2016年01月04日
AC夫は年賀状に対する世間的な常識というこだわりが昔は強かった件。
年始は実家へ帰省していたため、自宅をあけていましたが、
帰宅で郵便ポストには年賀状の山!
出していない人から来た場合は、返さないと私は気が済まない方だったので、
必ずチェックしてしまいます。そしてこの時期やっておかないと後で忘れて
しまうので、結構あわただしくやっています。
■アスペ嫁の代打として、年賀状を担当することに。
結婚当初は、年賀状に関してはすべてアスペ嫁へ任せていました。
せめて、結婚式に足を運んでくれた人には挨拶していこうというのが
始まりといえば始まりです。
アスペ嫁には、年賀状を出すという習慣があまりないらしかったのですが、
私が、出す人のリストを渡して作成を任せる形で、一見はスムーズにできて
いたようにみえました。
年賀状を出したり、管理したりぐらいは誰でもできると私の中では思っていましたから。
しかし、言われた人へ出すことはできるのですが、出した人から返事が来たか、来ていないか
という管理はまったくできていないことが数年後分かることになります。
年賀状はださないと失礼で常識外れであるという認識しかない私は、そういう管理ができていない
嫁に対して相当もどかしく感じた時期もあります。管理ができていないことが分かってからは
自分で初めから終わりまで、そしてもちろん管理もするようにしました。
この人には任せておけないや。という気持ちが肥大化してきはじめたのでしょうね。
年賀状を出しても、最近はメールやラインでおめでとう!という返事で、
年賀状で年始の挨拶をしないという人もかなり増えてきていることでしょう。
10年前は、これが理解できなくて、友達や同僚ながら、きわめて失礼で非常識な
奴だと良く思ったものです。
あとは、最悪何も返事が来ない人には憤りさえ感じたことも^^
今思えば、私は返事が必ず戻ってくることを期待して年賀状を出していたんだと…
返事を返さないということは、失礼ではあると思いますが、いろんな価値感の人がいますからね。
■最近は年賀状へのこだわりが薄れてきた私
そんな感じで毎年形式だけは整える日々が続いてきましたが、
最近はいろんな価値感の人間がいるのだから、返ってこないからと
腹を立てたり、嫌われたのかしらと不安になることは減るようになりました。
もし、自分が年賀状を出すのであれば、別に返ってこなくても年始の挨拶として
自分の意思が伝わればそれでいいという気持ちに変化してきたのです。
3年、5年とだしても全く返事がこないようであれば、相手なりの事情があるかもしれませんし、
こちらから出すことはやめるということも考えます。
あまり年賀状をだすことが常識的という感覚が緩くなってきた証拠で、私にとっては
良い傾向なのかなと思います。
ある日、仲は良いのに絶対年賀状は出さない友人に、なぜ年賀状をださないのか?
と聞いてみたことがあります。
「えっ、だって面倒じゃん。お金かかるし」
「別に用があれば、メールで良いと思うんだ」
というような回答でした。ちゃんと返事返せよーと面と向かって言えるような
人だから、特にこう答えられても憤りは感じません。
他にも、年賀状は毎回来るけど、私の氏名が毎回間違って印刷されて
来る友人。これは結構私は気になってしまうタイプで、イライラ度は高かったです。
直接本人に今年は間違えないで投函しろ!といったことがあります^^
パソコンで毎年印刷している人は、このミス結構多いんですよね。
間違いがないかチェック無しに去年同様、一括印刷して終了なんていうのですと
毎年毎年、間違った氏名で年賀状が届くわけです。
一般的にも失礼で非常識と思う人の方が多いと思いますが、気にすればするほど、
怒りという形で自分の感情が自分へ返ってくるので良いことありません。
人によって異なる年賀状の価値感、皆様にとってはどんな存在でしょうか。
年始からイライラ、プリプリしている人より、寛大な人間の方が福が舞い込んで
来そうな気がしますね。
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帰宅で郵便ポストには年賀状の山!
出していない人から来た場合は、返さないと私は気が済まない方だったので、
必ずチェックしてしまいます。そしてこの時期やっておかないと後で忘れて
しまうので、結構あわただしくやっています。
■アスペ嫁の代打として、年賀状を担当することに。
結婚当初は、年賀状に関してはすべてアスペ嫁へ任せていました。
せめて、結婚式に足を運んでくれた人には挨拶していこうというのが
始まりといえば始まりです。
アスペ嫁には、年賀状を出すという習慣があまりないらしかったのですが、
私が、出す人のリストを渡して作成を任せる形で、一見はスムーズにできて
いたようにみえました。
年賀状を出したり、管理したりぐらいは誰でもできると私の中では思っていましたから。
しかし、言われた人へ出すことはできるのですが、出した人から返事が来たか、来ていないか
という管理はまったくできていないことが数年後分かることになります。
年賀状はださないと失礼で常識外れであるという認識しかない私は、そういう管理ができていない
嫁に対して相当もどかしく感じた時期もあります。管理ができていないことが分かってからは
自分で初めから終わりまで、そしてもちろん管理もするようにしました。
この人には任せておけないや。という気持ちが肥大化してきはじめたのでしょうね。
年賀状を出しても、最近はメールやラインでおめでとう!という返事で、
年賀状で年始の挨拶をしないという人もかなり増えてきていることでしょう。
10年前は、これが理解できなくて、友達や同僚ながら、きわめて失礼で非常識な
奴だと良く思ったものです。
あとは、最悪何も返事が来ない人には憤りさえ感じたことも^^
今思えば、私は返事が必ず戻ってくることを期待して年賀状を出していたんだと…
返事を返さないということは、失礼ではあると思いますが、いろんな価値感の人がいますからね。
■最近は年賀状へのこだわりが薄れてきた私
そんな感じで毎年形式だけは整える日々が続いてきましたが、
最近はいろんな価値感の人間がいるのだから、返ってこないからと
腹を立てたり、嫌われたのかしらと不安になることは減るようになりました。
もし、自分が年賀状を出すのであれば、別に返ってこなくても年始の挨拶として
自分の意思が伝わればそれでいいという気持ちに変化してきたのです。
3年、5年とだしても全く返事がこないようであれば、相手なりの事情があるかもしれませんし、
こちらから出すことはやめるということも考えます。
あまり年賀状をだすことが常識的という感覚が緩くなってきた証拠で、私にとっては
良い傾向なのかなと思います。
ある日、仲は良いのに絶対年賀状は出さない友人に、なぜ年賀状をださないのか?
と聞いてみたことがあります。
「えっ、だって面倒じゃん。お金かかるし」
「別に用があれば、メールで良いと思うんだ」
というような回答でした。ちゃんと返事返せよーと面と向かって言えるような
人だから、特にこう答えられても憤りは感じません。
他にも、年賀状は毎回来るけど、私の氏名が毎回間違って印刷されて
来る友人。これは結構私は気になってしまうタイプで、イライラ度は高かったです。
直接本人に今年は間違えないで投函しろ!といったことがあります^^
パソコンで毎年印刷している人は、このミス結構多いんですよね。
間違いがないかチェック無しに去年同様、一括印刷して終了なんていうのですと
毎年毎年、間違った氏名で年賀状が届くわけです。
一般的にも失礼で非常識と思う人の方が多いと思いますが、気にすればするほど、
怒りという形で自分の感情が自分へ返ってくるので良いことありません。
人によって異なる年賀状の価値感、皆様にとってはどんな存在でしょうか。
年始からイライラ、プリプリしている人より、寛大な人間の方が福が舞い込んで
来そうな気がしますね。
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