2017年12月06日
拓馬篇前記−美弥5
美弥たちがいるテーブル席は四人掛けだった。それゆえ美弥と律子の席には引き続きみちるが座り、通路をはさんだ隣りのテーブルに店長とマヨが着席している。みなが一様にアイス付きのホットケーキをナイフとフォークでつついた。会話はもっぱらオーナーのみちるが仕切る。
「こういう身内だけのときはさ、マヨちゃんに作らせてもいいかもね」
美弥はその案を新人教育だと思った。仕事に不慣れな従業員に料理を作らせる。その成果物はたいてい完成度の低いものだ。端的に表現すれば、客に金銭を要求できない失敗作にあたる。それを店の関係者が始末する。無駄のない仕組みだ。美弥がみちるたちを頼る関係上、提供される料理は練習台のほうがこころよく享受できる。
美弥は自分たちを気遣うみちるたちになにもしてあげられない。そのことに心苦しさを感じていた。新人教育の協力という店の利益になる行為に関われるのなら、すこしは恩に報いられる。
(ホットケーキなら、まずくならないだろうし……)
ホットケーキは既製品の粉に牛乳と卵を混ぜ合わせ、フライパンで焼く料理。むずかしいのは焼き加減の調整だ。焦げついたり崩れたりしたものは売り物にならない。しかし味は同じはずだ。美弥と律子は料理の見た目にこだわらない性分なので、みちるの提案はちょうどよいと思った。
調理練習をする対象が「大丈夫ですかねー」と他人事のように不安がる。
「あたしは料理がてんでダメなんですけど。捨てちゃうのもったいないでしょ?」
「レシピの分量と調理時間を守れば食べられる味にはなるわよ」
「分量と時間……」
「料理のヘタクソな人はね、いきなりオリジナルで作ろうとするからマズイもんを作っちゃうのよ。はじめはちゃんとレシピ通りにやりなさい。個性を出すのはそのあと!」
「はーい……」
マヨはしぶしぶ了承した。ぱくっとホットケーキの切れ端を食べると、パッと顔を輝かせる。
「あ、練習で作ったものは自分で食べていいんですか?」
「ほかの店員やリっちゃんたちに出さないんだったら、そうなるわね」
「へへー、それならがんばれそうです!」
食い意地のはったやる気の出し方だ。みちるが笑いながら呆れる。
「さっすが、店の残りもの目当てに働きにきた女ね」
マヨは「弟が言ったんですよー」と動機を家族になすりつける。
「『タダのパンを食いたけりゃその店の店員になれ』ってね」
「マヨちゃんのほしいパンを探しにキリちゃんが非番の日も店にきてたんだもの。そりゃ自分でやれ、とも言われるわ」
「ねらってたものが家に届いたその日に言うんですよ。言うの遅くないですか?」
「でもマヨちゃんはウチにきてるじゃない」
「そうですけど……ほかにも気になるものがあったので」
「だったらパン屋でバイトしたらいいじゃない。ウチはパン屋の売れ残りをモーニングメニューに出してるんだから」
マヨは目を細め、ほほえむ。
「そこに気付けなかったんですよねー」
美弥と律子はぷっと吹き出した。単純な道理を見極められなかったと申告する潔さが、一種のコントのように感じたのだ。黙っていた店長がやんわり指摘する。
「たぶん、弟さんがすすめた勤務先もパン屋のことだったと思いますよ」
「ええ? 言葉が足りないんだから、あいつ……」
マヨは冗談だか本気だかわからぬ苛立ちを表に出した。店長はおだやかに苦笑いをする。
「どのみち料理の不得意な人はちょっと……お運びとか掃除専門の人を雇う余裕はないですから」
店長の婉曲的な否定に対して、みちるも「まあそうよね」と同調する。
「店長の実家は喫茶店じゃないんだもの、みんなが調理を担当できなきゃ手が回らないでしょうね」
「そうなんです。レジ業務だけの人も、いまのところいないですし」
「じゃあマヨちゃんはウチで働くしかないわね」
みちるたち店主は現状を肯定した。マヨは「はい」と粛々と返事する。
「まっとうに料理ができるようになるまで、店にいさせてください」
「フツーは家で練習するもんだと思うけどね」
冷静なツッコミを受けたマヨは不平不満を表情に浮かべる。
「お母さんがいやがるんですよ。あたしが台所に立ったらメチャクチャになるって。弟にはそんなこと言わないし、むしろ家事をさせたがるのに」
「あら、弟ちゃんは信頼されてるのね」
「そうなんですよ。なんでもソツなくこなすやつで……」
「ウチもその子のほうを雇えばよかったかしら」
みちるの冗談めいたいじわる発言が出た。マヨが口をとがらせる。
「向こうが願い下げしてきますよ。オーナーみたいなややこしー人間はニガテですもん」
マヨも負けじとみちるに攻勢をかける。その口論は気心の知れた者同士のじゃれあいだ。美弥と律子は彼女らの言い合いに耳を傾けながら、すこしぬるくなったミルクティーを飲んだ。
「こういう身内だけのときはさ、マヨちゃんに作らせてもいいかもね」
美弥はその案を新人教育だと思った。仕事に不慣れな従業員に料理を作らせる。その成果物はたいてい完成度の低いものだ。端的に表現すれば、客に金銭を要求できない失敗作にあたる。それを店の関係者が始末する。無駄のない仕組みだ。美弥がみちるたちを頼る関係上、提供される料理は練習台のほうがこころよく享受できる。
美弥は自分たちを気遣うみちるたちになにもしてあげられない。そのことに心苦しさを感じていた。新人教育の協力という店の利益になる行為に関われるのなら、すこしは恩に報いられる。
(ホットケーキなら、まずくならないだろうし……)
ホットケーキは既製品の粉に牛乳と卵を混ぜ合わせ、フライパンで焼く料理。むずかしいのは焼き加減の調整だ。焦げついたり崩れたりしたものは売り物にならない。しかし味は同じはずだ。美弥と律子は料理の見た目にこだわらない性分なので、みちるの提案はちょうどよいと思った。
調理練習をする対象が「大丈夫ですかねー」と他人事のように不安がる。
「あたしは料理がてんでダメなんですけど。捨てちゃうのもったいないでしょ?」
「レシピの分量と調理時間を守れば食べられる味にはなるわよ」
「分量と時間……」
「料理のヘタクソな人はね、いきなりオリジナルで作ろうとするからマズイもんを作っちゃうのよ。はじめはちゃんとレシピ通りにやりなさい。個性を出すのはそのあと!」
「はーい……」
マヨはしぶしぶ了承した。ぱくっとホットケーキの切れ端を食べると、パッと顔を輝かせる。
「あ、練習で作ったものは自分で食べていいんですか?」
「ほかの店員やリっちゃんたちに出さないんだったら、そうなるわね」
「へへー、それならがんばれそうです!」
食い意地のはったやる気の出し方だ。みちるが笑いながら呆れる。
「さっすが、店の残りもの目当てに働きにきた女ね」
マヨは「弟が言ったんですよー」と動機を家族になすりつける。
「『タダのパンを食いたけりゃその店の店員になれ』ってね」
「マヨちゃんのほしいパンを探しにキリちゃんが非番の日も店にきてたんだもの。そりゃ自分でやれ、とも言われるわ」
「ねらってたものが家に届いたその日に言うんですよ。言うの遅くないですか?」
「でもマヨちゃんはウチにきてるじゃない」
「そうですけど……ほかにも気になるものがあったので」
「だったらパン屋でバイトしたらいいじゃない。ウチはパン屋の売れ残りをモーニングメニューに出してるんだから」
マヨは目を細め、ほほえむ。
「そこに気付けなかったんですよねー」
美弥と律子はぷっと吹き出した。単純な道理を見極められなかったと申告する潔さが、一種のコントのように感じたのだ。黙っていた店長がやんわり指摘する。
「たぶん、弟さんがすすめた勤務先もパン屋のことだったと思いますよ」
「ええ? 言葉が足りないんだから、あいつ……」
マヨは冗談だか本気だかわからぬ苛立ちを表に出した。店長はおだやかに苦笑いをする。
「どのみち料理の不得意な人はちょっと……お運びとか掃除専門の人を雇う余裕はないですから」
店長の婉曲的な否定に対して、みちるも「まあそうよね」と同調する。
「店長の実家は喫茶店じゃないんだもの、みんなが調理を担当できなきゃ手が回らないでしょうね」
「そうなんです。レジ業務だけの人も、いまのところいないですし」
「じゃあマヨちゃんはウチで働くしかないわね」
みちるたち店主は現状を肯定した。マヨは「はい」と粛々と返事する。
「まっとうに料理ができるようになるまで、店にいさせてください」
「フツーは家で練習するもんだと思うけどね」
冷静なツッコミを受けたマヨは不平不満を表情に浮かべる。
「お母さんがいやがるんですよ。あたしが台所に立ったらメチャクチャになるって。弟にはそんなこと言わないし、むしろ家事をさせたがるのに」
「あら、弟ちゃんは信頼されてるのね」
「そうなんですよ。なんでもソツなくこなすやつで……」
「ウチもその子のほうを雇えばよかったかしら」
みちるの冗談めいたいじわる発言が出た。マヨが口をとがらせる。
「向こうが願い下げしてきますよ。オーナーみたいなややこしー人間はニガテですもん」
マヨも負けじとみちるに攻勢をかける。その口論は気心の知れた者同士のじゃれあいだ。美弥と律子は彼女らの言い合いに耳を傾けながら、すこしぬるくなったミルクティーを飲んだ。
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