2019年04月25日
クロア篇−8章2
リックは自身の酒杯に酒を入れた。それを、長い裳を履く女性に出す。
「今日はこれで仕舞いにするぞ。ちょっくら人助けをすることにしたからよ、ここの席のもんに挨拶しとけ」
リックの隣りに座った女性が深々と頭を下げる。クロアたちも会釈を返した。
「わたくし、フィリーネと申します。あるじのリックと共に魔界よりやって参りました」
貴婦人に変身した竜が慇懃な口上を述べる。
「こちらへは大事な息子をさがしに訪れました。あなたたちを害する意思はございません。この身が竜に変じましてもその思いは変わりませぬゆえ、どうかお心を安んじてくださいまし」
仕える主は粗暴な無法者に近しいのに対し、彼女には上品さがある。さきほどクロアが見た女剣士も飛竜だというが、あちらは無愛想だった。一口に魔人や竜と言っても、個体によって性格はかなり変わるらしい。マキシが手帳になにやら書きつけいるのも、そういった考察だろう、とクロアは予測した。
フィルという愛称の竜は「息子をさがしにきた」と言った。クロアはそこを深掘りする。
「息子さん、というのは……やはり飛竜?」
リックが「そうだ」と答える。
「ワシのとこで世話してた竜だ。フィルはいつまでも手元でかわいがりたかったんだが、子どもは親離れをしたがってな。なもんで、知り合いの魔人にもらわれていったよ」
「その魔人は、いまどこに?」
「それがわかんねえのさ。どっかで野垂れ死ぬタマじゃねえのはたしかなんだが」
つまりリックたちは飛竜とその飼い主にあたる魔人を捜索しているらしい。その目的が達成できないまま、クロアたちに雇用されては気が休まらないのではないか、とクロアは案ずる。
「あの、その飛竜たちをさがすのを、後回しにされてもよいの?」
「後回しじゃねえな。方法を変えるんだ」
「方法?」
「もしかすっと、賊に捕まってるかもしんねえだろ」
「それをたしかめるために、わたくしに協力していただけるの?」
「ああ、そういうこった。うまいメシにもありつけそうだしな」
リックは卓上の食事ののこりをたいらげていく。彼なりに移動の支度をはじめているようだ。それまでクロアは貴婦人のほうへ会話をこころみる。
「フィルさんは、リックさんの招獣なのかしら?」
「はい、そうなります」
「だとすると、あなたは傭兵の数には入れられない……」
「なにか問題があります?」
「こちらの都合で、最低の人員が決まっておりますの」
「そんなに数が大事でしょうか。リックがいれば百人力ですよ」
はじめは暗い表情だった女性がまぶしいばかりの笑顔で言う。よほどリックを信頼していると見えて、クロアは女性の考えに同調する。
「ええ、名だたる魔人ですものね」
老官への説得によっては、規定の人数に融通を利かせられるかもしれない。それだけの大物を得たのだ、とクロアは前向きに考えた。
リックが食事をおえる。彼の飲食代はクロアが肩代わりした。屋敷まで移動する段になって、クロアは馬車に人が乗りきらないのではないか、と気付く。
「リックさんの体がかなり大きいのよね……」
車内はいちおう六人まで腰かけられる。詰めれば全員入るだろうが、窮屈だ。そうクロアが心配するとフィルが小型の白い飛竜へ変身した。白い鱗には光沢があり、高貴な雰囲気がある。
「これで、乗れますか?」
「はい、きっとだいじょうぶですわ」
飛竜がリックの肩に乗り、みなが馬車へ乗りこんだ。座席の片側をリックがひとりで占領し、その反対側にクロアとレジィとマキシがちぢこまって座る。移動時間を利用してまた話をしようかとクロアが思ったとき、マキシがさきんじて質問をしかける。
「フィリーネさんの息子というのは、だれが父親なんです?」
マキシは手帳片手に、興味本位の問いを投げた。リックはしかめ面をする。
「本当の両親はわからねえんだ」
「え? じゃあ……」
「仔竜が捨てられてたのを、拾って、育てた。だからフィルは養い親だ」
「血がつながってないと……」
「ああ、そうだ。血なんぞなくとも、親子にゃちがいねえさ」
リックは自身の肩にいる飛竜に「なぁ?」と語りかける。白い竜は両翼をぱたつかせて「はい」と高い声で肯定した。そのやり取りを見たクロアはあたたかい気分になる。
(竜にも、深い愛情があるのね……)
その豊かな母性はフィル特有のものかもしれない。けして竜全般に当てはまる感情ではないのだろうが、この純真な思いを尊重してあげたいとクロアはひそかに思った。
「今日はこれで仕舞いにするぞ。ちょっくら人助けをすることにしたからよ、ここの席のもんに挨拶しとけ」
リックの隣りに座った女性が深々と頭を下げる。クロアたちも会釈を返した。
「わたくし、フィリーネと申します。あるじのリックと共に魔界よりやって参りました」
貴婦人に変身した竜が慇懃な口上を述べる。
「こちらへは大事な息子をさがしに訪れました。あなたたちを害する意思はございません。この身が竜に変じましてもその思いは変わりませぬゆえ、どうかお心を安んじてくださいまし」
仕える主は粗暴な無法者に近しいのに対し、彼女には上品さがある。さきほどクロアが見た女剣士も飛竜だというが、あちらは無愛想だった。一口に魔人や竜と言っても、個体によって性格はかなり変わるらしい。マキシが手帳になにやら書きつけいるのも、そういった考察だろう、とクロアは予測した。
フィルという愛称の竜は「息子をさがしにきた」と言った。クロアはそこを深掘りする。
「息子さん、というのは……やはり飛竜?」
リックが「そうだ」と答える。
「ワシのとこで世話してた竜だ。フィルはいつまでも手元でかわいがりたかったんだが、子どもは親離れをしたがってな。なもんで、知り合いの魔人にもらわれていったよ」
「その魔人は、いまどこに?」
「それがわかんねえのさ。どっかで野垂れ死ぬタマじゃねえのはたしかなんだが」
つまりリックたちは飛竜とその飼い主にあたる魔人を捜索しているらしい。その目的が達成できないまま、クロアたちに雇用されては気が休まらないのではないか、とクロアは案ずる。
「あの、その飛竜たちをさがすのを、後回しにされてもよいの?」
「後回しじゃねえな。方法を変えるんだ」
「方法?」
「もしかすっと、賊に捕まってるかもしんねえだろ」
「それをたしかめるために、わたくしに協力していただけるの?」
「ああ、そういうこった。うまいメシにもありつけそうだしな」
リックは卓上の食事ののこりをたいらげていく。彼なりに移動の支度をはじめているようだ。それまでクロアは貴婦人のほうへ会話をこころみる。
「フィルさんは、リックさんの招獣なのかしら?」
「はい、そうなります」
「だとすると、あなたは傭兵の数には入れられない……」
「なにか問題があります?」
「こちらの都合で、最低の人員が決まっておりますの」
「そんなに数が大事でしょうか。リックがいれば百人力ですよ」
はじめは暗い表情だった女性がまぶしいばかりの笑顔で言う。よほどリックを信頼していると見えて、クロアは女性の考えに同調する。
「ええ、名だたる魔人ですものね」
老官への説得によっては、規定の人数に融通を利かせられるかもしれない。それだけの大物を得たのだ、とクロアは前向きに考えた。
リックが食事をおえる。彼の飲食代はクロアが肩代わりした。屋敷まで移動する段になって、クロアは馬車に人が乗りきらないのではないか、と気付く。
「リックさんの体がかなり大きいのよね……」
車内はいちおう六人まで腰かけられる。詰めれば全員入るだろうが、窮屈だ。そうクロアが心配するとフィルが小型の白い飛竜へ変身した。白い鱗には光沢があり、高貴な雰囲気がある。
「これで、乗れますか?」
「はい、きっとだいじょうぶですわ」
飛竜がリックの肩に乗り、みなが馬車へ乗りこんだ。座席の片側をリックがひとりで占領し、その反対側にクロアとレジィとマキシがちぢこまって座る。移動時間を利用してまた話をしようかとクロアが思ったとき、マキシがさきんじて質問をしかける。
「フィリーネさんの息子というのは、だれが父親なんです?」
マキシは手帳片手に、興味本位の問いを投げた。リックはしかめ面をする。
「本当の両親はわからねえんだ」
「え? じゃあ……」
「仔竜が捨てられてたのを、拾って、育てた。だからフィルは養い親だ」
「血がつながってないと……」
「ああ、そうだ。血なんぞなくとも、親子にゃちがいねえさ」
リックは自身の肩にいる飛竜に「なぁ?」と語りかける。白い竜は両翼をぱたつかせて「はい」と高い声で肯定した。そのやり取りを見たクロアはあたたかい気分になる。
(竜にも、深い愛情があるのね……)
その豊かな母性はフィル特有のものかもしれない。けして竜全般に当てはまる感情ではないのだろうが、この純真な思いを尊重してあげたいとクロアはひそかに思った。
タグ:クロア
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