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2017年06月24日

森雅裕『感傷戦士』『漂泊戦士』part1(六月廿一日)





 森雅裕が最初から長編シリーズとして書いた唯一の作品である。シリーズ名が「五月香ロケーション」で、一巻、二巻ではなく、「part1」「part2」が使われているというあたりちょっと気取った感じがして、作者の気合の入り方を感じてしまうのは誤解だろうか。二巻で終わっちまったしなあ。とはいえ、二巻で終わった理由は作品とは別のところにあるようだけど。

 1986年8月に「センチメンタル・エニュオ」とルビを振って刊行された『感傷戦士』が、二冊目に読んだ森雅裕の作品で、初めて自分で買った森雅裕の本だった。刊行時期としては『椿姫を見ませんか』のほうが早いが、田舎の品揃えの悪い本屋に推理小説の、しかも新人作家のハードカバーなんか入荷するわけがないのである。金がなかったから、ノベルズと文庫の棚しか見ていなかった可能性はあるけどさ。
 カドカワノベルズの『画狂人ラプソディ』も同時期に本屋で見かけたが、『感傷戦士』を選んだ理由のひとつは作者本人が挿画を手がけていたことである。芸大出身者ってのは多才なものだと感心してしまった。どうしてそんなことになったのかは、後に『歩くと星がこわれる』や、『推理小説常習犯』を読んで推定できたのだけど、文庫版のカバー画が、漫画家が手掛けた『椿姫を見ませんか』のカバー画と同じような構図なのも当てつけなのかねえ。

 主人公の「五月香」を「メイカ」と読ませる辺りにも、うまい当て字だなと妙に納得してしまったけど、新しい名前というよりは、昔の新しい名前という印象を持った。それは、作中に「ハイカラ」な名前だと書いてあったからかもしれない(今回再読しないで書き始めたので確認していないのである)。今では、「五月香」を見たら、何のためらいもなく「メイカ」と読んでしまうから、毒されたと言うかなんと言うか。「五月香」を「メイカ」と読ませるのに違和感を持たない人だったら、「五月香ロケーション」『サーキット・メモリー』を読む甲斐はあるかもしれない。
 そうなのである。『感傷戦士』だけを読んだのでは気づけない問題点が、同時期に別の出版社から出版された二冊のノベルズ版の主人公の名前が同じだということなのである。この「梨羽五月香」というのは、森雅裕にとって大きな意味を持つ名前なのだろう。ただ、出版社からは嫌がられたに違いない。『サーキット・メモリー』の版元の角川との関係が切れたのもこれが一因だろうし、出版が遅れた原因の一つにもなっているはずである。

 では、肝心のストーリーはというと、台湾の虎が人間になったという伝承を持つ少数民族と飛騨忍軍の末裔にあたる女の子が、自衛隊員に引き取られて、美しく成長して自衛隊との戦いに挑むアクション小説である。設定は伝奇小説で、内容は血沸き肉躍るではなく、血が噴き出し肉が飛び散るバイオレンス小説と言ってもいいか。カテゴリーとしては「美少女戦士モノ」なんてことも言えるから、そういうのが好きな人には受けそうなんだけど、それほど人気が出たようには見えないのは、人が死に過ぎるせいである。
 そう、この小説、みんな死ぬのである。敵も味方も関係なく、重要そうな役割で出てきた人物もあっさり死んでしまう。真の敵役だけは、次巻へとつなげるために生き残るけれども、あとはもうみんな片っ端から死んでしまう。主人公すらこのまま死んでしまうのではないかと思わせるような終わり方だし。『銀河英雄伝説』のあとがきか何かで田中芳樹が死んでいくキャラクターが多いことから、「ミナゴロシの田中」と呼ばれているとか書いていたけれども、ミナゴロシの度合いでは、森雅裕のこの作品のほうが上なのである。

 高校時代に同じSF読者(マニアにはあらず)として本の貸し借りをしていた友人曰く。これ何か、平井和正の「ウルフガイ」っぽいねと。あっちは狼男だったけど、こっちは虎女だし、超人的な身体能力ってもの当たっているし、なるほどと思わされた。それなのに、何でこんな救いのない話になってしまうのか……。「ウルフガイ」も田舎じゃ手に入りにくくて、全部読んだわけじゃないけど、あれも、アダルトウルフガイのほうはともかく、少年編は結構救われない話だったっけ?
 高校の頃から大藪春彦なんかのハードボイルドも読んでいたから、人が死んでいく小説には抵抗感はなかったし、当時は若気の至りで死というものにありもしない甘美さと憧れを感じていたから、ある意味死に魅入られた主人公、死を呼ぶ女梨羽五月香は、その危うさも含めてものすごく魅力的に見えた。それに、主人公が窮地に陥ってそこから血のにじむような思いをして脱出するのもこの手の小説としては必要なことだというのは理解できた。それでも、ここまで精神的にも肉体的にも主人公を痛めつける必要があったのだろうかと思わずにはいられない。

 この作品では、鎌倉に住むすべての黒幕の名前も問題になる。作品の出来とか、面白い面白くないには関係ないのだけど、森雅裕という作家について考える場合には避けて通れない。「宇」で始まる名字で、旧日本軍の関係者ということだったので、あれこれ調べた結果発見した旧海軍の重鎮「宇垣一成」をモデルにしたものだろうかと考えていたら、事実はさらにとんでもなかった。
 実は、講談社の実在の編集者の名前をそのまま使ったらしいのである。ネット上の森雅裕についての言及の中には、この事実を、講談社、いや、その編集者との関係は、『感傷戦士』が書かれたころは悪くなかった証拠だと言っているものがあったけれども、本当にそうか? 『推理小説常習犯』で、読者が人が死ぬ推理小説を読んでカタルシスを感じるというのに疑念を呈した上で、作者は作品中で憎んでいる人物をモデルにした登場人物を虐殺することでカタルシスが得られるなんてことを書いていたことを考えると、すでにこの時点では、関係が修復できないところまでこじれていたと考えたほうがよさそうである。
 『推理小説常習犯』の「ミステリー作家風俗事典」の「折句」「シリーズ」あたりを読むと、森雅裕と「五月香ロケーション」と名前が使われた編集者の関係が見えてくる気がする。さらに言えば、雑誌に連載を頼まれたときに、一冊最後まで書き上げたものを分載するという形で連載するということで話がついていたはずなのに、書き上げて持っていったら雑誌の連載の話は消えていてそのまま本として刊行されたなんて愚痴っていたのもこの作品だろう。それも、悪役に編集者の名前を付けて主人公にぶち殺させるという所業が原因なんじゃないかと思ってしまう。単行本よりは雑誌の方が人目につく可能性は遥に高いわけだし。
以下次号
6月22日20時。


 いつも以上に読む人を選ぶ内容になってしまった。最期まで読めた人はいるのだろうか。6月23日追記。



posted by olomoučan at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 森雅裕
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