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2019年04月26日
クロア篇−8章3
クロアたちは屋敷到着後、ユネスが試合を行なっていると聞きつけた。現在、ダムトが見つけた人材が腕試しをしているという。それも三名だとか。
(よし、うまくやってくれたわ!)
クロアは嬉々として訓練場へ急行する。そこには観戦する者が三人おり、うちひとりはダムト、ほか二人は知らない小柄な男女だった。
柵の中には二人の人物がいる。勝敗はすでに決したらしく、試験官が地に膝をつけていた。
「ダムト! お強い方を連れてきたのね」
従者はクロアを見て、顔をそむけた。クロアはその態度を奇妙に感じる。
「どうしたの、照れちゃったの?」
「いえ、お連れの魔人がいかついものですから」
「ふふん、いいでしょ。わたしが勧誘したのよ!」
クロアはこの上ない強者の存在を誇った。しかしダムトは批判的な目つきを向けてくる。
「おおかた、食事提供と引き換えに雇ったのでしょう?」
「そうだけど……?」
「滞在費が跳ね上がりますよ。お覚悟してください」
クロアはおどろいた。ダムトがリックの特徴を知っているとは思わなかったのだ。
「あなた、どこでリックさんのことを知ったの?」
「実家……でしょうか」
「家族ぐるみの付き合いなの?」
巨漢がずかずかと進み出て、クロアとダムトの間に立つ。
「ああ、こいつの父親とワシは仲良いんでな」
「ダムトの父親って……魔人ですの?」
「そうだ。この国に長く住んでて、古城の魔人だとか呼ばれてるな」
「古城……?」
クロアはダムトに説明を求めようとしたが、彼はクロアと顔を合わせない。そのうちにリックが柵の中にいる挑戦者を指差して「こいつも魔人の息子だぜ」と紹介する。
「タオといってな、親父の名はクラメンス」
その人物は薬草摘みの男性だった。彼はかつて、クロアの募兵を拒否した半魔だ。クロアは彼がこの場にいることに強い不満を感じた。
「こいつも親に似て、療術と氷術が得意だ。ワシほどじゃないが肉弾戦もそれなりに──」
「わたしの勧誘はお断りになったのに、ダムトなら応じるとはどういう了見ですの?」
クロアが語気を強めて問いただした。男性は出入口の鎖を外し、訓練場から出てくる。
「事情が変わった。私も討伐軍に加わる」
「どんな事情です?」
「あとで言おう。まず私が希望する報酬を聞いてもらえるか?」
「ええ、どうぞ!」
クロアは少々ぶすくれて応対した。タオという男性は「とある場所へ一緒にきてもらう」と変わった申し出をしてくる。
「討伐が成功するまえになるか、あとになるかはわからないが……よろしいか?」
クロアは滅多なことでは遠出を許されない。むしろありがたい申し出だと思い、不機嫌な気持ちが払拭される。
「どんな場所ですの? それくらい、個人的に付きあって差しあげてもよくってよ」
タオはいかめしい面をする。
「あまり、たのしいものではないぞ」
「この大陸のどこかなら物見遊山気分で行けますわ」
「……ここからは近い。飛竜を飛ばせばすぐだ」
「でしたらリックさんの試合が終わったあとに行きません?」
タオは「考えさせてくれ」と煮え切らぬ態度をとった。彼は手ぬぐいで頭をおおう若い女性から杖を受け取る。クロアはこの女性と、頭巾をかぶった壮年男性についてタオに問う。
「あの、こちらの女性と男性は?」
「私とともに傭兵を請け負う者たちだ。女のほうはカヤ、短剣と体術を得意としている。男のほうはゲンゾウ……剣術や暗器の手練れだ。二人とも及第した」
「あなたの仲間?」
「ああ、ダムトが三人必要だと言ったから連れてきた」
クロアはタオの仲間をまじまじと見た。カヤという女性は人懐っこい笑顔で「よろしく〜」と手をふり、ゲンゾウという変わった名前の男性は黙礼するだけで一言も発さない。二人とも体格が秀でていない点は共通するが、性格は反対のように見受けられた。
一通りの紹介がすみ、クロアはさっそく自分が引き連れてきた魔人の力試しをしようかと思った。しかしマキシが興奮気味に「あなたが、あのクラメンスの子か!」とタオに話しかけるので、そちらに意識が向く。
「聞きたいことがある! あとでいろいろと話をさせてもらえないか?」
レジィが手をあげて「あたしも!」と主張する。相手は療術士の大先輩。医官のはしくれであった彼女にも聞きたいことがあるのだ。
「かまわないが……ここの人間はやたらと私に用があるんだな」
クロアは彼の言葉がレジィとマキシの勢いを指す以外、賊討伐に向けた募兵のことをも意味するのかと思った。そのときユネスが「無理を言ってわるかった」と笑いながら答える。
「高名な療術士ならおれの腕を治せるんじゃないか、ってのはずっと思ってたんでよ」
ケガの後遺症ゆえに、剣士としての道をあきらめた者らしい希望だ。クロアはユネスの用件がもっとも切実だと思った。
「ユネスの体は、その状態が正常だと認識している。療術では全盛期にもどせない」
タオが解説するとマキシが「『療術では』?」と質問をはさむ。
「療術以外なら、方法があると?」
「新しい肉体に精神を移すか、腕を負傷する前まで肉体の時間をさかのぼらせるか……いずれも欠点がある。ユネスはその欠点を考えたうえで、いまのままでよいと判断した」
利き腕を損傷した術戦士は大いにうなずく。
「ああ、このまんまでも戦えるしな。それに、この体になって良いこともあった」
ユネスには妻子がいる。それはアンペレの武官になることで出会えた家族だ。利き腕がダメにならなければアンペレに定住するとは露にも考えなかった、とは本人の言だ。
「禍福は一様に決められないな」
とタオがほほえんだ。
(よし、うまくやってくれたわ!)
クロアは嬉々として訓練場へ急行する。そこには観戦する者が三人おり、うちひとりはダムト、ほか二人は知らない小柄な男女だった。
柵の中には二人の人物がいる。勝敗はすでに決したらしく、試験官が地に膝をつけていた。
「ダムト! お強い方を連れてきたのね」
従者はクロアを見て、顔をそむけた。クロアはその態度を奇妙に感じる。
「どうしたの、照れちゃったの?」
「いえ、お連れの魔人がいかついものですから」
「ふふん、いいでしょ。わたしが勧誘したのよ!」
クロアはこの上ない強者の存在を誇った。しかしダムトは批判的な目つきを向けてくる。
「おおかた、食事提供と引き換えに雇ったのでしょう?」
「そうだけど……?」
「滞在費が跳ね上がりますよ。お覚悟してください」
クロアはおどろいた。ダムトがリックの特徴を知っているとは思わなかったのだ。
「あなた、どこでリックさんのことを知ったの?」
「実家……でしょうか」
「家族ぐるみの付き合いなの?」
巨漢がずかずかと進み出て、クロアとダムトの間に立つ。
「ああ、こいつの父親とワシは仲良いんでな」
「ダムトの父親って……魔人ですの?」
「そうだ。この国に長く住んでて、古城の魔人だとか呼ばれてるな」
「古城……?」
クロアはダムトに説明を求めようとしたが、彼はクロアと顔を合わせない。そのうちにリックが柵の中にいる挑戦者を指差して「こいつも魔人の息子だぜ」と紹介する。
「タオといってな、親父の名はクラメンス」
その人物は薬草摘みの男性だった。彼はかつて、クロアの募兵を拒否した半魔だ。クロアは彼がこの場にいることに強い不満を感じた。
「こいつも親に似て、療術と氷術が得意だ。ワシほどじゃないが肉弾戦もそれなりに──」
「わたしの勧誘はお断りになったのに、ダムトなら応じるとはどういう了見ですの?」
クロアが語気を強めて問いただした。男性は出入口の鎖を外し、訓練場から出てくる。
「事情が変わった。私も討伐軍に加わる」
「どんな事情です?」
「あとで言おう。まず私が希望する報酬を聞いてもらえるか?」
「ええ、どうぞ!」
クロアは少々ぶすくれて応対した。タオという男性は「とある場所へ一緒にきてもらう」と変わった申し出をしてくる。
「討伐が成功するまえになるか、あとになるかはわからないが……よろしいか?」
クロアは滅多なことでは遠出を許されない。むしろありがたい申し出だと思い、不機嫌な気持ちが払拭される。
「どんな場所ですの? それくらい、個人的に付きあって差しあげてもよくってよ」
タオはいかめしい面をする。
「あまり、たのしいものではないぞ」
「この大陸のどこかなら物見遊山気分で行けますわ」
「……ここからは近い。飛竜を飛ばせばすぐだ」
「でしたらリックさんの試合が終わったあとに行きません?」
タオは「考えさせてくれ」と煮え切らぬ態度をとった。彼は手ぬぐいで頭をおおう若い女性から杖を受け取る。クロアはこの女性と、頭巾をかぶった壮年男性についてタオに問う。
「あの、こちらの女性と男性は?」
「私とともに傭兵を請け負う者たちだ。女のほうはカヤ、短剣と体術を得意としている。男のほうはゲンゾウ……剣術や暗器の手練れだ。二人とも及第した」
「あなたの仲間?」
「ああ、ダムトが三人必要だと言ったから連れてきた」
クロアはタオの仲間をまじまじと見た。カヤという女性は人懐っこい笑顔で「よろしく〜」と手をふり、ゲンゾウという変わった名前の男性は黙礼するだけで一言も発さない。二人とも体格が秀でていない点は共通するが、性格は反対のように見受けられた。
一通りの紹介がすみ、クロアはさっそく自分が引き連れてきた魔人の力試しをしようかと思った。しかしマキシが興奮気味に「あなたが、あのクラメンスの子か!」とタオに話しかけるので、そちらに意識が向く。
「聞きたいことがある! あとでいろいろと話をさせてもらえないか?」
レジィが手をあげて「あたしも!」と主張する。相手は療術士の大先輩。医官のはしくれであった彼女にも聞きたいことがあるのだ。
「かまわないが……ここの人間はやたらと私に用があるんだな」
クロアは彼の言葉がレジィとマキシの勢いを指す以外、賊討伐に向けた募兵のことをも意味するのかと思った。そのときユネスが「無理を言ってわるかった」と笑いながら答える。
「高名な療術士ならおれの腕を治せるんじゃないか、ってのはずっと思ってたんでよ」
ケガの後遺症ゆえに、剣士としての道をあきらめた者らしい希望だ。クロアはユネスの用件がもっとも切実だと思った。
「ユネスの体は、その状態が正常だと認識している。療術では全盛期にもどせない」
タオが解説するとマキシが「『療術では』?」と質問をはさむ。
「療術以外なら、方法があると?」
「新しい肉体に精神を移すか、腕を負傷する前まで肉体の時間をさかのぼらせるか……いずれも欠点がある。ユネスはその欠点を考えたうえで、いまのままでよいと判断した」
利き腕を損傷した術戦士は大いにうなずく。
「ああ、このまんまでも戦えるしな。それに、この体になって良いこともあった」
ユネスには妻子がいる。それはアンペレの武官になることで出会えた家族だ。利き腕がダメにならなければアンペレに定住するとは露にも考えなかった、とは本人の言だ。
「禍福は一様に決められないな」
とタオがほほえんだ。
タグ:クロア
2019年04月25日
クロア篇−8章2
リックは自身の酒杯に酒を入れた。それを、長い裳を履く女性に出す。
「今日はこれで仕舞いにするぞ。ちょっくら人助けをすることにしたからよ、ここの席のもんに挨拶しとけ」
リックの隣りに座った女性が深々と頭を下げる。クロアたちも会釈を返した。
「わたくし、フィリーネと申します。あるじのリックと共に魔界よりやって参りました」
貴婦人に変身した竜が慇懃な口上を述べる。
「こちらへは大事な息子をさがしに訪れました。あなたたちを害する意思はございません。この身が竜に変じましてもその思いは変わりませぬゆえ、どうかお心を安んじてくださいまし」
仕える主は粗暴な無法者に近しいのに対し、彼女には上品さがある。さきほどクロアが見た女剣士も飛竜だというが、あちらは無愛想だった。一口に魔人や竜と言っても、個体によって性格はかなり変わるらしい。マキシが手帳になにやら書きつけいるのも、そういった考察だろう、とクロアは予測した。
フィルという愛称の竜は「息子をさがしにきた」と言った。クロアはそこを深掘りする。
「息子さん、というのは……やはり飛竜?」
リックが「そうだ」と答える。
「ワシのとこで世話してた竜だ。フィルはいつまでも手元でかわいがりたかったんだが、子どもは親離れをしたがってな。なもんで、知り合いの魔人にもらわれていったよ」
「その魔人は、いまどこに?」
「それがわかんねえのさ。どっかで野垂れ死ぬタマじゃねえのはたしかなんだが」
つまりリックたちは飛竜とその飼い主にあたる魔人を捜索しているらしい。その目的が達成できないまま、クロアたちに雇用されては気が休まらないのではないか、とクロアは案ずる。
「あの、その飛竜たちをさがすのを、後回しにされてもよいの?」
「後回しじゃねえな。方法を変えるんだ」
「方法?」
「もしかすっと、賊に捕まってるかもしんねえだろ」
「それをたしかめるために、わたくしに協力していただけるの?」
「ああ、そういうこった。うまいメシにもありつけそうだしな」
リックは卓上の食事ののこりをたいらげていく。彼なりに移動の支度をはじめているようだ。それまでクロアは貴婦人のほうへ会話をこころみる。
「フィルさんは、リックさんの招獣なのかしら?」
「はい、そうなります」
「だとすると、あなたは傭兵の数には入れられない……」
「なにか問題があります?」
「こちらの都合で、最低の人員が決まっておりますの」
「そんなに数が大事でしょうか。リックがいれば百人力ですよ」
はじめは暗い表情だった女性がまぶしいばかりの笑顔で言う。よほどリックを信頼していると見えて、クロアは女性の考えに同調する。
「ええ、名だたる魔人ですものね」
老官への説得によっては、規定の人数に融通を利かせられるかもしれない。それだけの大物を得たのだ、とクロアは前向きに考えた。
リックが食事をおえる。彼の飲食代はクロアが肩代わりした。屋敷まで移動する段になって、クロアは馬車に人が乗りきらないのではないか、と気付く。
「リックさんの体がかなり大きいのよね……」
車内はいちおう六人まで腰かけられる。詰めれば全員入るだろうが、窮屈だ。そうクロアが心配するとフィルが小型の白い飛竜へ変身した。白い鱗には光沢があり、高貴な雰囲気がある。
「これで、乗れますか?」
「はい、きっとだいじょうぶですわ」
飛竜がリックの肩に乗り、みなが馬車へ乗りこんだ。座席の片側をリックがひとりで占領し、その反対側にクロアとレジィとマキシがちぢこまって座る。移動時間を利用してまた話をしようかとクロアが思ったとき、マキシがさきんじて質問をしかける。
「フィリーネさんの息子というのは、だれが父親なんです?」
マキシは手帳片手に、興味本位の問いを投げた。リックはしかめ面をする。
「本当の両親はわからねえんだ」
「え? じゃあ……」
「仔竜が捨てられてたのを、拾って、育てた。だからフィルは養い親だ」
「血がつながってないと……」
「ああ、そうだ。血なんぞなくとも、親子にゃちがいねえさ」
リックは自身の肩にいる飛竜に「なぁ?」と語りかける。白い竜は両翼をぱたつかせて「はい」と高い声で肯定した。そのやり取りを見たクロアはあたたかい気分になる。
(竜にも、深い愛情があるのね……)
その豊かな母性はフィル特有のものかもしれない。けして竜全般に当てはまる感情ではないのだろうが、この純真な思いを尊重してあげたいとクロアはひそかに思った。
「今日はこれで仕舞いにするぞ。ちょっくら人助けをすることにしたからよ、ここの席のもんに挨拶しとけ」
リックの隣りに座った女性が深々と頭を下げる。クロアたちも会釈を返した。
「わたくし、フィリーネと申します。あるじのリックと共に魔界よりやって参りました」
貴婦人に変身した竜が慇懃な口上を述べる。
「こちらへは大事な息子をさがしに訪れました。あなたたちを害する意思はございません。この身が竜に変じましてもその思いは変わりませぬゆえ、どうかお心を安んじてくださいまし」
仕える主は粗暴な無法者に近しいのに対し、彼女には上品さがある。さきほどクロアが見た女剣士も飛竜だというが、あちらは無愛想だった。一口に魔人や竜と言っても、個体によって性格はかなり変わるらしい。マキシが手帳になにやら書きつけいるのも、そういった考察だろう、とクロアは予測した。
フィルという愛称の竜は「息子をさがしにきた」と言った。クロアはそこを深掘りする。
「息子さん、というのは……やはり飛竜?」
リックが「そうだ」と答える。
「ワシのとこで世話してた竜だ。フィルはいつまでも手元でかわいがりたかったんだが、子どもは親離れをしたがってな。なもんで、知り合いの魔人にもらわれていったよ」
「その魔人は、いまどこに?」
「それがわかんねえのさ。どっかで野垂れ死ぬタマじゃねえのはたしかなんだが」
つまりリックたちは飛竜とその飼い主にあたる魔人を捜索しているらしい。その目的が達成できないまま、クロアたちに雇用されては気が休まらないのではないか、とクロアは案ずる。
「あの、その飛竜たちをさがすのを、後回しにされてもよいの?」
「後回しじゃねえな。方法を変えるんだ」
「方法?」
「もしかすっと、賊に捕まってるかもしんねえだろ」
「それをたしかめるために、わたくしに協力していただけるの?」
「ああ、そういうこった。うまいメシにもありつけそうだしな」
リックは卓上の食事ののこりをたいらげていく。彼なりに移動の支度をはじめているようだ。それまでクロアは貴婦人のほうへ会話をこころみる。
「フィルさんは、リックさんの招獣なのかしら?」
「はい、そうなります」
「だとすると、あなたは傭兵の数には入れられない……」
「なにか問題があります?」
「こちらの都合で、最低の人員が決まっておりますの」
「そんなに数が大事でしょうか。リックがいれば百人力ですよ」
はじめは暗い表情だった女性がまぶしいばかりの笑顔で言う。よほどリックを信頼していると見えて、クロアは女性の考えに同調する。
「ええ、名だたる魔人ですものね」
老官への説得によっては、規定の人数に融通を利かせられるかもしれない。それだけの大物を得たのだ、とクロアは前向きに考えた。
リックが食事をおえる。彼の飲食代はクロアが肩代わりした。屋敷まで移動する段になって、クロアは馬車に人が乗りきらないのではないか、と気付く。
「リックさんの体がかなり大きいのよね……」
車内はいちおう六人まで腰かけられる。詰めれば全員入るだろうが、窮屈だ。そうクロアが心配するとフィルが小型の白い飛竜へ変身した。白い鱗には光沢があり、高貴な雰囲気がある。
「これで、乗れますか?」
「はい、きっとだいじょうぶですわ」
飛竜がリックの肩に乗り、みなが馬車へ乗りこんだ。座席の片側をリックがひとりで占領し、その反対側にクロアとレジィとマキシがちぢこまって座る。移動時間を利用してまた話をしようかとクロアが思ったとき、マキシがさきんじて質問をしかける。
「フィリーネさんの息子というのは、だれが父親なんです?」
マキシは手帳片手に、興味本位の問いを投げた。リックはしかめ面をする。
「本当の両親はわからねえんだ」
「え? じゃあ……」
「仔竜が捨てられてたのを、拾って、育てた。だからフィルは養い親だ」
「血がつながってないと……」
「ああ、そうだ。血なんぞなくとも、親子にゃちがいねえさ」
リックは自身の肩にいる飛竜に「なぁ?」と語りかける。白い竜は両翼をぱたつかせて「はい」と高い声で肯定した。そのやり取りを見たクロアはあたたかい気分になる。
(竜にも、深い愛情があるのね……)
その豊かな母性はフィル特有のものかもしれない。けして竜全般に当てはまる感情ではないのだろうが、この純真な思いを尊重してあげたいとクロアはひそかに思った。
タグ:クロア