2017年10月14日
拓馬篇前記−習一2
習一は他校の不良を仲間にしている。彼らはおよそ一か月前、打ちしおれた習一の前に立ちはだかった。その目的は金品。のちに事情を聴くと、彼らの目には習一の顔つきや身なりが金持ちの子に映ったらしい。事実その見立ては間違っていない。習一の父は高給取りだ。そのため母が子に与える品物はどれも値が張った。安い粗悪品をたくさん買うよりは、高くても良い品を買ったほうが快適かつ長持ちするという父の意向に従った結果だ。
彼らの思い違いは一つあった。習一が殴り合いに強かったことだ。事の発端は彼らによる脅し行為にある。それはあとになって思えば、危害を加える気のない戯言だった。平時の習一だったら冗談に済ませただろうし、なんなら逃走しても良かった。逃げ切れるだけの俊敏さは備えている。だが当時の習一は情動が不安定だった。過度に危険を感じてしまい、不良たちを叩きのめすに至った。あるいは、抱えきれない憤懣(ふんまん)をだれかにぶつけたかったのかもしれない。
その時、習一は自分の腕っぷしの強さに驚愕した。もともと運動神経の良さは自他ともに認めるところ。筋力などの身体能力も、同年の男子とくらべて優れることは体育の授業のおかげでわかった。しかし戦う行為には縁が無かった。己の強さに関係があることといえば、テレビで見かける屈強な俳優への憧れだ。見事なアクションシーンを真似たり、作中の筋トレと同じことをしてみたりと、自分に男性的な強さを求める時期があった。過去の鍛錬が窮地において活かされた、と習一なりに納得している。
不良らは予想外の反撃を食らって怒るどころか、逆に習一の強さに惚れこんだ。それ以降、習一は不良の末席に加わった──と認識したのは習一一人の感覚だ。迎え入れた側は習一のことをリーダーのごとく慕う。彼らのほうが不良歴が長いのにも関わらず、まるで習一は不良の古強者(ふるつわもの)であったかのようにすんなりハマっている。ハマらないのは習一の容姿だけだ。
習一が最初、現在の仲間に舐めてかかられた原因は見た目にある。習一の外見は端的に表現すると「弱そう」である。身長は平均的、体型は痩せていて凄みが足りない。とりわけ顔は女っぽく、線が細い。それと優良児として長年過ごした影響なのか真面目さが顔に出ている。
習一の外見が柔弱であるがゆえに生じる不利益はほかにもある。掛尾をのぞく周囲の大人は、習一の不品行を真剣に問題視していない。体調不良なり思春期によくある気の迷いなりと、一過性の不具合だと見做している。この状況はおもしろくない。習一がまた以前のような良い子になるという希望を他者に抱かせてしまっている。蛮行が永続すると思わせるには姿を変える必要があった。
そのための参考材料として校則の禁止事項を思いつく。これらを破っていけば不良生徒の出来上がりだ。しかし生徒手帳を持ちあわせていない。習一は記憶の範囲で取捨選択をしはじめる。
(たしか、ピアスは禁止だよな)
ピアスをつける必須条件は耳たぶに穴が開いていること。一度耳に穴を開けたなら、その痕跡は死ぬまで残る。これはよさそうだ。しかし装飾品を身につけるのは女々しくて嫌だと思った。習一には男らしい男になりたいというひそかな願望がある。
(アクセサリーはダメだな。ほかは、髪を伸ばすのと染めるのくらいか)
どちらも女子が好んでやりそうなことだ。習一が尊敬する男性はしそうにない。えてして、学校が禁止する事柄は男子の女性化を防ごうとしているのではないかと勘繰る。きっとこの考えは一般的でないとも習一は感じた。長髪以外は女子も禁止されているからだ。しかし染髪とピアスは、女子への禁止事項である化粧と同類の着飾る行為だと習一には思える。
(そういや化粧も禁止……ぜってーやらないけどな)
思いついたことを全部やったら、変なものに目覚めた男子に成り下がってしまう。それは周囲の大人たちを落胆させられるにしても、男としての尊厳を損なう自傷行為だ。習一は鼻で笑って棄却した。
思案を巡らすうちに店が並ぶ通りを歩いていた。目的地は近い。橙色と青色が混じっていた空は雲にその面影を残し、灰がかってきた。もうじき夜になる。今日は何時頃まで暖房のきいた建物内でねばれるだろうか。
黒色へ近づく空に黒い陰影がまぎれこむ。習一が目線を下げると巨大な男性の姿を発見した。この男は背が図抜けて高い。肩はがっちりしていて太く、見るからに強そうだ。そんな相手が習一とすれ違う。習一は男の間合いに入った時に緊張した。気まぐれで攻撃されようものならひとたまりもない。習一は警戒心が先立ったが、そうとは気取られないように男から目を背けた。
男は無言で習一の横を通る。習一は何ごともなく男の後ろ姿を拝めた。
(……ま、普通はそうだよな)
だれもかれもが突然暴力を振るうわけではない。その常識がこの精強な男にあてはまったことに安心した。
男をつぶさに観察してみると、彼は鍔の広い帽子を被っている。帽子の下からはうなじを覆い隠す長髪が垂れる。その髪は灰色のようだ。
(長くて、染めてる髪、か)
この二点の特徴があっても性別はちゃんと男に見える。おまけに女らしさなど微塵もない。これはいける、と習一は行きずりの人から妙案を得た。
彼らの思い違いは一つあった。習一が殴り合いに強かったことだ。事の発端は彼らによる脅し行為にある。それはあとになって思えば、危害を加える気のない戯言だった。平時の習一だったら冗談に済ませただろうし、なんなら逃走しても良かった。逃げ切れるだけの俊敏さは備えている。だが当時の習一は情動が不安定だった。過度に危険を感じてしまい、不良たちを叩きのめすに至った。あるいは、抱えきれない憤懣(ふんまん)をだれかにぶつけたかったのかもしれない。
その時、習一は自分の腕っぷしの強さに驚愕した。もともと運動神経の良さは自他ともに認めるところ。筋力などの身体能力も、同年の男子とくらべて優れることは体育の授業のおかげでわかった。しかし戦う行為には縁が無かった。己の強さに関係があることといえば、テレビで見かける屈強な俳優への憧れだ。見事なアクションシーンを真似たり、作中の筋トレと同じことをしてみたりと、自分に男性的な強さを求める時期があった。過去の鍛錬が窮地において活かされた、と習一なりに納得している。
不良らは予想外の反撃を食らって怒るどころか、逆に習一の強さに惚れこんだ。それ以降、習一は不良の末席に加わった──と認識したのは習一一人の感覚だ。迎え入れた側は習一のことをリーダーのごとく慕う。彼らのほうが不良歴が長いのにも関わらず、まるで習一は不良の古強者(ふるつわもの)であったかのようにすんなりハマっている。ハマらないのは習一の容姿だけだ。
習一が最初、現在の仲間に舐めてかかられた原因は見た目にある。習一の外見は端的に表現すると「弱そう」である。身長は平均的、体型は痩せていて凄みが足りない。とりわけ顔は女っぽく、線が細い。それと優良児として長年過ごした影響なのか真面目さが顔に出ている。
習一の外見が柔弱であるがゆえに生じる不利益はほかにもある。掛尾をのぞく周囲の大人は、習一の不品行を真剣に問題視していない。体調不良なり思春期によくある気の迷いなりと、一過性の不具合だと見做している。この状況はおもしろくない。習一がまた以前のような良い子になるという希望を他者に抱かせてしまっている。蛮行が永続すると思わせるには姿を変える必要があった。
そのための参考材料として校則の禁止事項を思いつく。これらを破っていけば不良生徒の出来上がりだ。しかし生徒手帳を持ちあわせていない。習一は記憶の範囲で取捨選択をしはじめる。
(たしか、ピアスは禁止だよな)
ピアスをつける必須条件は耳たぶに穴が開いていること。一度耳に穴を開けたなら、その痕跡は死ぬまで残る。これはよさそうだ。しかし装飾品を身につけるのは女々しくて嫌だと思った。習一には男らしい男になりたいというひそかな願望がある。
(アクセサリーはダメだな。ほかは、髪を伸ばすのと染めるのくらいか)
どちらも女子が好んでやりそうなことだ。習一が尊敬する男性はしそうにない。えてして、学校が禁止する事柄は男子の女性化を防ごうとしているのではないかと勘繰る。きっとこの考えは一般的でないとも習一は感じた。長髪以外は女子も禁止されているからだ。しかし染髪とピアスは、女子への禁止事項である化粧と同類の着飾る行為だと習一には思える。
(そういや化粧も禁止……ぜってーやらないけどな)
思いついたことを全部やったら、変なものに目覚めた男子に成り下がってしまう。それは周囲の大人たちを落胆させられるにしても、男としての尊厳を損なう自傷行為だ。習一は鼻で笑って棄却した。
思案を巡らすうちに店が並ぶ通りを歩いていた。目的地は近い。橙色と青色が混じっていた空は雲にその面影を残し、灰がかってきた。もうじき夜になる。今日は何時頃まで暖房のきいた建物内でねばれるだろうか。
黒色へ近づく空に黒い陰影がまぎれこむ。習一が目線を下げると巨大な男性の姿を発見した。この男は背が図抜けて高い。肩はがっちりしていて太く、見るからに強そうだ。そんな相手が習一とすれ違う。習一は男の間合いに入った時に緊張した。気まぐれで攻撃されようものならひとたまりもない。習一は警戒心が先立ったが、そうとは気取られないように男から目を背けた。
男は無言で習一の横を通る。習一は何ごともなく男の後ろ姿を拝めた。
(……ま、普通はそうだよな)
だれもかれもが突然暴力を振るうわけではない。その常識がこの精強な男にあてはまったことに安心した。
男をつぶさに観察してみると、彼は鍔の広い帽子を被っている。帽子の下からはうなじを覆い隠す長髪が垂れる。その髪は灰色のようだ。
(長くて、染めてる髪、か)
この二点の特徴があっても性別はちゃんと男に見える。おまけに女らしさなど微塵もない。これはいける、と習一は行きずりの人から妙案を得た。
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