2016年01月23日
子育てに見返りを求めてしまうのは毒親の素質たっぷり。
モンスターペアレントにしても、毒親にしても、子ども達に影響するのは、
精神的な虐待になっているということを親も子どもも理解できないまま
大切な幼少期を過ごしてしまうと言うところに問題があります。
根っからのネグレクトや身体的虐待、性的虐待という場合は、
あからさまに子どもの身体的な状態や物理的な傷やあざなどで、
第三者からもそれが虐待であるという可能性を示唆することが出来ます。
精神的な虐待の場合は、根底にコントロールしている親の支配下という
こともあり、「我が家の教育方針」とか「うちのしつけ」という言葉に濁されてしまい
見過ごされてしまうことが非常に多いというのが今日の社会問題となっている
一因とも言えるでしょう。
モンスターペアレントや毒親も、全く子どもに対して愛情が無いか
というとそれはNOです。
いわゆる「かわいさ余って憎さ百倍」となるような表裏一体の感情を
常に持っているとも言えます。ですから、言うことを聞いているときは
比較的お互いうまくやっているようにみえるのですが、支配下にある
子どもや対象者が、反発したり、従わなかったりすると、歪んだ愛情
表現が炸裂してしまうわけです
「こんなに貴方のことを思ってやっているのだから」
「こんなに愛情を注いでいるのに」
「こんなに自分を犠牲にして」
何て言う言葉で余計に子どもを苦しめるわけです。
こんなに相手のことをおもっていたら、当然自分の言うことを聞くであろう
と、そういう未熟な考えが脳からこびりついてしまいとれないんですね。
こちらが一生懸命思ったり、手を貸してあげたら、とうぜんその
見返りをよこしなさい!といっているような物です。
本来潜在的に子どもが求めているのは、無償の愛です。
何かしてくれたから、その見返りで頑張るとかそういうのはおかしいんです。
ただ、現実的に日本の教育現場というか家庭というか、多いのは条件付きの愛。
これも程度が異なりますが、多かれ少なかれ過干渉気味の親が多いという
事実はぬぐいきれないでしょう。
思春期にさしかかると、「反抗期」というものに苦労する親が多いです。
なんとなく反抗期は誰でも来ると思われていますが、そうではありません。
どちらかというと、反抗期は、親に上から考え方などを押しつけられて育った
人に多いのです。
子どもが大きくなって自我が芽生えてくると、自分の親がおかしなことをいっている
ということに気づくのでしょう。それが社会一般的におかしいということではなく、
自分がやりたいこととを受け止めてくれず、一方的に愛情の押しつけで自分をコントロールしよう
とする親の姿や行動に辟易してきてしまうのだと思います。
そして、子どもからすると、その反抗期という行為は、親の愛情が本物なのか?
偽物なのか?条件付きの愛なのか?単に親の自己満足のためなのか?
そういったことを潜在的に測っている期間とも言えるでしょう。
親からすると、保護者であるわけですから、当然子どものことは
把握していないといけない面は多分にあります。
・自由奔放、放任主義というのと、育児放棄(ネグレクト)は全く違います。
・保護者としてのしつけと、子どもを自分の思うようにコントロールし支配下に置くことも全く違います。
しかしながら、このボーダーラインが分からなくなってしまっている親が多いからこそ、
モンスターペアレントや毒親と呼ばれる人たちが増殖しているのかもしれません。
これらの親に育てられた子どもは、かなりの確率で親と同じようになります。
歪んだ愛情でも、愛情は愛情だ!と逆ギレされそうですが、歪んだ愛情が
生み出すのは、将来の毒親かモンスターしかありません。
愛情という言葉をつかって、自分のやっていることを正当化しているにすぎません。
「子どもは、そんなに親の言うことばかり聞かなくて良いんです」
自分の子どもといえども一人一人個性は違います。
小さい頃から、勉強をさせて良い幼稚園に入り、エスカレーター式に良い大学に入り、
有名企業に就職して、安定的に暮らしてほしい!社会的地位を確立して欲しい!
この考え方は決して間違いではないでしょう。ただ、子どもが望んだことで無いのであれば、
この幸せ像は、親の押しつけたものなのです。
人間も人それぞれ善し悪しがありますが、その人それぞれに幸せのあり方も
違うはずなのです。ここを理解して育てていくことが本来の親の愛情なのかもしれません。
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精神的な虐待になっているということを親も子どもも理解できないまま
大切な幼少期を過ごしてしまうと言うところに問題があります。
根っからのネグレクトや身体的虐待、性的虐待という場合は、
あからさまに子どもの身体的な状態や物理的な傷やあざなどで、
第三者からもそれが虐待であるという可能性を示唆することが出来ます。
精神的な虐待の場合は、根底にコントロールしている親の支配下という
こともあり、「我が家の教育方針」とか「うちのしつけ」という言葉に濁されてしまい
見過ごされてしまうことが非常に多いというのが今日の社会問題となっている
一因とも言えるでしょう。
モンスターペアレントや毒親も、全く子どもに対して愛情が無いか
というとそれはNOです。
いわゆる「かわいさ余って憎さ百倍」となるような表裏一体の感情を
常に持っているとも言えます。ですから、言うことを聞いているときは
比較的お互いうまくやっているようにみえるのですが、支配下にある
子どもや対象者が、反発したり、従わなかったりすると、歪んだ愛情
表現が炸裂してしまうわけです
「こんなに貴方のことを思ってやっているのだから」
「こんなに愛情を注いでいるのに」
「こんなに自分を犠牲にして」
何て言う言葉で余計に子どもを苦しめるわけです。
こんなに相手のことをおもっていたら、当然自分の言うことを聞くであろう
と、そういう未熟な考えが脳からこびりついてしまいとれないんですね。
こちらが一生懸命思ったり、手を貸してあげたら、とうぜんその
見返りをよこしなさい!といっているような物です。
本来潜在的に子どもが求めているのは、無償の愛です。
何かしてくれたから、その見返りで頑張るとかそういうのはおかしいんです。
ただ、現実的に日本の教育現場というか家庭というか、多いのは条件付きの愛。
これも程度が異なりますが、多かれ少なかれ過干渉気味の親が多いという
事実はぬぐいきれないでしょう。
思春期にさしかかると、「反抗期」というものに苦労する親が多いです。
なんとなく反抗期は誰でも来ると思われていますが、そうではありません。
どちらかというと、反抗期は、親に上から考え方などを押しつけられて育った
人に多いのです。
子どもが大きくなって自我が芽生えてくると、自分の親がおかしなことをいっている
ということに気づくのでしょう。それが社会一般的におかしいということではなく、
自分がやりたいこととを受け止めてくれず、一方的に愛情の押しつけで自分をコントロールしよう
とする親の姿や行動に辟易してきてしまうのだと思います。
そして、子どもからすると、その反抗期という行為は、親の愛情が本物なのか?
偽物なのか?条件付きの愛なのか?単に親の自己満足のためなのか?
そういったことを潜在的に測っている期間とも言えるでしょう。
親からすると、保護者であるわけですから、当然子どものことは
把握していないといけない面は多分にあります。
・自由奔放、放任主義というのと、育児放棄(ネグレクト)は全く違います。
・保護者としてのしつけと、子どもを自分の思うようにコントロールし支配下に置くことも全く違います。
しかしながら、このボーダーラインが分からなくなってしまっている親が多いからこそ、
モンスターペアレントや毒親と呼ばれる人たちが増殖しているのかもしれません。
これらの親に育てられた子どもは、かなりの確率で親と同じようになります。
歪んだ愛情でも、愛情は愛情だ!と逆ギレされそうですが、歪んだ愛情が
生み出すのは、将来の毒親かモンスターしかありません。
愛情という言葉をつかって、自分のやっていることを正当化しているにすぎません。
「子どもは、そんなに親の言うことばかり聞かなくて良いんです」
自分の子どもといえども一人一人個性は違います。
小さい頃から、勉強をさせて良い幼稚園に入り、エスカレーター式に良い大学に入り、
有名企業に就職して、安定的に暮らしてほしい!社会的地位を確立して欲しい!
この考え方は決して間違いではないでしょう。ただ、子どもが望んだことで無いのであれば、
この幸せ像は、親の押しつけたものなのです。
人間も人それぞれ善し悪しがありますが、その人それぞれに幸せのあり方も
違うはずなのです。ここを理解して育てていくことが本来の親の愛情なのかもしれません。
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