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2019年05月02日
クロア篇−9章2
妖鳥に運ばれるマキシが下りてきた。レジィは妖鳥から離れるが、招術士は自身の招獣に抱えられたままだ。
「アゼレダに物理攻撃は効きにくい。まず僕がレジィの招獣と一緒に撹乱しよう。きみはその隙を突いてくれ。弱点は赤い魔石だ」
敵対する魔獣は首輪の下の胸元に、赤い石が埋め込んであった。
「首輪の効力は、アゼレダなら無効化できると思う。外すのは後回しだ」
マキシが再度上空へ上がった。レジィは黄鼬を呼ぶ。
「マルくん、電撃をあの白い魔獣にぶつけて!」
薄黄色の細長い獣が地面をとたとた走る。毛を逆立てたのち、雷光を放った。一筋の光が矢のごとく魔獣の胴に命中する。魔獣は雷術を当てた小動物をぎろりと睨んだ。黄鼬はびくっと硬直する。魔獣が標的を小さな招獣に変えた。魔獣が跳びあがったところを光の矢が降り注ぐ。空からの攻撃だ。体勢を崩した魔獣は着地の姿勢をとることに専念し、四肢を広げた。攻撃の意思が削がれた瞬間を狙い、クロアは杖を思いきり振るった。赤い石を砕き、魔獣の胸をも殴りぬく。相手は物理防御力が高いというので遠慮はしなかった。魔獣の体は吹っ飛び、大木にぶちあたる。木の幹にへばりつく魔獣が、ずるずると木の根元にずり落ちた。
「やり過ぎたかしら……?」
クロアの心配をよそにダムトが素早く魔獣に接近する。魔獣は気絶しているようで、抵抗なく首元を触られていた。ダムトは隠し持った短剣で首輪を切る。これで魔獣を縛りつける道具はなくなった。
「じゃあレジィ、魔獣の治療を頼むわね」
「はい。念入りに治します」
負傷した魔獣はレジィに託し、クロアはボーゼンたちがいた方角を見た。賊との混戦を避けるために戦地を隔てたせいで、剣戟の響きは聞こえない。
「公女! 空へ来てみろ、竜が飛んでいくぞ!」
滞空していたマキシがさけぶ。クロアはベニトラの背に乗り、彼のいる空へ上がった。マキシが言うものは西の空、彼方にあった。青紫色の翼を生やした大きな爬虫類だ。その背に人を複数乗せて飛行している。
「剣王国に行く飛竜かしらね。それがどうかなさったの?」
「あれは賊の居住地から飛び立った飛竜だ! 賊が飛竜を使って逃走しているんだ」
「ええ? もう、あんなに遠いのに……」
遠景の飛竜はみるみる小さくなっていった。
「嘘みたいに飛行速度が速いぞ。僕らの飛獣では追いつけないな」
「そんなに機敏にうごかれたら、お父さまの弓でも射止められないわ」
「ああ、賊の完全捕獲は無理だったな。アゼレダを救出できただけ良かったと思おう」
クロアはほかの隊との合流を図る。気絶中の魔獣はベニトラの背に乗せ、徒歩で洞穴へもどる。付近には縛られた賊が数人固まっていた。そして治療中の兵もいる。その中にユネスとボーゼンがいたので、クロアは心底驚いた。この二人はやすやすと傷を負う武人ではないのだ。軽装のユネスは腹部におびただしい出血の痕が残る。
「ユネス! ボーゼン! どんなやつにやられたの?」
クロアの問いには療術士に徹するフィルが答える。
「館の魔人、ヴラドです」
フィルは居たたまれない様子で目を伏せる。恐れていた事態が、こうして現実になったのだ。
「じゃあ、さっき逃げていった竜はあなたの……」
「そうです、我が子が悪党に関与しているのです。『ヴラドが決めたことだから』と」
クロアは杖を握りしめ「ヴラドも逃げたの?」と聞く。フィルは首を横にふる。
「いえ、場所を移して、リックと戦っているはずです」
「あなたの見立てだと、どちらが有利なの?」
「わかりません。実力は……互角だと思います」
「ではわたしたちが加勢するわ。案内してくださる?」
「よろしいですけど、公女たちがかなう相手とは……」
「やってみなくちゃわからないわ」
クロアの強い押しによってフィルが了承する。クロアは気絶中の魔獣をベニトラの背から降ろし、空いた飛獣の背に乗る。ダムトもクロアの後方に乗った。マキシはどうする、とクロアは周りを見たところ、彼も妖鳥に抱えられた状態で待機している。クロアたちはフィルに先導してもらい、その後ろを追いかけた。フィルはおそらく、あるじの気配のするほうへまっすぐ向かっている。その感覚はクロアがベニトラを追跡したのと似た感覚だろうと想像できた。
「アゼレダに物理攻撃は効きにくい。まず僕がレジィの招獣と一緒に撹乱しよう。きみはその隙を突いてくれ。弱点は赤い魔石だ」
敵対する魔獣は首輪の下の胸元に、赤い石が埋め込んであった。
「首輪の効力は、アゼレダなら無効化できると思う。外すのは後回しだ」
マキシが再度上空へ上がった。レジィは黄鼬を呼ぶ。
「マルくん、電撃をあの白い魔獣にぶつけて!」
薄黄色の細長い獣が地面をとたとた走る。毛を逆立てたのち、雷光を放った。一筋の光が矢のごとく魔獣の胴に命中する。魔獣は雷術を当てた小動物をぎろりと睨んだ。黄鼬はびくっと硬直する。魔獣が標的を小さな招獣に変えた。魔獣が跳びあがったところを光の矢が降り注ぐ。空からの攻撃だ。体勢を崩した魔獣は着地の姿勢をとることに専念し、四肢を広げた。攻撃の意思が削がれた瞬間を狙い、クロアは杖を思いきり振るった。赤い石を砕き、魔獣の胸をも殴りぬく。相手は物理防御力が高いというので遠慮はしなかった。魔獣の体は吹っ飛び、大木にぶちあたる。木の幹にへばりつく魔獣が、ずるずると木の根元にずり落ちた。
「やり過ぎたかしら……?」
クロアの心配をよそにダムトが素早く魔獣に接近する。魔獣は気絶しているようで、抵抗なく首元を触られていた。ダムトは隠し持った短剣で首輪を切る。これで魔獣を縛りつける道具はなくなった。
「じゃあレジィ、魔獣の治療を頼むわね」
「はい。念入りに治します」
負傷した魔獣はレジィに託し、クロアはボーゼンたちがいた方角を見た。賊との混戦を避けるために戦地を隔てたせいで、剣戟の響きは聞こえない。
「公女! 空へ来てみろ、竜が飛んでいくぞ!」
滞空していたマキシがさけぶ。クロアはベニトラの背に乗り、彼のいる空へ上がった。マキシが言うものは西の空、彼方にあった。青紫色の翼を生やした大きな爬虫類だ。その背に人を複数乗せて飛行している。
「剣王国に行く飛竜かしらね。それがどうかなさったの?」
「あれは賊の居住地から飛び立った飛竜だ! 賊が飛竜を使って逃走しているんだ」
「ええ? もう、あんなに遠いのに……」
遠景の飛竜はみるみる小さくなっていった。
「嘘みたいに飛行速度が速いぞ。僕らの飛獣では追いつけないな」
「そんなに機敏にうごかれたら、お父さまの弓でも射止められないわ」
「ああ、賊の完全捕獲は無理だったな。アゼレダを救出できただけ良かったと思おう」
クロアはほかの隊との合流を図る。気絶中の魔獣はベニトラの背に乗せ、徒歩で洞穴へもどる。付近には縛られた賊が数人固まっていた。そして治療中の兵もいる。その中にユネスとボーゼンがいたので、クロアは心底驚いた。この二人はやすやすと傷を負う武人ではないのだ。軽装のユネスは腹部におびただしい出血の痕が残る。
「ユネス! ボーゼン! どんなやつにやられたの?」
クロアの問いには療術士に徹するフィルが答える。
「館の魔人、ヴラドです」
フィルは居たたまれない様子で目を伏せる。恐れていた事態が、こうして現実になったのだ。
「じゃあ、さっき逃げていった竜はあなたの……」
「そうです、我が子が悪党に関与しているのです。『ヴラドが決めたことだから』と」
クロアは杖を握りしめ「ヴラドも逃げたの?」と聞く。フィルは首を横にふる。
「いえ、場所を移して、リックと戦っているはずです」
「あなたの見立てだと、どちらが有利なの?」
「わかりません。実力は……互角だと思います」
「ではわたしたちが加勢するわ。案内してくださる?」
「よろしいですけど、公女たちがかなう相手とは……」
「やってみなくちゃわからないわ」
クロアの強い押しによってフィルが了承する。クロアは気絶中の魔獣をベニトラの背から降ろし、空いた飛獣の背に乗る。ダムトもクロアの後方に乗った。マキシはどうする、とクロアは周りを見たところ、彼も妖鳥に抱えられた状態で待機している。クロアたちはフィルに先導してもらい、その後ろを追いかけた。フィルはおそらく、あるじの気配のするほうへまっすぐ向かっている。その感覚はクロアがベニトラを追跡したのと似た感覚だろうと想像できた。
タグ:クロア
2019年05月01日
クロア篇−9章1
クロアが待ちかねた決行の日は予想以上に早かった。最初の作戦会議を行なった翌々日に決定する。即断の要因にはマキシが主張した希少な魔獣の保護があがったが、そのほかにも原因がある。リックの大食ぶりに対応しきれない料理人が音をあげてしまったという。早々に客分の役目を終えて退去してもらうため、片を付けることになった。
当日、早朝に隊を率いて出発する。総数は百人余り。それ一つが小隊と言える規模だ。あまり人数が多いとリックが「巻き添えを食らわすかもしれん」と物騒な意見を述べたため、兵数は抑えた。
討伐隊は五つの兵種に分けて、個別の隊とした。ひとつは戦場となる山林にて小回りの利く軽歩兵。指揮官はユネス。ここにリックとフィルが加わる。次は同じく歩兵の術官部隊。指揮官はプルケでタオが治療役に入る。タオの仲間二人もこの隊に付き添った。次は歩兵の武僧部隊。自身が武僧兵であるボーゼンが指揮を執る。残りはみな騎馬か飛獣に乗った兵である。ルッツが騎兵、クノードが弓の飛兵部隊を統べる。ルッツは初め指揮官の任を遠慮していたが、短期間で兵卒の信任を集めたのを理由に、客将として不足なしと見做された。
クロアはどの隊にも含まれず、いつもの従者とマキシの四人で自由にしてよいという。ただ一点の決め事はあった。囚われのアゼレダはクロアが相手にする。招術士マキシがクロアに同行するのも、魔獣と相対するためだ。
クロアたちは歩兵に歩調を合わせて進み、途中で隊を二分した。賊の居城の正面から行くものと、賊の逃走を予想される西側へ回り込むもので別行動をする。正面は軽歩兵と武僧兵の隊が担当し、クロアも向かう。それ以外の隊が所定の位置についたと連絡が入れば正面部隊が突入する。賊が住む洞窟に近い木陰で歩兵が待機した。
あたりは傾斜が幾分平らであり、洞窟の周囲は開けた場所になっていた。洞窟から出て行く人影が見えるたび、クロアは賊を捕まえ損なうのではないかと気をもんだ。
人の出入りを傍観していた一同が、急に息をのむ。洞穴から巨大な獣が現れたのだ。巨狼の毛皮を鱗に変えたような白い魔獣が、引き綱で制御されている。風貌はマキシがもつ招獣とそっくりだ。しかし奇声を発し、よだれを垂らす様子は正常に見えなかった。それでも綱を握る人間に大人しく従う。その理由は外的要因によって精神が蝕まれているからだろう。マキシが苦々しく「酷いな……」とつぶやいた。
無残な魔獣がクロアたちのいる方向に吠え立てた。無情な飼い主は異変に気付き、住居の穴に向かって団員の集結を号令する。潜んでいたアンペレの将軍も隊員に呼びかける。
「兵は魔獣を相手にするな! 必ず二人以上で賊ひとりと戦え!」
ボーゼンは味方全体に命令を下した。クロアもベニトラに魔獣の注意を引き付けるよう言い、足の速い招獣のあとを追った。猫の大きさだったベニトラは猛獣へと変わる。木の幹を自在に蹴って隊員たちの頭上を越えた。ベニトラが真っ先に白い魔獣に飛びかかり、敵の意識を自身に集中させた。ベニトラにおののいた飼い主は引き綱を放し、自身の腰に提げた剣を抜く。その切っ先はベニトラでなく襲来するアンペレの兵に向けられた。先陣を切るのはユネス。一刀のもと剣を弾き飛ばし、無防備な賊の腹を蹴った。
「お手本はこんな感じだ。三人がかりでもいいから敵をひとりずつ倒すんだぞ」
ねらいは胴体と足だ、とユネスは兵たちに忠告する。剣を鞘にもどすと打倒した賊の足首をつかむ。そして引きずり、後方へ下がる。最前線を離脱する隊長を歩兵たちが見送った。
クロアは賊の包囲をユネスたちに任せ、ベニトラを追いかける。朱色の招獣は兵たちを賊との戦いに専念させるために戦地を移していた。
『そっちの調子はどう?』
『爪や牙が通りにくい。やはり首輪と赤い石を破壊するが先決か』
『わかったわ。わたしたちがやる』
クロアはすでに招獣の居場所を感じる技を会得していた。この数日、ナーマが町中でうろつくのをこっそり追って、確認した。接近された招獣も招術士の気配がわかるという。ベニトラの気配はなぜかクロアから遠ざかった。木々を抜けて招獣が留まった場に行くと
見晴らしのよい川辺へ出る。ベニトラは人が戦いやすい場所へ魔獣を誘導したのだ。
『ありがとう。気を遣ってくれたのね』
クロアは攻撃を仕掛ける前に後ろを確認する。ダムトはついてきていたがレジィとマキシの姿が見えない。ダムトが上空を指差した。空には上半身が女の人間に近い妖鳥が飛行し、その両腕に人が二人抱えられていた。
当日、早朝に隊を率いて出発する。総数は百人余り。それ一つが小隊と言える規模だ。あまり人数が多いとリックが「巻き添えを食らわすかもしれん」と物騒な意見を述べたため、兵数は抑えた。
討伐隊は五つの兵種に分けて、個別の隊とした。ひとつは戦場となる山林にて小回りの利く軽歩兵。指揮官はユネス。ここにリックとフィルが加わる。次は同じく歩兵の術官部隊。指揮官はプルケでタオが治療役に入る。タオの仲間二人もこの隊に付き添った。次は歩兵の武僧部隊。自身が武僧兵であるボーゼンが指揮を執る。残りはみな騎馬か飛獣に乗った兵である。ルッツが騎兵、クノードが弓の飛兵部隊を統べる。ルッツは初め指揮官の任を遠慮していたが、短期間で兵卒の信任を集めたのを理由に、客将として不足なしと見做された。
クロアはどの隊にも含まれず、いつもの従者とマキシの四人で自由にしてよいという。ただ一点の決め事はあった。囚われのアゼレダはクロアが相手にする。招術士マキシがクロアに同行するのも、魔獣と相対するためだ。
クロアたちは歩兵に歩調を合わせて進み、途中で隊を二分した。賊の居城の正面から行くものと、賊の逃走を予想される西側へ回り込むもので別行動をする。正面は軽歩兵と武僧兵の隊が担当し、クロアも向かう。それ以外の隊が所定の位置についたと連絡が入れば正面部隊が突入する。賊が住む洞窟に近い木陰で歩兵が待機した。
あたりは傾斜が幾分平らであり、洞窟の周囲は開けた場所になっていた。洞窟から出て行く人影が見えるたび、クロアは賊を捕まえ損なうのではないかと気をもんだ。
人の出入りを傍観していた一同が、急に息をのむ。洞穴から巨大な獣が現れたのだ。巨狼の毛皮を鱗に変えたような白い魔獣が、引き綱で制御されている。風貌はマキシがもつ招獣とそっくりだ。しかし奇声を発し、よだれを垂らす様子は正常に見えなかった。それでも綱を握る人間に大人しく従う。その理由は外的要因によって精神が蝕まれているからだろう。マキシが苦々しく「酷いな……」とつぶやいた。
無残な魔獣がクロアたちのいる方向に吠え立てた。無情な飼い主は異変に気付き、住居の穴に向かって団員の集結を号令する。潜んでいたアンペレの将軍も隊員に呼びかける。
「兵は魔獣を相手にするな! 必ず二人以上で賊ひとりと戦え!」
ボーゼンは味方全体に命令を下した。クロアもベニトラに魔獣の注意を引き付けるよう言い、足の速い招獣のあとを追った。猫の大きさだったベニトラは猛獣へと変わる。木の幹を自在に蹴って隊員たちの頭上を越えた。ベニトラが真っ先に白い魔獣に飛びかかり、敵の意識を自身に集中させた。ベニトラにおののいた飼い主は引き綱を放し、自身の腰に提げた剣を抜く。その切っ先はベニトラでなく襲来するアンペレの兵に向けられた。先陣を切るのはユネス。一刀のもと剣を弾き飛ばし、無防備な賊の腹を蹴った。
「お手本はこんな感じだ。三人がかりでもいいから敵をひとりずつ倒すんだぞ」
ねらいは胴体と足だ、とユネスは兵たちに忠告する。剣を鞘にもどすと打倒した賊の足首をつかむ。そして引きずり、後方へ下がる。最前線を離脱する隊長を歩兵たちが見送った。
クロアは賊の包囲をユネスたちに任せ、ベニトラを追いかける。朱色の招獣は兵たちを賊との戦いに専念させるために戦地を移していた。
『そっちの調子はどう?』
『爪や牙が通りにくい。やはり首輪と赤い石を破壊するが先決か』
『わかったわ。わたしたちがやる』
クロアはすでに招獣の居場所を感じる技を会得していた。この数日、ナーマが町中でうろつくのをこっそり追って、確認した。接近された招獣も招術士の気配がわかるという。ベニトラの気配はなぜかクロアから遠ざかった。木々を抜けて招獣が留まった場に行くと
見晴らしのよい川辺へ出る。ベニトラは人が戦いやすい場所へ魔獣を誘導したのだ。
『ありがとう。気を遣ってくれたのね』
クロアは攻撃を仕掛ける前に後ろを確認する。ダムトはついてきていたがレジィとマキシの姿が見えない。ダムトが上空を指差した。空には上半身が女の人間に近い妖鳥が飛行し、その両腕に人が二人抱えられていた。
タグ:クロア