2015年09月22日
AC夫が家を出てから自分の母親との関係について「この支配からの卒業」
私が高校生ぐらいの時は、もちろん発達障害という言葉も
耳にしたことはありません。
アダルトチルドレンという言葉も知りません。
ましてや自分の家が機能不全家族だったなんて
思うわけもありません。
母親とは会話を全くしなかった高校生、
大学へと進学することになるわけですが、
私としては、ようやくこの忌々しい家を出て行けると
少し心の中はうきうき気分だったと思います。
前もお話ししたように結局、親のすねかじりな訳ですが、
1人きりで生活することに対して、ものすごく解放感を
感じていたのだと思います。
いわゆる鳥かごの中でしか育ったことがない、小鳥が
かごを飛び出し、大空へ飛び出していくわけです。
この時の気持ちを良く思いだしてみました。
なんとなく、せいせいする!という気持ちだけだと思って
いたのですが、もっと掘り下げて考えてみると、
「この人(母親)の干渉からようやく離れられる」という
気持ちに近かったと思います。
お金を出してもらいながら、何甘ったれたこと言ってるんだ!って
はなしですが^^
幼いながらにも相当の抑圧というか閉塞感は感じていたのでしょう。
そして過干渉な母親、世間体のために愛情をくれているのか、
本当に自分に対して愛情があるのかもう分からなくなっていたのでしょうね。
その頃、尾崎豊の「卒業」という歌があって、
尾崎豊自体はそんなに好きではありませんでしたが、
この曲の歌詞には共感してしまい、1人暮らし開始と共に、
この歌を1人で歌って感無量な気分に浸っていました。
「この支配からの、卒業♪」
しかし、3ヶ月ですね。解放感で満喫できたのは。
それ以降は、急激なホームシックというのか、ママが恋しくなったのか、
世の中思ったように自分の思うとおりに行かないことが分かったのか。
自分の存在がもの凄ーく、ちいさく情けなく感じるときが来るのです。
当時は、パソコンもまだ普及して折らず、ネットで情報収集もできない
時代、生活上でわからないことは結果的に電話で母親を頼らざるを得ない状況にありました。
「なあんだ、結局母ちゃんいないとオレダメなのか?」
自分に自問自答した気がします。
一人暮らしをはじめてしてみて、母親の存在の大きさに
気がつくことになりました。支配されながらも依存心を感じるのですから、
やはり共依存に近かったのかと。
今まで軽蔑というか、鬱陶しいというきもちだけでしか
見ていなかった母親に対して、少しながら尊敬する気持ちが
芽生えてきたのかもしれません。
大学に入って1年ぐらい経つと、あれだけ話さなかった母親と
普通に会話が出来る自分がいたのです。
離れてみて、分かる相手の大きさって尊いなと。
母親に反発していた頃に抱いていた不愉快さ加減と、
一時期のアスペ嫁に対する不愉快さ加減が、私の中で
相当似通ったものであると気づくのです。
私は、母親から依存するということを見かけ上卒業しましたが、
その後、私のインナーチャイルドは依存対象者を、つきあう人付き合う人に
対してへ変わっていくことになるのです。
耳にしたことはありません。
アダルトチルドレンという言葉も知りません。
ましてや自分の家が機能不全家族だったなんて
思うわけもありません。
母親とは会話を全くしなかった高校生、
大学へと進学することになるわけですが、
私としては、ようやくこの忌々しい家を出て行けると
少し心の中はうきうき気分だったと思います。
前もお話ししたように結局、親のすねかじりな訳ですが、
1人きりで生活することに対して、ものすごく解放感を
感じていたのだと思います。
いわゆる鳥かごの中でしか育ったことがない、小鳥が
かごを飛び出し、大空へ飛び出していくわけです。
この時の気持ちを良く思いだしてみました。
なんとなく、せいせいする!という気持ちだけだと思って
いたのですが、もっと掘り下げて考えてみると、
「この人(母親)の干渉からようやく離れられる」という
気持ちに近かったと思います。
お金を出してもらいながら、何甘ったれたこと言ってるんだ!って
はなしですが^^
幼いながらにも相当の抑圧というか閉塞感は感じていたのでしょう。
そして過干渉な母親、世間体のために愛情をくれているのか、
本当に自分に対して愛情があるのかもう分からなくなっていたのでしょうね。
その頃、尾崎豊の「卒業」という歌があって、
尾崎豊自体はそんなに好きではありませんでしたが、
この曲の歌詞には共感してしまい、1人暮らし開始と共に、
この歌を1人で歌って感無量な気分に浸っていました。
「この支配からの、卒業♪」
しかし、3ヶ月ですね。解放感で満喫できたのは。
それ以降は、急激なホームシックというのか、ママが恋しくなったのか、
世の中思ったように自分の思うとおりに行かないことが分かったのか。
自分の存在がもの凄ーく、ちいさく情けなく感じるときが来るのです。
当時は、パソコンもまだ普及して折らず、ネットで情報収集もできない
時代、生活上でわからないことは結果的に電話で母親を頼らざるを得ない状況にありました。
「なあんだ、結局母ちゃんいないとオレダメなのか?」
自分に自問自答した気がします。
一人暮らしをはじめてしてみて、母親の存在の大きさに
気がつくことになりました。支配されながらも依存心を感じるのですから、
やはり共依存に近かったのかと。
今まで軽蔑というか、鬱陶しいというきもちだけでしか
見ていなかった母親に対して、少しながら尊敬する気持ちが
芽生えてきたのかもしれません。
大学に入って1年ぐらい経つと、あれだけ話さなかった母親と
普通に会話が出来る自分がいたのです。
離れてみて、分かる相手の大きさって尊いなと。
母親に反発していた頃に抱いていた不愉快さ加減と、
一時期のアスペ嫁に対する不愉快さ加減が、私の中で
相当似通ったものであると気づくのです。
私は、母親から依存するということを見かけ上卒業しましたが、
その後、私のインナーチャイルドは依存対象者を、つきあう人付き合う人に
対してへ変わっていくことになるのです。
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