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2017年10月15日
拓馬篇前記−習一3
習一は目的地のデパートに着いた。だが仲間は定位置のフードコートにいない。
(今日はべつの場所で集まってるのか?)
場所替えは好都合である。このフードコートは習一には居心地が良くない。無料で利用可能な場ゆえに設備にケチをつける気はないが、習一個人の不快感がある。それは他言できない内容だ。幼少期に母とともに訪れたことを思い出すのだ。あの頃はもっと売店があって賑やかだった。それに父はまだ冷酷でなかったように思う。現在との落差をまざまざと見せつける場所は、一人でいると殊更苦しく感じた。
予定が狂った習一は座席には座らず、店内を適当に歩く。仲間の居所を電話で聞いても良かったが、気が乗らなかった。そもそも彼らがどこにいようとかまわない。習一はあの三人を暇つぶしのために利用している。それ以外にこれといった必要性は感じない。単に、帰宅時刻を遅らせられればよいのだ。
この中で自分に恩恵のありそうな区画は、と考えるうちに空腹を感じた。少々早いが夕飯時ではある。ちょうど良いので食品売り場へ向かった。
室内の店舗と店舗ではさまれた通路を行く。ついでに別段買う気のない品物をながめた。
ガラガラという音が近づく。滑りの悪い椅子のキャスターを動かしたような音だ。音の発生元はスーパーマーケットに付きものな買い物カートだと習一は推測した。その音は大量に重なる。一般客が鳴らす音ではない。
習一は華麗さのない重奏の音源を見遣った。高齢の従業員が複数のカートを連結し、移動させている。外のカート置場にたまったカートを中へもどす作業中のようだ。習一は青い制服の老人をしげしげと見た。警察官の制服に似たそれは他の従業員の服とは趣向が異なる。
(警備員か……)
字面で言えば年齢不相応の大層な職分だ。しかし実際はとても悪漢を組み伏せられるとは思えない老齢の男性がしばしばその役を担う。特別仕様の制服を着た人間がいることに意味があるのだ。その姿をちらつかせ、不審者を威圧する目的なのだろう。華美な服を着させられるマネキンと同種にあたる、お飾りなのだと習一はうがった。
老人はカートの群れの進行を止めた。静止しきらぬ先頭のカートを手で押さえたあと、習一に接近する。
「きみ! ガラの悪い子たちに絡まれてた子だね?」
老人が習一に話しかけてきた。その顔と声は明るい調子だ。習一への注意の気持ちはないようだ。
「連中はもうどこかに行ったよ。当分ここに寄りつかないだろう」
老人は嬉しそうだ。仲間に異変が起きたらしい。
「なにがあったんだ?」
「タチの悪いやつらを退治してくれた子たちがいてねえ」
老人の話しぶりでは「タチの悪いやつら」に習一が含まれていない。そのことに習一は違和感を覚えつつも傾聴する。
「名前はちゃんと聞けなかったんだが、あの中に近所のお好み焼屋の息子さんがいたんだ。今度会ったらお礼を言っておくといいよ」
老人は習一の防寒着からのぞく制服を見ながら言う。
「雒英(らくえい)といや、このあたりでとっても頭が良くて真面目な子が行く学校じゃないか。きみはおとなしそうだから、無理やりあいつらに付き合わされていたんだろ?」
またも習一は外見のせいで善人だと判別されている。それが癪で、首を横に振る。
「オレがあいつらを仕切ってるんだよ」
老人は意外にも破顔する。
「冗談きついねえ、きみが連中と居るようになったのは最近だろ? やつらはその前からここに来て──」
カートが激しくぶつかり合う音が響く。長く連なったカートの側面を習一が蹴り飛ばしたのだ。整列していたカートはてんでバラバラな方向へ広がる。老人はせっせと運んだカートが散らばることよりも、習一の暴挙に瞠目した。
「これでわかるだろ。オレが一番タチが悪いって」
うろたえる老人を一瞥し、習一は暗い外へ出た。心中にさきほどの老人は一切現れず、自身の容姿について再考する。
(ワルっぽい見た目……田淵たちに相談してみるか)
やはり内面と外見を一致させねばならない。その思いから仲間へ電話をかけた。
(今日はべつの場所で集まってるのか?)
場所替えは好都合である。このフードコートは習一には居心地が良くない。無料で利用可能な場ゆえに設備にケチをつける気はないが、習一個人の不快感がある。それは他言できない内容だ。幼少期に母とともに訪れたことを思い出すのだ。あの頃はもっと売店があって賑やかだった。それに父はまだ冷酷でなかったように思う。現在との落差をまざまざと見せつける場所は、一人でいると殊更苦しく感じた。
予定が狂った習一は座席には座らず、店内を適当に歩く。仲間の居所を電話で聞いても良かったが、気が乗らなかった。そもそも彼らがどこにいようとかまわない。習一はあの三人を暇つぶしのために利用している。それ以外にこれといった必要性は感じない。単に、帰宅時刻を遅らせられればよいのだ。
この中で自分に恩恵のありそうな区画は、と考えるうちに空腹を感じた。少々早いが夕飯時ではある。ちょうど良いので食品売り場へ向かった。
室内の店舗と店舗ではさまれた通路を行く。ついでに別段買う気のない品物をながめた。
ガラガラという音が近づく。滑りの悪い椅子のキャスターを動かしたような音だ。音の発生元はスーパーマーケットに付きものな買い物カートだと習一は推測した。その音は大量に重なる。一般客が鳴らす音ではない。
習一は華麗さのない重奏の音源を見遣った。高齢の従業員が複数のカートを連結し、移動させている。外のカート置場にたまったカートを中へもどす作業中のようだ。習一は青い制服の老人をしげしげと見た。警察官の制服に似たそれは他の従業員の服とは趣向が異なる。
(警備員か……)
字面で言えば年齢不相応の大層な職分だ。しかし実際はとても悪漢を組み伏せられるとは思えない老齢の男性がしばしばその役を担う。特別仕様の制服を着た人間がいることに意味があるのだ。その姿をちらつかせ、不審者を威圧する目的なのだろう。華美な服を着させられるマネキンと同種にあたる、お飾りなのだと習一はうがった。
老人はカートの群れの進行を止めた。静止しきらぬ先頭のカートを手で押さえたあと、習一に接近する。
「きみ! ガラの悪い子たちに絡まれてた子だね?」
老人が習一に話しかけてきた。その顔と声は明るい調子だ。習一への注意の気持ちはないようだ。
「連中はもうどこかに行ったよ。当分ここに寄りつかないだろう」
老人は嬉しそうだ。仲間に異変が起きたらしい。
「なにがあったんだ?」
「タチの悪いやつらを退治してくれた子たちがいてねえ」
老人の話しぶりでは「タチの悪いやつら」に習一が含まれていない。そのことに習一は違和感を覚えつつも傾聴する。
「名前はちゃんと聞けなかったんだが、あの中に近所のお好み焼屋の息子さんがいたんだ。今度会ったらお礼を言っておくといいよ」
老人は習一の防寒着からのぞく制服を見ながら言う。
「雒英(らくえい)といや、このあたりでとっても頭が良くて真面目な子が行く学校じゃないか。きみはおとなしそうだから、無理やりあいつらに付き合わされていたんだろ?」
またも習一は外見のせいで善人だと判別されている。それが癪で、首を横に振る。
「オレがあいつらを仕切ってるんだよ」
老人は意外にも破顔する。
「冗談きついねえ、きみが連中と居るようになったのは最近だろ? やつらはその前からここに来て──」
カートが激しくぶつかり合う音が響く。長く連なったカートの側面を習一が蹴り飛ばしたのだ。整列していたカートはてんでバラバラな方向へ広がる。老人はせっせと運んだカートが散らばることよりも、習一の暴挙に瞠目した。
「これでわかるだろ。オレが一番タチが悪いって」
うろたえる老人を一瞥し、習一は暗い外へ出た。心中にさきほどの老人は一切現れず、自身の容姿について再考する。
(ワルっぽい見た目……田淵たちに相談してみるか)
やはり内面と外見を一致させねばならない。その思いから仲間へ電話をかけた。
タグ:習一
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2017年10月14日
拓馬篇前記−習一2
習一は他校の不良を仲間にしている。彼らはおよそ一か月前、打ちしおれた習一の前に立ちはだかった。その目的は金品。のちに事情を聴くと、彼らの目には習一の顔つきや身なりが金持ちの子に映ったらしい。事実その見立ては間違っていない。習一の父は高給取りだ。そのため母が子に与える品物はどれも値が張った。安い粗悪品をたくさん買うよりは、高くても良い品を買ったほうが快適かつ長持ちするという父の意向に従った結果だ。
彼らの思い違いは一つあった。習一が殴り合いに強かったことだ。事の発端は彼らによる脅し行為にある。それはあとになって思えば、危害を加える気のない戯言だった。平時の習一だったら冗談に済ませただろうし、なんなら逃走しても良かった。逃げ切れるだけの俊敏さは備えている。だが当時の習一は情動が不安定だった。過度に危険を感じてしまい、不良たちを叩きのめすに至った。あるいは、抱えきれない憤懣(ふんまん)をだれかにぶつけたかったのかもしれない。
その時、習一は自分の腕っぷしの強さに驚愕した。もともと運動神経の良さは自他ともに認めるところ。筋力などの身体能力も、同年の男子とくらべて優れることは体育の授業のおかげでわかった。しかし戦う行為には縁が無かった。己の強さに関係があることといえば、テレビで見かける屈強な俳優への憧れだ。見事なアクションシーンを真似たり、作中の筋トレと同じことをしてみたりと、自分に男性的な強さを求める時期があった。過去の鍛錬が窮地において活かされた、と習一なりに納得している。
不良らは予想外の反撃を食らって怒るどころか、逆に習一の強さに惚れこんだ。それ以降、習一は不良の末席に加わった──と認識したのは習一一人の感覚だ。迎え入れた側は習一のことをリーダーのごとく慕う。彼らのほうが不良歴が長いのにも関わらず、まるで習一は不良の古強者(ふるつわもの)であったかのようにすんなりハマっている。ハマらないのは習一の容姿だけだ。
習一が最初、現在の仲間に舐めてかかられた原因は見た目にある。習一の外見は端的に表現すると「弱そう」である。身長は平均的、体型は痩せていて凄みが足りない。とりわけ顔は女っぽく、線が細い。それと優良児として長年過ごした影響なのか真面目さが顔に出ている。
習一の外見が柔弱であるがゆえに生じる不利益はほかにもある。掛尾をのぞく周囲の大人は、習一の不品行を真剣に問題視していない。体調不良なり思春期によくある気の迷いなりと、一過性の不具合だと見做している。この状況はおもしろくない。習一がまた以前のような良い子になるという希望を他者に抱かせてしまっている。蛮行が永続すると思わせるには姿を変える必要があった。
そのための参考材料として校則の禁止事項を思いつく。これらを破っていけば不良生徒の出来上がりだ。しかし生徒手帳を持ちあわせていない。習一は記憶の範囲で取捨選択をしはじめる。
(たしか、ピアスは禁止だよな)
ピアスをつける必須条件は耳たぶに穴が開いていること。一度耳に穴を開けたなら、その痕跡は死ぬまで残る。これはよさそうだ。しかし装飾品を身につけるのは女々しくて嫌だと思った。習一には男らしい男になりたいというひそかな願望がある。
(アクセサリーはダメだな。ほかは、髪を伸ばすのと染めるのくらいか)
どちらも女子が好んでやりそうなことだ。習一が尊敬する男性はしそうにない。えてして、学校が禁止する事柄は男子の女性化を防ごうとしているのではないかと勘繰る。きっとこの考えは一般的でないとも習一は感じた。長髪以外は女子も禁止されているからだ。しかし染髪とピアスは、女子への禁止事項である化粧と同類の着飾る行為だと習一には思える。
(そういや化粧も禁止……ぜってーやらないけどな)
思いついたことを全部やったら、変なものに目覚めた男子に成り下がってしまう。それは周囲の大人たちを落胆させられるにしても、男としての尊厳を損なう自傷行為だ。習一は鼻で笑って棄却した。
思案を巡らすうちに店が並ぶ通りを歩いていた。目的地は近い。橙色と青色が混じっていた空は雲にその面影を残し、灰がかってきた。もうじき夜になる。今日は何時頃まで暖房のきいた建物内でねばれるだろうか。
黒色へ近づく空に黒い陰影がまぎれこむ。習一が目線を下げると巨大な男性の姿を発見した。この男は背が図抜けて高い。肩はがっちりしていて太く、見るからに強そうだ。そんな相手が習一とすれ違う。習一は男の間合いに入った時に緊張した。気まぐれで攻撃されようものならひとたまりもない。習一は警戒心が先立ったが、そうとは気取られないように男から目を背けた。
男は無言で習一の横を通る。習一は何ごともなく男の後ろ姿を拝めた。
(……ま、普通はそうだよな)
だれもかれもが突然暴力を振るうわけではない。その常識がこの精強な男にあてはまったことに安心した。
男をつぶさに観察してみると、彼は鍔の広い帽子を被っている。帽子の下からはうなじを覆い隠す長髪が垂れる。その髪は灰色のようだ。
(長くて、染めてる髪、か)
この二点の特徴があっても性別はちゃんと男に見える。おまけに女らしさなど微塵もない。これはいける、と習一は行きずりの人から妙案を得た。
彼らの思い違いは一つあった。習一が殴り合いに強かったことだ。事の発端は彼らによる脅し行為にある。それはあとになって思えば、危害を加える気のない戯言だった。平時の習一だったら冗談に済ませただろうし、なんなら逃走しても良かった。逃げ切れるだけの俊敏さは備えている。だが当時の習一は情動が不安定だった。過度に危険を感じてしまい、不良たちを叩きのめすに至った。あるいは、抱えきれない憤懣(ふんまん)をだれかにぶつけたかったのかもしれない。
その時、習一は自分の腕っぷしの強さに驚愕した。もともと運動神経の良さは自他ともに認めるところ。筋力などの身体能力も、同年の男子とくらべて優れることは体育の授業のおかげでわかった。しかし戦う行為には縁が無かった。己の強さに関係があることといえば、テレビで見かける屈強な俳優への憧れだ。見事なアクションシーンを真似たり、作中の筋トレと同じことをしてみたりと、自分に男性的な強さを求める時期があった。過去の鍛錬が窮地において活かされた、と習一なりに納得している。
不良らは予想外の反撃を食らって怒るどころか、逆に習一の強さに惚れこんだ。それ以降、習一は不良の末席に加わった──と認識したのは習一一人の感覚だ。迎え入れた側は習一のことをリーダーのごとく慕う。彼らのほうが不良歴が長いのにも関わらず、まるで習一は不良の古強者(ふるつわもの)であったかのようにすんなりハマっている。ハマらないのは習一の容姿だけだ。
習一が最初、現在の仲間に舐めてかかられた原因は見た目にある。習一の外見は端的に表現すると「弱そう」である。身長は平均的、体型は痩せていて凄みが足りない。とりわけ顔は女っぽく、線が細い。それと優良児として長年過ごした影響なのか真面目さが顔に出ている。
習一の外見が柔弱であるがゆえに生じる不利益はほかにもある。掛尾をのぞく周囲の大人は、習一の不品行を真剣に問題視していない。体調不良なり思春期によくある気の迷いなりと、一過性の不具合だと見做している。この状況はおもしろくない。習一がまた以前のような良い子になるという希望を他者に抱かせてしまっている。蛮行が永続すると思わせるには姿を変える必要があった。
そのための参考材料として校則の禁止事項を思いつく。これらを破っていけば不良生徒の出来上がりだ。しかし生徒手帳を持ちあわせていない。習一は記憶の範囲で取捨選択をしはじめる。
(たしか、ピアスは禁止だよな)
ピアスをつける必須条件は耳たぶに穴が開いていること。一度耳に穴を開けたなら、その痕跡は死ぬまで残る。これはよさそうだ。しかし装飾品を身につけるのは女々しくて嫌だと思った。習一には男らしい男になりたいというひそかな願望がある。
(アクセサリーはダメだな。ほかは、髪を伸ばすのと染めるのくらいか)
どちらも女子が好んでやりそうなことだ。習一が尊敬する男性はしそうにない。えてして、学校が禁止する事柄は男子の女性化を防ごうとしているのではないかと勘繰る。きっとこの考えは一般的でないとも習一は感じた。長髪以外は女子も禁止されているからだ。しかし染髪とピアスは、女子への禁止事項である化粧と同類の着飾る行為だと習一には思える。
(そういや化粧も禁止……ぜってーやらないけどな)
思いついたことを全部やったら、変なものに目覚めた男子に成り下がってしまう。それは周囲の大人たちを落胆させられるにしても、男としての尊厳を損なう自傷行為だ。習一は鼻で笑って棄却した。
思案を巡らすうちに店が並ぶ通りを歩いていた。目的地は近い。橙色と青色が混じっていた空は雲にその面影を残し、灰がかってきた。もうじき夜になる。今日は何時頃まで暖房のきいた建物内でねばれるだろうか。
黒色へ近づく空に黒い陰影がまぎれこむ。習一が目線を下げると巨大な男性の姿を発見した。この男は背が図抜けて高い。肩はがっちりしていて太く、見るからに強そうだ。そんな相手が習一とすれ違う。習一は男の間合いに入った時に緊張した。気まぐれで攻撃されようものならひとたまりもない。習一は警戒心が先立ったが、そうとは気取られないように男から目を背けた。
男は無言で習一の横を通る。習一は何ごともなく男の後ろ姿を拝めた。
(……ま、普通はそうだよな)
だれもかれもが突然暴力を振るうわけではない。その常識がこの精強な男にあてはまったことに安心した。
男をつぶさに観察してみると、彼は鍔の広い帽子を被っている。帽子の下からはうなじを覆い隠す長髪が垂れる。その髪は灰色のようだ。
(長くて、染めてる髪、か)
この二点の特徴があっても性別はちゃんと男に見える。おまけに女らしさなど微塵もない。これはいける、と習一は行きずりの人から妙案を得た。
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