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2019年05月04日
クロア篇−9章4
白い魔獣はリックの提案に乗った。縛に就いた人間を前足で殴打していく。その制裁は十人いる男たちを二回ずつ倒すことで終結を迎える。二順目になると、魔獣の疲労が積み重なったのか、打撃の勢いが鈍った。振り上げる前足が重々しくなると、私刑の提言者が「おめえの怨みはそんなもんか」とけしかけるありさまだ。クロアは現場を始終見ていて、ひとつ思った。
(あの魔獣に人を殺せる力がのこっていないと、リックさんは見抜いていたのかしら)
魔獣が賊への私刑をやりはじめたとき、殴られた側は地に倒れた。その衝撃は、手足を縛られて踏ん張りがきかなかったから転倒した程度のもの。さほど強い打撃であったようには見えず、むしろクロアが魔獣を強打した時のほうが豪快にふっとんでいた。
魔獣が「もういい」と弱音に近い報復完了の意を示した。その直後に自身の体を小さくする。クロアは小動物のごとき魔獣を持ちあげた。獣はぐったりと脱力している。
「だいぶ弱っていたのね。あとはゆっくり休ませてあげましょう」
弱りきった獣をベニトラの背中に乗せた。すると長い尻尾がベニトラの背に到達して、衰弱した獣の体を覆った。弱った獣は、ふかふかの毛皮の寝台と尻尾の毛布に挟まれている。その様子を見たクロアは、ちょっとうらやましいと思った。
私刑がおわったため、兵を呼びもどす。ボーゼンの指示によって賊による盗品はあらかた押収できており、あとは術具を使って住居の出入口を封鎖するだけだという。
撤収の作業が終わると、最後に連行する賊同士を一繋ぎに縄で結ぶ。足を拘束していた縄はほどき、自力で歩かせた。捕縛された賊全員が魔獣によって肉の的になった者たちだ。その顔や服に土と少量の血が付いているが、傷はなく、歩行に不自由はなかった。魔獣に痛めつけられたとは傍目にわからない。
ボーゼンとその武僧兵隊を引率者とし、ユネスの歩兵隊が賊を囲んで護送する。クロアたちはその後詰めを担った。散々自由にうごいたリックとフィルは早々に下山していた。
帰還の道中、クロアはベニトラの背にいる魔獣のことを話題にする。
「あの白い魔獣、なぜちいさくなったのかしら」
「精気の回復のためじゃないかな」
とマキシが言う。クロアは思い当たる実例があり、現在は巨獣の姿で歩く招獣を見る。
「だからベニトラも、屋敷ではずっと猫みたいな姿でいるの?」
ベニトラはクロアの顔をちらりと見て、ぷいっと進行方向を見据えた。中途半端な反応だ。ある一面ではクロアの言うとおりだが、ほかにも理由があって幼獣の姿ですごしているようだとクロアは推測した。
ベニトラの背には疲弊した魔獣がいる。縮んだ魔獣は死んだように眠っていた。マキシが眠る魔獣の背中をなでる。
「ところでこのアゼレダ、だれが招獣にする?」
「故郷に返すのではないの?」
「いますぐは無理だろうな。輸送には体の負担がかかる。欲をいえばこの土地で半月ほど静養させたいところだ。だがアンペレには魔獣の保護施設がないだろう? 町中で暴れても無害ですむよう、招獣にしておいて、力の制限をかけるべきだと思うんだ」
「たしかに……でも人をうらんでいるのに、招獣になりたがるかしら」
「そうだな……もしかしたら、魔獣の意を汲んでくれたリックを選ぶかもしれないな」
「それはそれでよろしいですわ。お強い庇護者がいれば安全ですもの。希少種の保護を理念とするあなたも喜ばしいのではなくて?」
マキシは「いや、それが……」と言葉を濁す。
「この魔獣が魔界に行かれると、困るんだ」
「どうして?」
「……グウェンと交配できるかと思ってね」
クロアは「まあ」と口元を手で覆った。会って数時間と経たぬうちから自身の招獣の婿を決める招術士がいたものだ、と口には出さずにおく。だが態度で伝わったらしく、マキシは不服そうな顔をする。
「そんなに変な話じゃないだろう。僕たち人間にもそういった保護対象となる種族がいる。全体数の少ない玉人を保護し、婚姻を推奨するじゃないか。玉人は公女もよくご存知のはずだ」
「ええ、ロレンツ公がその末裔でいらっしゃるものね」
「魔獣にも見合いがあっていいはずだ。もちろん、無理強いはさせないがね」
「わかりましたわ。招術士の候補には魔人の方々を除外させてもらいましょう」
当の魔獣の意思は無関係に、二人は魔獣の行く末を決めた。寝こける魔獣はベニトラの長い尾に包まれていた。
(あの魔獣に人を殺せる力がのこっていないと、リックさんは見抜いていたのかしら)
魔獣が賊への私刑をやりはじめたとき、殴られた側は地に倒れた。その衝撃は、手足を縛られて踏ん張りがきかなかったから転倒した程度のもの。さほど強い打撃であったようには見えず、むしろクロアが魔獣を強打した時のほうが豪快にふっとんでいた。
魔獣が「もういい」と弱音に近い報復完了の意を示した。その直後に自身の体を小さくする。クロアは小動物のごとき魔獣を持ちあげた。獣はぐったりと脱力している。
「だいぶ弱っていたのね。あとはゆっくり休ませてあげましょう」
弱りきった獣をベニトラの背中に乗せた。すると長い尻尾がベニトラの背に到達して、衰弱した獣の体を覆った。弱った獣は、ふかふかの毛皮の寝台と尻尾の毛布に挟まれている。その様子を見たクロアは、ちょっとうらやましいと思った。
私刑がおわったため、兵を呼びもどす。ボーゼンの指示によって賊による盗品はあらかた押収できており、あとは術具を使って住居の出入口を封鎖するだけだという。
撤収の作業が終わると、最後に連行する賊同士を一繋ぎに縄で結ぶ。足を拘束していた縄はほどき、自力で歩かせた。捕縛された賊全員が魔獣によって肉の的になった者たちだ。その顔や服に土と少量の血が付いているが、傷はなく、歩行に不自由はなかった。魔獣に痛めつけられたとは傍目にわからない。
ボーゼンとその武僧兵隊を引率者とし、ユネスの歩兵隊が賊を囲んで護送する。クロアたちはその後詰めを担った。散々自由にうごいたリックとフィルは早々に下山していた。
帰還の道中、クロアはベニトラの背にいる魔獣のことを話題にする。
「あの白い魔獣、なぜちいさくなったのかしら」
「精気の回復のためじゃないかな」
とマキシが言う。クロアは思い当たる実例があり、現在は巨獣の姿で歩く招獣を見る。
「だからベニトラも、屋敷ではずっと猫みたいな姿でいるの?」
ベニトラはクロアの顔をちらりと見て、ぷいっと進行方向を見据えた。中途半端な反応だ。ある一面ではクロアの言うとおりだが、ほかにも理由があって幼獣の姿ですごしているようだとクロアは推測した。
ベニトラの背には疲弊した魔獣がいる。縮んだ魔獣は死んだように眠っていた。マキシが眠る魔獣の背中をなでる。
「ところでこのアゼレダ、だれが招獣にする?」
「故郷に返すのではないの?」
「いますぐは無理だろうな。輸送には体の負担がかかる。欲をいえばこの土地で半月ほど静養させたいところだ。だがアンペレには魔獣の保護施設がないだろう? 町中で暴れても無害ですむよう、招獣にしておいて、力の制限をかけるべきだと思うんだ」
「たしかに……でも人をうらんでいるのに、招獣になりたがるかしら」
「そうだな……もしかしたら、魔獣の意を汲んでくれたリックを選ぶかもしれないな」
「それはそれでよろしいですわ。お強い庇護者がいれば安全ですもの。希少種の保護を理念とするあなたも喜ばしいのではなくて?」
マキシは「いや、それが……」と言葉を濁す。
「この魔獣が魔界に行かれると、困るんだ」
「どうして?」
「……グウェンと交配できるかと思ってね」
クロアは「まあ」と口元を手で覆った。会って数時間と経たぬうちから自身の招獣の婿を決める招術士がいたものだ、と口には出さずにおく。だが態度で伝わったらしく、マキシは不服そうな顔をする。
「そんなに変な話じゃないだろう。僕たち人間にもそういった保護対象となる種族がいる。全体数の少ない玉人を保護し、婚姻を推奨するじゃないか。玉人は公女もよくご存知のはずだ」
「ええ、ロレンツ公がその末裔でいらっしゃるものね」
「魔獣にも見合いがあっていいはずだ。もちろん、無理強いはさせないがね」
「わかりましたわ。招術士の候補には魔人の方々を除外させてもらいましょう」
当の魔獣の意思は無関係に、二人は魔獣の行く末を決めた。寝こける魔獣はベニトラの長い尾に包まれていた。
タグ:クロア
2019年05月03日
クロア篇−9章3
山の斜面を駆け抜け、フィルが到着した先にはリックがいた。地中に大部分が埋もれる岩に腰かけ、休んでいる。彼の肉体には外傷がなかった。
「リックさん、賊に与(くみ)する魔人と一戦交えたのではなかったの?」
「やつはすーぐ帰っちまったよ。ま、本気で勝敗を決めるときゃ、数日がかりになると思うがな」
「そんなに、お強いのね?」
「そらそうよ。むかーしの戦争で敵方を蹂躙した魔人だぞ」
「そんな魔人が、なんでチンケな賊の仲間になったのか、お聞きになりました?」
リックはあご鬚をさすって「あいつも人さがしだとよ」と答える。
「貢ぎ物の女がいなくなったらしい。その捜索を賊が手伝ってくれるんだと」
「貢ぎ物の女?」
「あー、何年前だか知らねえが、もらったんだとよ。半魔で長生きする女だから、ナマモノでも受けつけたらしい。あいつは長いことカタチが残るもんを報酬に選ぶんだ」
「人をお金か物みたいに……」
「文句があんなら女を差し出した連中に言うんだな」
リックは立ち上がり、フィルと肩を並べて歩く。クロアたちも兵が待つ場所へ移動した。
「その女を見つけて、ヴラドにくれてやりゃあいい。そうすりゃ賊なんざすぐとっつかまる」
「その女性のこと、リックさんはご存知ないの」
「知らん! ここ最近の話はワシもフィルも把握できてねえ。遊びに行ってもヴラドの部屋には入らねえで、やつの飛竜に会うだけだかんな」
あいつは用もなく起こすと怒るんだ、と愚痴った。まことにリックはあてがないらしい。
「でしたら……女性の名前や外見の特徴をヴラドに聞いてみたらどうかしら? わたしたちが代わりにさがすと言えば、鞍替えするかも」
「さあてな。最悪、あいつも女の名前と顔を忘れてるかもしれんぞ」
「え、本当に? だって大事な貢ぎ物じゃ……」
「あんまりオツムは良くねえからよ。感覚で覚えてる部分でないと信用できんぞ、あいつ」
「そんなにバカなの……」
ダムトが「クロア様が他人のことを言える義理はないですよ」と口を挟む。クロアは腕をぶんと振って、従者の正論に反抗する。
「とにかく! 次は館の魔人を調査するわ。ダムト、ヴラドの住処を調べてちょうだい」
「そのあたりは調べなくてもわかりますよ。有名ですから」
ダムトはマキシに「貴君は知っておいででしょう」とたずねた。マキシは同意を示す。
「ヴラドの館は旅人が一夜を明かす宿の代わりになるらしいね。噂通りの場所にあったという証言はとれている」
「彼の館に手がかりが残っているか、さがしてみますか」
ダムトが話をまとめた。一同はほかの隊との合流のため、きた道をもどった。
負傷兵のいた場に近付くにつれ、ベニトラの移動速度が速まる。火急の用ができたのかしらとクロアが心中でつぶやくと『魔獣が起きたらしい』と返答があった。
「あの魔獣がもう目覚めたの? ベニトラのときは長い時間、寝ていたのに」
「衰弱しているとはいえ兵に危害を加える危険があります。急ぎましょう」
ダムトが巨大トンボの飛獣を呼び、トンボの背に飛びうつった。彼は飛獣を高く上昇させ、木のうえまで上がる。クロアもベニトラを上空へ飛翔させた。
クロアが見下ろした大地には白い巨獣と二人の戦士がにらみ合っていた。戦士側の後方には捕縛した賊たちがいる。ボーゼンらは虜囚を守っているようだ。ダムトがそっと着陸したのを真似て、クロアも穏便に着地する。白い魔獣はクロアをじろっと見た。
「わたしたちにはあなたを痛めつけるつもりはありませんわ。威嚇はやめて──」
「助けてくれてありがとよ」
魔獣は自身の突き出た口をクロアに向けてしゃべった。謝辞を述べられて、クロアの警戒心はうすれる。だが周囲に待機する兵と賊たちはなぜか戦々恐々とした。
「だがオレに好き放題したバカどもにはケジメをつけてやらにゃならん」
「それはわたしたちが法で裁くことですわ。私刑は認められません」
「魔獣に法も規則もあるか!」
獣ががなった。ボーゼンが杖を構えなおす。
「きさま、クロア様に楯突く気か!」
怒号を飛ばす宿将を、腹部の出血痕がのこる歩兵隊長がなだめる。
「ちょいと待った。クロア様はあいつの言ってることがわかるみたいだ」
クロアはユネスの発言が瞬時に解せなかった。そばにいるダムトが察して「たまにあることです」と告げる。
「魔獣は高い魔力によって人語を話します。魔力は精気を消費して内外に影響を及ぼすので、弱っている状態では会話機能がうまく働かない場合があるのです」
「ではなぜわたしには聞こえるの?」
「魔族の血が入っているからですよ。俺も聞こえますし」
マキシが「ほかにも要因はある」と言う。彼はこれまで妖鳥で移動していたが、いまは自分の足で立っている。
「聞き手が強い魔力を有し、魔獣との意思疎通を願うことでも言葉はわかるようになるんだ」
マキシは急に「グウェン!」と名を呼んだ。彼の招獣が出現する。白い鱗で覆われた獣だ。説得中の魔獣と風貌は似ているものの、体が一回り小さい。
「むやみに人を傷つけないで。私たちの種族全体が危険だと思われてしまう!」
高い声だ。クロアは女性が話したと思ったが、レジィとフィルの声ではない。グウェンという名の招獣がしゃべっているらしい。
「いまは心と体を癒しましょう。それまでこの人間たちは守ってくれる──」
「そして鱗を剥ぐんだろう。オレの仲間がそうだった!」
魔獣が拘束中の賊をにらんだ。賊は短い悲鳴をあげる。
「こいつら、オレをどう見ていたと思う? 『番犬代わりに戦わせればよし、死ねば死体を売って稼ぐもよし』だとよ。オレを殺すつもりでいたクズどもを襲って、なにが悪い!」
魔獣が咆哮する。グウェンはなおも諌めようとした。しかしリックが間に入り、阻む。
「このしょっぴいた連中、おめえの気が済むまで殴ってみっか?」
粗暴な提案だ。クロアたちは騒然とした。リックは「条件付きだ」と加える。
「一発殴るごとに賊は入れ替える。殴ったやつはフィルが治して元通りにする。ようは殺しはナシだ。な?」
リックがクロアに賛同を求めた。クロアはなやむ。
「そんなこと、勝手にやっていいのかしら……」
「このまんまじゃ、あの魔獣をおめーらが退治するはめになる。どっちがいいんだ?」
「それはいけないわ。あの子はただの被害者だもの」
「だろ? だれも死なねえ程度に望みを叶えさせてやれよ。長いこと耐えてきたんだからよ」
クロアは自分の次に権力のある武官を見た。ボーゼンは苦渋の表情で「黙認します」と言う。
「どうか死者は出しませぬよう、それだけはお守りください」
ボーゼンは兵に命令を出して、クノードに撤退指示をあおぐ者や賊の住居の調査に当たる者など、とにかく兵全体に移動を命じた。私刑の場を目撃させないようにする気遣いだろうか。
残された捕縛者は怯え、その場をうごけないながらも身を寄せ合う。リックは最前列にいた賊を片手で捕まえた。無理に立たせ、引きずるように歩かせる。殺さないでくれ、という賊の嘆願をリックは鼻で笑う。
「死にはしねえさ。うちのフィルは年季の入った療術士だ」
「『熟練の』と言ってくれます?」
免れない痛みに恐怖する賊とは対照的に、二人は笑った。
「リックさん、賊に与(くみ)する魔人と一戦交えたのではなかったの?」
「やつはすーぐ帰っちまったよ。ま、本気で勝敗を決めるときゃ、数日がかりになると思うがな」
「そんなに、お強いのね?」
「そらそうよ。むかーしの戦争で敵方を蹂躙した魔人だぞ」
「そんな魔人が、なんでチンケな賊の仲間になったのか、お聞きになりました?」
リックはあご鬚をさすって「あいつも人さがしだとよ」と答える。
「貢ぎ物の女がいなくなったらしい。その捜索を賊が手伝ってくれるんだと」
「貢ぎ物の女?」
「あー、何年前だか知らねえが、もらったんだとよ。半魔で長生きする女だから、ナマモノでも受けつけたらしい。あいつは長いことカタチが残るもんを報酬に選ぶんだ」
「人をお金か物みたいに……」
「文句があんなら女を差し出した連中に言うんだな」
リックは立ち上がり、フィルと肩を並べて歩く。クロアたちも兵が待つ場所へ移動した。
「その女を見つけて、ヴラドにくれてやりゃあいい。そうすりゃ賊なんざすぐとっつかまる」
「その女性のこと、リックさんはご存知ないの」
「知らん! ここ最近の話はワシもフィルも把握できてねえ。遊びに行ってもヴラドの部屋には入らねえで、やつの飛竜に会うだけだかんな」
あいつは用もなく起こすと怒るんだ、と愚痴った。まことにリックはあてがないらしい。
「でしたら……女性の名前や外見の特徴をヴラドに聞いてみたらどうかしら? わたしたちが代わりにさがすと言えば、鞍替えするかも」
「さあてな。最悪、あいつも女の名前と顔を忘れてるかもしれんぞ」
「え、本当に? だって大事な貢ぎ物じゃ……」
「あんまりオツムは良くねえからよ。感覚で覚えてる部分でないと信用できんぞ、あいつ」
「そんなにバカなの……」
ダムトが「クロア様が他人のことを言える義理はないですよ」と口を挟む。クロアは腕をぶんと振って、従者の正論に反抗する。
「とにかく! 次は館の魔人を調査するわ。ダムト、ヴラドの住処を調べてちょうだい」
「そのあたりは調べなくてもわかりますよ。有名ですから」
ダムトはマキシに「貴君は知っておいででしょう」とたずねた。マキシは同意を示す。
「ヴラドの館は旅人が一夜を明かす宿の代わりになるらしいね。噂通りの場所にあったという証言はとれている」
「彼の館に手がかりが残っているか、さがしてみますか」
ダムトが話をまとめた。一同はほかの隊との合流のため、きた道をもどった。
負傷兵のいた場に近付くにつれ、ベニトラの移動速度が速まる。火急の用ができたのかしらとクロアが心中でつぶやくと『魔獣が起きたらしい』と返答があった。
「あの魔獣がもう目覚めたの? ベニトラのときは長い時間、寝ていたのに」
「衰弱しているとはいえ兵に危害を加える危険があります。急ぎましょう」
ダムトが巨大トンボの飛獣を呼び、トンボの背に飛びうつった。彼は飛獣を高く上昇させ、木のうえまで上がる。クロアもベニトラを上空へ飛翔させた。
クロアが見下ろした大地には白い巨獣と二人の戦士がにらみ合っていた。戦士側の後方には捕縛した賊たちがいる。ボーゼンらは虜囚を守っているようだ。ダムトがそっと着陸したのを真似て、クロアも穏便に着地する。白い魔獣はクロアをじろっと見た。
「わたしたちにはあなたを痛めつけるつもりはありませんわ。威嚇はやめて──」
「助けてくれてありがとよ」
魔獣は自身の突き出た口をクロアに向けてしゃべった。謝辞を述べられて、クロアの警戒心はうすれる。だが周囲に待機する兵と賊たちはなぜか戦々恐々とした。
「だがオレに好き放題したバカどもにはケジメをつけてやらにゃならん」
「それはわたしたちが法で裁くことですわ。私刑は認められません」
「魔獣に法も規則もあるか!」
獣ががなった。ボーゼンが杖を構えなおす。
「きさま、クロア様に楯突く気か!」
怒号を飛ばす宿将を、腹部の出血痕がのこる歩兵隊長がなだめる。
「ちょいと待った。クロア様はあいつの言ってることがわかるみたいだ」
クロアはユネスの発言が瞬時に解せなかった。そばにいるダムトが察して「たまにあることです」と告げる。
「魔獣は高い魔力によって人語を話します。魔力は精気を消費して内外に影響を及ぼすので、弱っている状態では会話機能がうまく働かない場合があるのです」
「ではなぜわたしには聞こえるの?」
「魔族の血が入っているからですよ。俺も聞こえますし」
マキシが「ほかにも要因はある」と言う。彼はこれまで妖鳥で移動していたが、いまは自分の足で立っている。
「聞き手が強い魔力を有し、魔獣との意思疎通を願うことでも言葉はわかるようになるんだ」
マキシは急に「グウェン!」と名を呼んだ。彼の招獣が出現する。白い鱗で覆われた獣だ。説得中の魔獣と風貌は似ているものの、体が一回り小さい。
「むやみに人を傷つけないで。私たちの種族全体が危険だと思われてしまう!」
高い声だ。クロアは女性が話したと思ったが、レジィとフィルの声ではない。グウェンという名の招獣がしゃべっているらしい。
「いまは心と体を癒しましょう。それまでこの人間たちは守ってくれる──」
「そして鱗を剥ぐんだろう。オレの仲間がそうだった!」
魔獣が拘束中の賊をにらんだ。賊は短い悲鳴をあげる。
「こいつら、オレをどう見ていたと思う? 『番犬代わりに戦わせればよし、死ねば死体を売って稼ぐもよし』だとよ。オレを殺すつもりでいたクズどもを襲って、なにが悪い!」
魔獣が咆哮する。グウェンはなおも諌めようとした。しかしリックが間に入り、阻む。
「このしょっぴいた連中、おめえの気が済むまで殴ってみっか?」
粗暴な提案だ。クロアたちは騒然とした。リックは「条件付きだ」と加える。
「一発殴るごとに賊は入れ替える。殴ったやつはフィルが治して元通りにする。ようは殺しはナシだ。な?」
リックがクロアに賛同を求めた。クロアはなやむ。
「そんなこと、勝手にやっていいのかしら……」
「このまんまじゃ、あの魔獣をおめーらが退治するはめになる。どっちがいいんだ?」
「それはいけないわ。あの子はただの被害者だもの」
「だろ? だれも死なねえ程度に望みを叶えさせてやれよ。長いこと耐えてきたんだからよ」
クロアは自分の次に権力のある武官を見た。ボーゼンは苦渋の表情で「黙認します」と言う。
「どうか死者は出しませぬよう、それだけはお守りください」
ボーゼンは兵に命令を出して、クノードに撤退指示をあおぐ者や賊の住居の調査に当たる者など、とにかく兵全体に移動を命じた。私刑の場を目撃させないようにする気遣いだろうか。
残された捕縛者は怯え、その場をうごけないながらも身を寄せ合う。リックは最前列にいた賊を片手で捕まえた。無理に立たせ、引きずるように歩かせる。殺さないでくれ、という賊の嘆願をリックは鼻で笑う。
「死にはしねえさ。うちのフィルは年季の入った療術士だ」
「『熟練の』と言ってくれます?」
免れない痛みに恐怖する賊とは対照的に、二人は笑った。
タグ:クロア