2015年07月11日
イライラばかりしている人は、潜在的に未熟な心のまま大きくなってしまった。
対局にいるアスペ嫁とアダルトチルドレン夫は、
掘り下げれば掘り下げていくほど、感覚が違うことに
驚愕します^^
アスペ夫とアダルトチルドレン妻の組み合わせでも、
全く同じだと思いますが。
おそらく、アスペ嫁も何らかの形で違いは受け止めているでしょうが、
自分がではなく、相手が、周りが、変わっているという表現をします。。。
まあ、私からすれば、こっちの台詞じゃ!と言いたくなります。。。
どちらが変わっていてもいいので、安らかな気持ちになる
生活がしたいものです。
恋人同士でたまに会う間柄や、同僚で会う間柄、
友人でたまに会う間柄の場合は、ちょっと変わっていても、
24時間毎日、一緒に居ると言うことは、同棲でもして居なきゃ
ありません。
こういう風に少し距離を取った形だと、意外と相手に対して、
変だけど面白いやつ、相変わらず変わっているなぁという
ソフトランディングな受け止め方が出来たりもするのですが、
これが毎日となると、しかも生活を共有するとなると、
嫌でも自分とは異なる習慣、異なる癖、異なる感覚を知ることになり、
これが多く感じれば感じるほど、イライラは頂点へ募ってくるわけです。
ある程度距離を取っても、イライラが破裂しそうな場合は、
心身ともに相当疲れが出ており、心に余裕が無い状態です。
ある意味非常に危険な状態とも言えます。
その人に執着しすぎていることもあるでしょうし、
おそらく、AC特有の完璧主義者であることも関係するでしょう。
この執着は、依存を意味します。
こんな駄目なやつが世の中にいるのだと思うことで、
自分の存在を高く感じたいためだったり、
こんなに空気が読めないやつが世の中にいるのだと
執着することで、自分が世間一般的な常識を持った
優秀な人物だと自分が実感するためだったり、
こういうことを意識的ではなく、無意識で行っています。
異常な執着は、病気ではありませんが、ACの可能性が
高いですし、インナーチャイルドを癒やすことなく大きく
なってしまった場合、パーソナリティ障害(人格障害)へと
姿を変えて固定化してしまっていることもあるので要注意です。
私自身、毎日何かしらに、イライラして生活していることが多かったのですが、
イライラは結局、自分が未熟であるとわかるようになりました。
受け止められるだけの器がまだ備わっていないのだと。
拗ねている子供とある意味一緒なのです。
初めは自分は、標準以上という固定観念があることから、
「すねている」とか「自分が未熟」など素直に受け止めることが
出来ませんでした。こういうことが書いてある本を読むと、
この著者はアホだなとさえ思ったものです。
生きていると色々嫌なことがありますが、責任の所在を
周りに押しつけているうちは、何も解決しないのだと思います。
ACで苦しんでいる方は、今一度、そのあたりをじっくり考えて、
誰が悪いかという悪者探しをするのではなく、自分は何が出来るのか、
ということを向き合っていくと道が開けてくるかもしれません。
We host your creativity. 『 HETEML 』
掘り下げれば掘り下げていくほど、感覚が違うことに
驚愕します^^
アスペ夫とアダルトチルドレン妻の組み合わせでも、
全く同じだと思いますが。
おそらく、アスペ嫁も何らかの形で違いは受け止めているでしょうが、
自分がではなく、相手が、周りが、変わっているという表現をします。。。
まあ、私からすれば、こっちの台詞じゃ!と言いたくなります。。。
どちらが変わっていてもいいので、安らかな気持ちになる
生活がしたいものです。
恋人同士でたまに会う間柄や、同僚で会う間柄、
友人でたまに会う間柄の場合は、ちょっと変わっていても、
24時間毎日、一緒に居ると言うことは、同棲でもして居なきゃ
ありません。
こういう風に少し距離を取った形だと、意外と相手に対して、
変だけど面白いやつ、相変わらず変わっているなぁという
ソフトランディングな受け止め方が出来たりもするのですが、
これが毎日となると、しかも生活を共有するとなると、
嫌でも自分とは異なる習慣、異なる癖、異なる感覚を知ることになり、
これが多く感じれば感じるほど、イライラは頂点へ募ってくるわけです。
ある程度距離を取っても、イライラが破裂しそうな場合は、
心身ともに相当疲れが出ており、心に余裕が無い状態です。
ある意味非常に危険な状態とも言えます。
その人に執着しすぎていることもあるでしょうし、
おそらく、AC特有の完璧主義者であることも関係するでしょう。
この執着は、依存を意味します。
こんな駄目なやつが世の中にいるのだと思うことで、
自分の存在を高く感じたいためだったり、
こんなに空気が読めないやつが世の中にいるのだと
執着することで、自分が世間一般的な常識を持った
優秀な人物だと自分が実感するためだったり、
こういうことを意識的ではなく、無意識で行っています。
異常な執着は、病気ではありませんが、ACの可能性が
高いですし、インナーチャイルドを癒やすことなく大きく
なってしまった場合、パーソナリティ障害(人格障害)へと
姿を変えて固定化してしまっていることもあるので要注意です。
私自身、毎日何かしらに、イライラして生活していることが多かったのですが、
イライラは結局、自分が未熟であるとわかるようになりました。
受け止められるだけの器がまだ備わっていないのだと。
拗ねている子供とある意味一緒なのです。
初めは自分は、標準以上という固定観念があることから、
「すねている」とか「自分が未熟」など素直に受け止めることが
出来ませんでした。こういうことが書いてある本を読むと、
この著者はアホだなとさえ思ったものです。
生きていると色々嫌なことがありますが、責任の所在を
周りに押しつけているうちは、何も解決しないのだと思います。
ACで苦しんでいる方は、今一度、そのあたりをじっくり考えて、
誰が悪いかという悪者探しをするのではなく、自分は何が出来るのか、
ということを向き合っていくと道が開けてくるかもしれません。
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