2016年05月18日
EUの傲慢後編(五月十五日)
EUによる難民受け入れ強制に反対している旧共産諸国だが、受け入れそのものに反対しているわけではない。他の国は知らないが、チェコは以前から積極的に、アフガニスタンやイラクなどに軍の野戦病院を設置して医療活動を行い、現地の病院では治療できない重い病気や怪我の子供を選んで家族ごとチェコに連れてきて治療し、希望すれば治療を継続的に受けるためにチェコに定住することを認めている。同じようなことはシリアの難民キャンプでも行っているし、ウクライナからの難民も積極的に受け入れている。
特に、ウクライナに関しては、第一次世界大戦後に移民したチェコ人の子孫で、チェコ人村とも呼べるようなものが西部ウクライナにいくつかあるらしい。現在のウクライナ領の一部は、第二次世界大戦後に、ソ連に取られてしまったが、大戦間期にはチェコスロバキア領だったのだ。それらのチェコ人村の一部は、事故を起こしたチェルノブイリの原子力発電所からそれほど離れていないところにあるため、ビロード革命後にハベル大統領が、帰国を呼びかけたところ、父祖の国チェコに戻ってきた人たちもいたが、ウクライナ、当時はまだソ連かに残ることとを選んだ人たちも多かった。
それが、今回のウクライナ内戦で、チェコに戻ってくることを望んで、ミロシュ・ゼマン大統領に救援を求める書簡を提出したらしい。同胞の救出だということで、政府も積極的に動き、すでに多数の帰還移民を受け入れている。
ここで大事なのは、チェコに戻ってきた人々が住んでいたのは、内戦の起こったウクライナ東部ではなく、ウクライナの西部だということだ。つまり直接内戦によって、言い方を変えれば親ロシアの反政府勢力によって、生活を脅かされていたわけではなく、内戦につながる国内のウクライナ人とロシア人の対立の高まりの中で、ウクライナ内のナショナリズムの過激化に危険を感じてウクライナを離れることを選んだということだ。
EU内では、ナショナリズムの高まりは警戒され、時に激しく非難されるのに、ウクライナに関してはナショナリズムの高まりが、反ロシアという一点で正当化されてEUの支援を受けられるというのも、何とも不思議な話である。このEUがウクライナに余計な手を出して、不安定化させたというのも旧共産圏諸国にとっての不満の一つである。
話を戻そう。少なくともチェコは、亡命先としてチェコを選びチェコに定住しようと考えている人々の受け入れは、拒否していない。チェコが拒否しているのは、ドイツ行きを希望していながら、ドイツの受け入れ数を超えているからという理由でチェコに押し付けられる難民の受け入れである。その理由は、イラクからの難民受け入れの際にも明らかになったように、ドイツ行きを求める難民を押しとどめるすべがないということにある。
EU側は、国外に出られないような方策を取るとか言っているようだが、具体的な対策は示されていない。もちろん、刑務所並みに警備の堅い難民収容所に収容して、チェコ語などの勉強をしてチェコ社会で生活できるようになるまでは、行動の自由を制限するという手はないわけではないが、そんなことをすれば、難民たちだけでなく、ドイツなどの人権活動家たちが、人権侵害だと騒ぎだして収拾がつかなくなるに決まっている。
それに、チェコがドイツ行きを求める難民を国内に押しとどめようとしたとき、難民の反感は、ドイツではなく、チェコに向かう。その結果、善意で受け入れた難民が不平分子となり、チェコ国内に治安の悪化をもたらすことを恐れているのである。その恐れは、極右グループによって大げさに吹聴され、チェコ国内で反難民の風潮が高まる原因の一つとなっている。
そもそも、EUには、シェンゲン圏内には、最初に入国した国で難民申請をしなければならないというルールがあったはずである。それがいつの間にかうやむやにされていて、ギリシャで登録すべき連中が、登録もしないままバルカン半島を越えてハンガリーに押し寄せたとき、EUの規則にのっとれば、できるのは不法入国として拘束するか、国外に退去させることしかなかったはずである。ハンガリーで難民申請する気も定住する気もないのだから。
それが、ドイツが一枚の写真にトチ狂ったせいで、不法移民をほぼ無条件に通過させることになってしまった。あの写真を見て痛ましいと思い、支援をしなければならないと考えるのは、人としては正しい。ただ、それを条件反射のように国政に反映させてしまうのはどうなのだろうか。その後、ドイツが、障害物のなくなった難民の大量流入に悩まされることになったのは、自業自得としか言えない。そして、その結果としてドイツ行きを希望する難民の受け入れを、他のEU加盟国に押し付けようとしてるのだから、はた迷惑なことこの上ない。
おそらくナトーが軍隊を出してイスラム国を壊滅させるというのが現実的でない以上、EU、いやドイツがとるべき手段は一つだけである。シリアなりトルコなりにある難民キャンプで、ドイツへの難民申請の受付をすることだ。そして認定された人々は、専用の飛行機でドイツまで運んでしまえば、ギリシャに渡るために地中海を越えるという危険を冒す必要もなくなるし、ヨーロッパに渡るためにこれだけの危険を冒したのだという物語で同情を引くという手段も使えなくなる。その上で、他のルートからの難民を遮断して、高額の謝礼を取って難民をヨーロッパに運んでいる業者の摘発を進めれば、状況はかなり改善されるはずだ。
難民の側にしても、全財産をはたいてドイツまでたどり着いたのに、難民申請を却下されて、送還されてしまうということがなくなるから、歓迎されると思うのだけど。逆に、本当に生命を脅かされている人と、経済的な理由でドイツに向かおうとしている人の判別がしやすくなるから、歓迎されないかな。
よその国の領土でそんなことはできないという言い訳は聞かない。大使館や領事館でやっている業務が拡大されたと考えればいいし、かつて、チェコの空港にイギリスの入国管理局が出張してきて、イギリス行きのチケットを持つ人のパスポートのチェックを行って、入国させられない人物をチェコから出国できないようにしていたことがあるのだ。そのときも、チェコは不満たらたらだったけれども、EUは大国イギリスに対して何も言うことはなかった。
難民の件に限らず、EUの政策というものは、特に意見の割れるものは、ドイツとフランスのごり押しで決定されることが多い。だからイギリスがそれに不満を感じて、EU脱退を言い出したのには何の不思議もない。不思議なのは、イギリスが脱退を言い出したら、かたくなだったEUがあれこれ譲歩の姿勢を見せ始めたことだ。
実は、これも旧共産圏諸国には気に入らない話である。なぜなら、イギリスだからEU内にとどめようとするけれども、これがハンガリーやポーランドだったら、譲歩してまでEU内にとどめようとするだろうかと考えてしまうからだ。
ギリシャの経済危機に関しても、チェコやハンガリーはユーロを導入していないので、特に実害はないけれども、スロバキアなどでは、経済危機が起こって、なおスロバキアよりも豊かなギリシャを支援するために、スロバキアが経済的な負担を強いられるのは納得がいかないと考えている人は多い。ハンガリーで経済危機が起こったとき、ユーロの導入を目指していたハンガリーに対してユーロ圏の諸国は冷淡だった。それなのにギリシャにはというわけだ。
被害妄想だと言わば言え。旧共産圏諸国は、第二次世界大戦でドイツに蹂躙され、戦後はソ連に好き勝手されてきた。チェコスロバキア第一共和国は、イギリス、フランスの裏切りで崩壊した。旧共産圏がソ連の支配下に入ったのは、スターリンとチャーチルの密約によってである。そんな歴史上の恨みつらみを、ロシアにはぶつけることができても、ドイツなどのEU加盟国に対してぶちまけることはできない。ホロコーストを生き延びたユダヤ系の作家アルノシュト・ルスティクが、亡くなる直前まで、「ドイツ人はブタだ」と現在形で罵倒していたのは、例外中の例外である。そう考えると、日本を大声で批判することができ、しかもそれが政権の維持につながる中国や韓国の政治家の立場ってのは、非常に恵まれているのである。
とまれ、EUがドイツの指導的立場のもとに、旧共産諸国を金で言うことを聞く数合わせの加盟国だとみなすような態度を改めない限り、今後もEUの危機は続くだろう。かつて、日本に住んでいたころは、日本の悪いところばかりが見えて、EUやドイツに関してはいいところしか見えなかった。チェコに住み始めると、逆にEUやドイツの鼻持ちならない部分ばかりが目に付くようになってしまった。本当はこの両者の中間的な視点でEUを眺められるようになるといいのだろうけれども、無理そうだ。
本当はEUとロシア、ウクライナなどとの関係についても書くつもりだったのだが、例によって無駄に長くなってしまったので、後日回しとする。
5月17日17時30分。
これに苦吟したせいで、禁断のいくつかの記事を同時進行させるという手を使っい始めてしまった。『小右記』関係は、以前作った訓読文に説明を加えるという形だから、そういう方向に流れやすかったのは確かだけど、眠くて何も考えられずに順番の入れ替えなんかもしてしまった。いいのだ。大切なのは毎日何かを書いて、載せていくことなのだから。5月17日追記。
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