだとか。本作は三人称小説なので、視点人物がしばしば交代するのは問題ないと思うのだけど、頻繁にやりすぎたのかな。三人称小説であっても主人公の側の視点から描写されるのが普通で、本書でも原則として主人公、もしくはその仲間たちの視点から描写されている。それが突然、敵役の視点に切り替わって、一瞬戸惑った場面があったかもしれない。

 森雅裕のファンというものは、新刊が出ないもんだから同じ本を何度も何度も繰り返す読むことを余儀なくされるものだが、本書は読み返した回数でいえばもっとも少ないものの一つになるだろう。つまらないだとか、嫌いだとかいうことではない。購入以来チェコにやってきた2000年ぐらいまで毎年一回は読み返していたのだから、他の作品の再読頻度が高すぎただけの話である。

 それにしても、主人公が美人女子大生で剣の達人だなんて小説森雅裕の作品じゃなかったら買えなかっただろうと思う。その辺は高千穂遥の「ダーティペア」シリーズもそうなんだけど、好きな作家の本は内容はどうあれ買ってしまうのである。こんな固定読者のいる森雅裕は、現在の出版不況と言われる時代のほうが作家として長生きできたかもしれないということを考えてしまう。せめて後一冊新作が読めんことを。
2018年2月22日24時。



 画像が、ない。

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posted by olomoučan at 07:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 森雅裕
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