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2018年11月06日

先生、ちょっといい?

自分も褒め上手とは、とても言えないのだが、私の学校の校長も同じだ。

私が好調に声を掛けられるときは、
 保護者からのクレームか、
 私の失言か、
 学年運営上、「これは困る」と、思われたとき
に限られる。

だから、日常でも校長から、
「丹澤先生、ちょっといい?」
と、呼び止められると、少なからずの恐怖を感じ、身構えてしまう。

これまで何度も苦言を呈されてきたことが、どうやらトラウマになってしまっているらしい。

また、学歴にしても、何かしら心にわだかまりがあるようで、以前夢の中に校長が出てきて、
「丹澤先生は、どうして東大を受けないのですか?」
などと、責められた。

そういう状態だから、私が朝の会や学年集会で生徒に話をしている時、ずっと校長に聞いていられると、歪んだ心の私は、なんだか監視されているような気持ちになる。

このところ、3日連続で私の話を聞いているので、大分慣れてきたが、話の後に、
「丹澤先生、ちょっと…」
などと、声を掛けられる恐怖と戦いながら、
「それでも、生徒に伝えたいことは言う。」
という、強い決意で話をしている。

「もしかしたら、校長自身、私の話の中から何かを学ぼうとしているのではないか…。」
とも考えられるので、ここ二日間は、絶対に校長が知らない話をわざと入れて、話をしてみた。
不良教師でもある私は、教育活動の後、ほとんど校長に報告することはないので、その報告の意味もある。もっとも、そういう報告の文化のない職場であることも事実だ。

ふと、自分が校長になった姿をイメージしてみた。
いやいや、そんなことはあり得ないと思いながらも、頑張って想像してみる。

「校長は孤独だろうな…。必要な情報もなかなか上がって来ず、いろいろな人が、まったく正反対の意見を好き勝手に言う。それでいて、『成果を上げなければならない』と、さらに上の立場の人からのプレッシャーもある。突拍子もない意見を出せば、『狂った』とそっぽを向かれ、例年通り進めようとすれば、『改革の意識のない保守的考え』と揶揄される。結局、子供と関わって、彼らの成長とその成功を、一人密かに願う以外、すべはないだろう。」
と、思うに至った。

「もう少し、校長に近づいてみても、いいかな…。」
と、思った瞬間だった。








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